第八話 「自由恒星同盟」
連邦標準時
2314年3月4日 17時00分
第二戦隊旗艦 「オリンピア」
この戦隊旗艦のCICは初めての”戦争”を体験して新兵の初陣かと思うほど緊張感が満ちていた。最精鋭とされる彼らも、正規軍を相手にするのは初めてだったのだから仕方がない。
そう自分にも言い聞かせていると、正面の敵から飛来する実体弾が本艦の装甲表面に何発か当たったらしい。船体が軽く揺れた。もう慣性制御の限界が近いという証拠だ。高エネルギーの連続使用で反物質炉が悲鳴をあげているのだろう。それに荷電粒子砲の砲身冷却も1分じゃ済まなくなって来た。試験よりも余裕を持たせていたはずだが…
スクリーンを見ると我がオリンピアとその左舷側に並ぶアンドレアも、レールガンの射程に入ったのが分かる。そしてそれは眼前にいる相手も同じだ。アドレナリンが血を焼くように巡る。だがこの高揚感も悪くない。そしてそれを加速させるように、連続して船体が揺れた。
「左舷前方及び下部装甲に被弾!損傷軽微!装甲が弾いてくれました!」
私の横でしばらく沈黙していた副長が報告してくれた。声が震えているような気がした。
「よろしい!そのまま撃ち返せ!」
そう返答したが、彼の緊張がこちらにも伝わってしまった。。もちろん私も緊張しているのだが。いや、どちらかというと興奮、か?
「…艦長のそれは興奮ですねえ。」
とデメテルがCICのテーブルモニターから呆れたような視線を向けながら言った。見透かされていたか…
「そうかもな!砲雷長、まずはレールガンで残存する敵巡航艦の主砲を狙え!荷電粒子砲は後ろの僚艦たちも撃ってくれる!雑魚は僚艦に任せろ!こっちの火力は全て敵巡航艦にぶつける!」
「「はい!」」
砲雷長とデメテルの返事が重なった。
「ミサイルと魚雷は温存しろ!アイツらの武装はこっちには無意味だ!砲戦火力で充分だ!」
「船務長!可能な限り敵の観測を続けろ!アクティブ探知もフルで使え!”彼ら”もどうせ見ている!」
これだけ派手に戦闘をすれば、アルファケンタウリの自治政府も感知しているだろう。いや光の到達速度を考慮するなら、彼らが認知するのはざっと5時間ほど後になるだろうが…
「了解です、艦長!しかし、一部の敵艦は反転離脱する模様です!追撃に備えてタグ付けだけしておきます!」
「助かる!あと…デメテル!司令官と繋げ!残敵掃討について協議する。」
船務長が忙しくなっているのでデメテルを呼ぶ。彼女は頷いた。そして間髪入れずにスクリーンに艦隊司令官が映った。もうすぐ左にいるので、距離による通信遅延はほとんどない。
『こりゃあ、博打だな!マンド!我々のどちらが沈んでもこの作戦は続行不可になるぞ!』
司令官も興奮しているようだ。ファーストネームの渾名で呼ばれるのは滅多にない。
「ええ!ですが、敵はあと一押しです!つきましては”残敵掃討”及び機密保持についての協議をしようかと!」
『ああ、もちろん決まっている。やるぞ。機密保持については、そちらの戦隊から哨戒艦を3隻引き抜けるか?』
「はい、代わりと言ってはなんですが、中破状態で放棄された敵の哨戒艦を鹵獲しましょう。戦力の穴埋めは念入りにするべきかと。」
『そうだな。では、そちらも前進せよ!一刻も早くジャンプポイントに向かうぞ!後衛に回した艦艇も前進だ!』
「了解です!」
通信越しに一礼をして会話を終了した。
——分かっていた。こういう決断になる事は。いま太陽系に離脱する船を出すわけには行かない。それが例え民間船であったとしても。
スクリーンを見ると、司令官との通信を聞いてか、後ろに下がっていた哨戒艦と駆逐艦も加速を始めているのがマップに映っている。そして、別の画面では次々に爆ぜていく敵駆逐艦の姿も。もはや勝敗は決したと言えるだろう。
「艦長、我が戦隊の哨戒艦3隻が先行します!それと後方のシリウスJPで待機中のトリエステも加速開始しました。」
デメテルが間を置きながら報告してくれた。わざわざ羊皮紙を読み上げる姿で。緊迫する状況でもそこまで演技に入り込むとは…なかなかの役者だと思う。
「了解、これで地球圏の連中に我々の軍事行動を秘匿できるな。さっきの戦力補充の話だが、あとでトリエステに頼もう。そして、鹵獲艦を曳航しながら我が戦隊が連れていく。少しでも戦力が多い方がいいからな。」
「ええ、地球圏到着までに可能な限り応急修理と貯蓄中の予備兵装の追加を行いますね。」
と会話しているうちに、スクリーンにはデブリしか見えなくなっていた。残る敵艦はその奥にて逃亡を図る、半矢の駆逐艦くらいだろう。それも高速で追撃する僚艦の荷電粒子砲に溶断されるだろう。
「艦長!敵第二艦隊は全艦戦闘不能になりました!しかし、前方の装甲巡航艦1隻は生命反応が残っています。脱出する気もなさそうです。」
そういう事か…映像を見ると敵艦は格納庫にも被弾して脱出する手段がなくなっているようだ。
「デメテル!敵艦内部に戦闘の意思は有りそうか?」
「いえ、熱源が武器庫に集中し始めています。艦を明け渡すつもりはないみたいです。」
地球連邦の艦艇設計は、出港前に改装された我がシリウス艦隊を除き、どの星系も共通している。故にその構造はスキャンするまでもなく把握できている。そして我々は、装甲巡航艦をまだ2隻しか運用していない。だからこそ鹵獲は防ぎたいのだろう。しかし、逃げ場のない乗員に白兵戦を強いることもなかろうに。
「…大人しく降伏すればいいものを。」
思わず呟いてしまった。だが、デメテルの判断は冷静であり、冷酷だ。
「艦長、本艦の205mmレールガンなら、敵艦の武器庫に通じる区画も貫通できます。どうしますか?」
それはつまり、敵艦に大穴を空け、急激な減圧を起こし、敵を殺処分することを意味する
「ああ、いつもみたいに律儀に白兵戦を仕掛ける余裕はない。楽にしてやれ。」
迷う必要はなかった。戦術的にも倫理的にも。抵抗の意思がある敵を、苦しませずに殺せる。しかも海賊と違って、生け捕りにする必要もない。ならば反対する理由もない。
「かしこまりました。砲雷長?火器の制御はお任せください。私が撃ちます。」
デメテルが砲雷長を気遣い、優しく語りかけた。
「いや、いいさ。武器庫に至る通路なら何処でもいいんだろ?外しはしないさ。」
彼女の気遣いなのだろうが、彼女が応答する前に砲雷長は自分で引き金を弾いた。彼の腕が少し震えていた様に見えたが、今は見なかったことにする。
そして、スクリーンに拡大された敵艦側面に空気の噴出口が2箇所空いた。過貫通だ。そしてデブリと共に人間らしき物体が何体も飛び出して行くのが見えた。彼らは宇宙服すら着ていなかった。敵はかなり慌てていたと見える。正規軍との戦闘が初めてなのは向こうも同じだ。無理もない。
「…第一戦隊も前進していきます。残敵掃討に向かう模様。」
船務長が報告し、スクリーンにも我が戦隊を追い抜いて行く第一戦隊の群れが見えた。飢えた狼のようにデブリの森を駆け抜けて行く。
圧倒的な勝利。しかし、CICに歓声が上がる事はなかった。皆が沈黙していた。
——こうして不意に始まった遭遇戦は、我がシリウス艦隊の圧勝で終わった。更に迅速な対応により戦闘開始後に太陽系へ離脱する船は一隻も出さずに済んだ。戦術でも戦略でも勝ったのだ。
そして、この戦闘は後に「第一次アルファ・ケンタウリ沖会戦」と呼ばれた。
◆遭遇戦の終結から3日後
連邦標準時
2314年3月7日 18時00分
補給艦「トリエステ」 舷側エアロック L-3
アルファケンタウリ星系の太陽系側に位置するジャンプポイントを目前に、鹵獲した装甲巡航艦と2隻の駆逐艦が補給艦トリエステの側面に貼り付けられている。我々は、太陽系へ突入する前に、各艦の弾薬や食料を補充したり、鹵獲艦の修理や整備を行っている。
そして第二戦隊の指揮官として私もトリエステに移乗して、非番の時間に鹵獲された敵巡航艦を視察している。エアロックの狭い扉を潜り抜けると、散乱した部品や死体を人型サイズの整備ボットが片付けているのが目に入る。
今まで制圧してきた海賊船にも、制圧後の視察で乗り込んだことは何度かある。当時見た海賊の死体や、被害に遭った民間人の死体で人の死体には見慣れてしまったが…。
「目的は違えど、勇敢に戦った戦士であることは代わりない。彼らの遺体は丁重に扱え。」
整備ボットに声を掛ける。
「かしこまりました。遺体は格納庫に移送します。1時間後の転写開始前には収容作業は完了します。」
見るからに機械的なボットが有機的な音声で応えながら、作業を続けている。
「…デメテル。ガガーリンからの通信はまだないのか?」
死体から目を逸らして、デメテルを呼び出す。
「ええ、まだ何も。所属を問うことすらして来ません。やはり日和見を決めるつもりの様ですね。」
「…彼らにとっても今回の戦闘は不意打ちだっただろうしな。で?地球連邦本部へ送る声明はどんなもんだ?端末に送ってくれ、一応、司令官と確認する。」
「はい、リベラ首長名義で既に署名済みですが、戦隊指揮官も目を通しておいた方が良いかと。」
鹵獲した巡航艦の食堂に向かいながら、個人端末で声明文と映像を見る。そこにはリベラ首長やシリウス政府の閣僚が写っており、首長が力強く演説している様が見える。
要約すると、中央からの搾取を示す証拠資料の紹介と、シリウス政府が主導する新たな星間国家の樹立。更に他の自治政府への参加を呼びかける勧誘だった。
新たな国家の名前は——
——自由恒星同盟。それが、新しく生まれ変わった祖国であり、地球連邦創始以来の新国家の名前だ。
最後までお読みいただきありがとうございます。作者の三田来栖です。
ここまでお読み頂いた方には、AI『デメテル』のモデルというか、発想元に心当たりがあるかもしれませんね。はい、HALOシリーズのAI『コルタナ』がアイデアの種になってます…。ちなみにHALOシリーズではReachが最推しです笑




