第五話 「0.01秒の誤差」
連邦標準時
2314年3月1日 13時03分
アルファ・ケンタウリ星系 惑星ガガーリン
星系自治政府 航宙管理局
青空の下、ビル群が林立している。
ここは星系最大の都市であり、行政の中枢でもある。
その中心には、地球連邦の旗を掲げた円柱状の超高層ビルがそびえていた。
高さは五〇〇メートルを超える。
その内部――
今、この星系の均衡を揺るがす情報が入り、航宙管理局は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「局長!」
「なんだ!」
「星系外縁の探知衛星A-310が、僅か0.01秒ですが……」
「二個戦隊規模の艦隊と思しき反応をキャッチしました!」
「どうしますか?」
一瞬の沈黙。
「……自治政府に回すしかあるまい」
「A-300番台といえば、シリウス星系ジャンプポイント近傍だな?」
「はい。それに、航行スケジュールに該当する規模の艦隊は存在しません」
(まずいな……)
(こちらの星系防衛艦隊は、海賊討伐で半数以上が反対側に展開中だ)
(もし敵対意思があれば――確実に後手に回る)
「ひとまず上からの指示が下りるまでは、データの精査を続けろ」
「並行して、通信探知アンテナを当該方向へ向けておけ」
「こちらは首長に報告を上げる」
「お前たちも、今できることは最大限やっておけ」
「はい!」
局長ジョージ・ランドールは、やり取りを終えると即座に端末を操作した。
首長への報告書を、ほとんど反射的な速度でまとめ上げる。
送信。
そして、通信接続を要請する。
――遅い。
応答が来ない。
現首長は軍人上がりと聞いている。
おそらく、防衛艦隊の指揮に関わっているのだろう。
となれば、地下層の統合作戦本部か。
椅子の下で、無意識に貧乏ゆすりが始まる。
二分後。
ようやく回線が開いた。
『お待たせしました。首長秘書のカレン・フジイです。ご用件は何でしょうか?』
――秘書か。
一瞬、苛立ちがよぎる。
だが、それを表に出すわけにはいかない。
「ああ、航宙管理局局長、ジョージ・ランドールだ」
「緊急の報告がある。首長と直接お話ししたいのだが……ご多忙かな?」
『現在、統合作戦本部にて防衛艦隊の作戦を確認中です』
『お繋ぎいたしますので、少々お待ちください』
回線の向こうから、場違いなほど穏やかなピアノの旋律が流れ始める。
――今はそんな気分ではない。
『すまない、緊急の報告があるとのことだが。』
『要件は? 手短に頼む』
「はい」
「先ほど、シリウス星系ジャンプポイントにて――」
「二個戦隊規模の艦隊と思しき反応が検知されました」
「十中八九、シリウス艦隊と思われます」
『……なんだと?』
『聞き間違いか? 今、シリウス艦隊と言ったのか?』
「はい」
「さらに、昨日到着予定だったシリウス発の連絡船が、定型文での応答しか返していません」
「この状況とタイミングを考えると――」
『シリウス自治政府が動いた、ということか……』
短い沈黙。
『分かった。緊急閣議を開く』
『君も十分後に閣議室へ来たまえ』
「――はい」
ジョージは応答を終えると、静かに回線を切った。
◆ジャンプ直後
連邦標準時
2314年3月1日 08時03分
シリウス防衛艦隊 第一戦隊
駆逐艦アルマダ
「艦長! 反物質炉の出力不足により、アクティブステルスの起動が0.01秒遅れました!」
「……探知された可能性が高い、な」
――誰も返事をしなかった。
沈黙がCICを支配する。
「デメテル! 戦隊旗艦に光学通信を!」
間髪入れず、CIC中央のテーブルモニターにデメテルが現れた。
――彼女の表情にも、わずかな焦りが浮かんでいる。
「旗艦から光学通信の回線を確認。モニターに接続します」
直後、額に汗を浮かべた司令官の姿が映し出された。
『状況は把握しているな。貴艦のステルス起動遅延により、我が艦隊は“彼ら”に探知された可能性が高い』
『だが、デメテルの迅速な対応により影響は最小限に抑えられている』
『現時点で、敵は我々の正確な位置を捕捉できてはいないはずだ』
『……それで、そちらの不調は復旧できる見込みか?』
「はい……申し訳ありません。復旧は既に進めております」
「しかし……恐れながら、針路変更を提案します」
アルマダの艦長は熟練の士官だった。
だが、機関トラブルという不可抗力に加え、自身の監督下で発生した失態が艦隊全体を危機に晒した――
その事実が、彼の額に汗を滲ませていた。
司令官は一瞬だけ思案するように視線を落とし、すぐに結論を下した。
『本来ならそうしたいところだ。だが、迂回すれば時間を失い、奇襲効果が損なわれる恐れがある』
『予定通り進む。敵に探知されない限界まで加速する』
『各艦、加速に備えよ』
それだけ告げると、通信は途絶えた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、艦長が声を張り上げる。
「聞いたな!」
「全艦、加速準備!」
「「了解!」」
◆シリウス艦隊のジャンプから5時間20分後
連邦標準時
2314年3月1日 13時20分
アルファ・ケンタウリ星系 惑星ガガーリン
首都コーンウォール 閣議室
ベルドラン・シューマン 自治政府首長
楕円形のテーブルを囲む閣僚たちは、互いの意見をぶつけ合い、閣議は激しく紛糾していた。
「航行管理局長! 本当にセンサーのエラーではないのだな?」
「はい。各衛星の自己診断プログラムを三度実行しましたが、異常は確認されていません。間違いありません!」
「では仮に連邦への反乱だとして――我々はどちらにつけばいいのだ!」
「首長、意見をお聞かせください!」
「……現時点では、静観するしかないだろう。防衛大臣」
私は腕を組んだまま、努めて冷静に応えた。
「それは、いつまでですか?」
外務相が食い下がる。
「シリウス艦隊が、勝算もなく反乱など起こすはずがない。では仮に――彼らが勝った場合は?」
「最悪、我々は双方から敵視されかねません!」
その言葉に被せるように、経済相が口を開いた。
「我々の重工業は、完全に太陽系へ依存しています! 艦隊を失えば、自力での再建は不可能です!」
「新興のシリウス星系か、太陽系か――どちらかのドックを借りるしかないのですよ!」
「我が星系は、太陽系の食料自給率の四〇%を担っている一方で、重工業はほぼ一〇〇%、火星か地球に依存しています」
「しかし、シリウスの工業力は自給が精一杯。戦力比を考えても、我々が地球連邦を裏切る理由にはなりません!」
経済相の主張を受け、防衛相が静かに続けた。
「太陽系艦隊は、記録通りならシリウス艦隊の八倍の戦力を有している」
「彼らが容易に敗北するとは考えにくい。練度に差があるとはいえ、この戦力差は決定的だ」
だが、外務相は納得しない。
「では、シリウス艦隊が勝利した場合はどうするのです?」
「この星系は交通の要衝です。我々に反乱への参加を迫るか、あるいは軍事占領に踏み切るでしょう」
「その時、誰が責任を取るのですか?」
――場の空気が一層張り詰める。
現状、経済相と防衛相は連邦への残留を主張し、外務相はシリウス自治政府への接近も視野に入れている。
どちらの言い分にも、一理ある。
だが――。
(考えても仕方がない。最善でなくとも、決断は必要だ)
「ともかく、シリウス艦隊が太陽系から帰還するまでは判断できない」
「そもそも、まだ反乱と確定したわけでもない」
「我が星系の艦隊も半数が外地に展開中だ。まずはそれらの再配置が先決だろう」
「シリウス艦隊の予想帰還時期は? 航行管理局長」
「はい。最速で行動した場合、連邦標準時三月二十一日頃と試算されています」
「ならば、派遣中の防衛艦隊を速やかに引き上げろ」
「シリウス艦隊が本星系を離脱したのを確認後、JPに展開させる」
「防衛相、異論は?」
「……ありません、妥当な判断でしょう」
全員が納得したわけではない。
だが、当座の方針は固まった。
今回は――不確定要素が多すぎる。
我々だけではない。人類文明そのものが、百年以上もの間、大規模な戦争を経験していないのだ。
いかに優秀な人間であっても、突如このような状況に置かれれば、慎重にならざるを得ない。
少なくとも――私は、億単位の人命を賭けた博打を打つ度胸はない。




