第一話 「エレナという女」
色々あって定時に遅れてしまいました……
申し訳ございませんです。
連邦標準時
2314年4月30日 10時55分
シリウス星系 第三惑星「ノヴァ・マーレ」低軌道
軌道軍港「ポルト・グラナダ」
FSD第二艦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス少将
惑星ノヴァ・マーレの低軌道上の環状軍港「ポルト・グラナダ」は半径五〇〇メートルと今は亡き火星軍港に比べると小さい。しかし、シリウス星系最大の軍港とされている。
実際には極秘に運用されている第四惑星「カエルム」軌道の「コロナ・カエリ」の方が大規模ではあるが一般には知られていない。
そして、ポルト・グラナダに係留されている第二艦隊の周りから作業艇が次々に離れていた。
クルーの搭乗口であるエアロックには出航する第二艦隊の面々を見送る人々が集まっていた。
そこには、マスコミやクルーの家族、軍港の士官たちが集い、口々に激励の言葉を叫んでいた。
「一旗揚げて来いよ!」
「自由恒星同盟の名を轟かせてくれ!」
「無事に帰ってきてね!」
見送る者たちの歓声は様々だった。
旗艦「オリンピア」――改ヘラス級装甲巡航艦――の指揮所に増設された提督席にバルデスが座った。
「やれやれ、役職やら階級が変わっても面子は大して変わらんな」
「まあまあ、艦……提督も仕事が半分になって楽できるじゃないですか」
「ふっ、肩書が変わった実感なんて新しい席の座り心地くらいだな!」
「……つい、間違えそうになりますね。気を付けます」
バルデスは艦載AIのデメテルとそんな会話をしながら新しい席の座り心地を噛みしめていた。
「しかし、新兵の訓練まで請け負うとは……前途多難ですね」
「いつまでもこの規模で戦う訳にもいかんしな。後任の育成は急務なんだよ。分かってはいただろ?」
「ええ、まあ。ビシバシと鍛えさせていただきます!」
テーブルモニターに浮かぶデメテルが自信ありげに胸を反らす。
彼女のギリシャ風の一枚布を身に纏い、羊皮紙を小脇に抱える姿は既にクルーにとって当たり前になっていた。しかし――
(ホロアバターといえどもその衣装では少々――)
バルデスが気まずそうに彼女を見ていると、他のクルーからも視線を感じたのか彼女は姿勢を正して咳ばらいをして見せた。
「――失礼しました。皆さんも業務に集中してくださいね」
デメテルとクルーたちが、気まずそうにそれぞれのコンソールに向き直った。
「さて、航路の確認は済んだか? 各部に異常はないか?」
空気を整えるようにバルデスが尋ねる。
「はい! 航路設定完了しました!」
「機関、合図でいつでも出航できます!」
航海長と機関長が元気よく返事をする。
「軍港管制より出航許可下りました!」
「よし。出航だ! エアロック接続解除!」
「接続解除、出港します!」
船務長の報告を合図に、オリンピア率いるFSD第二艦隊はポルト・グラナダを離脱した。
◆二日後
連邦標準時
2314年5月2日 16時31分
第四惑星「カエルム」
軌道造船施設「コロナ・カエリ」
シリウス星系第四惑星「カエルム」――この巨大ガス惑星の環は、かつては海賊の巣窟であったが、今はシリウス星系最大の軍事拠点となっている。
いまや、海賊から接収したジャンクヤードに大規模な改装工事を重ねて、FSD海軍の造船所、軍港、訓練施設などが詰め込まれた一大軍事拠点へと生まれ変わった。
FSD第一、第二艦隊は親善訪問にあたり、新たに建造された新造艦と新兵をここで引き取り、航海に出ようとしていた。
「さて、例の新造艦とやらはどんな船なんだろうな」
「提督。諸元データならもう穴が開くほど――」
「そうじゃない、デメテル。あの新兵たちのことさ」
「ああ、そういうことでしたか」
「まあ、『半人前だけど船を動かせるくらいにはなったよ』とのことです」
「ん? エレナからの伝言か?」
「ええ、『フアン・カルロス』より入電です」
デメテルとそんな話をしたバルデスは、懐かさに想いを馳せていた。
「エレナ……って誰のことですか?」
「ああ、お前らは知らないか。今は補給艦の艦長をやってる女帝、だよ」
「エレナ・モンテロ大佐。バルデス提督の士官学校の同期ですね」
船務長の質問にあいまいに答えるバルデスに代わり、デメテルが補足を入れる。
「優秀な方ですよ。任務柄、目立った武功はありませんが教官としてはこれ以上ないくらいに」
「ああ、俺が士官学校時代はバディだったんだよ。正しく鉄の女って言葉が似合う奴さ」
「そんなおっかない人なんですか――」
「ああ、いや、物腰は柔らかいぞ。ただ――」
「理詰めで部下や候補生を詰める様子はどこか冷徹で底知れぬ恐ろしさがある、と」
「それに彼女の訓練計画はほとんど良い成果を残しているようですね」
デメテルが興味深そうに羊皮紙を読む仕草をして補足した。
「おいおい、下士官のネットワークにアクセスしたのか?」
「はて? ただの噂話ですよ」
「ふん、下士官のプライベートはあまり詮索するな。あいつらの憩いの場なんだからな」
(デメテルの妙な人間性と機械っぽさが悪さしてるな……)
バルデスは訝しむ様子でデメテルに視線を向けた。
「ああ、すみません。つい好奇心が――」
「ま、エレナがどんな奴かってのは皆も知って損はないさ」
「――これから嫌というほど見ることになるだろうからな」
バルデスの最後の一言で一同は顔を見合わせた。
そして、船務長のコンソールから通知音が鳴った。
「艦……いえ、提督。フアン・カルロスより通信要請です」
「ああ、スクリーンに出せ」
「はい」
船務長が素早くコンソールを操作して、スクリーンに将校の制服をまとった美女が現れた。
彼女はバルデスよりもやや若く見えるが、ベテラン特有の雰囲気が漂っており、指揮所に緊張感が走った。
そして、彼女は丁寧に軍帽を脱いで微笑を浮かべながら口を開いた。
『久しぶりマンド。今回からあなたの艦隊にお世話になるわね。よろしく』
「ああ、久しぶりだな。こちらこそ新兵たちの世話は任せたぞ」
『ええ、任せて頂戴。しっかり鍛えるわ』
エレナの声色は優しく、表情も穏やかだった。
しかし、彼女の目が一瞬鋭くなった事に気付いたのはバルデスとデメテルだけだった。
指揮所のクルーたちは、エレナの人柄が意外だったのか唖然としていた。
『ああ……自己紹介が遅れたわね』
『皆さん初めまして、フアン・カルロス艦長のエレナ・モンテロ大佐よ。よろしくね』
「……皆さん?」
沈黙に耐えかねたのか、デメテルがクルーに呼びかけた。
「すまんな、お前の前評判でビビっちまったらしい」
『あら、噂なんて当てにならないものよ。まあ、そんなに構えなくてもいいのよ?』
『あなたたちは教え子じゃないもの』
「そうだぞ。上司になるって訳じゃないんだ。新たな協力者程度に思っとけ」
「失礼しました。よろしくお願いします」
クルーの代表として、艦長となったコルテスが恭ししく頭を下げた。
「それで? 挨拶だけじゃないんだろ?」
『ええ、そうね。要件を単刀直入に言うわね』
『JPまでの約一週間の間、艦隊の海兵隊を預けてもらえるかしら?』
『白兵戦の訓練をしたいの。もちろん新兵にね』
「ああ、そういうことか。いいぞ艦内戦にならないとも限らんしな」
オリンピアでは、約一か月前に艦内に侵入した敵兵との白兵戦があった。
バルデスにとっても他人事ではなく、新兵たちには少々辛いであろう白兵戦訓練も必要だと感じていた。
「提督。それなら、第二艦隊全体でも非番の人間で模擬戦闘を行っては?」
「なにかあっても私が何とかできますし」
「そうだな。悪くない」
デメテルの提案に、指揮所のクルーの表情が引きつった。
「し、しかし艦長。業務に支障が……」
「いや、どうせJPを抜けるまでは暇なんだ。お前らも訓練しとけ。俺も参加するしな」
訓練を嫌がる船務長の言を艦長のコルテスが一蹴した。
「りょ、了解!」
『じゃあ、そういうことでよろしくね。マンド』
『いい艦隊ね……思っていたより“素直すぎる”くらいに』
通信が切れる直前、エレナは誰にも聞こえない声でそう呟いた。
沈黙。
予想外に訓練が追加され、指揮所の空気がやや暗くなった。
「さて、出航時刻は明朝九〇〇〇だ。それまでに補給と艦隊の再編を急ぐぞ」
「デメテル、協力してくれるな?」
「ええ! もちろん!」
バルデスの問いかけにデメテルが元気に返事をした。
こうして、JP到達まで各艦で白兵戦訓練が行われることになった。
交代時に指揮所を離れる士官たちの足取りはやや重かった。
そして第二艦隊のクルーたちは……
まだエレナの真の恐ろしさに気付いてはいなかった――
◆「コロナ・カエリ」で再編された第二艦隊の陣容
旗艦 改ヘラス級装甲巡航艦
「オリンピア」
☆エトナ級軽巡航艦 二隻
「クリストバル・コロン」
「マリア・テレジア」
改ヴァレス級駆逐艦 二隻
☆コマンダンテ級駆逐艦 五隻
改フォボス級哨戒艦 七隻
☆サンタ・マリア級フリゲート 十隻
☆トリエステ級補給艦
「フアン・カルロス」
☆印は今作戦から追加された艦艇
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
設定集なども順次公開する予定ですので、興味がある方はぜひそちらもご覧くださいまし。




