第六話 「開戦前夜」
遅まきながら各話にタイトルを付けました…。
◆シリウス星系での武力衝突より一ヶ月前——
連邦標準時
2314年1月14日 14時40分
シリウス星系 第4惑星「カエルム」軌道上
シリウス星系外縁に浮かぶガス惑星は、雄大な姿を見せていた。
幾重にも重なる雲が渦を巻き、その模様はどこか幻想的ですらある。
その軌道上に、一隻の漆黒の小型艦が、息を潜めるように静止していた。
艦は、ある一点をじっと観測している。
あたしは、諜報員なんて仕事を始めてもう十年以上になる。
だが、今モニターに映っているものは――そのキャリアどころか、人生そのものを左右する発見になるかもしれない。
……もうすぐ四十だってのに、厄介なものを見つけちまった。
モニターには、巨大なドックが映し出されていた。
そこには、見覚えのない巡航艦や駆逐艦らしき艦影が複数並んでいる。
巡航艦のサイズは、連邦標準規格のヘラス級よりも明らかに大きい。
そして――艦首。
そこに口を開けた巨大な砲口は、従来の主砲であるレールガンとはまるで違う。
まったく別系統の兵装だ。
口径も、既存艦を大きく上回っている。
(こんなの……海賊相手に使う代物じゃない)
自治政府が新型艦を建造しているという情報はなかった。
ましてや、こんなガス惑星軌道上にドックが存在するなど――聞いたこともない。
シリウス政府は、明らかに何かを隠している。
――だが、この距離で観測を続けるのは危険だ。
あたしの乗る偵察艦〈ジャクソン〉は最新鋭のステルス機能を備えている。
簡単に探知されることはない……はずだ。
だが、この距離でセンサーを起動し続ければ――
刹那。
狭いキャビンに、光学センサーの警報が鋭く鳴り響いた。
反射的にアラームを止め、別のモニターへ視線を叩きつける。
――後方に艦隊。
間違いなく、シリウス防衛艦隊。
いや――よく見ると、連邦標準艦とは微妙に違う。
そんな分析に意味はない。
全艦が、こちらに主砲を向けている。
(通信なんて来るわけない――!)
躊躇なくステルスを切り、ブースターを点火する。
静粛性など捨てた。離脱を最優先する。
瞬間、身体がGに押し潰される。
吐き気が込み上げる。視界が揺れる。
それでも、ここで逃げなければ終わりだ。
長年の経験が、理屈抜きで警告していた。
「死にたくない!」
誰もいない艦内で、思わず叫ぶ。
窓の外を、無数の弾体が掠めていく。
ヘラス級の155ミリレールガン。
この船では、駆逐艦の120ミリ弾ですら防げない。
――当たれば即死だ。
だが――
(この距離で、もう射程内……!?)
「ははっ……やっぱ警告なんてする訳ないよな……っ!」
蛇行機動を取る。
だが、掠める弾体は次第に大きくなっていく。
――修正してきてる。
射撃精度が上がっている。
次の瞬間。
窓外に、閃光。
――至近弾。
近接信管が作動し、爆炎が膨れ上がる。
直後、遅れて振動が機体を叩いた。
音はない。
それでも、爆音が頭の中で鳴り響く。
(次は――当たる)
恐怖が、すっと消えた。
「はあ……貯金……まだ全然使ってないのにな……」
そう呟いた――次の瞬間。
ガス惑星軌道上に、小さな爆炎が花開いた。
ONI(海軍情報局)諜報員 ダイアナ・トーレス大尉
コールサイン:D-14
ステータス:MIA(行方不明)
◆一ヶ月後 シリウス事変勃発と同時刻
連邦標準時
2314年2月14日 14時20分
地球は既に、人類の理想の住処ではなくなっていた。
赤道付近を除いて致死量の有毒物質が渦巻き、かつて栄華を誇った数々の大都市は、緑色の霧に呑まれている。
かつてメキシコ合衆国と呼ばれたこの地域は、今では北米管区と呼ばれている。旧メキシコ国民の集団は山岳地帯へと追いやられ、かつてアメリカ人と呼ばれた我々の集団が、事実上この地を支配していた。
そして我々は同時に、地球連邦の主導者でもある。
二〇八八年に終結した第三次世界大戦以降、旧国際連合の本部はニューヨークからメキシコシティへ移され、地球連邦へと名を変えた。そして宇宙へ広がりつつある人類文明の総本部へと昇格したのだ。
――と、ここまでは誰もが義務教育課程で学ぶ歴史だ。
しかし今、悪名高い第三次世界大戦に並ぶ転換点を迎えようとしているのではないか。そう考える者は、きっと多いだろう。
四年前、太陽系外自治政府の自治権拡大法案が連邦議会で可決された。太陽系側の自治州のほとんどが反対に投じたにもかかわらず、だ。
外の自治州たちは、今や我々とほぼ同数の議席を持つまでに成長している。保守的な政策を打ち出し続ける現政権も、そう遠くないうちに誰かに倒されるのではないか。
――例えば、シリウス星系自治政府。
元を辿れば、自治権拡大を最初に声高に訴えたのは彼らだ。他の自治州はそれに便乗したに過ぎない。
地球の仮想敵と言うと物騒だが、もしそんな存在がいるとしたら、きっと彼らのことだろう。
連邦政府本部ビルで大統領補佐官を務めている私は、各自治州からの最新報告書を読みながら、そんなことを考えていた。
黒い炭酸飲料を一口飲み、別の携帯端末を手に取る。大統領に提出するための簡略版資料の作成に取り掛かることにした。
そういえば、ONIがシリウス星系に派遣している諜報員D-14は、昨日には定期連絡のため帰還する予定だったが――
一日が過ぎても通信すら入ってこない。つまり、太陽系内にすら戻っていないということだ。
シリウス星系は、有人星系の中でも最も海賊が多い。偵察艦程度では、探知された時点で帰還は困難になるだろう。
しかし、彼女が乗っている偵察艦は、海賊ごときが探知できる代物ではない。
ならば、海賊ではない。
彼女の任務内容は――
半年前、シリウス星系で極秘偵察衛星が、ガス惑星軌道上に未知の構造物を発見した。
その正体を、シリウス政府に察知されることなく調査する――それが彼女の任務だった。
私はまず、この偵察任務の概要と最近のシリウス星系の情勢レポートを、事務AIを使ってまとめた。そして大統領の緊急メールボックスへ振り分けられるよう送信する。
グラスに残っていた一口分の炭酸飲料を飲み干し、席を立つ。
そして端末から大統領へコールを入れた。
――この件は、早急に対処しなければならない。
数秒後、大統領が応答した。
普段なら、このわずかな空白時間に昼寝と称した仮眠を取っている人物だ。軽く前置きを挟んで配慮を示す。
「お疲れのところ、申し訳ありません。至急報告したいことがありまして、緊急メールをご確認ください」
『うん? ああ、わかった。どれどれ……』
彼は最高級インプラントにより、常人を凌駕する速読能力を有している。
それでも十秒ほどの沈黙があった。
『なるほど。この情報に従うなら、連邦艦隊の派遣が視野に入るな』
『それも極秘で』
『分かっているとは思うが、これは自治政府への不信を露わにする決断になる』
『当然、情報の精査は済んでいるのだろうな?』
「ええ、AIによる精密調査も済んでいます」
「それに、ONI(海軍情報局)が派遣した諜報員はベテラン中のベテランです」
「彼女が、何の情報もなしに遅れたことは一度もありませんでした」
「さらにシリウス星系は、先日の“スキャンダル”と相まって独立の機運が高まっています。早急に対処しなければ、連邦の瓦解すら……あり得ます」
大統領も情報を把握したため、私は率直に見解を述べた。
『……ふむ。そうだな。では艦隊司令長官を呼び出せ。それと情報局長もだ』
『事態は一刻を争う。なんとしてもシリウス政府より先に動かねばならん』
『いつものように悠長に閣議する余裕はない』
「了解です。それでは執務室でお待ちしております。失礼します」
大統領の就寝を妨げた罪悪感がないわけではなかったが、気まずくなる前に通話を切った。
――約一時間後
大統領執務室にて
楕円形の小さな円卓。そのほとんどは空席だが、事が急を要するため、他の閣僚には内密で話を進めることになった。
短い会議の結果、連邦第二艦隊の派遣が決定した。
この時は、誰も思わなかった――
――これが、地球連邦、そして人類にとって初の星間戦争になるとは。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
ようやく地球の様子を描くことができました…。退屈な日常パートや政治パートが多くなりがちですが、次回はいよいよ艦隊戦です…。
さて連載は今のところ、平日は12時、土日は18時で毎日続けていく予定です。文字数が少ない分、継続性で補えたらと思います。




