表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第二部 「機動艦隊、出撃」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/35

第六話 「その天秤が傾く時」

◆会談の直後――


連邦標準時

2314年5月14日 10時30分


プロキオン星系 第三惑星「アーユシュマーン」

低軌道上 ヴィシュヌ宇宙港 大会議室


アディティヤ・ラオ プロキオン自治政府首長



 プロキオン自治政府の閣僚たちは、シリウスからやってきた自由恒星同盟の使節団から一通り話を聞き終えた。


 そして、同盟に加盟するか否かを決める閣僚会議を始めようとしていた。


 大会議室から自由恒星同盟の面々が退室し、閑散とした会議室の中で彼らの本音が語られようとしていた。


「さて、ここで一度皆の本音を聞きたい」


「ここでの発言は秘匿するので、立場を気にせず自由に発言してほしい」


 ラオがそう言い切ると、閣僚たちは互いに顔を見合わせた。


 まず、カプール外務相が挙手した。


「カプール君、どうぞ」


「はい、先程の彼らの理念は立派でした。その実行力も確認できたと言ってよいと思います。しかし――」


「これは支配者が連邦からシリウスに変わるだけ、とも言えるかと」


 その発言に他の閣僚たちも静かに頷いた。


「ふむ、確かにそういう面もあるだろう」


「だが、支配するつもりなら最初からあの戦力で侵攻してきただろう」


「彼らが平和的に入港した、その事実だけでも信用に値するのではないかね?」


 ラオがカプールを試すように見ながら語った。


 するとシン防衛相が挙手した。


「ええ、彼らの戦闘ログを見た軍人としての見解ですが――」


「デーシュムク大佐、第一戦隊の指揮官としては彼らの戦力をどう見る?」


 防衛相の背後の席に佇んでいた軍人が、立ち上がり口を開いた。


「はい、我々の戦力では彼らの第二艦隊相手に手も足も出ないでしょう」


「ラオ首長の仰る通り、平和的に入港した時点でこちらに対する敵対意思はないとみてよいかと」


「更に言えば、自由恒星同盟に加盟すれば我々にも彼らのような強力な艦艇の供与を約束すると言うなら或いは――」


「そうだな、互いに利益がある」


「あなた方はそう考えているようだが……」


「私は違う」


カプール外務相がデーシュムク大佐の言を補った。そして――


「我々も彼らと同種の不満を抱えてはいる」


「自由恒星同盟に加盟するということは重大な裏切りです」


「不満を抱えたからといってすぐに裏切るのは如何なものか」


「それに、これが後にどれほどの禍根を残すか」


「どれほどの戦火に変わるか」


「私が抱いている最大の懸念はこれです」


 カプールは真面目な表情になり、ラオを見つめた。


「……それはもちろん承知の上だ」


「だが、民間船からの報告によれば、地球連邦は向こう半年は動けないそうだ」


「そして自由恒星同盟には、それを成し遂げる戦力が既にふたつある」


「更にその片方が今、ここにいる」


「ここで彼らに付かないことの不利益も考えるべきだ」


 ラオも真面目な表情で語った。


「ラオ首長、我々の懸念はそれだけではありません」


「あのAI――デメテルとやらは、明らかに倫理に反する存在だ」


「そんな邪悪な存在を使役する連中になびくなど――」


 パテル経済相が不安そうに言った。


 沈黙。


 重い空気がその場を支配した。


 そして、ラオが見かねたように口を開いた。


「――民衆の反発を招きかねない、と」


「だが、それはかつての宗教にこだわる保守派の話だろう?」


「我々の支持層の過半数は改革派市民だ」


「今は気にすることもあるまい」


 少しの間をおいて、ラオが言葉を続けた。


「だが、彼らのことを蔑ろにする訳でもない」


「一旦、結論は保留だ」


「会食で、もう一度彼らの様子を見る」


「――我々の文化を尊重するのか否か、をな」


 そんなラオの一言で閣僚会議はひとまず終了した。


◆その日の正午――


連邦標準時

2314年5月14日 12時00分


ヴィシュヌ宇宙港 高級レストラン


アルマンド・バルデス少将



 閣僚会議を終えたプロキオン自治政府の閣僚たちが、自由恒星同盟の使節団と共にある高級レストランに入った。


 これから始まる会食の為、ヴィシュヌ宇宙港の一角にあるこのレストランは貸切られていた。


 そして、辺りには独特な香辛料の香りで満ち、店の内装も相まってエキゾチックな雰囲気が漂っていた。


 会食が行われる大部屋には、椅子が不要なほど低い長机と、その上に数々の料理が並んでいた。


(なるほど、菜食主義の料理か……しかも、カトラリーの類がない)


『作法を、試されていますね』


 バルデスは室内の様子を見て内心で一言呟き、デメテルが自由恒星同盟の面々にだけ、インプラント越しに忠告した。


『みなさん、この会食は彼らの文化に合わせられるかが試されている、と思われます』


『食事は素手で、決して左手を使わないようにしてください』


 自由恒星同盟の面々が、一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたがすぐに元の表情に戻った。


 ラオがプロキオンを代表するように挨拶を始めた。


「それでは、皆さま席へお座りください」


「我々のことは気にせず楽にしてくださいね」


 ラオの声も表情も穏やかであったが、バルデス達には見えない圧が感じられた。


「お気遣いありがとうございます。それでは失礼します」


 ジュリアーニ外務相がそう言うと、バルデス達も胡坐を掻くように座った。


 プロキオン側から一瞬だけ、感心するような声がした。


「それでは、皆さん我が自治州自慢の料理をご堪能下さい」


「まずお皿の中心にありますのが、野菜のビリヤニです」


「次に右上から、プレーンナン、豆のカレー、レモンのアチャールです」


「食後のデザートもございますので、心行くまでお楽しみください」


 カプール外務相が食事のメニューの紹介と挨拶をした。


 彼は口を閉じ、笑顔のままでラオの方を見た。


 そして、バルデスが料理に手を伸ばそうとした時――


『お待ちください!』


(なんだ?)


『まだ、ラオ首長が手を付けていません』


(……序列、か)


『そうです、ここはまずラオ首長たちを待つべきでしょう』


 デメテルがバルデスたちの脳内に語り掛けた。


 バルデスだけでなく、その隣のコルテス艦長や他の使節団も手を伸ばしかけていた。


(間一髪、といったところだろうか)


 ――使節団の誰もが静かに冷や汗をかいた。


 そして三十秒ほど経ってから、ラオがようやくナンを手に取りカレーを掬い始めた。


 ラオは続いてビリヤニを指先で少量つまみ、皿の端へそっと寄せた。


(……何を?)


『待ってください』


『感謝の所作です。真似てください』


『恐らくプロキオン側の皆さんが続きます。皆さんもその後に続いてください』


 デメテルの助言通り、プロキオンの閣僚たちに続いて使節団の面々もラオの動作を真似た。


 若干数名は手が震えているように見えたのは、きっとバルデスだけではないだろう。


 使節団のぎこちない動作を見て、プロキオン側の面々の表情が僅かに変化した。


 バルデスの勘違いでなければ、それは「感心」といった表情だろう。


「さて、皆様の故郷、『ノヴァ・マーレ』は果実が豊富だと聞き及んでおります」


「このレモンは、皆様のそれとは違うでしょうが、少しでも親近感があれば幸いです」


 カプールが使節団に対して、にこやかに語り掛けた。


 バルデスが、ラオを真似て慎重にナンを手に取り、カレーに付けてからゆっくりと口に運んだ。


(これなら戦闘機動の方が楽だな)


 バルデスは、そんなことを内心で呟いていた。


 ラオがナンを一枚ちぎると、その一片を隣のカプールの皿へ静かに置いた。


 それを見たデメテルが即座に通信を入れる。


『注意してください。これは親愛の表現です』


『可能であれば、皆さんも隣の方へ一片を』


(食べ物を渡すのか……?)


 バルデスは僅かに戸惑いながら、ナンをちぎって隣のコルテスの皿へ置いた。


 すると、向かいのデーシュムク大佐がわずかに口元を緩めた。


 そんな変化をよそに、バルデスはナンを口に入れた瞬間その目が見開かれた。


「なんと、これはなかなか刺激的な味ですね」


「ええ、そうでしょう? 温室育ちの香辛料をふんだんに使った一品ですよ」


「――失礼ですが、自治州の市民も普段からこのような料理を?」


 バルデスの向かいに座る軍人の眉がピクリと動いた。


「ええ、我々にとってはこれがソウルフードですから」


「ちょうど、あなた方のパエリアやピザのようなものです」


「とはいえ、これは市民にとっては少しばかり高級な料理ではありますがね」


 バルデスは、向かいに座るデーシュムク大佐とそんな会話を交わしていた。


(――失言した、か)


『いえ、おそらく大丈夫です』


『市民の経済格差に思うところがあったのでしょう』


 デメテルの補足にバルデスは内心で安堵した。


 隣のコルテス艦長は、バルデスよりもややぎこちない動きで食事に集中していた。


 そして、最奥の席からジュリアーニ外務相が発言した。


「ところで、皆さんは普段から辛い物を好むと聞いております」


「もしや、今回は控えめにしてくださったのですか?」


「ええ、我々の普段の辛さは、同胞以外にはなかなか厳しいでしょうから」


 カプールの一言に、気遣いと線引きを感じて気まずさを覚えたが、ジュリアーニは決して顔には出さなかった。


「先程から気になっていたのですが……」


「彼女にも席を用意すべきでしたかな?」


 ラオが、バルデスの背後に浮かぶデメテルを見て尋ねた。


「いえ、残念ながら私に味覚はございませんので」


 デメテルが微笑みながら返し、場に少しの笑いが起きた。


 バルデスは、プロキオン側から一瞬だけ嫌悪の気配を感じたが、気付かぬふりをして食事を続けた。


 ラオが感心したように唖然として口を開いた。


「冗談も言えるのですか、うちにも貴女のような方に来て欲しいところですな」


「ええ、私とて立派なレディですよ」


「これはこれは、失礼しました」


 ラオは、自慢げに語るデメテルを横目に、食事の手を進めた。


 その向かい、ジュリアーニの隣に座るベルメホがレモンのアチャールを口に運んだ。


「これは、サイズこそ我々の物より小さいですが、味はそれ以上ですな!」


「さぞ良い農園をお持ちなのでしょうね――」


「ええ、地下やドームの温室で栽培していますが、我々は農業に妥協を許しません」


「これはすごい。ぜひ我々との貿易を増やしてみませんか?」


「はい、加盟するかはさておき、あなた方との貿易は大変魅力的だ」


「ええ、きっと双方に利をもたらすでしょう」


(やはりまだ、壁があるか……)


 ベルメホは内心で、いつもの営業スキルが利かないことを恨んだ。


 そして、一同が一通り食事を食べきりそうなところで――


「皆さん、料理はまだまだございます。ぜひ引き続きお楽しみください」


 カプールが運ばれてきた料理を前にして、大仰に語った。


 使節団の面々の表情が、一瞬引きつった。


 皆、満腹に近かったのである。


『ああ――これは食べきった方がよいかと』


『少々苦しいかもしれませんが、辛抱してください』


 使節団の脳内に憐れむような声でデメテルが語り掛けた。


 彼らの内心をよそに給仕が次々にやってきた。


「最後に、こちらを」


 給仕が小皿を運んできた。


 銀色の器に入った白い乳菓。


「キールです。甘い米のデザートですよ」


 ラオが穏やかに微笑んだ。


「これは、客を迎える時だけ出すものです」


「さて、茶番は終わりにしましょうか」


「皆さんは、お気づきだったかもしれませんが――」


「少しだけ、皆さんを試させて頂きました」


 使節団の面々は互いに目を合わせたが、誰もそのことには触れなかった。


 それをよそにラオは静かに語りだした。


「我々は最後の決断を決めかねていました」


「それは、皆さんの同盟に加盟することは、ただ支配者が変わるだけではないか、と」


「そんな懸念を抱いていたのですが――」


「これまでの皆様の作法を見てそれはないと確信いたしました」


 そう言い切るとラオはその日一番の笑顔を見せた。


 他のプロキオンの閣僚たちも満足そうに頷き、使節団は安堵のため息をついた。


 そして、同じく安堵の表情を浮かべていたジュリアーニ外務相が口を開いた。


「なるほど、薄々そうではないかと思っていましたが――」


「事前にあなた方の文化を学んでおいて正解でしたね」


「では、プロキオン自治政府は――」


 ラオが短く頷き、再び口を開いた。



「ええ、本日をもって自由恒星同盟への加盟を表明します」


「いえ、させてください。共に立つ同盟者して」


 そして、ジュリアーニ外務相が使節団の代表として、立ち上がり胸の前で両手を合わせた。


 ラオたちプロキオンの閣僚たちもそれに続き――


「ナマステ」


 と言い合って、その日の会食は無事に終わった。


『……おめでとうございます』


『どうやら、艦砲よりも礼節の方が有効だったようですね』


(まったく同感だ)


 バルデスは脳内に語りかけて来たデメテルに呆れたように返した。


 ――こうして、連邦標準時2314年5月14日をもって、


 プロキオン自治政府は自由恒星同盟に加盟した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ