EP 3
忍び寄る悪徳プロデューサーの影――みかん箱のステージと地上げ屋の野望
「ふおおおおぉぉぉっ! お、お肉から……熱々の肉汁が溢れ出してきますのぉぉっ!」
ルナミス帝国が誇る24時間営業ファミレス『ルナキン』のポポロ村支店。
その一番奥のボックス席で、えんじ色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザは、顔をソースまみれにしながら特大の『トリプル・チーズハンバーグ定食(ライス特盛り)』を爆速で胃袋へと流し込んでいた。
「美味しい……っ! パンの耳以外の食べ物が、こんなに味がするなんて……っ! これが、これがプロの世界の『ケータリング』なんですのね!」
「ええ。よく噛んで食べなさい。喉に詰まらせたら、労災の手続きが面倒ですから」
向かいの席で優雅にダージリン・ティーを傾けながら、リベラは完璧な営業スマイルで相槌を打つ。
その隣では、キャルルが「私も食べるー」と、山盛りの人参サラダをボリボリと齧っていた。
(……それにしても、とんでもない逸材を拾ってしまったかもしれないわね)
リベラは紅茶のカップをソーサーに置き、先ほど強引にサインさせた『ゴルド商会・専属アイドルマネジメント契約書』をパラパラとめくった。
リーザのユニークスキル【貧乏神】。
悪運耐性MAXであり、さらに『お賽銭箱型掃除機』で相手の全財産や運気を強制没収し、物理的・経済的に無力化するという、極めて凶悪なデバフ能力。
没収した金が自分に入らないという致命的なバグはあるものの、使い方(法的な追い込みや強制執行の現場)によっては、これ以上ない強力な『取り立て兵器』になり得る。
(この底辺サバイバルで鍛え上げられた強靭なメンタルと、謎のスキル。……私がプロデューサーとして法的な後ろ盾を用意し、正しく運用すれば、とてつもない利益を生み出すはずよ)
元・悪人専門弁護士の頭脳が、リーザの活用法を高速で弾き出していく。
「ぷはぁっ! ごちそうさまでしたの!」
リーザが最後の一粒までライスを平らげ、満足げにお腹をポンと叩いた。
「リベラ様……いえ、プロデューサー! 最高のケータリング、ありがとうございましたの! プロとして、いただいたカロリー分は、きっちりステージで稼いでみせますわ!」
「あら、意気込みは立派ですね。ですが、今日はゆっくり休んでも——」
「ダメですの! アイドルたるもの、一日にしてステージを空けるべからず! さあ、ポポロ村の広場へ行きますわよ!」
リーザは健康サンダルをペタペタと鳴らし、エネルギー満タンの状態でファミレスを飛び出していった。
リベラとキャルルは顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめて彼女の後を追う。
***
ポポロ村の中心にある、のどかな広場。
そこには、近所の八百屋からもらってきたであろう、年季の入った『みかん箱』がポツンと置かれていた。
リーザは迷うことなくそのみかん箱の上にヒョイと飛び乗り、えんじ色の芋ジャージの裾を翻した。
「ポポロ村のみんなー! 今日も集まってくれてありがとうですの! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザのオンステージ、始まるよーっ!」
マイク代わりの大根(これも八百屋の廃棄品)を握りしめ、リーザが叫ぶ。
観客は、広場にたむろしている数人の村のお年寄りと、先ほどまでパンの耳を争っていた鳩の群れ、そしてポチ男(野良犬)だけである。
だが、リーザの瞳には、まるで数万人の観客で埋め尽くされたドーム会場が見えているかのような、純真で強烈な光が宿っていた。
「それでは聴いてください! 『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
リーザがステップを踏み、大根マイクに向かって熱唱を始める。
『五円!五円!御縁!御縁!ハイ!』
『銅でもない 銀でもない 狙い打つのは 真鍮のゴールド!』
『「ちょっと重いかな?」って五十円 「重すぎて無理!」って五百円』
『スーパーのレジじゃ嫌な顔(ヤメテ!) お賽銭箱ならドヤれるの(神様ー!)』
ジャージ姿の少女がみかん箱の上で、ただひたすらに『小銭のありがたみ』を歌い上げるという、狂気すら感じるシュールな光景。
しかし、腐っても彼女は人魚姫である。
その歌声自体は、深海のセイレーンもかくやというほど透き通っており、不思議な魅力(バフ効果)を放っていた。
「おお……なんかわからんが、腰の痛みが引いてきたぞい……」
「クルックゥ!(鳩の羽ツヤが良くなる)」
「ワフッ!(野良犬の毛並みが整う)」
奇妙な一体感に包まれるポポロ村の広場。
少し離れた木陰からその様子を見ていたリベラは、腕を組んで目を細めた。
「……なるほど。曲のセンスは壊滅的ですが、あの声の波長、聞く者の闘気や魔力を活性化させる効果があるようですね。……原石としては悪くありませんわ」
「リベラ、すっかり悪徳プロデューサーの顔になってるよ」
キャルルがポポロ・シガー(お菓子の方)を齧りながらツッコミを入れた、その時だった。
——パカラッ、パカラッ、パカラッ!
のどかなポポロ村には似つかわしくない、悪趣味なほどに金と宝石の装飾が施された『大型魔導馬車』が、土煙を上げて広場に乗り込んできたのだ。
「ヒヒーンッ!」
魔導馬車が乱暴に急ブレーキをかけ、広場の砂を巻き上げる。
鳩たちが驚いて飛び去り、ポチ男も警戒して唸り声を上げた。みかん箱の上で歌っていたリーザも、むせ返りながら歌を止める。
「な、なんですの……? せっかくのライブが……」
馬車の扉がバンッと開き、中からぞろぞろと柄の悪い屈強な男たち——私兵らしき半グレ——が降りてきた。
そして最後に、これ見よがしに高価な毛皮のコートを羽織り、両手の指という指に宝石の指輪をはめた、小太りで傲慢そうな初老の男が姿を現した。
「チッ。なんだこの泥臭い村は。埃っぽくて、私の高級コートが汚れてしまうではないか」
男の名は、ガリック男爵。
ルナミス帝国の王都を拠点にする『悪徳エンタメ貴族』である。
表向きはアイドル事務所の社長や劇場オーナーを名乗っているが、その実態は、夢見る少女たちを違法な低賃金(というか無給)で酷使し、借金漬けにして闇ルートへ売り飛ばすという、絵に描いたようなクズ貴族だった。
「おい、そこのジジババども! さっさと退け! この土地はもうすぐ、このガリック男爵様のものになるんだ。未来のカジノ・リゾートの建設予定地で、ウロウロされると目障りなんだよ!」
ガリックの私兵たちが、広場でライブを見ていた老人たちを乱暴に小突いて追い払おうとする。
「な、何をするんじゃ!」
「や、やめてくださいませ! 私のファン(お年寄り)に乱暴しないでくださいの!」
リーザがみかん箱の上から叫ぶと、ガリック男爵は初めて彼女の存在に気づき、そして……腹を抱えて下品な大笑いを始めた。
「ギャハハハハッ! なんだお前は! 芋ジャージに健康サンダル? しかも乗っているのは『みかん箱』だと? 傑作だな、おい! まさか、そんなゴミ溜めみたいな格好で、アイドルの真似事をしているのか?」
「真似事じゃありませんの! 私は、絶対無敵のスパチャアイドルですわ!」
リーザは胸を張り、大根マイクをギュッと握りしめた。
だが、ガリックは鼻で笑い、蔑みの視線をリーザに叩きつける。
「アイドルだと? ふざけるな。エンターテインメントというものはな、私の持つ莫大な資本と、豪華なドレス、そして煌びやかなステージがあって初めて成立するものだ! お前のような底辺の乞食が歌ったところで、一円の価値も生み出しはしない!」
ガリックはズンズンと歩み寄り、リーザの足元にあるみかん箱を、革靴でガンッ!と蹴りつけた。
「きゃあっ!?」
バランスを崩し、みかん箱から転げ落ちるリーザ。
大切なステージ(みかん箱)の端が割れ、彼女の膝が土に汚れる。
「あ、あぁ……私のステージが……」
「いいか、ゴミ女。このポポロ村の土地は、私が合法的に……まぁ、少しばかり借金のカタで強引にな、全て買い上げて巨大なカジノにする予定だ。お前のような底辺アイドルも、この村の連中も、まとめてここから叩き出してくれるわ!」
ガリックが高らかに宣言し、私兵たちが下品な笑い声を上げる。
夢を嘲笑い。
弱者を虐げ。
違法な地上げで私腹を肥やす。
まさに、典型的な三流の悪党。
「……キャルル。トンファーの準備はいい?」
木陰でその様子を静観していたリベラの声が、絶対零度の冷気を帯びて低く響いた。
「ん? もちろん。いつでも行けるけど、まだ出番じゃないでしょ?」
「ええ。物理(暴力)は最後の手段です。まずは……法務官として、あのゴキブリ以下の知能しかない悪徳プロデューサーの『逃げ道』を、一つ残らず塞いでおかなければなりませんからね」
リベラはイブニングバッグから『魔導録音機』を取り出し、スイッチを入れる。
そして、完璧な令嬢の微笑みを——ただし、目は完全に『獲物をロックオンした極妻』のまま——浮かべ、ヒールの音を響かせて広場へと歩み出た。
「——少々よろしいでしょうか、そこの成金趣味の殿方」
凛とした、しかし周囲の空気を凍りつかせるような美声が広場に響く。
ガリック男爵が苛立たしげに振り返る。
「あぁ? なんだお前は。どこぞの田舎貴族の令嬢か知らんが、私の邪魔を——」
言葉の途中で、ガリックはリベラの洗練された佇まいと、その身を包む一級品の仕立てのスーツに圧倒され、一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、彼ほどの三流貴族が、ゴルド商会の最高法務顧問であるリベラの顔を知っているはずもない。ましてや、彼女が今、帝国で最も恐れられているルーファス公爵の『特命最高法務執行官』に就任したことなど、知る由もなかった。
「……私の大切な『専属タレント』に対し、ずいぶんと無礼な口を利いてくださったようですね」
リベラは倒れ込んだリーザの前にスッと立ちふさがり、彼女を庇うようにガリックと対峙した。
「専属タレントだと? ギャハハッ! お前がこのゴミのプロデューサーか! 類は友を呼ぶとはこのことだな。みかん箱の上で歌わせるのがお前のマネジメントか?」
「ええ、そうです。彼女のハングリー精神を養うための、立派なプロモーションの一環ですわ」
リベラは平然と嘘をつき、スッと目を細めた。
「それよりも、ガリック男爵とお見受けいたしますが。先ほど、このポポロ村の土地を『借金のカタで買い上げてカジノにする』と仰っていましたね?」
「あ、ああ、そうだ! 私のバックには、王都の有力な貴族がついている! この村の村長が逃げ出したのをいいことに、地権書の権利は全て私の手の中にあるんだよ!」
「ほう……」
リベラの脳内で、恐ろしい速度で六法全書の条文が検索され、ガリックの言葉が完全に『犯罪の自白』として処理されていく。
(ポポロ村の土地の売買権限は、ゴルド商会とアバロン公爵領の相互承認が必要。つまり、この男が言っている『地権書の権利』は、間違いなく闇ルートで偽造された違法なもの。加えて、カジノ建設のための特別許可申請も、私の手元には一件も届いていない……)
つまり、目の前にいる男は、完全に『違法な地上げ』を行おうとしている犯罪者である。
「……なるほど。よくわかりましたわ」
リベラはにっこりと、最高に美しく、そして残酷な笑みを浮かべた。
「ガリック男爵。あなたのご計画は、非常にエンターテインメント性に富んでいて素晴らしいと思いますわ。……特に、法廷という最高のステージで、あなたが『偽造公文書行使』と『不法占拠』の罪で全財産をむしり取られ、泣き叫ぶ姿を想像するだけで、ゾクゾクしてしまいますもの」
「な、なんだと……!? 貴様、私が誰だか分かって言っているのか!」
ガリックが激高し、私兵たちが一斉にリベラを取り囲む。
一触即発の事態。
しかし、リベラは一切怯むことなく、純金製の煙管(無臭タイプ)を懐から取り出し、指先でクルクルと回しながら、極妻モードの準備運動を始めた。
悪徳プロデューサーに対する、天才弁護士の容赦ない『合法的、かつ物理的な潰し合い』が、今まさに火蓋を切ろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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