第三話 「その母娘は美しく」
◆シリウス事変より二年ほど前――
連邦標準時
2312年3月12日 14時00分
シリウス星系第三惑星「ノヴァ・マーレ」
首都ヌエバ・グラナダ B&B社地下施設
ソフィア・カターニア技術少佐
ヌエバ・グラナダの郊外にはとある地下施設がある。
その施設は、旧スペインのビルバオ産業と旧イタリアのビアット社が統合して生まれた巨大企業――B&B社の所有だった。
ノヴァ・マーレ開拓最大の功労者にして、自治政府にも強い影響力を持つ企業である。
そして、自治政府首長リベラをはじめ、多くの閣僚たちもこの企業と深く結びついていた。
そんなB&B社の地下施設で、自治政府防衛軍の科学士官たちが集まり、ある研究計画を進めていた――
「少佐、人格コアは正常に動作しているようです」
「そのようね。この子はこの国、いえ、人類の未来を切り拓いてくれるはずよ」
「少佐は随分入れ込んでますね」
「まあね、私にとってこの子は――」
少佐と呼ばれた女、ソフィア・カターニア技術少佐は、シリウス自治政府の要請で新たな人工知能――計画呼称「デメテル」――の開発を進めていた。
ソフィアは、大きな装置に据え付けられたモニターを愛おしそうに眺めていた。
「こちらの人格形成は問題なさそうですね。あとは何か業務を任せて様子を見ましょう」
「ええ、まあこっちは心配ないわね。元が優秀だったせいかしらね?」
部下の言葉に対してソフィアが悪戯っぽく笑いかける。
「そうかもしれませんね」
「ま、次に行きましょう。『ミネルヴァ』の方はどうなの?」
「はい、こちらは仮想環境で育児中ですね。あと二年もすれば成人女性と同じくらいには成熟するでしょう」
「いくら仮想環境でも成人まで育成となると……」
「ええ、少々時間がかかりますね」
「従来型みたいに命令を覚えさせるんじゃないの。人格そのものを育てるのよ」
「まあ、仕方ないですね」
「ええ、気長にやりましょう。まだ時間はたっぷりあるわ」
一拍置いて、こめかみに手を当てたソフィアの視界が、一瞬だけ揺らいだ。
「私はちょっと頭痛がするから一旦休憩してくるわね」
「はい、お大事になさってください。少佐」
技術士官たちがソフィアに敬礼し、彼女はその場を後にした。
ソフィアたちは、これまでの地球連邦が使っていた人工知能を超える為、新たなアプローチで一から開発していた。
そのアプローチとは、量子コンピュータ上で人格を形成し、以前よりも有機的かつ個性のある人間に近い人工知能を作ろうというものだった。
だが、その研究は”人格の創造”に等しいとして、地球連邦では倫理違反として禁止されていた――
◆それから約二年後――
連邦標準時
2314年5月2日 15時00分
シリウス星系 第四惑星「カエルム」
軌道造船施設「コロナ・カエリ」
FSD第一艦隊 旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」
ピエトロ・カヴ―ル中将
第一艦隊のアンドレアも、新たな艦艇と人員を編入する為、「コロナ・カエリ」に寄港していた。
そして、アンドレアの指揮所に新たな将校が乗り込み、提督であるピエトロと指揮所の面々に挨拶をしようとしていた。
「ソフィア・カターニア技術少佐、ただいま着任しました!」
その場にいるクルーとは若干デザインが違う技術部門の制服に身を固めた女性将校が入室した。
彼女を目にして指揮所の空気が、ほんの一瞬だけ止まった。
誰もが一度、あるホロアバターを思い浮かべた。
そして――
「おやおや、これはご丁寧にどうも。ところで――」
「君は……どこかで会ったような顔だな」
ピエトロだけでなく、その場のクルー全員が少し驚いた顔をしていた。
「ああ、デメテルに似ている、と?」
「はい、あの子は私が開発しましたので、少々遊びを入れましてね」
「あのアバターには――私の美貌を使わせて頂きました」
一同はその言葉に納得し、頷いた。
「なるほど、やはり優秀な技術者というのは、変わり者が多いらしいな」
ピエトロが笑顔で相槌を打った。
ソフィアの外見は、オリンピアの艦載AI「デメテル」と瓜二つだった。
クルーの反応は当然と言えるだろう。
「話は既にお耳に入っているかと思いますが――」
「私はアンドレアの艦載AI『ミネルヴァ』の調整技官として来ましたので」
「あまり軍人らしさがないかもしれませんが、軍人というよりも技術者ですのでご容赦ください」
ソフィアはそう言って深々と頭を下げた。
すると、指揮所のテーブルモニターの上に、小さな光が集まり始めた。
やがてそれは、FSD海軍の制服を着た少女の姿へと形を成す。
まだどこか幼さの残る顔立ち。
だが、その瞳には確かな知性の輝きが宿っていた。
そのアバターは、少し恥ずかしそうに直立不動で待機していた。
「これが新しいAI、か」
「ええ、可愛らしいでしょう?」
「ああ、まだ小娘にしか見えんがな」
「まあ今回の任務は彼女の教育も兼ねてますから。第二艦隊が帰還するまでは周辺宙域で訓練ですね」
「ああ、新兵とAIの両方か。なかなか荷が重いが、任務は任務だ。厳しく行くぞ」
ピエトロは口ではそういったが、表情は緩いままだった。まるで孫娘たちを前にする祖父のようであった。
「ええ、よろしくお願いします」
「ミネルヴァ、皆さんに挨拶しなさい」
ソフィアがテーブルモニターに浮かぶアバターに向かって優しく語り掛ける。
「は、はい! ミネルヴァです。提督、皆さん、よろしくお願いします!」
「おお、元気がいいな。若さを感じるわい」
「恐縮です! 皆さんもまだまだお若いですよ!」
「お世辞も出るか、艦内に新鮮さが入ったようで嬉しいよ」
「これからは皆さんのサポートに専念しますので雑用があれば何なりとお申し付けください!」
「ああ、頼りになる、まで育ててやってくれ、少佐」
「ええ、お任せください!」
ソフィアがそう言いながら敬礼する姿は、一か月前の遠征で見たデメテルを彷彿とさせるものだった。
「軍港管制より出航許可出ました!」
「よし、第一艦隊、出港だ!」
こうして第一艦隊は、新兵と新たな艦載AIを迎えて、予定された訓練航海へと出た。
アンドレアのクルーたちは、どこか懐かしい気持ちを胸にしていた。
◆二週間後――
連邦標準時
2314年5月17日 10時00分
シリウス星系 第四惑星「カエルム」
衛星「ウンブラ」沖 小惑星帯
FSD第一艦隊旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」
ピエトロ・カヴ―ル中将
巨大な青いガス惑星「カエルム」には大きな衛星が四つある。
その中で最も外側に位置する衛星「ウンブラ」周辺は、海賊拠点として悪名高かった。
しかし、2300年代に入ってからは、シリウス自治政府防衛艦隊による大規模な掃討作戦が展開され、今はFSD海軍の軍事拠点へと変貌していた。
そして今、第一艦隊は新兵を乗せた新造艦とアンドレアを始めとする改造連邦艦で艦隊を二分し、艦隊戦の演習を行っていた――
「前方4光秒、艦影多数!」
「艦種識別、軽巡航艦二隻、駆逐艦五隻、フリゲート艦十隻!」
「全艦減速! 横陣展開急げ!」
「荷電粒子砲、充填開始!」
「トリエステから揚陸艇を出せ!」
「小惑星帯を盾にして海兵隊を送り込むぞ!」
ピエトロもまた、前回の遠征の戦訓を活かそうとしていた。
新兵たちに艦隊運動だけでなく、白兵戦にも対応できるよう訓練を積ませようとしていた。
「て、提督、無茶では?」
「いや、君もアルファ・ケンタウリのログを見ただろう?」
「我々の艦隊はカタログ性能だけで言えば連邦艦を圧倒している」
「だが、だからこそ艦内を制圧するような敵が出てくる可能性を考えなければならん」
「た、確かにそうですけど……」
ソフィアが狼狽えながら、ピエトロと話すとスクリーンに向き直った。
その瞬間、ソフィアは再びこめかみに痛みを覚えた。
だが、それを誰にも気づかれぬよう微笑みで隠した――
「提督! 敵艦隊、ミサイル発射しました!」
「全艦連動、三時方向に転舵!」
「了解! 砲雷長、機関長、対応急げ!」
ピエトロの指示を艦長が手際よく伝達する。
もちろん演習なので実際には発砲も発射もしない。
だが、演習に参加する全艦のスクリーンにはあたかも戦闘が行われているような景色が映っていた。
「レーザーだけでなくレールガンも併用します!」
「ああ、使えるものは全て使え!」
「了解!」
指揮所のスクリーンに第一艦隊の艦隊が一斉に転舵し、レーザーとレールガンを発砲する様子が映された。
「敵弾、全弾撃墜!」
「よし、全艦舵戻せ!」
「了解!」
「荷電粒子砲、充填完了!」
「全艦、荷電粒子砲、発射!」
ピエトロ率いる第一艦隊の精鋭艦たちが一斉に、青白い光の一閃を放った。
「着弾まで、3,2、1、今!」
スクリーンに映る新兵の艦隊に被弾する様子が映された。
「揚陸艇、近接! まもなく接舷します!」
「よし! 小惑星に身を隠せ!」
「了解!」
演習はピエトロ達の戦隊が圧倒的優位で進んでいた。
しかし――
「至近距離に魚雷! 待ち伏せです!」
「迎撃間に合わない!」
「置き魚雷か!」
「別方向から揚陸艇多数接近! 至近距離です!」
クルーたちの報告を聞き、ピエトロが不敵な笑みを浮かべた。
「ルーキーたちも少しはやるようになったじゃないか。全艦、白兵戦用意!」
こうして双方で白兵戦が展開され、演習の戦況は膠着状態となった。
新兵側の艦艇数はベテラン側の倍近かったにも関わらず、この二週間の間は、ベテランたちが圧倒的優勢で勝利してばかりだった。
しかし、ここに来てようやく対等な戦況になり、ピエトロは内心で新兵たちの成長に胸の高鳴りが止まらなかった。
――そして、地球連邦の艦隊でも急速な新兵育成が行われていた。
両者が決戦を交える日に備えて、彼らは鍛錬を決して怠ってはいなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
双方の艦隊が移乗攻撃を仕掛ける様は……16世紀の海戦を彷彿とさせますね。




