第十三話 「結束の代償」
連邦標準時
2314年3月14日 21時30分
シリウス艦隊 第二戦隊旗艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
CICのスクリーンには、火星の遠景が糸の如く引き延ばされる景色が映っていた。しかし、次の瞬間に衝撃と共に地球の遠景に変わった。そして、軌道上を航行中の艦隊も同時に映った。
「投射完了!航法システムに異常なし!」
「前方6光秒の位置に艦影あり!識別信号あり!北米管区の自治州艦隊です!」
「荷電粒子砲、照準合わせ次第、旗艦を狙え。」
「了解!軌道修正!」
僅かに船体が揺れて艦首が敵旗艦に向けられた。
「敵旗艦より通信要請!」
「無視しろ。目標、装甲巡航艦!荷電粒子砲発射!続いてミサイル、魚雷、発射!」
艦首から青白い光の一閃が放たれた。そして、それは前回よりも遥かに強い光だった。更に後を追うように誘導弾の群れが敵艦に向かって行く。
「荷電粒子砲、着弾まで4、3、2、1、今!」
スクリーンに拡大された敵旗艦は爆発した。そして、それは今まで見たものよりも遥かに大きかった。正に一撃必殺という言葉が当てはまる。あの様子では生存者など殆どいないだろう。
「よし、加速する!このまま地球軌道の軍事施設を攻撃!」
「敵艦隊、発砲!回避します!」
6光秒という距離では、連邦標準規格のレールガンなど容易に回避できる。射程外なのだから。それなのに反撃してくるあたり、敵は相当焦っている。ひとまず、心理的ダメージを与えることはできた。
「残存する敵艦は無視しろ!地球圏攻撃が最優先だ!第一戦隊はまだか!」
「投射反応なし…何かあったのかもしれません…。」
船務長が心配そうに発言した。
「…作戦続行。通信士、タイタン方面に暗号電文送れ。安否確認のな。」
「…了解。」
通信士官が素早くコンソールを操作し、暗号電文が送信された。杞憂であることを祈りながらスクリーンに視線を戻す。
「北米艦隊は無視してメキシコエレベーターに接近しろ!エレベーターは軍港も非武装のはずだ。機関砲で艦砲射撃を行う!民間区画への誤射は厳に禁ずる!」
メキシコエレベーターは地球連邦本部のあるメキシコシティから伸びている軌道エレベーターである。地球の中でも最重要クラスの軌道施設が置かれている。
そこには、実質的な連邦の主導者である北米自治州の艦隊とその司令部、更に地球圏最大の造船施設がある。北米艦隊は旗艦と随伴する他の装甲巡航艦に致命打を放ったので放置するとして…。
「デメテル!現在の速度で突入する!機関砲の火器管制はお前に任せる!軌道施設に艦砲射撃を行え!」
「はい!お任せください!」
この速度と距離では照準補正機能を使っても正確な照準は困難だろう。しかし、デメテルの演算能力を使えば、極めて正確に射撃できるはずだ。
「またデメテルに仕事を取られちまったな!」
砲雷長がテーブルモニターに浮かぶデメテルを見て、軽口を飛ばす。
「砲雷長、一応、戦闘中だぞ。」
砲雷長を軽く睨みつける。
「申し訳ありません!」
と言っているが表情はまだ緩かった。お互い軽口だと分かっているので、これ以上追求はしなかった。
「3分経過!いまだ投射反応なし!」
そして、索敵システムを監視している船務長から悲痛の報告が入る。
「…仕方がない、地球圏攻撃は我が第二戦隊のみで行う!」
ついに地球圏に到達した第二戦隊。だが、予定時刻を過ぎても第一戦隊との合流は出来なかった。しかし、それでも作戦計画に従い、単独でも地球圏攻撃を継続していた。地球圏には砲火が飛び交い、太陽系攻勢は最終段階が近づいていた——。
◆約20分前
連邦標準時
2314年3月14日 21時13分
タイタン ニュー・ロンドン 共同司令部
タイタン自治政府軍 ジョン・フィリップ中将
ニュー・ロンドンの地下に位置する、連邦海軍とタイタン自治政府軍の共同司令部は、幕僚や士官たちの議論する声で満たされていた。昨夜から、タイタン宙域でも通信障害が酷くなり、彼らは危機感を抱いていた。
「通信はまだ回復しないのかね?」
フィリップが側近の幕僚に尋ねる口調は極めて冷静だった。
「はい…。どのチャンネルもノイズが酷くて…。」
フィリップがテーブルにパイプをテーブルに置いたまま、続けて尋ねた。
「電波通信はともかく…光学通信もなのか?」
「はい。ダメです。レーザー中継衛星の信号も全てロストしました…。」
フィリップは一息つくようにパイプを吹かして口を開いた。
「…先日のエリス宙域に続いて、これか。ニミッツ少将の”未知の敵”という言葉は的確な表現だったのかもしれんな…。」
「…だとしたら、敵は何者なのでしょうか?我々の戦力で対処可能なのでしょうか?」
連邦海軍の幕僚がテーブルの向かい側から尋ねた。
「分からない…としか言えまい。だが、最悪を想定して現有戦力を全て投入するべきだろう。」
「しかし、連邦の第四艦隊はエリス宙域へ派遣中です。哨戒中の我が一個戦隊しか…。」
タイタンの幕僚が横から指摘した。
「だが、それも通信障害で呼び戻せない…と。」
フィリップがそう呟くと、通信士官が彼の側近幕僚に駆け寄り、耳打ちする。
それを聞いた幕僚は困惑の表情で、フィリップに対して口を開いた。
「…!フィリップ中将!軌道軍港の監視員より入電!有線通信ですが…。」
入電という言葉に皆が一瞬安堵したが、最後の一言で落胆した。
「通信回復という訳ではないようだな。君、通信内容は?」
後ろで待機していた通信士官が、突然の指名に一瞬驚きつつ発言した。
「はい。監視員が目視にて、駆逐艦クラスと思われる不明艦の接近を確認した。とのことです!」
幕僚たちは怪訝な表情を浮かべた。そしてフィリップが続けて尋ねた。
「通信ができないのは仕方ないとして、連邦艦ではないのか?艦種識別は?」
「…いえ、未知の艦影のようです。モニターに送付されたスキャンデータを表示します。」
幕僚たちが囲むテーブルモニターに、駆逐艦らしき艦影が表示された。だが、それは彼らが知る連邦標準駆逐艦のヴァレス級とは似ても似つかぬ姿だった。
「ふむ、ヴァレス級に似ているな。連邦海軍の新型艦ではないのかね?」
フィリップは確認するように、連邦の幕僚に尋ねた。
「いえ、我々にこのような新型艦の情報は入っておりません…。仮に新型艦ならば、火星から事前に通告が入るはずです。」
「なるほど…。さて、この不明艦の塗装は、連邦艦隊の標準塗装に見えるな。だが、事前通告も戦隊識別塗装もない。となると…。」
「…一連の通信障害の元凶。その可能性も十分あり得る訳だ。」
「ですが、戦力を呼び戻そうにも通信障害でそれはできません。哨戒戦隊の帰還を待つしか…。」
フィリップは再び考え込む仕草をしたが、すぐに何かを決断し、口を開いた。そしてその口調は普段の姿からは想像のつかない鋭さだった。
「何らかの攻撃を企図している可能性がある。軌道全域に避難警報発令!」
フィリップの命令はすぐに伝達され、軌道上の各施設でスタッフや軍人が慌ただしく動き始めた。
◆同時刻
タイタン軌道エレベーター 低軌道エリア
プラットフォーム乗り場
今しがた軌道全域に発令された避難警報は、この巨大なプラットフォーム乗り場にもけたたましく響いていた。軍人だけでなく、大小の貿易会社の民間人、そして旅行者などで溢れ返っていた。そこに駐在する軍人たちは、民間人最優先でプラットフォームに誘導していた。
全高七十メートル、全周三十メートルの円柱形の昇降プラットフォームの定員は約一万人である。
それは一見すると多いが、軌道エレベーター各部に滞在する人数を考えると遥かに少なく思えた。定員をオーバーした状態で、十回以上往復してなんとか降ろせる。だが、明らかにそんな猶予があるとは思えなかった。
そして、軍人たちの必死の統制も虚しく、乗り場は混乱を極めていた。我先にと乗り場へ殺到する民間人は、もはや誰の声も耳に入らない様子だった。だが、定員を超える一万二千人以上が乗り込んだ所で各乗り場の扉が閉まった。
そして、最初の便が予定よりも2分遅れて降下した所で軌道上に白の光が現れた。それは人間の認識速度を大きく超える速度で広がり、タイタンの低軌道施設を包み込んだ。
降下中のプラットフォームは白の球体に呑まれることはなかった。だが、頂点にある重力アンカーと寸断され、軌道エレベーターはゆっくりと崩壊し始めた。そして、避難民が乗るプラットフォームは、地表へ到達する前に大きく揺れた。
ブレーキを失い、大気上層に差し掛かった所で自由落下状態となり、タイタンの荒涼とした平原に叩きつけられた。
そして、大きな質量爆弾の直撃によって地表のドーム都市や物資集積場も甚大な被害を受けた。
軌道上で対消滅した犠牲者はまだ幸運だったと言えよう。彼らは死を目前にしたことすら認識できなかったのだから。対して、落下した者たちは違う。彼らは照明が消え、ゆっくりと縦回転する籠の中で、重力に振り回され、何度も壁や天井、或いは床に叩きつけられ、いつ来るかも分からない死の恐怖に震えた。そして、最期の強い衝撃で、彼らの身元は判別不能となった。
この惨劇で、軍民合わせて三十万人以上の死者が発生した。
これは皮肉にも、亀裂が入りかけていたタイタン政府と地球連邦の関係。それを埋め、彼らの結束を強める結果になってしまった。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
書いてて思いましたが、今回の戦争犯罪は…なかなか重いですね…。現実でこんな悲劇が起こらないことを祈るばかりです。




