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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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第三話 「デメテルとオリンピア」

連邦標準時

2314年2月17日 10時00分


シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス中佐



 汚れひとつない内装に、思わず心が弾んだ。

 CICの艦長席から、忙しなく動く部下たちを眺める。

 バルデスはエスプレッソの入ったボトルを一口飲み、個人端末のホロ画面を軽く一瞥した。


 二年連れ添った駆逐艦アルクトゥルスに比べ、この艦は遥かに広く、余裕がある。

 乗員たちも、新たな母艦に徐々に慣れ、愛着を抱き始めていた。


 そんなことを考えていると、砲雷長が口を開いた。


「艦長、荷電粒子砲の調整はほぼ完了しました。あとは試射で確認すれば、兵装の動作確認は終わりです!」


「¡Muy bien!(最高だ!)」


「艦長、一応勤務中ですよ」


「そうだったな、大尉。気を入れ直さんとな!」

「まあ、順調ならそれでいい。全員、作業が一段落したら作戦ファイルを読み直しておけ!」


「「了解!」」


 同胞ばかりの環境だと、つい母語が出る。

 もっとも、インプラントの翻訳機能がある以上、他国の軍人相手でも問題はないのだが――


 砲雷長は苦笑を浮かべていた。

 程度の差はあれ、母語で話したい欲求は誰しもが持っている。


 同胞だらけの場所なら、なおさらだ。


 ――だが、任務は任務だ。気を引き締めなければならない。


 バルデスが任官した頃に火星で建造されたこの艦も、今回の作戦に合わせた一年に及ぶ大改装によって、新造艦のように生まれ変わっていた。

 性能は以前とは比べ物にならない。


「副長、『デメテル』とのリンクは終わったか?」


「はい、完了しています。良好ですよ」

「こいつは前の木偶の坊より、よほど話が通じます」


 副長がそう言うと、まるで肯定するかのように彼のコンソールが一瞬だけ明滅した。


 ――シリウス自治政府の総合AI『デメテル』。


 二年前に運用が開始されたそれは、連邦製AIとはまったく別物だった。

 有機的な応答。独立したネットワーク。


 どちらも連邦製には存在しない特徴だ。


 そして何より――この計画を連邦政府から秘匿し続けた最大の功労者でもある。


 三日前、自分の人格を完全再現する過程で、根掘り葉掘り質問されたことを思い出す。

 あれ以来、どこか心の奥を覗かれているようで落ち着かない。


「艦長、軍港管制より出港許可が出ました!」


「了解。エアロック接続解除!」


「航海長、機関長! 準備はいいな?」


「操舵系問題なし、いつでも行けます!」


「機関も問題なしです!」


「よし、出港だ」

「いいか? 正規軍相手の戦闘は、俺も初めてだ。気を引き締めて行くぞ!」


「「了解!」」


 士気の高い乗員たちを乗せた、改ヘラス級装甲巡航艦「オリンピア」。

 その船は、銀色の船体を輝かせながら宇宙港を離れ、漆黒の宇宙へと滑り出した。


 同じ改装を受けた第一戦隊と、

 そして無人となったかつての母艦アルクトゥルス率いる特務戦隊ともに――



◆2日後

連邦標準時

2314年2月19日 15時20分


シリウス星系 第四番惑星「カエルム」


シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」


 大小さまざまな岩塊が浮かぶ、ガス惑星の軌道上。

 本来であれば、海賊の潜伏を警戒し、捜索を行う宙域だ。


 眼前に広がる無数の岩塊――そのどれに海賊の拠点が潜んでいるか、判別は困難だったからだ。


 だが、今は違う。


 昨年の冬、バルデスはアルクトゥルスを率いてこの宙域を掃討した。

 海賊の仮装巡航艦はすべて撃沈し、海兵隊によって拠点内部も完全に制圧済みである。


 ――ここに、もはや敵はいない。


 現在この宙域にいる理由は、対海賊任務ではなかった。


 新装備――荷電粒子砲、長距離ミサイル、そして対艦魚雷。

 それらの最終実射試験が目的である。


 標的は、かつて海賊拠点として使用されていた直径五キロ級の小惑星。

 各種兵装の使用感を確認し、クルーを実戦に慣らすための訓練だ。


 これを終えれば、太陽系へ向かう。

 そして――初の実戦に投入される。


「艦長、目標との距離、約二光秒。光学ロック完了!」


「了解。まず対艦魚雷、続いてミサイルを発射」


「魚雷、ミサイル、発射。到達まで一〇〇秒!」


 砲雷長の操作に合わせ、スクリーンに小型推進器の炎を噴く無数の物体が映し出された。


 ――約九〇秒後。


 船務長による十秒カウントが始まり、誘導弾の着弾が刻一刻と迫る。


「続いて荷電粒子砲、発射」


「了解、発射します」


 誘導弾の着弾に先行させる形で、砲撃を指示する。


 発射の瞬間、艦体にわずかな振動が走った。

 だが、即座に慣性制御が働き、不快な加速感は打ち消される。


 スクリーンでは――


 まず、魚雷が着弾し、小惑星に巨大な爆炎が咲く。

 続いてミサイルが命中し、複数の中規模爆発が重なる。


 そして一拍遅れて――


 その炎の中心に、ぽっかりと“穴”が穿たれた。


 荷電粒子砲だ。


 爆炎が晴れた後に残っていたのは、粉砕された岩塊の残骸だけだった。

 小惑星は、完全に破壊されていた。


「着弾誤差、プラスマイナス約三メートル。許容範囲内です」


「了解。砲雷長、各種兵装の排熱状態は?」


「問題ありません! 三〇秒で再射撃可能です!」

「カタログ値より排熱効率が良好ですね!」


「結構だ」


 バルデスは短く頷いた。


「二〇分後、デメテルのレポートと合わせて、第二戦隊および第一戦隊の訓練評価を行う」

「該当者は格納庫に集合。補給艦『トリエステ』へ移乗する」


 隣で副長が頷き、艦内放送で指示を復唱した。



◆二〇分後


シリウス防衛艦隊

補給艦「トリエステ」 大会議室



 地球連邦に秘匿されたまま建造された新造艦――トリエステ。

 従来の連邦艦では不可能だった長距離任務を支える為の補給機能と簡易工廠を備えている支援艦だ。


 その内装はオリンピアと同様に真新しく、通路を行き交うクルーも若い新兵が目立っていた。


「第二戦隊旗艦オリンピア艦長、バルデス中佐、入ります」


 厳かに告げ、砲雷長と航海長を伴って入室する。


『ご足労ありがとうございます。全員揃いましたので、訓練評価を開始します』


 どこからともなく、女性の声が響いた。


「デメテル、聞いているな? まずはお前から報告を」


 円卓中央に座る司令官が言う。


 一瞬の間の後――テーブル上にホログラムが浮かび上がった。


 知的な雰囲気を纏う女性のアバター。

 古代ギリシャ風の衣装をまとい、羊皮紙の束を抱えている。


『はい! 司令官、感度良好です!』


『まず、今回の主力装備である荷電粒子砲についてですが――』


『製造元のビアット社は、やや性能を過小評価していたようです』


『各艦のログを確認した限り、カタログスペックを上回る性能が確認されています』


『例えば、冷却効率が想定以上に良好、という報告が複数上がっていますね』


 柔和な口調で、淡々とした分析。

 人間らしい軽口すら交えながら、評価は極めて正確だった。


「うむ、ビアット社のエンジニアには文句の一つも言わねばな」


 白髪混じりの司令官が、微笑を浮かべて応じる。


『ただし、新規採用されたVLSミサイルについては別です』


『発射数の約一%、二発ほど不発が確認されています』


『許容範囲内ではありますが、信管の再点検を推奨します』


『それと――第二戦隊司令、バルデス中佐?』


 不意の指名に、わずかに表情が強張る。


「……何だ?」


『大変申し上げにくいのですが、任務中に母語を使用する行為は、規律上の問題となります』


『現時点で任務遂行に支障はありませんが、今後はご留意ください』


「……ああ、すまない。示しがつかんな。気をつけよう」


 無難に応じる。

 内心では、プライベートに踏み込まれたような違和感が残ったが。


 左右から、肘掛けが軋む音がした。

 ――気持ちは分かるが、やめろ。


「デメテル、それは越権行為だ。プライベートへの介入だろう」


 航海長が堪えきれず口を挟む。


「ペドロ、落ち着け」

「彼女は間違ったことは言っていない。任務中は節度を守れ、というだけだ」


 肩を軽く叩いて制する。


「……失礼しました、艦長」


 その時、アバターがわずかに表情を曇らせた。


『こちらこそ申し訳ありません。皆様の気分を害する意図はありませんので』


 羊皮紙を抱え直しながら、頭を下げる。


「まあいい。これから関係を築いていけばいいさ」


 司令官が穏やかに言った。

 孫娘を諭すような口調だった。


「こちらも部下が失礼した。続けてくれ、デメテル。他に問題は?」


 空気を戻すため、話を進める。


『はい。第一戦隊所属、駆逐艦アルマダについてですが――』


「何だ?」


『訓練宙域への移動中、反物質炉から〇・一秒間、安全基準を超える放射線漏洩が確認されました』


『乗員への健康被害はありませんが、機関の再点検を推奨します』


 一瞬、室内が静まり返る。


 ――短期間での改装だ。無理もある。


 司令官も同様の認識らしく、小さく頷いた。


「他に問題はあるか?」


『以上です』


「よし。では今後の航海日程と作戦行動を再確認する」


 司令官が姿勢を正し、円卓を見回した。


「今回の『レコンキスタ計画』――」

「これは、これまでの任務とは全く違う」


「各艦長は、乗員の精神状態に細心の注意を払うように」


 全員の顔を確認し、ゆっくりと続ける。


「次の進路は星系外縁、FTLJP(ジャンプポイント)だ。到着予定は二月二十八日」


「道中での戦闘は想定されないが、気を緩めるな」


「それにアルファ・ケンタウリ星系の動向は不明だ。発見されないよう慎重に航行する」


「太陽系到達後は、即座に電波妨害を展開。哨戒部隊を排除する」


「トリエステはJP(ジャンプポイント)で待機」


「第一戦隊はタイタン軌道へ向かい、燃料精製基地および自治州艦隊を攻撃」


「第二戦隊は特務戦隊を分離後、地球圏へ短距離ジャンプを実施」


「三月十四日二十一時三十分、両戦隊は地球圏で合流予定だ」


「合流後、地球軌道施設に対して艦砲射撃を実施」


「その後、迅速に離脱しシリウスへ帰還する」


 司令官は一度言葉を切った。


「――以上だ。異論や意見具申はあるか?」


 沈黙。

 誰も口を開かない。


『では、訓練評価および作戦会議を終了します。皆様、ご武運を』


 デメテルの言葉とともに、アバターが消えた。


 軍人たちが立ち上がり、次々と退室していく。


 だが――


 バルデスだけは、その場に残った。


 先ほどまでデメテルがいた空間を見つめながら、エスプレッソを一口飲む。


 小さく息を吐いた。


 ――やはり、時間がかかるな。


 あれは人間に近い。だが、人間ではない。


 口論ですら、計算しているように見える。


 ――不気味だ。

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