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星間戦争史 ~人類文明の多極化について~  作者: 三田来栖
第一部 シリウス事変

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第十二話 「亀裂」

連邦標準時

2314年3月9日 9時20分

タイタン地表 ドーム都市 ニュー・ロンドン


 タイタンではメタンの雨が鈍い音を立てながら、絶え間なく降り続いている。その雨音がドームを叩く音が止むことはなかった。


 気温は氷点下を大きく下回り、露出した地表は鋭い岩と氷に覆われていた。


 その荒涼とした平原の中で、異様なまでに巨大なドームが鎮座している。それが、タイタン自治政府の首都、ニュー・ロンドンである。地上のドーム都市と、地下深くに広がる都市。その多層構造の都市は、内部の建築様式や灰色の空と雨に煙る景観も相まって、旧時代のロンドンを思わせた。


 ドームの外脇に同心円状に広がる物資集積場。その中心から天へと伸びる巨大構造物——軌道エレベーターは、この衛星の生命線だった。


 その基部の地下には、タイタン自治政府の複合施設がある。


 更にその一室では、紺色の制服を着た幕僚たちと深青の制服を着る幕僚たちが大型のテーブルモニターを囲み、喧嘩さながらの討論をしていた。


「何度も言いますが、我々の戦力は木星圏の警備で限界なんです!増派の余裕はない!連邦海軍の皆様も、少しは現場の事を考えて頂きたい!」


 紺色の制服を着た幕僚が、深青の制服を着た連邦海軍の幕僚に対して、疲労が滲む声で抗議している。


「心外な!我々とて現場の苦労は理解している!しかし、今はそんな悠長なことを言ってる場合か?連邦の最重要哨戒線が消えたのだぞ!……それとも、タイタン自治政府は連邦に逆らうつもりか!」


 深青の幕僚が反論した。しかし、こちらの方には疲労の気配はなかった。


 そして、別の幕僚の口から天井に向けて白い蒸気が吐き出された。まるで何かを我慢するように。


「……なんだと?」


 そして、紺色の幕僚から拳が飛び出そうになったところで、別の幕僚が先ほどまで吹かしていた電子式パイプを少しだけ力強く置き、その音で一瞬場が沈黙した。そして彼は痺れを切らした様に口を開いた。


「いいですかな?そもそも、我々、自治政府軍は連邦海軍と対等な関係であるはず。我々に頼み事があるなら、それ相応の態度で臨んで頂きたい。」


 そう発言した幕僚は、老紳士のような佇まいだが、その視線には一切の揺らぎがなかった。そして口調は柔らかだが、裏腹にその表情は毅然としていた。


「まさか、連邦海軍の皆様が我々を見下しているとは思いませんが、もう一度そちらの要望を述べて頂けますかな?」


 その幕僚は一呼吸おいて、口元だけで微笑み、先程の深青の幕僚に尋ねた。


 先程まで荒い口調だった深青の幕僚は、一瞬言葉に詰まり、姿勢を正してから口を開いた。


「……先程の非礼をお詫びします。フィリップ中将。我々、連邦海軍としましては、先日のエリス宙域からの通信途絶を重く受け止めております。」


 そう言うと彼は乱れた制服を正しながら、一呼吸おいて更に続けた。


「我々はこれに対して、未知の勢力による侵攻も想定して派遣計画を練っております。だからこそ、その、未知の敵に対しては、我が第四艦隊だけでなく、自治政府防衛軍の皆様からも助力を乞いたい所存なのであります。」


 すっかり態度を弁えた彼の発言を聞き、フィリップ中将と呼ばれた老紳士は満足そうに頷いた。そして、白くなった口髭を弄りながら口を開いた。


「なるほど。確かに哨戒線の消失という事態は重く受け止めねばなりませんな。しかし、先程の彼が言うように、我々は木星圏の警備で限界というのは事実であります。」


「…連邦からそれを補う戦力が派遣されるのであれば、我々も微力ながらそちらの任務を助けることは可能です。」


「…で、タイタンへの連邦艦隊の派遣はできるのですか?ニミッツ少将?」


 ニミッツ少将は、苦虫を噛み潰したような表情で、少しの間をおいて開口した。


「…最短で一週間……。火星の司令部に要請すれば、一週間以内には派遣できるでしょう…。」


 それを聞いて、フィリップが口を開いた。


「…では、我々からは一個戦隊ならば、そちらにお貸しできます。それが我々にできる最大限の譲歩であります。」


 ニミッツが考え込む仕草をしたので、フィリップはパイプから蒸気を吸い込んだ。彼のそのパイプから白い蒸気が立ち上り、低い天井に滞留した。


「…さて。それで…その”未知の敵”については本当に何も情報はないのですか?我々に言えないような情報ならば仕方ないが…?」


 フィリップはどこか試すような口調でニミッツの方を向いて尋ねた。まるで連邦と自治政府に上下関係がないことを再確認するように。


(ここは地球連邦の領域だ。だが、自治政府と連邦政府との上下関係などというものは払拭せねばならん。でなければこの先の未来は暗いだろうからな…。)


 そんなフィリップの内心を知る由もなく、ニミッツは首を横に振りながら発言した。


「…いえ、本当に何も無いのです。まるで、その宙域だけ突然切り取られたように…。民間船からの物も含めて一切の通信をロストしたのです…。」


「では、哨戒線の消失の件も含めて、我が戦隊にも共有しますが、よろしいかな?」


 フィリップがそう言うと連邦海軍の幕僚たちはお互いを見合わせてから、首を縦に振った。


 それを見て、フィリップは疲労感に満ちた紺色の幕僚に向き直った。


「これでよいかな?木星圏の警備は。」


 疲労感に満ちていた幕僚は、汗を拭いながら渋々頷き発言した。


「はい。ありがとうございます。閣下。」


 しばらくして、彼らの頭上にある小規模な環状の軌道軍港から、連邦第四艦隊と共にタイタン自治政府の一個戦隊が静かに離れた。


 だが、木星圏の監視網には、既に原因不明のノイズが現れ始めていた——。




◆5日後、太陽系各地で通信障害が報告される中——

連邦標準時

2314年3月14日 21時25分


火星から約300光秒の宙域


地球連邦 火星自治政府防衛軍

デルタ戦隊旗艦 装甲巡航艦「エレバス」

艦長 イヴァン・コスチェンコ中佐


 その時、火星に馴染む赤い塗装が施された我々デルタ戦隊は、通常通りの哨戒ルートを巡回していた。しかし、CICの通信士官は自分のモニターを何度も確認しながら、独り言を呟いていた。


「なんだこれは…いや、そんなことは…ありえない…でもこれは…」


 ステレオタイプなロシア系の顔立ちの艦長は、何回もコンソールを確認しながら、聞き取れない声で呟き続ける通信士官を艦長席から訝しむように見ていた。


 そして、彼はようやく、聞き取れる声で発言した。


「…イヴァン艦長、火星司令部からの通信を完全にロストしました。」


「合わせて…大規模な…対消滅反応を検知…。爆心地は火星軍港と思われます…。」


 そう報告する通信士官は、自分の発言が信じられないといった調子だった。


「…いま、何と言った?火星軍港が消滅したとでも言うのか?」


 突拍子もない報告を聞いて、思わず自分の耳を疑った。


 脳内で情報を反芻していると、別の席から船務長が報告をしてきた。


「索敵システムに複数の転写反応あり!約240光秒先で一個戦隊の艦隊がジャンプした模様!」


「…なるほど、システムの異常ではないようだな…。地球に向けて平文で打電。『火星軍港、消滅。至急、救援を乞う。』だ。」


 船務長の報告も受けて、ようやく現実を受け入れ、通信士官に命令した。


「…了解。打電します。」


 通信士官がコンソールに向き直った。


「しかし…星系内、それも恒星の重力井戸の中でジャンプ?本当にそんなことが出来るのでしょうか?」


 副長が疑問を呈するが、構わずに口を開いた。


「そんなことは後で学者連中が調べればいい。火星軍港消滅。そしてこのタイミングで転写反応。間違いなく犯人だろう。ジャンプ先を特定しろ!急げ!」


 私の言葉は、無意識のうちに終端に向かうほど怒りが滲み出てしまった。


「は、はい!」


 鳩の豆鉄砲を食らったような顔をしていた船務長が、気を取り直してコンソールを弄り始めた。


(地球からの返信には数分以上かかるので、司令部が消失した以上、デルタ戦隊は独自で行動するしかない。だが、もうやることは決まったようなものだ。)


 イヴァンの内心には復讐の怒りが満ち始めていた。


——重苦しい空気が漂うCICで2分ほど経過した頃。


「………座標特定完了。速度、ベクトルから計算して、目標座標は…地球圏…と思われます…。」


 船務長が額に汗を浮かべながら、スクリーンに航路予想図を表示した。その内容は彼の報告通りだった。不明艦隊を示す光点から、地球と月のラグランジュポイントL1付近に向かって、点線が伸びていた。


「航海長、地球に針路を取れ。機関長、安全限界ギリギリまで反応炉を回せ。最大加速する。誰だか知らないが、火星を荒らした犯人を…何としても仕留めるぞ。」


 イヴァンの声はこれ以上ないほどに冷静だった。そして彼は数秒、何も言わなかった。


 だが、固唾を呑んで見守る通信士官に顎で合図した。すると通信士官はコンソールを操作して、艦隊放送を繋いだ。


「戦隊諸君、旗艦エレバス艦長のイヴァン・コスチェンコ中佐だ。先ほど、火星軍港が消滅した。そして、犯人は地球へ向かった。我々も地球へ向かう。」


 彼は深呼吸して続けた。


「地球がどうなろうと、知ったことではない。あそこにいるのは旧時代に取り残されたクソみたいな連中だ!俺たち火星人にはどうでもいい!」


「だが、火星は違う!俺たちの故郷だ!」


「それが何者かに荒らされた!」


「そして、我々の司令部も消滅した。」


「ならば、やることはひとつだ!」


 そう言い切って、イヴァンは再び通信士官に顎で合図して艦隊放送が終了した。


 一瞬の沈黙。皆が彼の演説内容を噛み締めていた。そして…。


「「Ураааааааа!!!!」」


 デルタ戦隊のクルー各所から歓声が上がったが、それは怒りに満ちたものだった。



 母なる故郷が荒らされ、見知った者達がいた場所が破壊された。その怒りは、火星出身者で占められたクルーにも伝播していった。そして指揮系統を失った彼らは、もはや怒りに燃える復讐者の群れと化していた——。


——地球連邦。その内部の亀裂は、シリウスからの攻撃で徐々に可視化されようとしていた。






 最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖(さんたくるす)です。


ちょっとあからさまだったような気もしますが...

冒頭のタイタンでの人物は連邦側はアメリカ、タイタン自治政府側はイギリスみたいなイメージです。火星は…まあ、はい…某連邦がモデルです。

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