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EP 4

法務官のリーガル・トラップと、お留守番のドM公爵様

「私が誰だか分かって言っているのか、だと? ギャハハッ! 痛い女だな、お前!」

 ポポロ村の広場。

 純金製の煙管を取り出し、静かに臨戦態勢(極妻モード)に入りかけたリベラに対し、ガリック男爵は醜く歪んだ腹を揺らして嘲笑した。

「いいか、小娘! 私は王都のエンタメ業界を牛耳るガリック男爵様だ! このポポロ村の開発許可書は、他でもない『ユリウス皇太子殿下』から直々に裏書をもらった正式なものなんだよ! お前のような田舎商人の娘が、法を語るなど片腹痛いわ!」

 ガリックは懐から、仰々しい王家の紋章が押された一枚の羊皮紙を取り出し、ビラビラと見せびらかした。

(……なるほど。ユリウスの名前がここで出てくるわけね)

 リベラの頭の中で、全ての点と線が完璧に繋がった。

 ユリウスがまだ皇太子だった頃、小遣い稼ぎのために裏で発行していた『無許可の開発許可書』。だが、彼が昨日付けで廃嫡され、平民に降格したというニュースは、まだこの底辺貴族の耳には届いていないらしい。

 つまり、ガリックがドヤ顔で振り翳しているその書類は、現在においては『ただの紙屑』、法的に言えば『無効な公文書を悪用した詐欺の証拠』でしかないのだ。

「……なるほど。確かに、立派な許可書ですこと」

 リベラは煙管をスッと懐にしまい、あえてスッと引いた態度を見せた。

 ここで正体を明かし、論破して追い返すのは簡単だ。だが、それではこの男の『未遂』を責めることしかできず、全財産を合法的にむしり取ることができない。

 悪党を確実に社会的に抹殺するには、相手に『決定的な犯罪行為』を、大勢の証人の前で実行させる必要がある。

「ですが、私たちも引き下がるわけにはいきません。数日後、この広場で彼女……リーザの『初・公式ライブ』を開催いたします。ゴルド商会の名を懸けた、正式な興行として」

「はっ! ゴルド商会だぁ? 嘘をつけ! あの大商会が、こんな芋ジャージの女をプロデュースするわけがないだろうが!」

「嘘ではありません。……もし、私たちのライブが法的に目障りだと言うのなら、どうぞご自身の手で『実力行使』になさりに来てくださいな。お待ちしておりますわ」

 リベラはわざと挑発的な笑みを向け、リーザの肩を抱いて背を向けた。

「チッ、負け犬の強がりを。……いいだろう! そのふざけたライブとやらを開いてみろ。私が私兵を連れて、そのみかん箱ごと木端微塵にぶち壊して、この村から永遠に追放してやるからな! 震えて待っていろ!」

 まんまと罠(挑発)に引っかかったガリック男爵は、私兵たちを引き連れて魔導馬車へと乗り込み、土煙を上げて去っていった。

「り、リベラ様……いえ、プロデューサー! よかったんですの!? あんな怖い人たちを怒らせてしまって……!」

 リーザが涙目でリベラの袖を引く。キャルルも不思議そうに首を傾げた。

「そうだよ、リベラ。あんな小悪党、私が五秒でトンファーのサビにしてやれたのに。なんで見逃したの?」

「見逃したわけじゃないわ、キャルル。あれは『撒き餌』よ」

 リベラは魔導録音機の保存ボタンをカチャリと押し、極上の、しかし血も凍るような悪徳プロデューサーの笑みを浮かべた。

「あいつが振り翳していた許可書は無効な紙屑。そして先ほど、彼は自らの口で『ライブを実力行使で木端微塵にぶち壊す』と宣言した。……つまり数日後、彼は大勢の村人の前で『無効な権利書による恐喝』『威力業務妨害』『器物損壊』という役満コンボを自らキメに来てくれるのよ。法廷で全財産を差し押さえるための、最高のエンターテインメントの始まりというわけ」

「うわぁ……リベラ、笑い方が完全に悪役のそれだよ」

「なんと頼もしいんですの……! 一生ついていきますわ、プロデューサー!」

 怯えるキャルルと、純粋に尊敬の眼差しを向けるリーザを連れて、リベラは意気揚々とアバロン公爵邸へと帰還した。

***

「——というわけで、ガリック男爵ならびにその一味を、威力業務妨害の現行犯で一斉検挙するための『事前逮捕令状』の草案ですわ。決裁をお願いいたします」

 アバロン公爵邸。

 ルーファス公爵の執務室(のど真ん中に設置されたリベラのデスク)に戻るなり、リベラは凄まじいタイピング速度——ならぬ魔導ペンの筆記速度で調書を書き上げ、隣のルーファスのデスクへとバンッ!と叩きつけた。

 優雅に紅茶を飲んでいたルーファスは、その書類に目を通し……スッと、その美しい顔から表情を消した。

「……なるほど。あの三流の成金貴族が、私の愛する特命法務官に向かって『田舎商人の娘』と暴言を吐き、あまつさえ危害を加えようと脅迫したと?」

「ええ。ですが問題ありません。すでに彼が自滅するための法的トラップは——」

「許さん」

 ゴゴゴゴゴ……ッ!

 ルーファスの全身から、執務室の窓ガラスに霜が張るほどの『絶対零度の殺気』が膨れ上がった。

「私の至宝である君を侮辱するなど、万死に値する。……おい、近衛騎士団長を呼べ。今すぐ王都のガリックの屋敷を包囲し、一族郎党を極大氷結魔法で塵一つ残さず粉砕する。ポポロ村の広場は奴の血で赤く染め上げてやろう」

 本気だった。

 帝国最高の権力者にして、最強の魔力を持つ氷の公爵が、文字通り一人の小悪党を『物理的に消滅』させるために立ち上がろうとしていた。

 しかし。

 そんな過保護すぎるド級の殺気を前にしても、リベラは微塵も怯むことなく、持っていた分厚い六法全書で、ルーファスのデスクをガァンッ!と叩いた。

「引っ込んでいてください、公爵閣下」

「……え?」

 立ち上がろうとしたルーファスを見下ろし、リベラは冷え切った、9割の塩対応を凝縮したような声でピシャリと言い放った。

「あなたが権力と暴力で介入すれば、こんな三流の小悪党、三秒でゲームが終わってしまいます。そんなの何の教訓にもならないし、法的カタルシス(美しさ)の欠片もありません」

「し、しかしリベラ。君に危険が及ぶ可能性が……」

「私を誰だと思っているのですか? 万が一の物理戦になっても、キャルルがいますし、私自身も合気道の嗜みがあります。……いいですか、ルーファス様」

 リベラはルーファスの鼻先に、ビシッと人差し指を突きつけた。

「あなたが出張ると、私のプロデュース計画が台無しになります。だから、今回の件に関しては『完全にお留守番』をしていてください」

「お、お留守番……?」

「ええ。あなたはただ、大人しくその椅子に座って、私が用意した逮捕状にハンコだけ押して、見目麗しい顔でニコニコと待機していればいいのです。現場への介入は一切禁じます。おわかりですね?」

 それは、帝国筆頭公爵に対する言葉としては、あまりにも不敬。

 まるで、忠犬に対して「お座り」「待て」と命じるような、完全なる主従逆転の命令だった。

 ソファーでお茶を飲んでいたキャルルが、「あーあ、いくらなんでも公爵サマ怒るよ……」と目を覆った、その時。

「…………っ、はぁっ」

 ルーファスの口から、まるで極上の甘露を味わったかのような、甘く震える吐息が漏れた。

「……私の、この絶大な権力と暴力を前にしても、一切の媚びを売らず。あまつさえ『椅子に座ってハンコだけ押して待っていろ』と、私をただの飾り物のように扱うその圧倒的なまでの冷遇(塩対応)……っ!」

「……え?」

「ああ……素晴らしい。心が、魂が震えるようだ。君に命令されるということが、これほどまでに甘美な服従よろこびをもたらすとは……っ!」

 ルーファスは自らの胸を強く押さえ、頬をわずかに紅潮させながら、恍惚とした表情で椅子に座り直した。

 そして、リベラが突きつけた逮捕状に、震える手で(喜びのあまり)バンッ!と決裁印を押す。

「承知した、私の女王リベラ。君の命じる通り、私はこの冷たい椅子に座り、おとなしく、ただひたすらに君が結果エサを持ち帰ってきてくれるのをお留守番して待っていよう……っ!」

「……」

「どうしたんだい? もっと私に、冷たく厳しい命令を下してくれても一向に構わないのだが?」

 キラキラと効果音が飛び散りそうなほどの、ドM全開の眼差し。

 リベラは完全に言葉を失い、ゆっくりとキャルルの方を振り返った。

「……キャルル。この人、完全に手遅れだわ」

「うん、知ってた。完全なドM公爵だね。ほらリベラ、早くご褒美の『冷たい視線』をあげなよ、尻尾振って待ってるよ」

 ため息をつきながら、リベラは乱れたスーツの襟元を正した。

 この圧倒的に顔の良い変態公爵を適当に放置(お留守番)しつつ、彼女は次なる戦いの準備を進める。

「……まぁいいわ。これで逮捕状の裏付けは取れました。あとは、あの悪徳プロデューサーを、リーザのライブという名の『処刑場』に引き摺り込むだけ」

 数日後に迫った、ポポロ村でのライブ当日。

 そこでガリック男爵を待ち受けているのは、貧乏神のデバフと、元レディース総長の鉄拳、そして逃げ道のない完全なリーガル・トラップである。

 リベラの唇に、再び獰猛な笑みが浮かんだ。

読んでいただきありがとうございます。

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