第十話 「沈黙する宙域」
連邦標準時
2314年3月7日 22時23分
シリウス艦隊 第二戦隊旗艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
FTL航行に伴う高次元転写により、船外にはまだ糸のように引き延ばされた連星系の景色が広がっている。そして、CICは再び緊張感に満ちた空気になっていた。
「艦長、まもなく太陽系エリス沖に投射完了します。」
「了解、荷電粒子砲の充填は完了しているな?予定通り、投射完了と同時に現地の哨戒艦を無力化するぞ。」
「はい!通信妨害もいつでも作動できます!」
「よし、だがまだ哨戒艦の正確な座標は分からん。そして迅速に無力化せねばならん。こちらも予定通り全艦隊の火器管制、及び操舵をデメテルに託す。」
「はい、託されました!これまでの哨戒ルートの傾向から位置は予測済みです!投射完了後、一分以内には仕留められます!」
彼女の自信に満ちた表情を見て頷いた。
「投射完了まで5、4、3…。」
すぐに航海士が投射カウントを始めた。
「では始めようか…」
誰に向けるでもなく呟いた。そして——。
僅かな衝撃と共にスクリーンに準惑星エリスの遠景と、哨戒艦一隻、数隻の民間船が映った。
間髪入れずに艦首が哨戒艦に向けられ、船体が揺れる。そして艦首から光の一閃が飛び出した。
「敵哨戒艦、距離5光秒、着弾まで3、2、1、今!」
砲雷長の予告通りに着弾し、哨戒艦の上甲板と下甲板が抉り取られた。これでほぼ無力化できただろう。
「…!5光秒前方に投射反応!トリエステと思われます!くそっ!投射ポイントは我々より後方のはずだろ!」
船務長の報告と共にスクリーンに青白い光に包まれた大型艦が現れた。
「…投射座標に誤差が出たか。」
やはり鹵獲艦を曳航しながらの高次元転写は負荷が大きかったか…。
だが、トリエステは補給艦といっても哨戒艦を粉砕できる程度には武装がある。
トリエステからも光の一閃が放たれた。
至近距離からの荷電粒子砲によって敵哨戒艦は粉砕された。
「…通信妨害、正常に作動。付近の民間船からの通信もすべて遮断できています。」
…トリエステの攻撃は過剰に見えた。
だが、敵艦の通信系統が完全に沈黙したのを確認するまでは、“撃ち過ぎ”という概念は存在しない。制御していたデメテルの判断は正しい。
そして、我々は今作戦の関門をまたひとつ超えることが出来た。だが、ここからは第一戦隊とは一時的に別行動を取ることになる。
そして今一度、戦隊の気を引き締める為、マイクを取った。
「総員傾注!我々第二戦隊は特務戦隊の予備戦力として火星へ向かう!」
ここで一呼吸置いて、再び続けた。
「いいか?ここからは完全に敵地だ!警戒を怠るなよ!以上!」
「「了解!」」
CICだけでなく、艦内各所からも聞こえた気がした。
こんな発破をかけたが、実際には帰路の方が問題だ。まだガガーリンの政府がどちらに付くかわからないのだから。そして、我々は連邦直轄艦隊の母港こそ把握しているが、そのスケジュールまでは指揮系統の違いから把握していない。このまま攻撃に成功しても、帰路で反撃を受ける可能性は残り続けているのだ。
「第一戦隊、転針、加速していきます!」
船務長から鋭い声で報告が入る。続いてデメテルから報告が入った。
「艦長、第一戦隊より光学通信入電。読み上げます。『貴官らの健闘を祈る、地球圏でまた会おう。』とのことです。」
ここでテキスト通信というところがあの人らしい。だが、こういうのは短く、簡潔にだ。
「返信は、『ご武運を。』以上だ。」
「了解!送信します!」
「ではトリエステと鹵獲した艦を戦隊から分離しろ。デメテルの端末は移植済みだな?彼らにこの宙域の封鎖を託す。」
「はい艦長。当該艦3隻は私のコピーの制御下にありますよ。先日の捕虜を模倣した人格が、連邦士官の名義で現宙域を封鎖します。」
デメテルの確認を取り、大きく頷き正面に向き直った。
「…捕虜とはいえ、無断で人格を模倣するなんて…本当に良かったのか?」
船務長がぼやいているが、士気を下げないためにも聞かなかったことにする。デメテルも一瞬、俯いたが感情らしきものが皆に伝わる前にテーブルモニターから消えた。
戦後、もし我々が敗者になったなら、これも戦争犯罪の一ページに加わるだろう。そしてその責任の所在は、シリウス政府のリベラ首長や開発した技術者たちだけではない。ここまでの航海中、彼女を監督していた私や司令官も追及は免れないだろうな。
だが、それを考えるのは、まずこの作戦が終わってからだ。
「こちらも針路を火星に合わせ加速する!全艦最大加速!」
——ここからが正念場だ。
◆約8時間20分後
連邦標準時
2314年3月8日 6時45分
火星軌道軍港——連邦艦隊司令部
火星最大の軌道エレベーターには低軌道上には二重構造の環状港湾区域が存在し、それより更に上へ行くと連邦艦隊総司令部の専用区画がある。その中の司令室は異様なざわめきに包まれていた。
「長官!エリス軌道周辺のアルファケンタウリJPからの通信が途絶しました。哨戒艦、民間船、共に信号途絶です!」
通信士から長官と呼ばれるこの男は地球連邦の連邦直轄艦隊の司令長官ダニエル・リーブス。連邦艦隊のトップである、白髪で覆われた初老の男は顎髭を弄りながら報告を聞いていた。
「まさか…哨戒網が消失したというのか?星系外ならともかく、太陽系内のJPに海賊はありえん…となると…。」
「先日派遣した第二艦隊も何かあったのでは…。」
側近の幕僚がリーブスに耳打ちした。先月、派遣した連邦第二艦隊は通常速度ならば、シリウス星系に到達する頃であった。そしてアルファケンタウリJPはタイタン基地に所属する戦隊が哨戒任務に当たっていたはずである。
「ふむ…状況確認の為、タイタン方面及びアルファケンタウリJPに第一艦隊から第三、第四戦隊を抽出し派遣する。」
「しかし…タイタン自治政府を刺激してしまわないか心配ですね…彼らや現地の第四艦隊からの連絡を待っても良いのでは?あちらの——」
もう一人の幕僚が言い切る前にリーブス長官が話し出した。
「これはあくまで”噂”だが…年始に海軍情報局の諜報員が消息を絶ったらしいのだ。シリウス星系でな…繰り返すが、あくまで噂だ。まあ、表には出せん類の話だ。」
それを聞いて幕僚の顔色が不安に変わった。
「もしそれが本当だとしたら…これも関係がある…と?」
「少なくとも私はそう考えている。だが、タイタンは連邦の直轄艦隊が駐留しているとはいえ、自治州だ。連邦の直轄地ではない。あまり刺激する訳にはいかんというのは正しい。だからこそ、今回は航宙訓練ということにして派遣する。あくまでこちらから送る戦隊は保険なのだからな。」
リーブスは一呼吸置いて、もう一言付け加えた。
「……最悪を想定する。これはただの事故などではない。地球連邦の存在意義が問われる事態なのだ。」
リーブスはそう言って紅茶を飲み、連邦の星図を見るが、その表情は暗いものだった。
——彼らはこの後に起こる惨事を予感していたのかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
今回は短くなってしまい、楽しみにしていた方には申し訳ない気持ちです…。
そして、ようやく時系列がプロローグに追いつきそうです(-_-;)
クライマックスが近いので楽しみにしていただけると幸いです。




