第二話 「備えあれば……」
投稿が遅れてすみません!
本業の方が忙しくなり始めておりまする……
連邦標準時
2314年5月5日 12時20分
シリウス星系外縁
第四惑星カエルムから約61.8AUの宙域
プロキオンJPまで残り約88AU
FSD第二艦隊 旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス少将
オリンピアをはじめとする第二艦隊のクルーたちは、連日の訓練の疲労でげんなりとしていた。
一方のバルデスは、指揮所の提督席で優雅にエスプレッソを味わっていた。
「左舷L-2エアロックに揚陸艇接舷! 海兵隊が侵入しました!」
「隔壁全閉鎖! 総員白兵戦用意!」
船務長の報告を受けてコルテス艦長が的確に指示を出す。
そして指揮所の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「昼飯時に仕掛けるなんて鬼畜過ぎるだろ!」と砲雷長が呻く。
「敵は休息を待ってくれるほどお人好しじゃないだろ!」
副長になったエステバンが砲雷長のぼやきを聞き逃さずに檄を飛ばす。
「そうだぞ。いついかなる時も戦えるようになるべきだ」
(ま、これはちとやりすぎだがな)
バルデスは内心で同情しつつも、艦長と副長のフォローをした。
「隔壁ハックされました!」
「艦底部整備ハッチからも侵入者多数!」
「荷電粒子砲制御室、制圧されました!」
各所から悲鳴が上がっているが、当然実弾は使用されていない。
あくまで訓練用に出力を絞ったレーザーだ。
非殺傷の低出力とはいえ、被弾すれば悶絶するには十分な痛みだった。
「フアン・カルロスから高エネルギー反応!」
「回避! 艦首を下げて加速!」
「間に合いません! 上甲板に被弾!」
これも訓練プログラムの偽信号なので実際には艦に傷はひとつもついていない。
『上部主砲使用不能!』
『反対側の隔壁が破られそうだ! 増援求む!』
「現在、増援を向かわせている!」
船務長が被害部署に返事をしながらコンソールを操作している。
(エレナもなかなか容赦がないな。うちがこの様子だと、他の艦の新兵たちはもっと酷いだろうな)
「艦長、プロキオンに着くまでには一人前にはなりそうか?」
「ええ、まあ。うちの精鋭すら苦しむ訓練を超えれば新兵たちも――」
「軽巡航艦マリア・テレジアとクリストバル・コロンの速力低下!」
バルデスがコルテス艦長に進捗を相談していると船務長から報告が上がってきた。
「戦列を崩すな! この程度で足並みが乱れるようじゃ加盟国に舐められるぞ!」
バルデスが右手に持っていたボトルを置いて、檄を飛ばした。
「提督、両艦は機関室が制圧された模様です」
「だからなんだ。奪還するなり遠隔操作に切り替えるなりしろ!」
「艦長、オリンピアは大丈夫だろうな?」
「……ええ、ようやく押し返し始めてますね」
「あと10分もすれば海兵隊を揚陸艇に戻せるかと」
「クルーの力だけで海兵隊を押し返せるなら大したもんだ」
オリンピアをはじめとする古参の艦のクルーは、連日の訓練で海兵隊相手にもそれなりに抵抗できるようになり始めていた。
しかし――
「駆逐艦アルバロ・デ・バサン、完全に制圧されました。」
「我々は少しは抵抗できるようにはなったようだが、新兵はまだまだだな」
「デメテル、他の新兵はどうだ?」
「はい、遅滞戦闘の形にはなっているようですが――」
「制圧は時間の問題ですね」
バルデスは、デメテルの報告を予定調和のように受け取りゆっくりと頷いた。
◆十分後――
各艦に侵入した海兵隊は、母艦に撤収しその日の抜き打ち訓練は終了した。
艦内各所の隔壁に残った焦げ跡が、それまでの訓練の激しさを物語っていた。
「フアン・カルロスに映像通信を」
「了解」
バルデスの命令に従い、指揮所のスクリーンにエレナが映った。
笑顔で映ったエレナだが、その目は冷たく、底知れぬ恐ろしさが漂う。
『あらバルデス提督、元気そうですね。何か御用ですか?』
「ああ、訓練について相談がある」
「30分後にそっちの艦長室で話せるか?」
『いいですよ。では何か手土産でも期待してお待ちしております』
エレナは短いやり取りを終えて通信を切った。まるでバルデスの要件がそれだけであることを分かっていたようだった。
先日と違い、エレナの口調には明確な公私の線引きがあった。
だが、その丁寧さが、かえってクルーには底知れぬ圧として伝わっていた。
「相変わらず話の早い奴だな。そういうことなんでな。俺はしばらく向こうに移乗するからな。コルテス艦長、あとは任せた」
「ええ提督、お任せください」
バルデスはコルテスに後を託して、席を立ち指揮所を退室した。
「しかし、あの大佐――エレナ――は本当に容赦がないな……」
「全くだ。まあ、前回痛い目見たからな。それに次の行き先は――」
「プロキオン星系、続いて『タウ・セティ』ですね」
デメテルがアバターの目を瞑りながら砲雷長と航海長の会話を補足した。
「プロキオンはともかく、タウ・セティね……」
「なあ、ペドロはどう思う?」
「あそこの奴らとも戦えると思うか、って話か?」
「そうだよ、あそこのドワーフたちと戦えるかって話さ」
「――まあ、無理だろうな。海兵隊でも苦戦するんじゃないか?」
「だよな。交渉が上手くいけばいいんだがな……」
砲雷長と航海長の会話を聞いていたデメテルが手を挙げて参戦した。
「あの、お言葉ですけど、皆さんも十分強いですからね?」
「一般クルーが精鋭の海兵隊相手に戦える時点でおかしいんですよ?」
その言葉に指揮所のクルーが顔を見合わせた。
すると艦長のコルテスが咳払いをして口を開いた。
「まあ、その通りなんだが。それは以前を基準にした話だ」
「お世辞抜きにうちの艦隊は強い。だが、だからこそ敵が起死回生の白兵戦を仕掛けてくるリスクも高い。それは前回でお前らも分かっただろ?」
デメテルがバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
「そうでしたね。ああ、なるほどだからあの大佐は――」
「そういうことだ。あと一週間の辛抱だ」
「我々も海兵隊を逆に制圧するつもりで訓練に励むぞ!」
コルテスの言葉を受けて、その場のクルーの表情が燃えるように元気になった。
「了解!」
そして全員が元気よく返事した。
◆三十分後――
連邦標準時
2314年5月5日 13時00分
FSD第二艦隊 補給艦「フアン・カルロス」
アルマンド・バルデス少将
トリエステと同じくやや豪華な艦長室に、男女二人の将校がテーブルを囲んでいる。
「提督、ご足労ありがとうございます。ご持参の焼き菓子まで頂けるとは恐悦至極でございます!」
「……白々しいからやめろエレナ。二人の時は階級など気にするな」
「あら、じゃあそうするわね、マンド。それで相談って?」
バルデスの気遣いにエレナが笑顔になった。
「ああ、例の訓練なんだが――」
「逆にフアン・カルロスに移乗する形式もやらないか、と?」
「ああ、よくわかったな。その通りだ。ただし、そっちの慣性制御を1.4Gにしてな」
「なるほどね。現地に合わせた環境でってことね」
「そうだ。あの高重力環境は脅威だからな」
「それなら、全艦の重力もそれに合わせたら?」
「……そうだな」
バルデスが露骨に嫌そうな顔をした。
「まさか、自分だけ楽しようなんて思ってたわけじゃないでしょうね?」
「……まさかな」
バルデスがそう言うと二人は笑い合った。だが、笑っていたのは口元だけだった。
「では、明日から全艦の慣性制御を1.4Gに上げるとしようか」
「そうね、時間は10時あたりでどうかしら?」
「ああ、それくらいが丁度いいだろうな」
そう言って、バルデスの表情から、ようやく提督としての硬さが抜けた。
そして一拍置いて――
「さて、随分久々で積もる話もあるしな?」
「ええ、話したいことも聞きたいことも、ね?」
エレナが好奇心を露にする笑顔になった。
二人はそれから中間休憩の15時まで二時間にわたる談笑を交わした。
二人の目元には、出航以来初めて力の抜けた笑みが宿っていた。
◆一週間後――
連邦標準時
2314年5月12日07時20分
シリウス星系外縁 プロキオンJP付近
FSD第二艦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス少将
第二艦隊では、もはや誰一人として艦内の重力に苦しんではいなかった。
以前の1.4倍の重力に慣れて、一週間前には悲鳴を上げていたクルーたちも、今では平然と業務に勤しんでいる。
それでも、制服の襟元に浮かぶ汗だけは誤魔化せなかった。
「提督、まもなくJPに到達します。到達まで約3分」
「よし、全艦、位相転写準備!」
「了解、機関正常、エネルギー充填開始」
機関長の言葉通り、船体から響く駆動音が強まり始めた。
「しかし、なんだか暑苦しくなりましたねえ」
デメテルが暑そうに羊皮紙を団扇のように扇ぎつつこぼした。
「お前に暑さもなにもないだろ」
「いやいや! この温度計見てくださいよ!」
デメテルはバルデスの指摘に不服そうにしながら、艦内気温を示すホロ画面を指差す。
――気温摂氏29度。
彼女の言葉通り、クルーの体から発される熱気で指揮所はやや暑くなっていた。
「まあ、訓練の一環とはいえ空調システムも弄ったのは……やりすぎだったかもな」
バルデスもボトルのコーヒーを飲みながら答えた。そのボトルからは氷がカラカラと音を立て、一瞬羨望の眼差しが集まった。
「まあ、お前らも配膳ロボに頼めばよかったな。別に飲み物までは規制してないからな」
「いえ、空調に慣れすぎて氷なんて発想が湧かなかったんですよ……」
「今度からは我々も見習います。今度があるかはわかりませんけど……」
バルデスの言い訳に艦長と砲雷長が順に答えた。
そしてデメテルが羨ましそうに話を聞きつつ、口を開いた。
「ああ、それ、私も欲しいですね」
「いや、お前、誰よりも涼しい恰好しといて何言ってんだ?」
「それもそうですねえ、なら制服でも着ますかね」
デメテルはそう言うと一瞬だけテーブル上から消えた。
そして既視感のない制服を着て戻ってきた。
それは黒いベレー帽に灰色のスーツのような儀礼式の軍服だった。
「ん? どこの制服だ?」
「あれ? 私もよくわかりません……」
「デメテルのモデル……だったりしてな」
砲雷長の軽口を聞いて、デメテルが答える。
「いやいや、そんな、なぜか知らないですけど――」
「これ、元から私のコアデータに入ってたみたいですね」
デメテルが困惑しつつ応える。そして――
「まあ、そういうこともあるか。設計者の悪戯ってとこだろ」
バルデスの推測に皆が半信半疑ながらも頷いた。
「充填完了。本艦はいつでも転写開始できます!」
機関長の報告で場の空気が戻る。
「全艦、転写準備完了!」
「よし、JP到達次第、転写開始だ!」
こうしてバルデス率いる第二艦隊は、プロキオン星系に向けてFTL航行に入った。




