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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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第四話 「存在意義」

連邦標準時

2314年 2月27日 17時00分


シリウス星系 外縁宙域

シリウス防衛艦隊 第二戦隊

旗艦 装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス中佐



 スクリーンの向こうに、小さく二つの白い恒星が見える。


 両者の大きさには明確な差がある。


 だが――紛れもなく、我々にとってはこちらが「太陽」だ。


 この母なる光を見るのも、明日で最後になるかもしれない。


 眩しく白い連星は、我々の未来を何も教えてはくれない。


 宗教という概念がとうに捨てられた時代に生まれた身としては、ただの光源に過ぎない。


 それでも――この光を見るのが最後になる者もいるだろう。


 それが、堪らなく寂しい者もまた。


 CIC中央のテーブルモニターに、いつものようにデメテルが現れた。


「ああ、交代の時間か……」


 そう呟くと、彼女も小さく頷く。


「はい、皆様お疲れ様です。あと一〇秒ほどで交代要員の方々が入られますよ」


 事務的な口調でそう告げた後、ふと思い出したように表情を変えた。


「あ!皆さんに言いたいことがありますよ!」


「最近、私を妙な用途で使う人が多いんですけど!」


「少しは自重してくださいよ!」


 AIらしからぬ不満に、CICに笑いが広がる。


「ナニをしてるのか知らねぇけど、あんまり彼女を酷使するなよ!」


 船務長が笑いながら返す。


 だが――


「あら?あなたもですよ?船務長?」


 即座の反撃に、船務長は頭を掻いた。


「お前もじゃないか!」


 周囲からの茶化しが飛ぶ。


 デメテルはその様子を見て微笑み、軽く頭を下げるとモニターから姿を消した。


 長時間座っていた士官たちは、腕を伸ばして身体をほぐし、私物をまとめ始める。

 とはいえ、ほとんどは飲料ボトルだ。


「さて、明日からは忙しくなるぞ。みんな、よく休めよ」


 そう声をかけると、部下たちの表情が緩む。


 CICのドアが開き、交代要員が入ってきた。


「では後を任せたぞ、コルテス副長」


 当直を引き継ぐ副長の肩を軽く叩く。


 生真面目な男だ。

 砕けた私とは対照的な存在でもある。


 七三に整えられた茶髪、寸分の狂いもない制服。

 ミリ単位で調整しているのではないかと思うほどだ。


「はい、艦長。お任せください!」


 彼の返答を受け、席を立つ。


 退室しようとしたところで、後ろから肩を軽く叩かれた。


「あ、艦長。先日からのレクリエーション、クルーからはなかなか好評ですよ」


 ――レクリエーション?


 記憶を辿る。


 思い出した。


 小惑星帯での訓練後、トリエステで起きた軽い口論。


 その後、出港前にデメテルへコピーさせた人格モデル――

 それをオリンピア艦内ネットワークへ公開した件だ。


 乗員が、私と相談しているような体験を得られるようにするための措置。


「ああ、()のことか。そんなに面白いのか?」


「ええ、普段の艦長と遜色なく会話できますから。ただ……」


「ん?なんだ?」


「倫理的にはどうなのでしょうね?今回は艦長本人の提案ですから……問題はないでしょうが」


 副長らしい懸念だった。


 人格模倣が、本人の知らぬところで使われる未来を危惧しているのだろう。


「まあな。確かに規制もない分野だ。だが、本人の承認があれば問題はあるまい?」


 そう言って、彼の肩を軽く叩く。


「そうですね。心配性が出てしまいました。改めてご配慮、感謝します」


「そう硬くなるな。柔軟性を欠いては敵に足を掬われるぞ!」


「はい!では、お疲れ様でした!後はお任せください!」


 敬礼を返し、CICを後にする。


 通路に出ると、ふと思う。


 どうやらクルーの中には、“私”をからかうような使い方をしている者も多いらしい。


 まあいい。

 元々メンタルケアが目的だ。


 ログの詳細はブラックボックス化しているが、用途の傾向はデメテルから報告を受けている。


 副長とは勤務時間がずれているため、こうした会話も貴重だ。


 彼は自由時間に()とボードゲームをしているらしい。


 しかも、手癖や思考傾向まで再現されているという。


 負ければ悔しがるところまで。


 ――奇妙な話だ。


 だが、この人格モデルの本来の目的は別にある。


 火星へ向かう“特務小隊”。

 そこで当直士官に対応するのは、()そのものだ。


 私を知る者に見破られないため、再現度は極限まで高める必要がある。


 むしろ、娯楽用途は副産物に過ぎない。


 そんなことを考えながら歩いていると、食堂を通り過ぎてしまっていた。


 気付けば自販機の前だ。


 仕方なく何か飲むことにする。


 いつものエスプレッソ――と思ったが、中央ディスプレイに新商品が表示されていた。


 ノヴァ・マーレ産果実の風味を再現した清涼飲料。


 普段は甘味を避けている。

 だが、母星を離れていると、こういうものに惹かれる。


 顔認証は済んでいる。

 ボタンを押し、取り出し口からボトルを取る。


 食堂の空席に座り、端末でメニューを確認する。


 海鮮風パエリアは品切れ。


 仕方なく、野菜と肉のパエリアを選んだ。


 飲料に口をつけたところで、向かいに人影が座る。


「おお、艦長!お一人とは珍しいですね。何か考え事でも?」


 航海長、ペドロ・アレハンドロ少尉だ。


 若いが、艦内の空気を明るくする貴重な存在でもある。


「ああ、ペドロ。いや、ちょっとな……」


 曖昧に返し、話題を変える。


「ところで、ペドロはデメテルと仲良くやれてるか?」


 そう聞くと、彼の表情がぱっと明るくなった。


「ええ!彼女ができたみたいですね!お恥ずかしい限りですが、今では癒しの存在ですよ!」


 ――分かりやすい。


 さきほどのCICでのやり取りを思い出す。


「あんまり妙な使い方するなよ?さっき愚痴ってたぞ」


 笑いながら言う。


「い、いや、その……過激な用途には使ってないです、よ?」


 明らかに心当たりのある反応だが、深追いはしない。


「ふん、まあいい。しかしなぁ……」


「食堂のメニュー。みんなパエリア頼みすぎだろ」


「艦長の俺がいつものメニューにありつけないってのはどうなんだよ」


 軽く不満をこぼすと、ペドロは苦笑する。


「まあ、我々のソウルフードですからね」


「いや、本気で怒ってるわけじゃないさ。どうせ明日には補充が来るだろ?」


「――そうですね。ジャンプ前には補給されるはずです」


 ほんの一瞬、間があった。


 その先にあるものを、互いに意識したからだろう。


 明日のジャンプ。


 そして――戦闘。



◆翌日

連邦標準時

2314年2月28日 12時00分



「補給艦トリエステのシャトルが格納庫を離れます。補給作業完了です」


 航海長の報告に、私は頷いた。

 端末を操作し、連合艦隊司令官への回線を開く。


「こちら第二戦隊、バルデス中佐です。全艦、補給完了。座標入力および位相転写準備も完了しました」


「司令官、いつでも行けます」


『了解、定刻通りだな。全艦、位相転写開始。アルファケンタウリ星系への投射完了後は、アクティブステルスおよび無電封鎖を徹底せよ』


 CICに、わずかな沈黙が落ちる。


 ――いよいよ、シリウスを離れる。


 ここから先は、戦場だ。


 誰もがそれを理解していた。


「第一戦隊とのリンク、機関、気密、すべて正常。司令官の合図で転写開始可能です」


 航海長の報告。


 テーブルモニターに浮かぶデメテルも、静かに頷いた。

 その表情は、どこか人間じみた「覚悟」を帯びている。


『おいおい、皆そんなに硬くなるなよ!』


『俺たちが一番勲章持ってんだ!』


『そんなビビり具合じゃ、シリウス艦隊最精鋭の名が廃るぞ!』


 不意に、正面スクリーンに()が現れた。


 ――檄。


 一瞬遅れて、空気が緩む。


 デメテルの“気遣い”か。


 クルーの表情がわずかに和らいだ。


「おいおいデメテル、俺のコピーで遊ぶな」


 軽く注意する。


「すみません。皆さんのストレス値が上昇していましたので」


 彼女は微笑んだ。


 唐突な登場に驚きはしたが――効果はあった。


 少なくとも、今の一幕で緊張は確実に和らいでいる。


 ……本当に優秀なサポート役だ。


「まあいい」


 それに――


 ()()()という言葉も、誇張ではない。


 この艦のクルーの多くが乗っていた駆逐艦アルクトゥルスは、対海賊戦闘においてシリウス艦隊最多の勲章を受けた艦だ。


 普段は軽口を叩く連中でも、腕は確かだ。


 シリウス艦隊どころか、地球連邦全体でも上位に入るだろう。


「シリウス艦隊全艦、位相転写開始!現時刻をもって投射完了まで外部通信は不可能になります!」


 船務長の声がCICに響く。


 スクリーンの外景が、糸のように引き延ばされていく。


 ――転写開始。


 船体が、高次元へと移行していく証だ。


「よし、ここまで来たんだ。点検は万全だろう」


「航海長、目標座標への投射完了時刻は?」


「はい、連邦標準時三月一日〇八〇〇、到着予定です!」


「うん。それまではクリオルームに入れ。体力を温存しろ」


 クリオルーム――低温睡眠室。


 長距離航行中、乗員の生命活動を最低限まで抑え、消耗を防ぐ設備だ。

 疲労回復効果も高く、連邦の宇宙船では標準装備となっている。


 かつてなら、この航行中も機関科や航海科は神経を張り詰め続ける必要があった。


 だが今は違う。


 デメテルがいる。


 異常があれば、インプラント経由で必要な人員を呼び出し、彼女自身でもある程度の対処が可能だ。


 ボトルのエスプレッソを一口飲む。


 そのまま端末で艦内各所の状態を確認する。


 先ほど現れた()


 あれは、皆が知る私以上に「私らしい」振る舞いを見せていた。


 だが――


 あの中には、不安は一切なかった。


 私が抱えているはずの迷いも、躊躇も。


 ……デメテルの“演技力”には、改めて驚かされる。



◆翌日、投射完了予定時刻5分前

連邦標準時

2314年3月1日 07時55分



 船外には、まだシリウス星系の光景が広がっている。


 ただし――正常な姿ではない。


 恒星も惑星も、すべてが糸のように引き延ばされ、歪んでいた。


 FTL航行に伴う高次元転写の副作用。


 この状態では、艦隊間通信は一切不可能だ。


 ――投射完了までは。


「艦長。索敵機能、通信機能ともに異常なし」


「アクティブステルス機能も起動準備完了しています」


 テーブルモニターに浮かぶデメテルが、淡々と報告する。


 私は小さく頷いた。


「よし、投射完了まであと2分を切った。皆、大丈夫か?」


「「はい!」」


「光学イルミネーター起動。コンデンサ充填量、予備と合わせて110%」


「全兵装、斉射準備完了しています」


「砲雷長」


 一拍置いて、言葉を続ける。


「まだアルファ・ケンタウリの連中が敵になるとは限らん」


「許可が下りるまでは、敵対行為は厳に避けろ」


「……はい」


 短い返答。


 だが、その声色以上に――

 CIC全体に張り詰めた空気が満ちている。


 まもなく、この歪んだ光景は終わる。


 そして次に広がるのは――

 我々の故郷とは異なる、連星系の空。


 投射直後は、最も危険な時間帯だ。


 逆探知を避けるため、星系外縁をかすめるように航行し、太陽系ジャンプポイントへ向かう。


 予定では約一週間。


 息を潜め続ける航海になる――


 はずだ。

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