第十五話 「タイタン沖会戦」
連邦標準時
2314年3月14日 21時35分
タイタンより約11光秒の宙域
シリウス防衛艦隊 第一戦隊旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」CIC
ピエトロ・カヴール大佐
「司令! 敵艦隊との相対距離、5光秒を切ります! まもなく射程圏内!」
砲雷長の報告を受け、ピエトロは軍帽を被り直し、深く息を吸い込んだ。
――これが報いなら、受けて立つ。
開戦直前。ピエトロはテーブルモニターに映るデメテルと士官たちへ視線を向け、指示を飛ばす。
「デメテル、各艦の射撃補正を頼む」
「はい、お任せください」
デメテルは淡々と応じ、そのまま戦隊回線へ接続する。
「全艦、射程に入り次第、順次射撃開始」
ピエトロの命令を引き継ぐ形で、各艦へ通達された。
荷電粒子砲は艦種ごとに出力が異なるため有効射程に差はあるが、同クラス同士であれば実質的に射程は揃う。
「了解! 荷電粒子砲、発射まで3、2、1――発射!」
前方スクリーンに、戦隊各艦から青白い閃光が走る。わずかな衝撃がCICを震わせた。
「着弾! 敵巡航艦中破! 駆逐艦4、哨戒艦5、撃沈!」
報告に、ピエトロはわずかに眉を寄せる。
――想定より少ない。
「……司令」
砲雷長が低い声で続けた。
「アンドレアの荷電粒子砲、砲身寿命が限界に近いです。……保って、あと3回」
重い現実だった。だが、予想していなかったわけではない。
アルファ・ケンタウリ戦を含め、最大射程での射撃を重ねすぎていた。
ピエトロは短く頷き、次の指示を出す。
「ああ、規定通りの冷却時間を守れ。その上で射撃を継続する」
「しかし、それでは敵の反撃を受けます!」
副長が即座に異議を唱える。
ピエトロは視線を外さず、静かに答えた。
「敵は横陣で接近している。だが相手はこの戦隊だけとは限らん。砲身は少しでも温存する必要がある」
一拍置き、判断を下す。
「減速中止。このまま接近し、通常火器も併用する」
副長はなおも言葉を探していた。その空気を察し、デメテルが割って入る。
「補足します」
テーブルモニターに現れたデメテルが続けた。
「改装済みシリウス艦と交戦する場合は危険ですが、本艦装甲は連邦標準艦の火力には耐えられます」
「僚艦の被害リスクは増加しますが――」
「さらに、タイタン駐留の連邦第四艦隊が確認されていません」
「帰路での迎撃を受ける可能性は高いと判断されます」
「よって、司令の判断は合理的でしょう」
副長は小さく息を吐き、ようやく頷いた。
「……了解しました」
ピエトロも頷き返す。
「だが、方針は変わらん。脅威度の高い巡航艦を優先する。続けるぞ」
「では本艦を前に出します。敵火力を引き受ければ、味方の損害を減らせるはずです」
副長が提案する。
「ああ、最善だ。航海長!」
「はい! 2秒間加速します!」
艦がわずかに前に出る。
「相対距離3光秒! ミサイル、魚雷、発射!」
各艦から誘導弾が放たれ、敵陣へと殺到する。
「荷電粒子砲、冷却完了。充填開始――発射まで30秒!」
その時、敵戦隊に変化が現れた。
「敵戦隊、加速しつつ左右展開! 横陣を拡大しています!」
ピエトロは低く呟く。
「……なるほど。敵も優秀だな」
――シリウス艦隊の荷電粒子砲は固定砲。照準には艦そのものの姿勢変更が必要。
敵が間隔を広げれば、こちらは面を晒し、陣形も乱れる。
その隙に接近し、近接火器で反撃するつもりだ。
――正しい判断だ。敵は冷静だ。
「進路そのまま。全艦、側面雷撃準備!」
「了解!」
「荷電粒子砲、充填完了! 発射!」
再び閃光が走る。
だが――
先ほどよりも、明らかに光が弱い。
「着弾! 敵巡航艦大破! 駆逐艦1大破!」
ピエトロは静かに言った。
「……命中率が落ちたな」
原因は明白だった。
敵の機動だけではない。
――砲身寿命の限界。
磁場が乱れ、収束精度が低下しているのだろう。
◆1分前
連邦標準時
2314年3月14日 21時34分
タイタン防衛艦隊 第二戦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「ベルファスト」
オズワルド・フォーク中佐
「相対距離5光秒! 射程まであと3分!」
観測員の報告がCICに響く。
「……! 敵艦隊に高エネルギー反――」
続けようとしたその瞬間。
――衝撃。
言葉は最後まで紡がれなかった。艦体を激震が貫いたからだ。
「損傷報告! ダメコン急げ!」
フォークが即座に怒鳴る。
「右舷前方、複数デッキで信号途絶!」
船務長の報告に、フォークは上部カメラへ切り替えを指示した。
スクリーンには、溶断された区画の断面が赤熱し、破片が宇宙へと流れ出す様が映し出される。
――艦首の一部が消えていた。
「……この距離で、この威力か」
フォークは低く呟く。
「装甲が意味を成していない。これが“未知の敵”か」
そして即座に顔を上げ、命令を下した。
「全艦、加速! 横陣を拡大しろ!」
「回避を最優先! 当たらなければどうということはない!」
立ち上がり、両手を広げるようにして指示を強調する。
「敵艦隊に再び高エネルギー反応! 増大中!」
船務長の報告が重なる。
「例の兵器か!」
フォークは即断した。
「下部装甲は無傷だな?」
「はい、現時点では健在です!」
「よし、航海長! 艦首を引き上げろ!」
「了解!」
船体下部のスラスターが噴射し、艦首が持ち上がる。
スクリーン上で敵艦隊が下方へ流れる。
――次の瞬間。
再び衝撃。
全員の身体がシートに叩きつけられた。
「……損傷報告!」
「下部装甲、溶断! 下部主砲塔、全滅!」
「ダメコン急げ!」
「隔壁、正常に作動! 戦闘継続可能です!」
報告が立て続けに上がる。
フォークは即座に次の指示を出した。
「よし、艦首を下げろ! そのまま加速!」
「了解!」
上部スラスターが点火し、艦の姿勢が戻る。
敵艦隊が再びスクリーン中央に収まった。
「敵艦複数より小型物体射出! 高速接近中!」
観測員の声は冷静だったが、内容は異常だった。
「何だと? 拡大しろ!」
スクリーンに映し出されたのは、細長い物体群――さらにその背後に、より大型の影。
「……ドローンではないな」
フォークは目を細める。
「……旧時代の“ミサイル”か」
一瞬の思考の後、すぐに命令を下す。
「全艦、二時方向へ転舵! 回避を継続しつつ加速!」
「複縦陣へ移行! 対空レーザー迎撃用意!」
この指示にはリスクがあった。
だが――合理的だった。
連邦標準艦の対空レーザー(約10GW級)は側面配置が多い。
迎撃効率を最大化するには、側面を敵に晒す必要がある。
フォークの命令を受け、タイタン防衛艦隊は一斉に転舵した。
陣形が崩れ、装甲面が開く。
――だがその代わりに、無数のレーザー迎撃線が形成されようとしていた。
◆3分後
連邦標準時
2314年3月14日 21時37分
シリウス防衛艦隊 第一戦隊旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」CIC
ピエトロ・カヴール大佐
スクリーンには、敵艦隊が整然と転舵する様子が映し出されていた。
「敵艦隊、転舵! 複縦陣へ移行する模様!」
船務長の報告が上がる。
ピエトロはその動きを見つめ、低く呟いた。
「……予想以上に練度が高いな」
「初見のミサイルに対して、即座に迎撃体制を整えた上で陣形も崩さないか……」
一拍置き、命令を下す。
「針路そのまま。近接戦闘に備えろ」
「了解!」
「敵艦隊、相対距離2光秒を突破!」
「ミサイル着弾! ……迎撃率、およそ50%!」
報告を聞いた瞬間、ピエトロは決断した。
「……VLS、全弾発射」
「続いて艦首魚雷、発射。残弾は気にするな!」
――節約方針の放棄。
迎撃体制を取られた以上、中途半端な飽和攻撃では効果が薄い。
ならば――押し切る。
しかしそれは同時に、トリエステと合流するまでの間、近接戦闘を強いられることを意味していた。
「……賭けに出ましたね、司令」
副長が静かに言う。
「ああ。我々は数で劣る。僚艦の損失は何としても避けねばならん」
「了解です」
二人の間に、それ以上の言葉はなかった。
不安はある。だが、それを口にすることはない。
ふとスクリーンに目を戻す。
敵との角度が開き、もはや荷電粒子砲は照準不能となっていた。
アウトレンジ戦は、ここで終わる。
「魚雷第一波、着弾!」
「敵艦隊、損耗率50%を突破!」
スクリーンには、半数の敵艦が爆散するか、損傷したまま必死に対空レーザーを撃ち続ける様子が映っていた。
だが――
「敵巡航艦……健在!」
観測員が叫ぶ。
その艦は一瞬、爆炎に包まれた。
しかし、次の瞬間にはそれを突き破り、変わらぬ針路で前進を続けている。
「魚雷、命中せず! 至近距離で迎撃された模様!」
ピエトロの眉がわずかに動いた。
――ありえない。
連邦標準艦の対空レーザーでは、あの魚雷は迎撃できないはずだ。耐熱装甲を焼き切れる出力ではない。
では――
「……いや」
ピエトロは即座に結論に至る。
「レールガンによる迎撃か」
低く吐き捨てるように続けた。
「初見の兵器相手に、よく耐えている」
その評価には、わずかな敬意すら混じっていた。
――距離は、さらに縮まる。
シリウス第一戦隊のアウトレンジ戦法は、終わりを迎えつつあった。
次に来るのは――
逃げ場のない、近接戦闘だった。
◆
連邦標準時
2314年3月14日 21時38分
タイタン防衛艦隊 第二戦隊旗艦
ヘラス級装甲巡航艦「ベルファスト」CIC
オズワルド・フォーク中佐
爆炎に包まれ、ベルファスト左舷の銀色の外板は煤で黒く染まっていた。
だが、その痛々しい外観とは裏腹に、新たな致命的損傷は確認されていない。
とはいえ、大破状態であることに変わりはなかった。
スクリーンの映像が、黒と橙の爆炎を抜ける。
やがて、先ほどと同じ木星圏の景色へと戻った。
「敵大型誘導弾、迎撃成功!」
咄嗟の判断だった。
だが――成功した。
砲雷士官たちはよくやってくれた。
レールガンによる誘導弾迎撃など、二一世紀の遺物に過ぎない。
まさか、二〇〇年以上前の戦術で凌げるとは思わなかった。
「よし……残存艦は!」
「本艦のほか、駆逐艦1、哨戒艦4です!」
「……了解。陣形を縮小。迎撃密度を上げる」
悔しいが、我々は一発も撃てずに半数以上を失った。
だが――耐える時間は、もう終わる。
「まもなく相対距離1光秒! 主砲射程に入ります!」
――ようやく。
ようやく反撃できる。
戦闘開始から三分。
人生で最も長い三分だった。
スクリーンに映る敵巡航艦。
我々のヘラス級に似ているが、わずかに大きい。
装甲も増厚されているのだろう。
「よし! 敵巡航艦は無視しろ!」
「あの装甲では貫通できん!」
「駆逐艦と哨戒艦を狙え!」
――それは、生還を諦める命令だった。
「……了解!」
砲雷長は一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべて応じた。
――すまない。
このままでは、彼らを生きて帰すことはできない。
本来なら降伏すべき状況だ。
だが、それでは戦死した者が無駄になってしまう。
しかし――
生きている者まで死なせる必要はない。
ならば――
「測的よし、照準よし、主砲発射!」
「……通信士。敵に休戦を申し出ろ。総員退艦準備」
「外見からして兵装は異なるが……信号規格は同じだろう」
通信士が困惑した表情を向ける。
周囲の士官たちも、意識をこちらへ向けた。
「……フォーク中佐、一体何を?」
副長の問いを遮る。
「通信士! 聞こえなかったのか!」
「……了解」
震える手でコンソールを操作する。
――二秒後。
敵の攻撃が止んだ。
飛翔中の誘導弾も、到達前に自爆する。
どうやら相手は、エイリアンという訳ではないらしい。
「……フォーク中佐?」
副長の呼びかけを無視する。
「返信あり。『貴官の申し出を受諾する。可能なら映像通信を希望する』と」
「ああ、こちらも同意する。回線を開け」
「了解。接続します」
スクリーンに、ラテン系の顔立ちをした初老の士官が映る。
「応答に感謝する。タイタン防衛艦隊、オズワルド・フォーク中佐だ。貴官の名を伺いたい」
『とんでもない。私は、シリウス防衛艦隊、ピエトロ・カヴール大佐だ』
『そちらの休戦の意図をお聞かせ願いたい』
「大佐でしたか。これは失礼しました」
「……ああ、我が戦隊の退艦時間を頂きたいのです」
艦内がざわめく。
首を振る者。
涙を浮かべる者。
『……クルーは同意しているのかね?』
『見たところ、そのようには見えないが』
「命令ですから」
短く答える。
ピエトロは一瞬だけ目を閉じた。
『了解した。ただし――退艦後、残存艦は撃沈する』
「承知しております。十五分いただきたい」
『了解。退艦完了後、信号を』
「了解した。通信終了」
映像が消える。
静寂。
「……総員退艦だ」
誰も動かない。
「……貴様ら、軍法会議にかけられたいのか?」
士官たちは顔を見合わせ――笑った。
「駆逐艦トリスタンより入電。総員退艦完了」
早すぎる。
「哨戒艦ウィザード、ソードフィッシュ、リンクス、ジェイナスからも入電」
「――総員退艦完了」
スクリーンを見る。
脱出ポッドは一つもない。
――理解した。
最初から、誰も逃げる気などなかったのだ。
「……そうか。総員退艦完了、か」
思わず笑みが漏れる。
「……どうやらタイタン人には、瞬間移動の能力があるらしいな」
自分は優秀でも、人望があるとも思っていなかった。
だが――
最後に、それを否定してくれる仲間がいた。
タイタン防衛艦隊第二戦隊から、脱出する者は――
一人もいなかった。
◆
シリウス防衛艦隊 第一戦隊旗艦
装甲巡航艦「アンドレア」CIC
ピエトロ・カヴール大佐
「タイタン戦隊より入電。総員退艦完了。とのことです……」
やはり、か。
スクリーンに映るタイタン戦隊の周囲に、脱出ポッドや搭載艇の類は見えない。それどころか、格納庫のハッチは全艦閉鎖されたままだった。
「タイタン戦隊より追伸。『損傷により、火器管制システムが制御不能。用心されたし』とのことです」
どこまでも優秀で、どこまでも、誠実な――
本当に、敵にしておくには惜しい漢だ。
「…放棄された敵艦は制御を失ったらしい。戦隊各員、警戒を怠るな。」
「…了解。僚艦にも送ります」
通信士の感情は読めなかった。いや、読みたくなかった。
「目標艦に照準合わせ。攻撃開始」
「……了解。測的よし、照準よし、射撃開始」
その場の士官たちは、淡々とそれぞれのコンソールを操作していた。
「目標艦、発砲!」
船務長の報告は、まるで目の前の敵艦に誰もいない無人艦という体を為していた。
そして、ピエトロが戦術マップを見ると、味方の被弾を示すマーカーが出始めていた。だが、装甲も強化されたシリウス艦隊の被害は、敵に比べると軽微な物だった。
それでも次の報告は違った。
「駆逐艦チュルカ、リゲル、大破! 主砲全損!」
「両艦が後退の許可を求めてきています!」
通信士官からの報告。
「……許可する」
「哨戒艦アントン轟沈!機関砲弾薬庫が誘爆した模様……」
遂に僚艦の損失が出てしまったか。
「すぐに片をつけるぞ! 全艦8時方向に転舵しつつ加速! 同航戦に移行する!」
ピエトロが新たな指示を出すと、デメテルがテーブルモニターに現れた。
「司令、先ほどミサイルが着弾した敵駆逐艦一隻ならハッキングできます。二分ほど頂ければ、当該艦の制御を奪えます。よろしいでしょうか?」
「いや、いい。その必要はない」
「了解」
程なくして、タイタン防衛艦隊は全滅した。
こうして第一戦隊は、予想以上に練度の高いタイタン戦隊を相手に、なんとか勝利することが出来た。しかし、彼らも決して無傷とは言えなかった。
この戦闘でシリウス第一戦隊は、自爆した駆逐艦アルマダを入れて、駆逐艦2隻、哨戒艦3隻を失った。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
そろそろ、登場人物や艦船データなどをまとめて紹介しようか悩んでいます…




