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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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第十八話 「伏兵」

連邦標準時

2314年3月19日 17時30分


エリス宙域

シリウス防衛艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス中佐



 リベラ首長とデメテルが立てた作戦計画は概ね成功した。


 我々は今、太陽系外縁天体「エリス」近傍のアルファ・ケンタウリJPの近くを航行している。


 JPに残した補給艦トリエステとその護衛を務める無人艦は、もう目と鼻の先だ。



「艦長、トリエステ及び随伴艦の識別信号を確認。異常なし。ランデブーに入ります」


 デメテルがテーブルモニターの上で、落ち着き払った様子で羊皮紙を読み上げている。彼女は相変わらず、古風な演出が好きなようだ。


「よし、まず各艦への弾薬補給作業に入れ! 3時間で終わらせろ!」


「……! 了解です!」


 船務長が一瞬驚いたが、すぐに元気な返事を返してくれた。


 太陽系攻勢の大きな山場を超えて、艦隊の空気は明るい。


 だが、まだ敵地の中にいることに変わりはない。


 あまり緩み過ぎないよう適度に、空気を引き締めなくては。


「艦長、トリエステから荷電粒子砲の応急修理の申し出がありました」


「第一戦隊は旗艦優先で受け入れるようですが……」


 デメテルが報告を上げる。


「ああ、そうだな……」


 追撃のリスクを考え、思考を巡らせる。


 制圧した太陽系外縁といえど、ここは敵地。あまり長居すると追撃を受けかねない。応急修理といってもすぐには終わらないだろう。何せ、運用歴の浅い新兵器だ。整備員もそこまで手際良くはできないだろう。


「ううむ……悩ましいな。アルファケンタウリでまた戦闘にならないとも限らんしな」


「……では、こうするのはどうでしょう?」


「補修部品と作業要員のみ移乗させてFTLの高次元転写中に修理を行う。というのは?」


「修理の必要な箇所はほとんど艦内ですし、可能かと思いますが?」


「ああ、それならここに長居せずに済むな! 司令にも意見を上申しておけ。あの人も賛成するだろう」


「ええ!そうします! 船務長? トリエステとの調整はよろしくお願いしますね!」


 デメテルは船務長の方を向いて、ウインクしてからテーブルモニターから消えた。


「ふう、まあ、彼女のおかげで仕事が減って暇だしな」


 船務長が肩を回しながらコンソールをいじり始めた。


「それじゃ後は任せたぞ。副長」


 交代の時間にはまだ少し早いが彼の肩を軽く叩いてCICの席を立った。


「ええ! 艦長ずるいですよぉ」


 と船務長。


「まあ、役得ってやつだ。それにサボりにいくわけじゃないぞ。トリエステで司令と話してくるんだよ」


「……年寄りには会える内に会っとかないとな?」


 場に笑いが起きた。どうやらウケたらしい。


「失礼ですよー」


 いつの間にデメテルがテーブルモニターに戻っていた。


「おっと、オフレコでな!」


「それで? 司令はどうするって?」


「ああ、こちらと同じ方針にするみたいですよ」


 とデメテルの声が真面目なトーンに戻った。


「うん、じゃあ後は任せた。まあ1時間もしたら戻るがな」


 そう言ってCICのドアを抜け、格納庫に向かった。



補給艦「トリエステ」 艦長室


マルコ・カドルナ中佐



 士官用寝室より少しだけ豪華な内装のトリエステの艦長席の円卓を3人の男が囲っている。


 テーブルにはそれぞれの好みの飲み物が置かれ、男たちは談笑していた。



「なるほど、タイタンの道中ではデメテルがサイコパスになってたんですか!」


 バルデスが軽快に司令と呼ばれるピエトロ大佐に問いかけた。


「ああ、まるでロボトミー手術でも受けたのかって感じだったぞ!」


「まあ、合流してからは感情を取り戻した様子だったがな」


 そう言って、ピエトロ大佐は微笑を浮かべながら髭を弄っていた。


「置き去りだった私らは暇だったんで、帰ったらもっと聞かせてくださいよ!」


 バルデスと同じくらいの年頃のラテン系の男が羨望の眼差しで相槌を入れる。


「ああ、もちろん! 今度はカドルナ中佐も交えてポルト・グラナダの酒場で語らおう」


「それで、本題ですが――」


 バルデスが雑談を止めた。


「おっと忘れるところだったな。物資と人員の移乗はトリエステにも問題ないんだな?」


「ええ、元々補給作業以外では暇な船ですしね」


「そうは言っても太陽系突入時はカマしてたじゃないか!」


 我々シリウス艦隊が太陽系突入時にトリエステが投射座標がズレた時の話だ。


 あの時、デメテルの制御下とはいえ、補給艦のトリエステも荷電粒子砲を盛大に撃っていた。


「まあ、デメテルの制御下だったんでノーカンですよ!」


 カドルナ中佐の返事を聞いて、バルデスとピエトロは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。


「そうだな! 彼女に仕事を奪われてるのはアンタらも同じって訳だ!」


 バルデスは笑いながら彼のフォローを入れた。


「では、これにてお開きにしようか」


「最後に3人で補給作業を視察して持ち場に戻ろうか」


 ピエトロはそう言うとボトルコーヒーを飲み干し、立ち上がった。


「ええ、そうしましょうか」




 トリエステのエアロックがある外周通路を歩きながら、3人の男は会話を続けた。


「それで、アルファケンタウリでの待ち伏せも考慮すると?」


 カドルナ中佐が口を開いた。今度はさっきと違い、慎重な口調だった。


「ああ、我々はアルファ・ケンタウリ政府は日和見を決め込んでいる」


「――と予想しているが、奴らが一発逆転を狙わないとも限らない」


「彼らは先の第二艦隊との戦闘を見ているからな。至近距離で待ち伏せれば、我々に一矢報いて連邦へ恩を売れる」


「そんな発想に至っても不思議はない」


 とピエトロ大佐が答えた。


「これが荷電粒子砲の修理を急がせている最大の理由だ」


「トリエステも備えておいてくれ」


 バルデスが冷静に捕捉した。


「分かりました。部下にも伝えておきます」


 そんな会話をしていると補給作業に勤しむクルーや整備ロボのいるエアロックへ到着した。


「あ、司令! それにバルデス中佐に艦長! 3人お揃いで作戦会議ですか?」


 と整備作業の手を止めずにクルーが話しかけてきた。


「ああ、そんなところだ。作業はあとどれくらいで終わる?」


「ええ、船外作業はあと2時間ほどですね」


 バルデスが問いかけると整備員が答えた。


「そうか、ではあと何箇所か視察したら我々は母艦に戻る。作業、頑張ってくれ。君たちの貢献なしには帰れんからな!」


 バルデスが労いの言葉をかけて一行は格納庫へ向かった。


「ありがとうございます! それでは!」


 彼がそう言うと整備員たちは敬礼して作業に戻った。



◆3時間後

連邦標準時

2314年3月19日 20時30分


シリウス艦隊 第二戦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス中佐



 準惑星エリスを背景に補給作業を行うシリウス艦隊。


 各艦から慌ただしくシャトルが飛び出して、それぞれの母艦へ戻って行った。



「補給作業、完了! 最後のシャトルが格納庫を離れました!」


 船務長が元気よく報告した。


「よし! 全艦、転写準備! FTL航行に入るぞ!」


「「了解!」」


 ――約2分後、シリウス艦隊の全艦の格納庫が閉鎖され、各艦は加速して、船体表面が青白く光り始めた。


「転写開始! 目標、アルファ・ケンタウリ星系!」


 航海長が気を引き締めながら報告する。


「よし、先ほど伝えた通りだ! 第ニ種戦闘配置のまま待機!」



 束の間の休息と、補給作業を終えて、シリウス艦隊はアルファ・ケンタウリ星系を目指してジャンプを開始した。



◆シリウス事変より25年後――


連邦標準時

2339年 日時不明


火星 地下都市「クラースナグラード」

ヴォルガ産業グループ 本部


アレクセイ・ミハイロヴィチ・ヴォロノフ ヴォルガ産業グループ代表


 火星には数多くの地下都市が点在し、それらは製鉄業とそれに伴う産業で以て、地球連邦の重工業を一手に担っている。


 赤の都市を意味する名前が付けられたこの地下都市「クラースナグラード」もそのひとつだ。地下都市内部は、ロシア帝国時代を模した街並みで観光地としても人気が高い。旧ロシア連邦からの移民によって開拓され、ここの住民のほとんどがロシア系で占められていた。


 かつて地球にあったロシアの大地は、大戦の影響で防毒マスク無しでは暮らせない程、不毛な土地と化していた。ここはそんな故郷を捨て新天地でロシア民族のアイデンティティを守る、という意思のもとで開拓された。


 だが、主要産業の製鉄業や造船業は、地球のアマツ重工に顧客を奪われて久しい。


 かつてのように連邦軍への供給をするのではなく、今は民間に対する供給で命脈を保っていた。


 この街の柱とも言える「ヴォルガ産業グループ」は今、新たな技術を開発し、ロシア民族の再興を図ろうとしていた。



自由恒星同盟(FSD)が使っていたAI、あれはなかなかいい線を行っている」


「だが、一昨年に我が社が開発したAIはそれよりも優れた物だろう?」


「これがあれば、既存のFTL機関をすべて時代遅れにしてやれる」


「今こそ、失われつつあるロシア民族の再興を図る時だろう」


 ヴォルガ産業グループの本社、社長室で側近たちを前に、グループ代表が野心を語る。


「ええ、従来通り技術は秘匿するので?」


 側近の一人が確認するように聞く。


「ああ、従来のFTLは頑張っても8光年までしかジャンプできん。だがこれはどうだ?理論限界の15光年をリスクほぼ無しでひとっ飛びだ」


「これなら地球連邦からもFSDからも離れた新天地へ行ける」


「当然、この技術は我々で独占する」


「そして、コイツのテストドライブが済んだら、深宇宙調査の開始だ」


 そう言ったグループ代表の名は、アレクセイ・ミハイロヴィチ・ヴォロノフ。


 15年前に32才で代表を受け継いだ男だ。人一倍に野心が溢れ、斜陽が差し込むロシア民族の再興を夢見ている。


「しかし……この研究、公になれば倫理監査委員が黙ってないでしょうな」


 別の側近が呟いた。だが彼はすぐにそれに噛みついた。


「倫理? そんなのは敗者の言い訳だよ」


 アレクセイは、個人端末に映る沢山の培養装置を一瞥してそう言った。


 側近は彼の画面を一瞬見て、心底気持ちの悪そうな顔をした。


 画面の中の装置の中で、同じ顔の人間の頭部が、いくつも培養されていた。




 2213年に、FTL機関が開発されて既に126年の時が過ぎた。にも関わらず、この技術は微細な効率化を重ねるのみで、大きな進歩はなかった。


 加速した船体の表面のみを高次元に転写して、光の速度を超える機関。数日の高次元転写を経て高次元上の目標座標に到達後、再びエネルギーをぶつけて通常次元の目標座標に投射すると、星系間を数日で移動できる。


 ――それが、このM理論式FTL機関の仕組みだ。


 だが、この技術にはふたつの大きな制約が伴う。それはエネルギーによる限界と、演算能力による限界もによるものだ。



 まず、船体表面を高次元に転写するには、膨大なエネルギーが求められる。


 それは反物質機関のエネルギー生成量と船体質量の比と一致する。


 そこから求められる理論上の限界距離が約15光年とされている。


 これは新たなエネルギー方式が編み出されるまで続くだろう。



 次に、加速した船体の投射座標と高次元での船体維持には、高度な演算能力が求められる。これは、ジャンプ距離が延びるほど要求能力が上がっていく法則だ。


 彼らが解決したのは、この演算能力だ。


 演算には高性能AIと量子コンピューターを用いるが、これらの性能は既存の方式では既に頭打ちなのだ。


 この制約により既存のFTL機関では、エネルギー理論限界の半分程度である約8光年までしかジャンプできない。


 それ以上は事故率が極端に上がり、船体の一部が高次元へ消失したり、船体そのものが高次元の海に溶けるように消滅する。とにかく、これまで起きた事故の原因自体は分かっているが、行方不明となった者達がどうなったかは未だに解明されていない。


 これら二つの理由から、ジャンプの安全限界は約8光年とされている。


 この安全限界を越えるには、新たなアプローチで演算方法を考えねばならない。


 ヴォルガ産業グループはこれに対して、人工的に再現した人体脳を並列で使うアプローチを試みた。


 長年使われてきたコンピュータの非効率さ。それは、人体の脳と比べて、エネルギー効率が余りにも悪すぎることだ。彼の技術者たちは、人体脳を部分的に模倣することで、その限界を突破した。


 人間の脳のニューラルネットワークを模した構造を機械で再現する。


 これが彼らの出した解決方法だった。


 しかし、人体脳を再現する為に行う生体脳の精密スキャンは、被験者に多大なリスクを齎す。


 極めて高い確率で被験者の脳を破壊してしまうのだ。


 故に倫理的な理由から、このアプローチは忌避されていた。


 ――だが、アレクセイは違った。


 彼の代表就任前に病死した、先代である父の細胞から何体もの脳クローンを生み出し、何度もそのスキャンを行って、詳細に調べていたのだ。


 側近の言った倫理的な問題とは、これのことだった。



 ――今、人類史に再び、技術のブレイクスルーが起きようとしていた。

 最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖(さんたくるす)です。


ちょっと遅れてしまいました…すみません

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