第二話 「ノヴァ・マーレの落日」
連邦標準時
2314年2月15日 18時40分
シリウス星系 惑星ノヴァ・マーレ軌道上
ポルト・グラナダ 休憩室
『ポルト・グラナダ』――火星軍港と同じく、軌道エレベーター低軌道区画に接続された、半径五百メートルほどの環状港湾だ。
外周通路の窓は酷く燻んでいる。
停泊中の艦隊の乗組員が絶えず行き交い、清掃が追いついていないのだろう。
先ほど、『デメテル』との長い対話を終えた。
あのやり取りで、一生分の感情を吐き出した気がする。
精神的疲労が重い。
まさに「地獄帰り」だ。
――とはいえ、『デメテル』は私の代役を務められる段階には達したはずだ。
私は個人端末でニュースアプリを開いた。
そこに映るのは、地上で発生している武力衝突の速報。
一通り目を通し、思わずため息を吐く。
カップに残っていた漆黒のエスプレッソを飲み干した、その時だった。
端末から着信ブザーが鳴る。
司令部か――
「はい、バルデス少佐です。ご用件は?」
『少佐、お疲れ様です。司令部のカドルナ少尉です』
『新たな指令が下りました。端末をご確認ください』
若い声だ。直属の上官ではない。
「了解。わざわざありがとう」
『では、よろしくお願いします』
短い通話を終え、通知欄を開く。
最上段には「至急」と強調されたメッセージ。
簡潔な概要文の末尾に、詳細な作戦ファイルが添付されていた。
読み終え、スクリーンを消す。
空になったカップを食洗機に押し込み、休憩室を出た。
二年。
駆逐艦アルクトゥルスと共に過ごした時間だ。
長かったのか、短かったのか――自分でも分からない。
だが、あの艦の安心感は、故郷の家と大差なかった。
その母艦を離れた乗員たちは、今回の作戦に合わせて装甲巡航艦へと移籍している。
それでも、別れを惜しむ者は多かった。
今回の相手は海賊ではない。
正規軍だ。
しかも、こちらの八倍以上の艦艇を持つ相手に奇襲を仕掛ける。
――無事で済むはずがない。
部下の半分が生き残れるかどうかも分からない。
回廊を歩くバルデスの足取りは、重かった。
◆約四時間前、惑星上
連邦標準時
2月15日 14時40分
シリウス星系防衛軍海兵隊 第二旅団
ルイス・サモラ伍長
ヌエバ・グラナダの昼は暖かく、穏やかだった。
だが、その空気はどこか張り詰めている。
駐屯地の外から聞こえる喧騒は、平時のものとは明らかに違っていた。
先週、匿名ネットワーク上に地球連邦の税務台帳がリークされた。
そこには、連邦政府が帳簿を改竄し、自治州から過剰な税を徴収していた証拠が記されていた。
この情報を受け、市民は激怒した。
ここ数日、大通りは抗議のデモで埋め尽くされている。
今も、駐屯地前の通りは独立を訴える群衆で溢れていた。
その群衆を半包囲する連邦警察。
しかし、押し負けるのは時間の問題に見える。
詰所の隊員たちは各自端末をいじっていたが、意識は確実に外へ向いていた。
――その時。
遠くから銃声が一発、響いた。
直後、統制された複数の発砲音。
隊員たちは一斉に顔を上げ、窓の外を見る。
警察車両のドアが次々と開き、整然とした足音が続く。
特殊部隊が展開し、市民に武器を向け始めていた。
その光景に、隊員たちの表情が変わる。
怒りだった。
拳を握る者。歯を食いしばる者。
誰もが、目の前の光景を受け入れられずにいた。
その時、隊長の端末が鳴った。
「……はい! 了解です!」
短い通話の後、怒号が飛ぶ。
「野郎ども! 出番だ!」
「各自装備付け、整列!」
空気が一瞬で切り替わる。
一分とかからず整列が完了した。
「任務だ。連邦警察から市民を守れ」
「インプラント照準、再確認。誤射は許されん」
「了解!」
先ほどまでとは違う、明瞭な返答だった。
迷いはない。
ルイスも自己診断を実行する。
視界の端に照準インターフェイスが浮かぶ。
異常なし。
隊長機が先行して離陸し、輸送車も順に動き出す。
「ルイス、早く乗れ! ガンナーが足りん!」
「了解!」
ルイスは中型兵員輸送車のガンナー席に飛び乗った。
駐屯地の門を出た瞬間――警察隊員と目が合った。
ヘルメット越しでも分かる。
恐怖の表情。
だが、任務は変わらない。
「総員、撃ち方はじめ!」
号令がインプラントを通して脳内に響く。
発砲許可。
ルイスは一瞬だけ迷い、すぐにそれを振り払った。
引き金を引く。
低い駆動音と共に放たれたレーザーが、敵のヘルメットを焼き切る。
消し炭。
次の標的へ。
次々に撃つ。
敵の銃声は火薬式のものだけ。
だが、特殊部隊はすぐに体勢を立て直した。
黒焦げの車両を遮蔽物にし、反撃を開始する。
視界に予測線が走る。
回避。
直後、防楯に赤熱した線。
紙一重だった。
ルイスは歯を食いしばり、出力を上げる。
照準が赤に変わる。
遮蔽物ごと撃ち抜いた。
金属が溶け、貫通する。
横薙ぎに掃射。
隠れていた敵が上下に分断された。
だが、まだ残る。
動きは速く、統制も崩れていない。
――さすがは特殊部隊。
その時、味方の重装甲部隊が前進してきた。
敵のレーザーを受けながらも構わず突進し、戦斧を振り下ろす。
遮蔽物ごと敵が断ち切られる。
空からはVTOL機の高出力レーザー。
光の雨。
敵は次々に倒れていく。
それでも一人、ナイフを手に突撃してきた。
異様な速さだった。
重装甲兵の死角へ回り込む。
――届く。
その瞬間。
上空からのレーザーが直撃した。
頭部が焼け、消えた。
静寂。
戦闘は、五分もかからず終わった。
敵は壊滅。
ルイスはタレットから手を離し、空を見上げた。
遠方でも閃光が走っている。
同じ戦闘が続いているのだろう。
その時、自分の体が震えていることに気づいた。
グローブの中が汗で湿っている。
鼓動が耳に響く。
――遅れて、実感が来た。
戦闘は終わった。




