第四話 「ヴィシュヌの掌」
縮尺などは正確ではないですが、星図を差し込んでみました(プロキオンB、入れ忘れちゃったけど)
今後は航路や、星図なども充実させていきたいと思います。
プロキオン星系 概略図
連邦標準時
2314年5月12日 15時46分
プロキオン星系外縁 シリウスJP
FSD第二艦隊 旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス少将
オリンピアの指揮所のスクリーンの景色が変わった。
糸のように引き延ばされていたシリウス星系の遠景から、遠く淡い光を放つプロキオン星系の遠景に変わった。
「投射完了。約2光秒前方に哨戒艦を確認」
「通信送れ」
「了解」
バルデスが船務長に短く指示を出した。
そして、哨戒艦の艦長がスクリーンに映った。
彼の肌は浅黒く、典型的なインド人の顔つきだった。
「応答に感謝します。こちらは自由恒星同盟第二艦隊、提督のアルマンド・バルデス少将です」
「事前通告の通り、本国の使節団を伴っております。停泊先まで誘導をお願いしたい」
距離に由来する僅かな沈黙の後、哨戒艦の艦長が口を開いた。
『はい、情報は聞いております。プロキオンへようこそ。バルデス提督』
『申し訳ありませんが、自治政府本部より案内があるまで、しばし待機をお願いします』
哨戒艦の艦長の物腰は柔らかだった。
しかし、その表情は真顔のままであった。
彼の言葉が社交辞令であることを強く物語っていた。
「……わかりました。それではその時になったらご一報ください」
「それでは」
バルデスは僅かに落胆しつつ、形式通りの返事をして通信を切った。
沈黙。
指揮所の面々は、期待外れと言わんばかりに落胆していた。
そしてスクリーンに映る哨戒艦の武装は、待機状態のまま、こちらへ砲口を向けていた。
「プロキオンの連中が排他的なのは聞いてたが、ここまでとはな」
「こりゃ何日待たされるか、分かったもんじゃないな」
航海長と砲雷長が口々に愚痴をこぼした。
「まあまあ、しばしの休暇だと思えば――」
とデメテルが二人を励ます。
彼女の励ましは気休めでしかなかった。
(ここで門前払いを食えば、自由恒星同盟の看板に傷がつく)
バルデスはそんな内心を隠すようにエスプレッソのボトルを手に取り、椅子に深く腰掛けていた。
こうして、バルデス率いる第二艦隊は、プロキオン星系に到達し、静かな拒絶を受けていた。
今までとは全く違う新たな試練を前に、第二艦隊のクルーはげんなりとしていた。
第二艦隊は、連日の訓練や高重力負荷の疲労も相まって、重苦しい雰囲気だった――
◆約二時間二〇分後――
連邦標準時
2314年5月12日 18時01分
プロキオン星系 第三惑星「アーユシュマーン」
首都ナヴァプラスタ 自治政府本部 閣議室
アディティヤ・ラオ 自治政府首長
プロキオン星系には、人類が生身で居住可能な惑星は存在しない。
だが、それでも星系内には豊富な鉱物資源が眠っており、宇宙進出に乗り遅れたとある集団が移り住んでいた。
それは――旧インドの移民たちだ。
彼らは全員が宇宙に漕ぎ出したわけではないが、大戦を生き延びた人口の半数近くが地球の防毒ドーム都市を離れた。
そして、この星系に根を下ろして各天体に地下都市やドーム都市と新たな共同体を建設していた。
シリウス政府やアルファ・ケンタウリ自治政府ほどではないが、星系外自治州のひとつとして一定の存在感があった。
第三惑星「アーユシュマーン」は重力と表面温度だけは居住に適していたので、地下都市やドーム都市を築いて、自治州の経済、行政の中心地としていた。
そんな地下都市のひとつ、首都「ナヴァプラスタ」にて、閣僚が集まり、今後の方針について議論を交わしていた。
「ラオ首長、シリウスJP付近の哨戒艦から『シリウス艦隊到着』と報告が入りました」
「そうか、事前の通告通りだな」
沈黙。
首長秘書からの報告で、閣議室が緊張感を伴う重い沈黙に包まれた。
「さて、自由恒星同盟、だったか」
「我々も地球連邦への不満を抱えているのも事実ではあるが……」
首長席に座る男――ラオが、閣僚たちを見渡しながら呟いた。
「加盟するかどうかはさておき、彼らをどこに降ろすかくらいは決めようか」
閣僚たちがおもむろに頷いた――
◆約一時間後――
連邦標準時
2314年5月12日 18時50分
閣議室の長机を囲む閣僚たちは、静かに議論を交わし、やや熱を帯びつつあった。
「では、軌道上に彼らを入れるのですか?」
「それでは彼らに脅迫されるようなものではないですか?」
「いや、あまりぞんざいに扱っては今後の外交に響きかねない」
「首都の反対側のガンジス宇宙港に入れましょう。それなら、市民を刺激しないため、など言い訳が利く」
閣僚たちはシリウスからの使節団をどこに受け入れるかというだけで、一時間以上議論していた。
「そもそも不浄なよそ者を首都星に入れる時点で如何なものかと」
「では他のどこに入れるというのだ?」
「あの艦隊をまともに収容できる軍港など首都星しかないだろう?」
「首長はどうお考えなのですか?」
閣僚たちの問いかけに、それまでほとんど静観していたラオが口を開いた。
「――そもそも、目立たないように受け入れるという時点で無理があるのだ」
「追い返さないというなら、首都星に入れるしかあるまい」
「それに今更カーストなど気にするのは保守派ぐらいだろう?」
「少数派を気遣って敵を増やすなど本末転倒もいいところだ」
ラオは、慎重派として有名だったが、合理的な考えも併せ持つ人物であった。
彼の指摘を聞き、閣僚たちは互いに顔を見合わせていた。
「では、首長は首都星のどこに受け入れを考えているのですか?」
防衛相の席に座る男から質問が投げかけられた。
「ああ、ここの真上、『ヴィシュヌ宇宙港』でよかろう」
「そもそも、我々は伝統にこだわり過ぎなのだ。ここらで新しい風を取り入れねば他の自治州から見下されたままになるだろう」
「し、しかし、そんな性急な対応を取れば市民からの反発が――」
「では防衛相、少数派の反発を気にして国益を損なうのがトップの仕事なのかね?」
「違うだろう?」
「は、はい」
強めの圧が含まれたラオの言葉を受けて、防衛相が及び腰な返事をして引き下がる。
「では、彼らに連絡したまえ、その上で哨戒艦に誘導させろ」
そして彼は、未だに及び腰な閣僚を一瞥すると強めの口調でこう付け加えた。
「――ヴィシュヌ宇宙港にな。間違っても辺鄙なところに案内するんじゃないぞ」
こうして、首長の半ば強引な決断で、ようやく受け入れ先が決まり、第二艦隊を監視する哨戒艦に彼の意思が伝達された――
◆約二時間後――
連邦標準時
2314年5月12日 21時10分
プロキオン星系外縁 シリウスJP
FSD第二艦隊 旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」 指揮所
アルマンド・バルデス少将
オリンピアのクルーたちは、数日は足止めを食らうつもりで、業務を交代しながら暇を持て余していた。
「しかし、いつまで待たされるんだろうな」
「さあね。賭けるか?」
「いや、やめとくよ。娯楽に使う金がなくなっちまう」
砲雷長と航海長がそんなやり取りをしていると、船務長のコンソールから通知音が鳴った。
「え、まさかな?」
「いやいや、なにかこっちにケチでもつけるつもりなんだろ」
二人は通知音にほんのわずかに期待したが、半ば諦めていた。
だが、予想に反して――
「副長、哨戒艦から通信要請が入りました!」
「意外に早かったな。よし、提督をお呼びしろ!」
「私が呼んできます!」
と、デメテルが飛ぶような勢いでテーブルモニターから颯爽と消えた。
「おい、何があったてんだ?」
「まさかクーデターでも起きたわけじゃないよな?」
意外な速さで連絡がきたことに二人は実感が湧かず、不測の事態を警戒していた。
しかし、そんなこともなくプロキオンの首都星は平和そのものだった。
◆三分後――
バルデスが駆け足で指揮所に入ってきた。
「それで、向こうはなんて?」
「はい、入港許可が出たそうです」
「そちらの準備が整い次第誘導すると申し出てきました!」
デメテルは会談を意識してか、古代ギリシャ風ホロアバターに姿を変えてから現れた。
「よし、全艦、誘導に従って加速開始!」
「了解! 航海長、機関長!」
「誘導信号受信! いつでも動かせます!」
「こちらもいつでもいけます!」
両者が元気よく返事をした。
プロキオン自治政府の予想外に早い対応で、艦内の空気は明るくなっていた。
「さて、向こうでどんな歓迎を受けるか楽しみになってきたな」
バルデスはそう言うと、右手でゆっくりとエスプレッソのボトルを取った。
そして、第二艦隊は現地の哨戒艦の誘導で、首都星「アーユシュマーン」への移動を始めた。
◆約三十六時間後――
連邦標準時
2314年5月14日 08時50分
プロキオン星系 第三惑星「アーユシュマーン」低軌道上
ヴィシュヌ宇宙港
FSD第二艦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」CIC
アルマンド・バルデス少将
銀色の塗装に身を包んだ第二艦隊は、プロキオン防衛艦隊所属の哨戒艦による誘導で、静かに低軌道上の宇宙港に進入しようとしていた。
ヴィシュヌ宇宙港も他の宇宙港と同じく、環状構造の港湾施設で直径は一キロ程度ではあるが、同星系最大の港湾である。
それもあって、往来する宇宙船たちはどこか活気があるように見えた。
第二艦隊は環状港湾に入ると、まず自由恒星同盟の使節団を乗せた補給艦「フアン・カルロス」と旗艦「オリンピア」がヴィシュヌ宇宙港のドッキングポートに接続した。
「エアロック接続完了」
「よし、艦長、デメテル、行くぞ」
「はい!」
バルデスに指名された二人が元気よく返事をして、指揮所を出た。
「ああ、一応海兵隊も護衛に付くんだよな?」
「ええ、一応」
バルデスの問いにデメテルが短く答えた。
彼女はあまり気が進まないといった様子であった。
「デメテル、お前の不安が分からない訳でもない」
「向こうの宗教家にどう思われるか、だろ?」
それを聞いたデメテルは、図星を突かれておもむろに本音を吐露した。
「ええ、私のような存在が同席しては、悪印象になりかねないかと不安です」
「ラオ首長については一応調べてみた。意外と革新的な側面もあるようだぞ」
「いや、それは私も分かってますよ。でも、他の閣僚たちにどう思われるかなんて――」
「気にするな。ラオ首長がお前の同席を認めたんだ。奴らも表立って文句は言わんだろ」
「それもそうですね……」
エアロックに向かうデメテルの心情は複雑であった。
「別に倫理に反した産物じゃあないんだろ? デメテル?」
「え、ええ! 私の身は清廉潔白そのものですよ!」
「ついでに言うなら純潔ですし」と小声で呟いていたがその一言は、バルデスにもコルテスにも聞こえなかった。
「会食はやはりカレーなんでしょうかね?」
「まあ、順当に考えたらそうだろうな」
「辛さは控えめにしてくれると嬉しいんですがね……」
コルテスも別の方向で不安を抱えていた。
「間違っても敵対的な態度はとるなよ? 海兵隊にも周知しとけ」
「はい、そこは大丈夫です。その辺はサモラ軍曹も弁えてるでしょう」
――オリンピアに同乗している海兵隊分隊を率いるサモラ軍曹。
彼はアルファ・ケンタウリの白兵戦後、命令違反で一時謹慎処分を受けていた。
だが人材不足もあり、結果的には伍長から一階級昇進していた――
バルデス、コルテス、デメテルの三人は、エアロックに到着し、その扉を抜けた。
そこには、護衛の兵を伴った官僚と思われる集団が待ち受けていた。
こうして、FSD使節団は初めての訪問先で会談を始めようとしていた――
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
デメテルのような人間性のあるAIが早く欲しいもんですねえ……




