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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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エピローグ 「生者と亡者」

連邦標準時

2314年4月5日 15時30分


シリウス星系 惑星ノヴァ・マーレ

首都ヌエバ・グラナダ 自由恒星同盟 海軍本部


アルマンド・バルデス中佐


 昨日、連合艦隊が帰還してから街は活気に満ち、シリウス星系の新たな一歩を、市民一丸となって祝福していた。


 そんな街の喧騒は海軍本部ビルの中にも響いていた。


 そして、バルデス中佐は中層階のラウンジでひとりで、ソファに座り個人用端末を眺めていた。


『艦長……いえ、バルデス中佐。時間です。そろそろご準備を!」


 彼の個人端末から、約二か月の航海で慣れ親しんだ声が耳に入った。


「ああ、準備は出来てるさ」


「それで? お前はいつも通りの衣装なのか?」


「ええ、これでも正装ですから!」


 彼女はそう言うと、バルデスの端末上のアバターが自慢げに胸を張って満面の笑みを浮かべていた。


「確かに、旧国連でも布一枚の民族衣装も正装扱いだったもんな」


 バルデスはそう言いながら、先程まで閲覧していた手紙の画像を閉じた。


 ――デメテル。シリウス政府、いや、自由恒星同盟が運用する総合型AIだ。


 古代ギリシャ風の白い衣装を身にまとい、小脇に羊皮紙を抱える姿は、もはや見慣れた姿だった。


 その知的な雰囲気を漂わせる見た目通り、知的な一面もあれば、クルーと軽口を交わしたりもする人間らしさも併せ持つ。


 そんな彼女は、もはやバルデスの座乗艦「オリンピア」のクルーにとっても、かけがえのない存在となっていた――


「……ああ、ノエル・アントン中佐の遺書でしたか。私も気持ちは同じですよ」


「彼は自分は中佐に相応しくないと宣ったが、最期まで立派な軍人だったよ」


 ――AIの彼女には個人端末のプライベート情報も筒抜けだろう。こういう湿っぽい要素は、これから始まるイベントには相応しくない――


 ――ノエル・アントン中佐。アルファ・ケンタウリ自治政府の防衛艦隊旗艦、装甲巡航艦「アテナ」の艦長にして、同連合艦隊の指揮官だった男だ――


 旗艦以外全滅という不利な戦況の中、部下を逃がし単独で旗艦に残り奮戦していた。


 最後には整備ボットを率いて、こちらの旗艦「オリンピア」に揚陸艇で移乗攻撃を仕掛けてきた。


 彼はボットを囮にしながらクルーと交戦した後に、単独でCICまで侵入し、指揮官同士の対面を果たした。


 その後、食堂でランチを採りながら互いの立場などを語らった。


 あれは何とも奇妙な時間だったが、確かに有益な時間だった。


 彼は、敵でありながらも、バルデスにも通じる部分があった。


 あれほど勇敢で、有能な軍人が、対話をした翌日には、寝室で首を吊り、自殺してしまった。


 本当に惜しいことだ。彼と共闘する未来もあり得ただろうに。


 そう思っていたが、こちらも彼の意思は薄々察していた。


 実直な男だからこそ、責任を取った。ということなのだろう。


 バルデスはそんなノエルの遺書を読んでいた。


 まるで戦友のそれのように――



「残念ながら、彼の葬儀は公には出来んが、式典が終わったら……」


「我々と彼の部下だけでも、しっかり弔おう」


「それだけの価値がある男だったよ。ノエルは」


 デメテルはバルデスの言を聞き、深く頷いた。



◆同時刻


太陽系 タイタン

ニュー・ロンドン地下 海軍病院



 いくつものベッドが並ぶ病室で、包帯で包まれた男が目を覚ました。


 彼のベッド横でバイタルモニターが、復活を示すブザーを鳴らし、周囲の医官が駆け寄る。


「お目覚めですか?」


「イヴァン・コスチェンコ中佐」


 駆け寄ってきた医官がベッドに横たわる男を見下ろし、意識を確認するように問いかけた。


 ――イヴァン・コスチェンコ中佐。


 火星防衛艦隊「デルタ戦隊」の指揮官だった男だ。


「……ああ、ここは?」


 イヴァンが掠れた声で医官に尋ねる。


「ここは、タイタンのニュー・ロンドンの海軍病院の病室ですよ」


「あなたの座乗艦「エレバス」は酷い状態でした」


「ですが、奇跡的に第四艦隊の救助が間に合いました」


「あと少し遅かったら――」


 医官は間を置きながら、イヴァンに現状に至る経緯を答えた。

 

 そして、医官の説明を聞き、イヴァンは朧げな記憶を徐々に思い出し、飛び起きた。


「敵は! 敵は……どうなった!」


「第四艦隊が片付けたんだろ?」


 イヴァンも頭の片隅では、その質問の答えを理解していた。


 だが、現実を受け入れられなかった。


 そして、医官は憐みの表情を浮かべ、言葉に詰まっていた。


「……そうだと、言ってくれ! 俺たちの戦いは、無駄じゃなかった、と!」


 イヴァンは満身創痍の体で、力なく医官の胸倉を掴んでいた。


「……あなたなら、分かるでしょう?」


「我々は……負けたんです」


 それを聞いたイヴァンは、音もなくベッドに体を倒してしまった。


「中佐、三週間です。あなたは、三週間も意識を失っていたんです」


「いま、こうして生きていることには、きっと意味があるはずです」


「それに、中佐達のお陰で、敵の解析が進み始めています」


「中佐達の奮闘は、決して無駄ではありませんでした」


 医官の言葉を聞き、イヴァンは、腕で顔を覆っていた。だがその隙間からは、一筋の涙が零れていた。彼は、悔しさとほんの僅かな希望に打ち震えていた。



 彼の率いたデルタ戦隊は、全滅した。生存者は一割程度しか救出できなかった。


 急な減圧でほとんどのクルーが即死したからだ。


 だが、医官の言葉通り、彼の戦いは決して無駄ではなかった。


 彼らの決死の攻撃で撃破されたシリウス艦隊の残骸は、月面に曳航され、アマツ重工の技術班が調査していた。彼の昏睡していた三週間だけで、連邦標準艦との違いが浮き彫りになり、地球連邦の新型艦の設計に活かされようとしていた。



連邦標準時

2314年4月5日 16時00分


シリウス星系 惑星ノヴァ・マーレ

ヌエバ・グラナダ 中央大通り


アルマンド・バルデス中佐



 街の中央を貫通する一際太い大通りを行進する軍人たちがいた。その沿道には多くの市民が殺到し、彼らの凱旋と建国記念を盛大に祝福していた。


「流石に緊張するな。こりゃ、町中の人間が集まってるんじゃないか?」


 バルデスは整然と行進しながらも、隣を歩く副長に話しかけていた。


「ええ、私もですよ。こんなの初めてです」


 第二戦隊、特に旗艦オリンピアのクルーは、この祝福ムードに適応しきれずにいた。


『今回は、市民に溜まっていた鬱憤を晴らした形になりましたからね……』


『当然の反応とも言えます』


 デメテルが、バルデスの制服に装着された無線から、こっそりと相槌を打つ。


「市民たちは、これから何が始まるか分かってるのか?」


 市民たちの歓声のみになった。誰も彼の疑問に答えることはできなかった。


 数秒間、一行の耳には歓声しか入らなかった。


「でもまあ、悪い気はしませんね」


 船務長が気を利かすように口を開いた。


「いや、ここからが本当の地獄だぞ」


「我々は、眠れる獅子を叩き起こしちまった」


「今度からは初見殺しとはいかんだろう」


「次は奴らもなんらかの対策を講じてくるはずだ」


 バルデスが振り返らずに口を開く。


 それを聞いた一行は何も言えなかった。



 バルデスの予想通り、地球連邦では急速に軍拡の準備を進めていた。シリウス政府から自由恒星同盟へと名を変えた、反乱軍に対し反撃の刃を研いでいたのだ。



 そして、一行が二キロほど歩いた所で、大きな仮設舞台が用意されていた。


 軍人たちは一斉に停止し、舞台の中央にある演台から、リベラ首長が幹部の名前を呼びかけようとしていた。


「第一戦隊、アンドレア艦長、ピエトロ・カヴ―ル大佐!」


 まず、第一戦隊の指揮官ピエトロ・カヴ―ル大佐が呼ばれた。


 彼はマイクも駆使しながら、大きな声で返事をした。


「はい!」


「第二戦隊、オリンピア艦長、アルマンド・バルデス中佐!」


 次に、第二戦隊の指揮官としてバルデスが呼ばれた。


「はい!」


 バルデスも返事をすると儀仗兵が道を開けるように脇へ移動した。


 そして恭しく、腰を曲げて一礼した。


 それを受けて、二人は演台の上へと進んだ。


 仮設舞台中央の長い階段を登りきると、リベラ首長が演説台から二人を見ていた。


 そして、満面の笑みで口を開き、スピーカーから彼の声が響きだす。



「今回の独立作戦に当たった最大の功労者、連合艦隊の両指揮官だ!」


「シリウス市民を代表して、ここに特一等十字勲章を授与する!」


「市民諸君! 彼らに盛大な拍手を!」



 リベラ首長が二人の指揮官に右手を向け、聴衆を煽った。


 拍手喝采だった。


 街を揺らす勢いで、拍手が鳴り響く。


「君たちの事情は私も聞いている」


「市民にはこれが必要なんだ」


「もう少しだけ付き合ってくれ」


 リベラはマイクをミュートして両指揮官にのみ聞こえるよう語り掛けた。カメラを意識してか、笑顔を絶やさずに。


 彼は――政治家だった。


 しかし、二人の指揮した艦隊で何が起こったか、どういう戦いだったかは、リベラも知っていた。彼のそれは、決して、本心からの笑顔ではなかった。


「お気遣いありがとうございます。首長。」


 ピエトロが、そう答えて前へ進み出た。


 そして、リベラがピエトロの制服に勲章を取り付けて、お手本通りの敬礼をした。


 ピエトロもそれに応えた。


「……アントン中佐の件は、残念だった。ここで弔えたらよかったのだがな」


 リベラは、前へ進み出たバルデスに、そう語りかけながら彼の制服にも勲章を取り付けた。


「ええ、本当に残念です。首長は、ここからのビジョンも決まっているのですか?」


「ああ、まだ内々の話だが、君たちには来月から新型艦を率いて、各地の親善訪問に向かってもらう」


「そこで、可能な限り加盟する自治州を増やしてほしい」


「ご命令とあらば」


 バルデスはそう言うと、勲章を付け終わったリベラから一歩下がり、敬礼した。


 そして、彼はピエトロと横並びになり、整然と舞台を降りて行った。




 このあと、リベラの演説が続き、市民と軍人たちは耳を傾けた。


 こうして、華々しく式典を終えた、シリウス自治政府は地球連邦を離反した。


 そして、新たな国家「自由恒星同盟」の樹立を高らかに宣言したのだった。



 翌月、5月2日。


 FSD外交使節団は護衛艦隊を伴い、各星系への親善訪問を開始した。


 こうして、ひとつの辺境惑星から始まったシリウス事変は、クーデターの域を超え、人類史上初の星間戦争へと移行した。



――この時は、まだ誰も戦争を実感していなかった。


 最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖(さんたくるす)です。


これにて、第一部「シリウス事変」は完結です!

昨日の予告通り、一週間ほど休載します。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


よろしければ、評価、コメント、ブックマークなどして頂けると幸いです!


第二部もお楽しみに!

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