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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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第二十一話 「その戦いの理由」

連邦標準時

2314年3月21日 12時00分


シリウス艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」 食堂




 低い天井ではあるが、二百人以上のクルーを一度に収容できる大部屋。そこには、長机と長椅子が並び、壁際にはクルーに食事を提供するディスペンサーが四つ並んでいた。


 そして食堂の隅で、制服を着た上級将校が対面で座っていた。そして一方の将校は四人の装甲宇宙服(AES)を着た男に背後を固められていた。


 二人の上級士官は同じ料理が盛られた皿を前にして、ゆっくりとスプーンを動かしていた。


「……この船の飯は、なかなか、美味いな」


 背後を固められた方の男が静かに口を開く。


「そうだろう?」


「それで? ノエルは俺に聞きたいことがあるらしいな?」


 バルデスが、長方形のアルミプレートに盛られたパエリアを前に、スプーンを置き対面に座る男に問いかけた。


 バルデスの問いかけを受けて、対面のノエルはスプーンを口へ運びかけていた手を置いた。


「ああ、そうだったな。すまない。このパエリア気を取られてしまった」


「……そうだな、まず、あんたらはいつから準備していた?」


「それに一連の作戦の最終目標はなんだ?」


 ノエルの質問は、至極当然の疑問だった。


「結論から言うと、俺も詳しいことは分からん」


 ノエルが一瞬怪訝な表情を浮かべたが、バルデスの続きの言葉を待った。


「まず、俺は現場の指揮官でしかない」


「政治家連中――いや、リベラ首長たちの考えを一から十まで知っている訳ではないが……。」


 バルデスはそう言うと、パエリアを一口、スプーンで口へ運んだ。そして二秒ほど味わってから飲み込み、再び言葉を紡いだ。


「だが、何も知らない訳でもない」


 その言葉を聞いて、ノエルは頷きつつ再び食事を続けた。


「少なくとも我が艦隊に自治政府から極秘任務を受けるようになったのは二年前からだ」


「……その極秘任務の概要は聞いてもいいのか?」


 ノエルが躊躇いつつバルデスに問う。


「ああ、問題ない。最初は大規模な海賊制圧作戦から始まった。」


「ノエルも知ってるだろうが、シリウス星系は海賊が多かった。」


 ノエルがその言葉にピクリと反応する。


()()()()? 過去形なのか?」


「ああ、我々は一年前には星系内の制圧を完全に終えている」


 ——シリウス星系は、太陽系よりは狭いとはいえ、星系内を完全に制圧するのは困難だったはずだ。それを一年前には制圧?自治政府の財力では、よほどの理由がない限り、そんな大規模作戦を行う予算はないはず……


 ただの治安維持だけが目的とは思えない——


 ノエルは怪訝な表情を浮かべながら思考を巡らせる。


「ああ…いまアンタが抱えているであろう疑問に答えるなら、とある大規模施設を稼働させる為だった、とだけ言っておこう」


 ——機密事項というやつか。このバルデスという男は意外と律儀な軍人らしいな。


「次に我々の最終目標、だったな?」


「ああ、ただのクーデターが目的ではないのだろう?」


 バルデスは頷き、質疑応答を続けた。


「もちろん。ここからは個人的な推測だが……」


「地球連邦に並ぶ新たな星間国家の樹立とその拡大、と考えている」


「我々は今回の太陽系侵攻で、とにかく生産施設と連邦直轄艦隊へ打撃を与えるよう念を押された」


「恐らく、今回の攻撃で時間を稼いでから、周辺星系への艦隊派遣をするつもりなんだろうな」


 ——我々も薄々予想していたことだ。


「なるほど。ガガーリンの政治家の判断次第で、俺たちは互いに手を取る未来もあり得たかもな」


「では、もう一つ。この船や他のシリウス艦隊の改装内容は?」


 ノエルは心底残念そうに呟き、質問を続けようとする。


「ああ。いや、こっちも聞きたいことがある」


「俺は二つ答えた。そっちも二つ答えてくれるな?」


 バルデスは質問に答えようとして自分の疑問を思い出し、ノエルに問いかける。


「ああ、もちろん。答えられる範囲でなら」


 ノエルの言葉を聞き、バルデスは静かに頷いた。


「アンタらは先日の第二艦隊の末路を知ってるはずだ。なぜ、賭け事のような真似をした?」


「まさか、あの誘導弾だけで勝算を得た訳ではあるまい?」


 バルデスや第一戦隊のピエトロは、ガガーリンの政治家たちは、日和見を決めると予想していた。


 ジャンプ後の戦闘は万が一の備えのつもりだった。確信があった訳ではなかった。


「ああ、それか。順を追って話そう。」


「実はこっちでも、ちょっとしたクーデターがあったのだ——」


 バルデスは食事を続けながら、ノエルの話に耳を傾ける。



◆五日前——

連邦標準時

2314年3月17日 8時10分


アルファ・ケンタウリ星系

惑星ガガーリン 首都コーンウォール

自治政府庁舎ビル前


ベルドラン・シューマン 自治政府首長



 首都の市街中心部に位置する、庁舎ビル前に大型輸送トラックが何台も乱雑に停車していた。


 そして、荷台扉が開き、装甲服に身を固めた武装集団が次々と降車していた。


 彼らの装甲服には、連邦警察でも海兵隊でもないシンボルマークが刻印されていた。


 ビルの最上階の首長執務室からスーツの男達が何事かと窓へ駆け寄っていた。下の光景が信じられないといった様子で。


「どういうことだ! なぜ、タイヨーセキュリティが来ているんだ!」


「連邦警察はどうしたんだ! なぜ来ない! こんな時の為に居るんだろ!」


 二人の男が口々に困惑し狼狽えていた。


 そんな男達を無視するように、執務室のドアが開き、オレンジ色の日の出を模したマークが刻印された装甲服の男が、ライフルを手にしながら次々に入ってきた。


「動くな! 現時刻をもって、あなた方を拘束する!」


「抵抗はするな。」


 リーダー格の男がそう言うと、スーツの男達は恐怖の表情で両手を上げ降参した。


 そして、リーダー格の男の後ろから、降参した男と同じスーツを着た男が、ゆっくりと入ってきた。


 彼らもよく知る人物だった。


「ご無礼をお許し下さい。シューマン首長。これも、ガガーリンを救うために必要なことなのです」


「……防衛相として、いや()()()としての勤めですから」


 男は、アルファ・ケンタウリ自治政府の防衛大臣として、よく知る人物だった。


 シューマンと呼ばれた中年の紳士が、彼に対して怒りの視線を向ける。


「防衛相、いや、フランソワ!」


「どういうつもりだ! 指導者にでもなったつもりか!」


 兵士に跪かされたシューマンがフランソワを見上げながら、怒声を上げる。


 しかし、フランソワは一瞬鼻を鳴らして、彼を見下ろしたまま答えた。


「指導者? いえ、違いますよ。首長、いえ、シューマンさん」


「……日和見が過ぎたのですよ」


「我々は、このままでは地球からもシリウスからも見捨てられる」


「そんな未来をガガーリンの人民は許さないでしょう」


 フランソワは一拍の間を置いてから続けた。


「私はシリウスの過激派とは違う。地球連邦への忠誠は捨てない」


「あくまで、無能な指導者から首長の座を奪い、連邦政府へお返しするまで、ですよ」


「すべてはガガーリンの未来の為。あなたと私はやり方が違う。ただ、それだけのことです」


 フランソワはシューマンを見下ろしながら侮蔑の表情でそう語った。


「詭弁だ! お前の支持母体の正体を私が知らないとでも思っているのか!」


 タイヨーセキュリティと地球のアマツ重工は表向きは無関係の他社とされているが、同じ系列の財閥グループ…と噂されている。確かな証拠はないが、彼らの間で交わされる数々の取引がそれを物語っていた。


「ああ、こちらのタイヨーセキュリティの皆さんのことですか」


「いえいえ、タイヨーセキュリティとアマツ重工は全く別の企業ですよ?」


「貴方ほどのお方がゴシップを真に受けるとは世も末ですね」


 ——誰がアマツ重工と言った?それでは暗に認めているようなものではないか。


「貴様! 舐めるのも大概に――」


 シューマンは立ち上がろうとしたが、兵士に銃床で肩を強く叩かれ床に押さえつけられた。


「ああ……暴力ですか、民主主義の指導者の一角とは思えない品位ですね」


「こっちのセリフだ……」


 フランソワが皮肉たっぷりにそう言うと、シューマンが力無く言葉を返し、頭を床へ落としてしまった。



 こうして、フランソワ・ドラノエ防衛相とタイヨーセキュリティの結託でガガーリンではクーデターが起きていた。


 ——何故、連邦警察は動かず見て見ぬふりをしたのか。


 そんな疑問をぶつける間もなく、シューマンを始めとする閣僚達は、兵士たちに運ばれ身柄を拘束された。



◆五日後——

連邦標準時

2314年3月21日 12時00分


シリウス艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」 食堂



 ノエルから惑星ガガーリンで起きたクーデターの概要を聞き、バルデスは言葉を失っていた。


「つまり、ガガーリンは金権政治の毒が回った、という訳だ」


 バルデスは沈黙し、目を瞑っていた。


 周囲のクルーは、互いに顔を見合わせて静かに困惑していた。


「……そちらと違って民意のクーデターって訳じゃないのさ。ガガーリンの政府が何と言おうと、俺たちや市民の大半は納得していない」


「同情するよ」


「……だが、俺たちがリベラ首長たちに掛け合えば、アンタらを救うこともできるかもしれない」


 バルデスは天井を見上げながら、そう言った。


「ああ……おかしいと思ったんだ」


「ガガーリンの経済状況を鑑みるなら、安易にどちらかへ肩入れするはずがないと思っていたんだ」


 バルデスは正面へ向き直り、一呼吸して口を開く。


「まあ、概ね分かった。ではもうひとつ聞こう」


「そんな状況なら、なぜここまで本気で戦ったんだ?」


「適度にやり合って降伏なり撤退なりできただろう?」


 それを聞き、ノエルはテーブルの下で拳を握りしめた。


「バルデス中佐は、タイヨーセキュリティが……いや、地球の、極東管区の財閥がどれほど、ガガーリンを支配してるか分かるか?」


 その言葉を聞いても、バルデスは納得しなかった。


「家族を人質に取られかねない……と。だが、それだけではないだろう?やはりそれでも誤魔化しは効くはずだ。」


 バルデスの言う通りだった。いくら惑星を支配する規模の財閥でも、所詮は企業でしかない。戦闘中の艦隊内部の詳しい事情までは把握できないだろう。


 ノエルも目を瞑り、一瞬言葉に詰まった。


 そして——


「……正直に言おう。あんたらが殲滅した第二艦隊には、俺の……従姉妹が居た。それが本音だ……」


 それを聞いたバルデスは、静かにボトルを手に取り、食後のエスプレッソを飲み切った。


 ――家族や兄弟、恋人がもし敵に撃たれたなら自分もそうしかねない。


 そのやり取りで、バルデスはノエルに深く共感したのだった。


 そして、なんとか言葉を絞り出し口を開く。


「それは……すまなかった、としか言えん」


 バルデスがそう謝罪すると、ノエルは首を振り、口を開く。


「いや、俺もアンタのクルーを殺した。お互い様だ」


 沈黙。


 互いに食事を終え、眼前のプレートは空になっていた。


「……次はノエルの番だ。他にも聞きたいことがあるのだろう?」


 バルデスはまだ、話を続けようとしていた。


 しかし——


「おい!ここは貸切中だ! 何をっ!」


 食堂の外から守衛の制止する声と、金属がぶつかり合う音がした。


 バルデスが咄嗟に横の士官からピストルを奪いドアに向けた。


「貴様が侵入した敵か! ただで済むと思うなよ!」


 装甲宇宙服(AES)を着た海兵隊の男が守衛を振り払いながら、食堂の中へ大股で入ってきた。


 レーザーライフルを構えながら。


 彼のヘルメットから聞こえる機械音の混じった声は、どこか威圧感があった。


「……サモラ伍長か? 上官の命令無視。その罪の重さを分かっていないようだな。」


 バルデスがサモラ伍長にピストルを向けながら、静かに糾弾する。


 サモラ伍長は言葉に詰まり、ライフルを持つ手を振るわせ、力無く跪いた。


「いいさ、仕方のないことだ。多めに見てやってくれ。バルデス中佐」


 ノエルがバルデスを諭す。


「アテナが大破した時には、もう諦めてたさ。彼の感情はもっともだ」


「……ノエル、ここはシリウス艦隊のオリンピアだ。アンタの言葉に実行力はない」


「…………ああ、そうだな」


 バルデスの言葉を聞き、ノエルは一瞬だけ拳を握りしめたが、すぐに冷静を取り戻してバルデスの言葉を肯定した。


「守衛、彼を営倉に放り込め、シリウス艦隊では軍紀の乱れは一切許さん」


 バルデスの声は冷徹さに満ちていた。


 ノエルはやるせないといった表情で、サモラ伍長から顔を背けた。


「残念だが、話はここまでだ。ノエル、アンタは……空きの士官寝室へ軟禁する。」



 バルデスの下した決断は、軍人としての、将校としての名誉を最低限でも守る処遇だった。


 そして、その日のうちにシリウス艦隊は生存者を回収して戦闘宙域を離れ、シリウスJPへ向けて移動を開始した。


 そこからの航海は平穏そのものだった。


 しかし、そんな平穏な帰路で一名の死者が出た。


 最後の戦闘を終えた翌朝、オリンピアの当直士官がゲストを収容していた士官寝室に入ると、目を覆いたくなる光景があった。


 シリウス艦隊とはデザインの違う、中佐のバッチがついた制服がベットに綺麗に畳まれていた。


 ベッドの下に、海軍の革靴が同じく綺麗に並べられ、側に一枚の手書きのメモが置かれていた。


 そして、部屋の奥でひとりの男が天井の換気ダクトから下着を束ねた縄でぶら下がっていた。当直が発見した頃には、その男の死亡が確認された。



◆そして、二週間後——


連邦標準時

2314年4月4日


 シリウス連合艦隊は、満身創痍でありながらもポルト・グラナダへ帰還した。


 決して無事ではなかったが、作戦目標は確かに達成し、彼らに対する出迎えは盛大そのものだった。しかし、エアロックから船を降りるクルー達の笑顔は、完璧ではなかった。


 彼らは皆、歓迎する同胞達に愛想笑いを向けるのみだった。



 英雄の凱旋。


 傍目にはそう見えたが、帰還したクルー達の内心は複雑であった。


 その日、シリウス自治政府の首都星ノヴァ・マーレにて、新国家「自由恒星同盟」の樹立が宣言された。


 そして、自由恒星同盟(FSD)は公式に加盟国を募る声明を発表した。


 それらの情報は民間船により、瞬く間に有人星系へと伝播した。

 最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖(さんたくるす)です。


 拙い文章で恐縮ですが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。


 最後まで駆け抜けるので、ぜひここからもお付き合い頂けると幸いです。


 明日の投稿以降は1週間程度休載します。

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