第十九話 「最後の一撃」
連邦標準時
2314年3月21日 11時28分
アルファ・ケンタウリ星系 外縁部 太陽系JP
同・星系防衛軍 連合艦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「アテナ」
ノエル・アントン中佐
CICのクルーは落ち着き払った様子、とは程遠かった。
その場の士官たちは、慌ただしく自分のコンソールを操作していた。
その後ろの一段高い艦長席。
中年の上級将校が士官たちを観察しながら、個人端末で何かのログを眺めていた。
「……しかし、ノエル艦長。本当にやるんですか?
シリウス艦隊が、あの戦闘ログ通りなら、我々は――」
艦長席の横に座る副長が、小声で懸念を示す。
「……上の命令は絶対だ。軍人である以上は従う義務がある」
ノエルがそう言うと、副長は渋々ながら頷き、正面へ向き直った。
副長の言う戦闘――それは二週間前、この宙域で行われた戦闘ログだ。
二週間前。
JP近傍で連邦直轄第二艦隊が、半個艦隊規模のシリウス連合艦隊に惨敗した。
ログを見る限り――
シリウス艦隊は射程外から一方的に攻撃し、喪失艦なしで勝利している。
連邦艦隊は全滅。
三日前まで、このJPは彼らの分遣隊に封鎖されていた。
「それにな、副長。三日前にシリウス艦隊の分遣隊を拿捕した時点で、我々は既に敵対している。今更退くことはできん」
「……それもそうですね」
――もう引き返せない。
しかし、我々は連邦艦隊とは違う。
彼らと違って初見殺しを喰らう訳ではない。
最初から最適な距離で戦える。
数が同等なら、いい勝負になるはずだ。
「さて、例の新兵器は本当に役に立つんだろうな」
ノエルは呟いた。
――海賊から鹵獲した大型誘導弾。
戦術核弾頭を搭載したそれを、一部の僚艦に配備した。
適切に運用すれば、一矢報いることができる――そう聞かされている。
「特設戦隊は所定位置で待機を継続。
全艦、主砲弾種変更――半徹甲弾!」
「いいんですか? ログに従うなら貫徹弾では――」
「ああ、問題ない。そのログは無傷の敵艦の話だろう?」
「奴らが太陽系で暴れて、無傷で済むと思うか?」
「俺は思わん。ならば――」
「損傷箇所に炸薬を叩き込んだ方が有効だ」
副長と砲雷長が顔を見合わせる。
「確かに理屈は通りますが、初弾は貫徹弾で様子を見るのも――」
「砲雷長。我々の第二射まで、敵があの兵器を撃たずに待ってくれると思うか?」
「……いえ」
砲雷長は言葉を失い、すぐに否定した。
「この戦いは初撃で決まる」
「敵は全艦があの指向兵器を持っている」
「ならば勝敗は――」
「初撃でどれだけ被害を与えられるか、それだけだ」
ノエルは淡々と結論を述べた。
「前方、一光秒先に投射反応! 一個戦隊規模!」
観測手からの報告がCICに鋭く響いた。
「一個戦隊? もう一個はどうした?」
「……まあいい、ここからは初の対艦戦闘だ! 気合い入れてけ!」
――いよいよだ。
アルファ・ケンタウリ防衛艦隊の真価が問われる時が来た。
自由恒星同盟、地球連邦、アルファケンタウリ。
その三者の運命を分ける戦いが始まろうとしていた。
◆同時刻
シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
CICのスクリーンには、糸のように引き伸ばされた太陽系の遠景が映っていた。
退屈な景色が続いている。
しかし、その時間も終わろうとしていた。
「艦長、あと二分で目標座標に投射完了です!」
「了解。デメテル、艦のシステムに異常はないか?」
「ええ! バッチリです!」
「よし。投射後は何があるか分からん。これが最後の山だ――気を引き締めてけ!」
「了解!」
クルーを一瞥し、バルデスはエスプレッソのボトルを一口飲んだ。
次の瞬間、船体に僅かな衝撃が走る。
「投射完了! 航法システムに異常なし!」
「前方、距離一光秒、艦影多数! 二個戦隊規模です!」
航海長と船務長の報告が連続する。
「デメテル、航法及び火器管制を委任する。まず旗艦を黙らせろ。前衛艦は後回しだ!」
「了解! 我々も首刈り戦法が板について――」
「いえ! 敵哨戒艦から大型誘導弾らしきものを確認!」
「弾数二〇! 着弾まで約六十秒!」
想定外の報告だった。
バルデスは即座に判断する。
「くっ……全艦連動! 二時方向に転舵、迎撃急げ!」
「敵はこの短期間でミサイルを復活させたのか!」
「あんなのは急拵えだ! 落ち着いて迎撃しろ!」
砲雷長の焦りを押さえつける。
「残り五十秒!」
デメテルは無機質にカウントを続けた。
動揺は一瞬。
すぐに全員が持ち場に意識を引き戻す。
第二戦隊は一斉にスラスターを噴かし、斜めに回頭。
対空レーザーの弾幕を展開した。
しかし――
「艦長! 敵誘導弾は我々の魚雷と同程度の耐久です!」
「クソッ、魚雷か……!」
「一隻一目標! 弾幕を集中させろ!」
「実行中です!」
「誘導弾、約四割撃墜! 着弾まで残り三十秒!」
「敵艦隊から発砲炎多数!」
報告が重なる。
「回避急げ!」
「間に合いません! あっ――」
次の瞬間。
デメテルがスクリーンから目を逸らした。
オリンピア前方に、四つの爆炎が咲く。
沈黙。
「……駆逐艦二隻、哨戒艦二隻、轟沈」
声は、消え入りそうだった。
――落伍艦は出ない。
どこかで、そう思い込んでいた。
だが現実は違う。
これで第二戦隊は、半数以上を喪失した。
思考を断ち切る。
「……目標変更。哨戒艦を優先的に狙え!」
「艦長、敵は半徹甲弾を使用。照準精度も極めて高い……」
「被弾箇所を正確に狙われています。敵弾、着弾まで二十秒」
弱々しい報告。
バルデスは一瞬だけ目を閉じた。
――ここで下がれば、崩れる。
前衛は半壊。
回避に徹すれば時間は稼げる。
だが、その間に敵は立て直す。
ならば――
「……全艦後退。本艦は前進する」
静かな声だった。
怒号でも、激情でもない。
ただ結論だけを告げる声。
「敵の火力を本艦に集中させる。その間に隊形を立て直せ」
一拍遅れて、空気が凍る。
「……艦長」
「命令だ。オリンピアの装甲でしか囮は務まらん」
短く言い切る。
もはや異論は出なかった。
砲雷長がわずかに振り向き、片目を向ける。
口元には、薄い笑み。
「……艦長、帰ったら奢ってくださいよ?」
「ああ。好きなだけ頼め」
「艦長!? 砲雷長!?」
「そんなベタなフラグ立てないでください! 縁起でもないです!」
デメテルが珍しく怒声を上げた。
わずかに、空気が緩む。
――この状況にしては、悪くない。
バルデスは内心でそう呟いた。
スクリーンはレーザー光で満ちている。
光条は一点に集中し、爆炎が散発する。
そして――
「敵誘導弾、全弾迎撃成功!」
「……いえ、哨戒艦ジーロッド、至近弾で大破」
――完全ではないか。
その時。
第一戦隊が動いた。
◆第二戦隊より一光秒後方
シリウス防衛艦隊 第一戦隊旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」
ピエトロ・カヴール大佐
第一戦隊は第二戦隊よりやや遅れて、アルファ・ケンタウリ星系に到達した。
投射座標の僅かな誤差により、その後方へ出現している。
「投射完了……投射座標に誤差あり。第二戦隊の一光秒後方です」
「先行する第二戦隊、既に交戦中!」
「……やはり待ち伏せか。すぐに援護する」
「十時方向に転舵! 順次射撃開始!」
「敵の側面を突く! 照準を分散させろ!」
「司令、第二戦隊は誘導弾による攻撃を受けています!」
「これは――」
その時。
CICのテーブルモニターにデメテルが現れた。
「失礼します! あれは魚雷と同等の脅威です!」
「弾数は多くありませんが、迎撃は一隻一目標を徹底してください!」
「なるほど……他に情報は?」
「はい! 敵は半徹甲弾を使用しています!」
「照準精度も極めて高く、被弾箇所を正確に狙ってきます!」
ピエトロは額に手を当てた。
「……練度が高いな」
一瞬で思考をまとめ、顔を上げる。
「では、魚雷以外は従来通りと見ていいのか?」
「はい。スキャンの結果、装甲に大きな変化はありません」
「他は通常通りで問題ありません!」
「よし……」
一拍。
「分かっているとは思うが、もう少しだけ持ち堪えてくれ」
「こちらもすぐに援護する」
「はい! あっ……オリンピア、単独で敵艦隊へ加速!」
「あの人、カッコつけちゃって……!」
デメテルが今にも泣きそうな声を漏らす。
「マンドの奴……被害を一手に引き受けるつもりか」
ピエトロは短く吐き捨てた。
「急ぐぞ!」
「ミサイル、魚雷、全弾発射!」
「最後の弾だ。きっちり当てろ!」
指示を出し終え、軍帽を深く被り直す。
◆
連邦標準時
2314年3月21日 11時30分
アルファ・ケンタウリ星系防衛軍 連合艦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「アテナ」
ノエル・アントン中佐
ノエルはCICのスクリーンに映る戦況を、固唾を飲んで見守っていた。
まるで――何かを待ち構えるように。
「敵戦隊後方、距離約一光秒に投射反応!」
「一個戦隊規模です!」
――これで役者は揃った、か。
敵が少なく見えたのは、投射座標の誤差。
だが――
これはチャンスだ。
逃すわけにはいかない。
「誘導弾、全弾迎撃されました……」
「耐熱装甲まで付けたってのにな……」
船務長がぼやく。
――当然だ。
あれだけ改装して、対空を強化していないはずがない。
「まだ負けた訳ではない!」
「主砲の冷却プロトコルは多少無視して構わん!」
「撃ち続けろ!」
「このまま接近、機関砲も使って叩き潰すぞ!」
指示を飛ばす。
副長が抗議の視線を向けた。
「ノエル艦長、危険です!」
「あんな改装をして主砲も強化していないはずが――」
だが、ノエルは冷静に切り返す。
「それも理由だ」
「敵の主砲が強化されているなら、威力も上だ」
「ならば距離を詰めて手数で叩くしかない」
「後方の新手が来る前に数を減らす」
「了解……」
――もっともな不安だ。
接近すれば被害は増える。
それは我々も同じ。
だが、切り札はもうない。
これしかない。
それに――
敵も、あの切り札を持っているはずだ。
なぜ撃たない?
撃てない理由があるのか?
「……敵は指向兵器を撃ってきませんね」
「何か理由があるのでしょうか?」
副長も同じ疑問に至っていた。
「分からんが――」
一瞬の沈黙。
「チャンスだ」
「あの一撃を食らう前に、一個戦隊は確実に潰すぞ!」
予想外に拮抗した戦況。
だが、それでも彼らは攻撃の手を緩めなかった。
◆
シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
バルデスはスクリーン越しに敵艦隊を眺めながら、眉をひそめた。
「妙だな……敵は、あの誘導弾をもう撃ち尽くしたのか?」
「それとも、最接近してからもう一度撃つつもりか?」
先ほどの一撃は鮮烈だった。
一度で終わるはずがない――そう思っていた。
だが敵は、すでに教範通りの反航戦に移行しつつある。
――違和感。
「艦長、敵艦隊の精密スキャンに成功しました」
「どうやら、あの誘導弾はもう終わりのようです」
デメテルが、テーブルモニター上で羊皮紙を読み上げる仕草のまま報告する。
先ほどまでの動揺は消え、完全に平常運転へ戻っていた。
「なるほどな……一発限りの切り札か」
「ええ、恐らく」
「あ! 司令の第一戦隊より――ミサイルおよび魚雷の発射を確認!」
「敵艦隊到達まで約二分!」
声色が一気に跳ね上がる。
沈静から一転、歓喜を含んだ報告。
「「おお!」」
後方からの援護。
流れが、こちらに向き始めている。
「よし!」
「ランダム回避を継続!」
「パターンを読ませるな!」
「本艦はこのまま敵艦隊に突入する!」
「「了解!」」
士気が一気に跳ね上がる。
「敵旗艦の主砲を集中攻撃!」
「僚艦はあれに耐えられん!」
「これ以上、犠牲は出すな!」
「「了解!」」
デメテルと砲雷長が同時に応答し、それぞれの作業へ散る。
「艦長! 敵砲撃密度、増大!」
「相対距離〇・二五光秒!」
「機関砲戦距離に突入! 敵も撃ってきます!」
砲雷長がコンソールを操作しながら叫ぶ。
鈍足のオリンピアが、後退しつつ再編する僚艦を背に、単艦で突撃している。
これほどの接近戦は初めてだ。
――流石に緊張するな。
「装甲を信じろ!」
「撃ち続けろ!」
命令は短く、鋭い。
オリンピアは、不規則にスラスターを噴かしながら軌道を乱し、敵艦隊へ突入していく。
船体各所の武装が火を噴き、その姿は圧倒的な威圧感を放っていた。
当然、被弾もしている。
だが、それを意にも介さない。
銀色の装甲が焦げる――ただそれだけだった。
◆
連邦標準時
2314年3月21日 11時30分
アルファ・ケンタウリ星系防衛軍 連合艦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「アテナ」
ノエル・アントン中佐
アテナの艦内では、大小の衝撃が断続的に続いていた。
照明は明滅し、人工重力も不安定に揺らぐ。
人も物も、床と宙の間を行き来していた。
『第一、第二、第四主砲に被弾! 使用不能!』
『左舷前部デッキに破孔多数! 外周通路閉鎖!』
『左舷対空ユニット大破! コンデンサー発火!』
『消火装置、作動せず! 応急班急行願う!』
『こちら格納庫! 死傷者多数! 医療班の――』
最後の通信は、空気の破裂音に掻き消された。
船務長のコンソールから、悲鳴のような報告が次々と流れ込む。
「艦長! ダメージコントロール、追いつきません!」
「艦内バイタル反応……半数を切りました……!」
船務長が悲壮な表情で訴える。
「……強化型とはいえ、たった一隻にここまでやられるか」
ノエルは歯を食いしばる。
「戦隊指揮権を第二戦隊のクレタに移譲!」
「総員退艦だ!」
「観測手! 敵残存数は!」
「巡航艦一、駆逐艦二、哨戒艦三!」
観測手は、信じられないというようにコンソールを凝視したまま報告した。
――味方は半数以上喪失。
誰の目にも、劣勢は明らかだった。
「……くそっ」
「初撃以降、戦果なしか……!」
「繰り返す! 総員退艦!」
「この艦はもう保たん!」
「お前たちもポッドへ急げ!」
「はい! 艦長もお早く!」
副長が士官たちを促し、CICは一斉に動き出す。
全員がノエルに敬礼し、退室していく。
「ああ……ガガーリンでまた会おう」
「早く行け」
ノエルは静かに答え、艦長席のコンソールへ向き直った。
最後に、副長が振り返る。
罪悪感を滲ませた表情。
深く一礼し、去っていった。
言葉はない。
――いや、もう必要なかった。
互いの覚悟は、すでに理解していたからだ。
◆
シリウス艦隊 第二戦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
装甲巡航艦オリンピアは、慣性制御の限界を超えた高機動により、ジェットコースターのようなGの締め付けを受けていた。
「敵旗艦大破! 脱出ポッド多数確認! 総員退艦の模様!」
「――よ、し……狙いを……」
「もう一隻の巡航艦に……変えろ……」
「恐らく……次の旗艦になる……」
バルデスは言葉を絞り出すように指示する。
高Gにより、すでに虫の息だった。
その傍らで、Gの影響を受けないデメテルが振り向く。
「ええ、慣例通りならそうですね!」
「火器管制と航法は、このまま私にお任せ頂けますか?」
バルデスは虚ろな目で、重くなった口を開く。
「……この状況で……他に、誰が出来るってんだ……」
「お前に……託す……」
「はい! 確かに託されました! お任せください!」
ほんの一瞬、デメテルの応答が遅れた。
ホログラムもわずかに揺らぐ。
士官たちの処理を引き受けたことで、演算負荷が跳ね上がったのだろう。
だがすぐに優先度を再構成し、いつもの調子に戻る。
そして、軽く首を傾げた。
「あ、さっきのコーヒーですけど――クリーニング代、きっちり請求しますからね?」
悪戯っぽい笑み。
「……修理、代……の、間違い……だろ……?」
吐き気に耐えながらも、バルデスは応じる。
先ほど、固定具に置き忘れたエスプレッソのボトルが、高機動の揺れでテーブルモニターへ飛来したのだ。
その影響か、デメテルのホログラムには黒に近い茶色の飛沫が付着している。
「艦長……余裕、ありますね……うっ……」
砲雷長はそれだけ言うと、座席備え付けの容器に顔を埋めた。
「……で……敵は……あと、何隻だ……?」
「巡航艦1、駆逐艦5、哨戒艦6です!」
デメテルは涼しげに答える。
周囲で乗員が悶える中、その声だけが異様に安定していた。
「……よし……半分は……削ったか……」
「次の巡航艦を叩いたら反転します!」
「全員、衝撃に備えてください!」
一拍おいて、デメテルは周囲を見回す。
「あ、船務長? 起きてください」
「……まだ仕事がありますよ?」
返答はない。
「……ダメそうですね」
「まあ、私がカバーしますので、そのまま休んでいてください」
バルデスは船務長へ視線を向ける。
彼もまた、容器に顔を埋めたまま動かない。
艦長席のコンソールでバイタルを確認する。
――血圧上昇、脈拍上昇。生命反応あり。
どうやら気絶しているだけらしい。
――無理もない。
艦隊最速の哨戒艦でさえ、ここまでのGは想定していないはずだ。
◆
アルファ・ケンタウリ星系防衛軍 第一戦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「アテナ」
ノエル・アントン中佐
非常用の赤色灯だけが点るCIC。
艦長席に残ったノエルは、コンソール上の艦内状況と脱出ポッドの動向を確認していた。
「……よし、総員退艦したな」
短く呟き、手慣れた動作で操作を進める。
まるで日常業務の延長のように。
「ここからは俺の自己満足だ」
「アテナ――最後まで付き合ってもらうぞ」
連邦標準艦であるアテナに、シリウス艦隊のような対話型AIは搭載されていない。
それでもノエルは、まるで相棒に語りかけるように言った。
「まあ……誰も聞いちゃいないがな」
「これで操作は全部、この席に集約された」
指がコンソールを滑る。
「加速……っと」
「……おいおい、反応炉の防御機構も限界か」
警告表示が赤く明滅する。
「艦内放射線も上がってやがるが――」
一拍。
「……安全プロトコルなんて、クソ喰らえだ!」
明るく吐き捨てる。
次の瞬間――
装甲巡航艦アテナは、満身創痍の船体とは思えない加速を見せた。
残された主砲は、四基のうち下部の一基のみ。
それでも砲塔は唸りを上げ、暴れ回る敵艦――オリンピアへと向けられる。
「……ったく、あれで巡航艦かよ」
「全然、照準が合わねぇ」
苦笑が漏れる。
「これでも射撃成績は良かったんだがな……」
コンソール中央にクロスヘア。
その中を、オリンピアが激しく跳ね回る。
「――反転するか」
「今なら……捉えられる」
ノエルの目が細まる。
呼吸が、静かに整う。
「……よし」
「測的――よし」
「照準――よし」
指がトリガーにかかる。
「これが――俺とアテナの」
「最後の悪足掻きだ!」
引き金が引かれる。
次の瞬間、弾痕に覆われた主砲が火を噴いた。
◆
シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦
装甲巡航艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
三分間に及ぶ耐久戦に、ようやく一瞬の休息が訪れた。
オリンピアのクルーを締め付けていたGは、慣性制御で抑えられる範囲へと収まる。
艦は敵艦隊の後方〇・二光秒の位置に到達し、反転を開始していた。
「お疲れ様でした。姿勢制御のため一時減速します。三十秒ほどですが、今のうちに呼吸を整えてくださいね」
デメテルが、やや呆れた調子で告げる。
「ふう……こうなると分かってりゃ、朝食は控えめにしたのにな。なあ、船務長?」
ペドロ航海長が隣に手を伸ばす。
「……はぁ。すまない、ペドロ。終わったか?」
ブラックアウトしていた船務長が、ようやく意識を取り戻した。
「残念、まだ戦闘中だ。それにあと二十秒くらいしかない。今のうちに整えとけ」
「なるほど――いや、失礼しました! 戦闘中に醜態を……」
船務長は顔面蒼白のまま、バルデスへ向き直る。
「……仕方ないさ。こんな機動、最初で最後だ。いい土産話になる」
バルデスもまた、口内に広がる酸味を押し殺しながら言った。
「よかったな、船務長」
そのとき――
「すみません、加速再開します! 撃破した敵巡航艦の主砲がこちらに――」
言い切る前に、衝撃が走った。
先ほどまでのGとは明らかに異なる、鋭い打撃。
「右舷推進器に被弾! 速力低下!」
推力の急変により、オリンピアの軌道が右前方へ逸れる。
艦体が小さく揺れた。
装甲を強化したシリウス艦隊にも、どうしても守れない部位がある。
――推進器だ。
可変ノズルの可動性を維持するため、装甲化はできない。
狙われたのか、偶然かは分からない。
だが――
「……これは痛いな。敵の最後の悪足掻き、ってところか」
「艦長、このままだと危険です! 集中砲火を回避しきれません!」
デメテルの言葉に続くように、小刻みな衝撃が連続し始める。
「装甲で防げていますが、同一箇所への被弾が重なれば貫通します!」
「……確かにまずいな」
バルデスは静かに応じた。
「だが――そろそろだろ?」
次の報告は、予測済みだった。
「敵艦隊に第一戦隊の誘導弾が着弾! 損耗率七〇パーセントを超えました!」
その直後、船務長のコンソールから警報が鳴る。
「後方三光秒に投射反応!」
一瞬、CICに緊張が走る。
だが――
「識別信号あり! トリエステです!」
空気が緩む。
――遅かったな。
『遅れてすみません! 援護します!』
スクリーンにカドルナ中佐の姿が映る。
「ああ、掻き乱してやれ」
『ええ、もちろん!』
戦術マップ上で、艦隊が動く。
第一、第二戦隊の残存艦が左右へ展開し、道を開ける。
「トリエステから高エネルギー反応!」
その瞬間、オリンピアを叩いていた衝撃が止んだ。
「敵艦隊、七時方向へ転舵! 側面が開きます!」
「よし! 前進! 挟み撃ちにするぞ!」
第二戦隊が背後から、第一戦隊が側面から砲撃。
そして三光秒後方、トリエステが敵中央を射線に収める。
「敵巡航艦、撃沈!」
「残り、駆逐艦三、哨戒艦二!」
戦局は、再びこちらへ傾いた。
――だが。
「放棄された敵旗艦から揚陸艇発艦!」
「ーー本艦に向かっています!」
デメテルの声に、わずかな動揺が混じる。
「……脱出ではなさそうだな」
バルデスはいつの間にか届いていたエスプレッソを一口含んだ。
「熱源スキャンですが……生命反応が一人分しかありません」
「少なすぎるな」
「整備ボットによる外板侵入の可能性があります!」
副長の指摘。
十分あり得る。
工作用レーザーなら本艦の堅牢な装甲もーー
「……全火力を集中! 近づけるな!」
「了解!」
だが――遅かった。
「ダメです! 死角に――」
言い終わる前に、下方から突き上げる衝撃。
接舷。
「くっ……隔壁全閉鎖! 総員、装甲宇宙服(AES)着用!」
「海兵隊は船外へ! 揚陸艇を抑えろ!」
即座に指示が飛ぶ。
「左舷下層通路、減圧中! 格納庫も減圧!」
「整備ボット侵入!」
「三番主砲爆発! 内部で自爆した模様!」
報告が連続する。
――最後の悪足掻きにしては、上出来だな。
バルデスは腰のピストルに手を添え、静かに思った。
◆
連邦標準時
2314年3月21日 11時40分
ノエル・アントン中佐
揚陸艇の中で、ノエルは静かに息を吐いた。
モニターには、彼が指揮していた艦隊の残骸が映っている。
「……完敗、か」
誰もいない空間に、言葉だけが落ちた。
それでも――終わりではない。
「ここまでやられて、何も残さず帰るわけにはいかんだろう」
ヘルメットを被る。
視界が暗転し、HUDが展開された。
「せめて一隻……道連れにする」
肩掛け鞄を握り締める。
それが軍人としての意地か、人間としての執念か――もうどうでもよかった。
エアロックのハッチを開き、梯子を登る。
顔を出した先は、隔壁閉鎖によって狭められた無人の通路。
ノエルは鞄から掌サイズの爆薬を取り出し、隔壁に貼り付ける。
すぐに引き返し、ハッチを閉めた。
数秒後、鈍い衝撃が艦内に響く。
隔壁は破られた。
「……いや」
一瞬、思い直す。
「その前に――この船の艦長に会いに行こうか」
レーザーライフルを背負い、再びハッチを開く。
外では、アルファ・ケンタウリ連合艦隊は既に全滅していた。
だが――
オリンピアの内部では、これから別の戦いが始まる。
逃げ場のない、艦内戦が。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
過去最長になってしまいました…。そろそろ、各話の書式統一や図の挿入も検討中デス…。




