第二十六話
天界から現われた女神と、それを出迎える虫かごを手にしたコルリと。
執務室で迎え入れた俺は腕を組んだ。
女神の首からさげられた「今月はお給料カットです」というプラカードをどういう思いで見つめればいいのだろう。
複雑。
めっちゃ複雑。
でも天界の職務体系にあれこれ言うために呼び出したんじゃないから、咳払いをしてから尋ねた。
「おほん! それで……破壊神をお借りしたいんですが、ありや、なしや?」
「タカユキ……いくら勇者の頼みでもそれは」
間。
すごい間をたっぷりと作った後に女神は言いました。
「いいよ!」
「まあそういう流れだよな」
「あれ!? ノリが悪い!」
「今日の目的は漫才じゃねえから」
「ああ! それ! ああ! いつもの目的は漫才っていってるようなものー!」
ぷすーと笑う女神の後頭部めがけてコルリがハリセンを振り下ろした。
すぱん! と小気味のいい音がする。
「おしずかに」「……なにもたたくことないじゃん」
天界ってなんだろう。どんなシステムなんだろう……。
なんて思いを馳せたいわけでもない。
「破壊神、ほんとにいいんだな?」
「いいけど虫かごから出して何か起きても困るから、新しい封印が必要だね」
「……また冒険してどうこうって流れか?」
「いやいや、タカユキが国作りモードっていうか、国のプロデュースモードに移行してるの女神察してるから。そこはまかして」
どんと胸を叩く女神を見ていると、なぜかな。
不安しかない。それがいつものノリならな。
「またお前の給料に悪影響起きたりしないか?」
「そこはほら。タカユキと私の作った世界のためだもの」
それとなく尋ねた俺に、決めるべきところで決める女神の言葉よ。
それな。それを期待してた。
「じゃあ迷惑を掛けるけど、頼むわ」
「タカユキを召喚したのは女神だから、もちろん任されるよ!」
すぱん!
容赦と慈悲のない一撃が問答無用で女神を襲う!
「ちょ、意味もないところで」
すぱん!
「た、叩かないでよ!」
「安請け合いしたら給料さっ引くかわりに叩いとけって言われてるんだよね。ノルマはこなしたからもうしません」
「なんという仕打ち!」
俺が口を挟むまでもなく盛り上がるのな。いいけども。
「まあいいけど。破壊神の力は女神クラスなんだよ。破壊神の力を奪っちゃえばいいわけ」
いつものことながら、ざっくりした説明だなあ。
「だから破壊神の力を消すために、女神の力を封印します」
「ん? ん? ん? ん?」
待って。超絶な飛び方してないか?
「なんで女神の力を封印するんだよ?」
「女神と表裏一体。女神が強ければ破壊神も強く、女神が弱くなれば……?」
「破壊神も弱くなる?」
「そゆこと。言ってくれたら破壊神を渡す代わりに女神しばらく弱くなるから、その間はあんまり呼び出さないでね」
「……ちなみに弱くなってる間、お前なにしてん」
「ゲーム三昧?」
「ニートか!」
ツッコミを入れた俺を嬉しそうに指差すな! まったく。
ともあれ、下準備はできたな。
破壊神を連れ回すために必要な、最低限の準備だ。
むしろ問題はここから先にある。
天界に引っ込む女神とコルリと虫かごを見送り、俺は椅子に身体を預けて長い息を吐いた。
国の一つ一つを把握して、ペロリが教えてくれたように自分の世界を愛する時間をたくさんもたなきゃいけない。
俺たちの世界っていいだろ? と言うために、まず俺自身がこの世界のことを知らないとな。
話しようもない。
どっと疲れた気持ちで考え込んでいたら、ノックの音に次いでクルルが入ってきた。
腕にルナを抱いてきて、なんの話だろうと思ったのだが。
「タカユキ、ルナが――」
暗い顔で言うからなにかと思ったのに。
「おちちのんでくれない! もう私のおちちはいらないの!?」
「……うん」
ひやっとさせるな。まったく。
「離乳食が気に入ってきたんじゃないか?」
「まだ私の新作魔力開発料理食べさせてないのに! コハナの離乳食ばかり食べるんだよ!?」
「……ううん」
いやなのね。面倒見てもらいまくってるけど、でも譲れない一線があるのかな?
「あああああ!」
「ちょ、ちょっと! いきなり泣かないでよ!」
あわててクルルがルナをあやそうと揺らしてみたりするのだが、結局ルナが泣き止んだのはクルルがルナを魔法で浮かせた時だった。
よっぽど気に入ってるんだな。背中に羽根が生えてるんだから飛んでもよさそうなもんだが。
魔力を消費して地味に疲れた顔をするクルルを見ていられなくて、ルナをそっと抱き留める。
俺の顔を不思議そうにじーっと見つめてきた。
赤ん坊っていったいなに考えてるんだろうなあ。
産まれる前は、父親になればなんでもわかると思ってたもんだが……実際はさっぱりだ。
気がついたらにらめっこ状態である。
不意に泣き出されたら俺ショック。
なのでいっそおどけて笑顔で顔を寄せてみる。
「るなー?」
「あう!」
ルナの力加減をいっさい無視したビンタが俺の頬を襲った!
つうこんのいちげき!
「あははははは! なにやってんの?」
「おまえな!」
指差して笑うクルルに言い返そうとして、やめた。
あんまりしょうもなくてくだらないこんな時間で、何を張り詰めるんだって話だ。
「料理はできそうなのか?」
「んー。食材は用意できそうなんだけどね? 味がいまいちっていうか。だから勇者の胃袋のシェフたちに力を借りようかなあ、と」
「なるほど……」
そういやあ、勇者の胃袋で働く連中ともちゃんと話したことがなかったな。
共和国の食堂といえば? もちろん勇者の胃袋だ。
一回顔を出しに行ってみるか。まずは飯からだ。
つづく。




