EP 15
最強弁護士は甘い毒牙から逃れられない——法と権力、そして溺愛の完全包囲網
「……ふぅ。ひとまず、完了いたしましたわ」
窓の外が茜色に染まり始めた頃。
リベラは魔導ペンを置き、小さく息を吐いて首の筋を伸ばした。
彼女のデスクの上には、数十冊に及んだ『悪徳貴族たちの不正の証拠』が、完璧に整理された数枚の起訴状と財産差し押さえ命令書の草案へと生まれ変わって整然と並べられていた。
「驚いたな……」
その草案に目を通していたルーファス公爵は、本気で感嘆の声を漏らした。
「わずか半日で、これほど複雑に絡み合った脱税ルートと偽装会社を全て解き明かし、帝国法のどの条文にも抵触しない完璧な包囲網を作り上げるとは。……相手の反論の余地すら、事前に『判例』を用いて潰している。これなら、明日の朝一番で奴らの全財産を合法的に凍結できるだろう」
「当然です。彼らの手口など、前世……いえ、昔からよくあるマネーロンダリングの焼き直しに過ぎませんから。隙だらけの法律の穴を突いたつもりでしょうが、私に言わせればバグだらけの三流プログラムですわ」
リベラは誇り高く胸を張り、ふふっと極妻——もとい、完璧な法務官の笑みを浮かべた。
「皇帝陛下からの承認と、公爵閣下の権力。そして私の法理。この三つが揃えば、この帝国に私を出し抜ける悪党など存在しません」
「ああ、その通りだ。……本当に、君という女性は底が知れない。私の想像を遥かに超えて美しく、そして獰猛だ」
ルーファスは書類から視線を上げ、熱に浮かされたような瞳でリベラを見つめた。
彼にとって、この完璧に組み上げられた法的ロジックは、どんな芸術品よりも美しく価値のあるものだった。そして、それを涼しい顔で成し遂げた目の前の女性に対する執着は、もはや留まるところを知らない。
「お疲れ様、私の特命最高法務執行官殿。君の素晴らしい仕事に対する、本日最後のご褒美だ」
ルーファスが指を鳴らすと、控えていた執事が銀のトレイを運んできた。
乗せられていたのは、ドワーフの冷却魔法が施された特製のガラス器。その中には、黄金色に輝くプルプルのカスタードプリンと、ほろ苦いカラメルソース、そしてたっぷりの生クリームとイチゴがトッピングされていた。
「っ……! これは、王都の裏メニューでしか出回っていないという『幻の濃密ロイヤルプリン』……!」
「君の好みを全てリサーチ済みだからね。さあ、遠慮なく食べるといい」
「…………いただきますわ!」
リベラは今日一番の輝く笑顔を見せ、銀のスプーンを握りしめた。
仕事終わりの疲れた脳に、濃厚なカスタードの甘みとカラメルのほろ苦さが染み渡る。
「んん〜っ……! 最高です……」
「そうだろう? 君がそうして幸せそうにお菓子を食べてくれるだけで、私の財力を注ぎ込んだ甲斐があるというものだ」
「むっ……。公爵様は、私を餌付けして手懐けようとしているのでしょう? 残念ですが、私はお菓子で心までは売りませんからね」
リベラがジト目で睨むと、ルーファスは楽しそうにくすりと笑った。
「その『塩対応』も、私にとってはご褒美の一つだよ。……だが、心までは売らなくとも、少しずつ私の側にいることを心地よいと感じてくれているのではないかな?」
「なっ……」
図星を突かれ、リベラは言葉に詰まった。
事実、この冷徹で有能な氷の公爵と共に過ごす時間は、バカ皇子の尻拭いをしていた日々に比べれば天国のように快適だった。仕事のペースは合うし、何より自分の能力を100%肯定し、全力でサポートしてくれる。
……そして、時折見せるこの甘すぎる眼差しに、胸の奥がキュンと鳴ってしまう自分を、リベラはもうごまかしきれなくなっていた。
「た、ただのビジネスパートナーとしての信頼です! そこに個人的な感情は含まれておりませんっ」
「そう言い張る君も可愛いよ。……まぁ、時間をかけて、じっくりと外堀を埋めていくとしよう。君が法廷で敵を追い詰めるようにな」
——バンッ!
二人の甘い(?)攻防戦が繰り広げられていたその時、執務室の扉が元気よく開け放たれた。
「ただいまー! いやぁ、いい汗かいた!」
現れたのは、親友のキャルルだった。
彼女はいつも通りラフな格好だが、その手には愛用のダブルトンファーが握られており、ほんのりと汗をかいている。
そして彼女の後ろでは、アバロン公爵家が誇る精鋭騎士団の面々が、白目を剥いて廊下に折り重なるように倒れていた。
「あ、公爵サマ。アンタとこの騎士団、ちょっと弱すぎない? 私が『流星脚』を一発撃っただけで、みんな空飛んで気絶しちゃったんだけど」
「……」
「キャルル。あなたは本当に、手加減という言葉を知らないのね」
リベラが呆れたようにため息をつくと、キャルルは兎耳をピコピコと揺らしながらプリンに目を輝かせた。
「あ! リベラ、それ美味しそう! 私も食べるー!」
「はいはい。ちゃんとキャルルの分も用意してあるわよ」
リベラが自分の隣の席をポンポンと叩くと、キャルルは嬉しそうに駆け寄り、プリンにパクついた。
「うん、美味しい! ……あ、そういえば公爵サマ。庭で騎士団をボコボコにしてる時、王都からの早馬が来てたよ。なんか、ユリウス皇子を支持してた連中が、今回の騒動の腹いせに何か企んでる……みたいな話をしてたけど?」
キャルルの報告に、リベラの魔導ペンを握る手がピタリと止まった。
ルーファスの瞳にも、絶対零度の冷気が宿る。
「……ほう。あのバカ皇子の残党が、まだこの帝国にうごめいていると?」
「ええ。ユリウス一人を地下送りにしただけで、全てが終わるとは思っていませんでしたが……どうやら、彼らは私たちが『ただの令嬢と公爵』だと侮っているようですね」
リベラはプリンを一口で飲み込むと、ナプキンで優雅に口元を拭った。
そして、イブニングバッグから純金製の煙管(無臭タイプ)を取り出し、指先でクルクルと回す。
その瞳に浮かんでいたのは、紛れもない『悪人専門弁護士』としての、極妻モードの獰猛な輝きだった。
「ルーファス様。どうやら、私に与えられた『特命最高法務執行官』の権限を、公爵領内だけでなく、王都にも拡大していただく必要がありそうですわ」
「ああ、構わないとも。私の権力は全て君のものだ。……奴らが法を無視して牙を剥くというのなら、君のその完璧なロジックで、息の根を止めてやるといい」
ルーファスはリベラの隣に立ち、彼女の華奢な肩にそっと手を置いた。
「君が法で奴らを追い詰め、もし物理的な暴力で反抗してくる者がいれば……」
「その時は、私がトンファーで全員の顎を粉砕するから任せて! 正当防衛だからね!」
キャルルがプリンを飲み込み、力強く宣言する。
知略(法務)、権力(財力)、そして暴力(物理)。
ルナミス帝国史上、最も恐ろしく、最も完璧な『完全包囲網』が、ここに完成した瞬間だった。
「……ふふっ。頼もしい親友と、優秀な盾に恵まれて、私は幸せ者ですわ」
リベラは立ち上がり、窓の外の広大なアバロン公爵領を見下ろした。
前世では、たった一人で悪党たちと戦い続け、孤独の中で命を散らした。
だが今世では、彼女の背中を守り、その能力を最大限に評価してくれる最高の仲間がいる。
「さあ、業務再開です。帝国のバグ(悪党)どもを、一つ残らず合法的に駆除して差し上げましょう。……覚悟することね。私から慰謝料と賠償金をむしり取られるまで、絶対に逃がさないわよ?」
リベラの高らかな宣言に、ルーファスは深く、愛おしそうに微笑んだ。
「素晴らしい。やはり君は、私にとって最高の女性だ」
彼はリベラの手を取り、その甲に誓いの口づけを落とす。
「君が望むなら、この世界中を君の法廷にしてやろう。だから君は……一生涯、私の腕の中で、その愛らしい塩対応を見せ続けてくれ」
「……だから、距離が近いですってば!」
顔を真っ赤にしてルーファスを押し返すリベラ。
嬉しそうに目を細める氷の公爵。
そして、二人のやり取りを「ごちそうさま」と見守る兎耳の親友。
婚約破棄から始まった完璧令嬢の『合法的な逆襲劇』は、こうして第一幕の幕を降ろした。
だが、最強の天才弁護士と、底知れぬ執着を抱く公爵による、帝国全土を巻き込んだ無双劇——そして、糖度1000%の過保護な恋愛攻防戦は、まだ始まったばかりである。




