第十話 「沈黙する宙域」
連邦標準時
2314年3月7日 22時23分
シリウス艦隊 第二戦隊旗艦「オリンピア」
アルマンド・バルデス中佐
FTL航行に伴う高次元転写により、船外には糸のように引き延ばされた連星系の光景が広がっている。
そしてCICは、再び張り詰めた緊張に包まれていた。
「艦長、まもなく太陽系エリス沖に投射完了します」
航海士が報告する。
「了解。荷電粒子砲の充填は完了しているな?」
「予定通り、投射完了と同時に現地の哨戒艦を無力化する」
バルデスが応じた。
「はい! 通信妨害もいつでも作動可能です!」
通信士が続ける。
「よし。ただし、哨戒艦の正確な座標は不明だ。迅速に無力化する必要がある」
「予定通り、全艦隊の火器管制および操舵はデメテルに任せる」
「はい、引き受けました!」
デメテルが即答する。
「過去の哨戒ルートから位置は予測済みです。投射完了後、一分以内に仕留められます」
その自信に満ちた表情に、バルデスは頷いた。
「投射完了まで5、4、3……」
航海士がカウントを始める。
「では始めようか……」
誰に向けるでもなく、バルデスは呟いた。
――次の瞬間。
微かな衝撃とともに、スクリーンに準惑星エリスの遠景と、哨戒艦一隻、そして数隻の民間船が映し出される。
艦首が即座に哨戒艦へ向けられ、船体が震える。
次いで、艦首から光の一閃が放たれた。
「敵哨戒艦、距離5光秒。着弾まで3、2、1――今!」
砲雷長が叫ぶ。
直後、光が命中し、哨戒艦の上甲板と下甲板が抉り取られた。
「……無力化確認」
砲雷長が低く告げる。
「……! 前方5光秒に投射反応! トリエステと思われます!」
船務長が報告する。
「何だと? 投射ポイントは後方のはずだろ!」
バルデスが眉をひそめる。
スクリーンに、青白い光に包まれた大型艦が現れた。
「……投射座標に誤差が出たか」
バルデスが呟く。
鹵獲艦を曳航したままの転写は、やはり負荷が大きかったらしい。
しかしトリエステからも、間髪入れず光の一閃が放たれる。
至近距離からの荷電粒子砲が哨戒艦を直撃し、完全に粉砕した。
「……通信妨害、正常に作動。周辺民間船の通信も全て遮断しています」
通信士が報告する。
「当然だが、民間船には手を出すな」
バルデスが釘を刺す。
「はい。ただし通信への応答は――」
通信士が迷う。
「無視しろ。答える必要はない。今はな」
「了解」
通信士は頷き、作業に戻った。
――トリエステの攻撃は過剰に見えた。
だが、敵の通信が完全に沈黙するまでは、“撃ち過ぎ”という概念は存在しない。
デメテルの判断は正しい。
我々はまた一つ関門を越えた。
だがここから、第一戦隊とは別行動になる。
バルデスはマイクを取った。
「総員傾注!」
「第二戦隊は特務戦隊の予備戦力として火星へ向かう!」
一拍置く。
「ここからは完全な敵地だ。警戒を怠るな。以上!」
「「了解!」」
艦内各所から応答が返ってくる。
だが実際に問題となるのは帰路だ。
ガガーリン政府の動向は未確定。
さらに、連邦艦隊の行動スケジュールも把握できていない。
成功しても、反撃の可能性は残る。
その思考を振り払い、意識を戻す。
「第一戦隊、転針・加速!」
船務長が報告する。
「艦長、第一戦隊より光学通信」
デメテルが続ける。
「『貴官らの健闘を祈る。地球圏でまた会おう』とのことです」
バルデスはわずかに口元を緩めた。
「返信は『ご武運を』――以上だ」
「了解、送信します」
「トリエステおよび鹵獲艦を戦隊から分離しろ」
「デメテル、端末の移植は済んでいるな?」
「はい。当該艦3隻は私のコピーが制御しています」
「捕虜人格を模倣し、連邦士官名義で宙域封鎖を実施します」
バルデスは頷く。
「……捕虜とはいえ、人格を無断で模倣するのは……」
船務長が小さく呟いた。
バルデスは答えなかった。
デメテルも一瞬だけ俯き、すぐに姿を消す。
――敗者になれば、これは戦争犯罪になるだろう。
その責任は、政府だけでなく自分たちにも及ぶ。
だが――今は考えるべきではない。
「針路を火星へ。全艦最大加速!」
――ここからが正念場だ。
◆約8時間20分後
連邦標準時
2314年3月8日 06時45分
火星軌道軍港 連邦艦隊司令部
ダニエル・リーブス 海軍元帥
司令室は異様なざわめきに包まれていた。
「長官! エリス周辺のアルファ・ケンタウリJPからの通信が途絶しました!」
「哨戒艦、民間船ともに信号ロストです!」
通信士が報告する。
リーブスは、顎髭を撫でながら応じた。
「……哨戒網が消失したというのか?」
「太陽系内のJPに海賊はありえん。となると――」
「先日派遣した第二艦隊に何かあった可能性があります」
幕僚の一人が補足する。
「ふむ……」
リーブスは思案する。
「状況確認のため、第一艦隊より第三・第四戦隊を抽出し派遣する」
「しかし長官、タイタン自治政府を刺激する恐れが――」
別の幕僚が口を挟む。
「現地艦隊の報告を待つべきでは?」
「……噂だが」
リーブスが静かに言葉を挟む。
「年始に海軍情報局の諜報員がシリウスで消息を絶ったらしい」
幕僚たちの表情が変わる。
「それが事実なら……今回の件と関係が?」
「少なくとも私はそう見ている」
リーブスは頷いた。
「だがタイタンは自治州だ。刺激は避けるべきだ」
「ゆえに――航宙訓練名目で派遣する」
「つまり保険、ということですか」
幕僚が確認する。
「ああ」
リーブスは短く答えた。
そして、最後に低く言い放つ。
「……最悪を想定しろ」
「これは事故ではない。連邦の存在意義が問われる事態だ」
そう言って紅茶を口に運び、星図へ視線を落とす。
その表情は、暗かった。
――彼らは、この後に訪れる惨事を予感していたのかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
今回は短くなってしまい、楽しみにしていた方には申し訳ない気持ちです…。
そして、ようやく時系列がプロローグに追いつきそうです(-_-;)
クライマックスが近いので楽しみにしていただけると幸いです。




