第二十五話
ピジョウ共和国の開発は今、新たな段階に入っているようだ。
ペロリ曰く、街の作りの覚え方はこう。
「鳩さんの頭が港。首が街路で、心臓に領主の館があるの」
ほうほう。
「お尻に向けた途中に、街の中心になっている噴水広場があるよ。ここ!」
ペロリの指差す先には確かに巨大な噴水があった。
中央に真っ白な巨大な四角柱の石がのせられていて、それを取り囲んで男達がノミを当てている。
国民のアイドルの像を建造中なんだとさ。
そのアイドルことペロリは自分のことだと気づかずに俺に教えてくれた。
「お尻に向かって牧場区や農区があるの。港までの肩の部分には商業区。心臓から下はだいたい住宅区になってるよ」
「なるほど……鳩の身体に割り当てて覚えるのか」
「そう! 東西南北だとまたちょっと変わってくるんだけど、だいたいこれがピジョウ中心街の覚え方」
「……街に呼び名ついてんの?」
「だって誰も決めないから、みんな迷っちゃうでしょ? ルカお姉ちゃんが便宜上の呼び方をつけてるの」
なるほど。
「リブ商業区から噴水広場にかけて屋台がたくさんでてるよ? スライムさんの屋台もそれ」
「昨日食べたやつか」
「おむすびおいしかったよね!」
至福の蕩け顔を見せるペロリに街行く人の視線が集まる。
俺もはっとさせられる瞬間が増えた気がするなあ。
「あぅあ!」「うー!」
「ごめんごめん!」
レオとルナの訴えにペロリがあわててベビーカーの中に顔を近づける。
見るとルナの耳元とレオのお腹をこしょこしょやっていた。
「あぅー!」「あぅ!」
二人揃って超ご機嫌だ。
「大好きなの、これやられるの」
「……俺も今夜からやろう」
「そうして」
微笑み歩き出すペロリの後をついていく。
「最近の目玉はねー。そろそろ見上げるとみられるかも」
ぴっとペロリが空を指差した。
見上げてみれば、空に複数の点が見える。
それらはみるみる高速で下りてきて、そのまま遠くへと飛び去っていった。
箒にまたがったクルルと猫耳尻尾や狼耳尻尾の子供たちだった。
「人間たちにクルお姉ちゃんが魔法を教えてるの。日曜学校のお手伝いもしてて、せんせぇって呼ばれてるんだよ」
「……ほう」
あいつから一言も聞いてませんけど。
忙しすぎて二人きりの時間が減ってきているからなあ。
ちょっとまずいかもしれない。
クルルからしてみれば、わざわざ言わなくても大丈夫だっていうくらいの安心感があるのかもしれないけどな。
「あと、屋根の上を見てみて」
リブ商業区と呼んだ建物の上をペロリが指差した。
見ればナコが色んな魔物と狼耳尻尾の人たちを引き連れて走り回っている。
建物の上から建物の上へ。
飛んで、飛び移って、壁を滑り降りて。
「ルカお姉ちゃんとナコお姉ちゃんが街の警護のために訓練してるの。ルカお姉ちゃんは産休にはいるから、今はナコお姉ちゃんが隊長さん」
「色々やってんのな」
小学生並みの感想しか言えない俺って。
本当に領主なのかな。ちょっと不安になってきた。
「煮詰まって疲れちゃってる?」
「あ、ああ……そうかもな」
「クルお姉ちゃんならお兄ちゃんのこと、一発で元気にしちゃうんだろうけど。残念! 今日はペロリです」
「残念なんかじゃないから! いや、まじで」
「うん!」
微笑み歩くペロリの背中を追い掛けるように歩く。
二人が乗ったベビーカーは重い。
魔界製のそれを押すのは楽だしつらくない。
けれど回り巡って俺が背負い込んだ責任の重さは、気がついたら俺の能力なんか一瞬で飛び越えて途方もない大きさに成長していた。
わかっていたけど。わかっていなかった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「できないことがあるなら、できるようになればいい」
ふり返ったペロリは最初の旅で俺の迷いの根源を照らすように微笑んでいた。
「残念ながらこの世界は、できることしかやってこないわけじゃないんだって。そんな人生なんて、どこにもないんだってさ」
「……おう」
事実だ。時として目をそらしたくて、低刺激の娯楽しか求めなくなるくらい心が弱るような……生きることの本質。
「言い換えれば成長するだけで世界がいくらでも広がるんだよ。それってわくわくしませんか?」
眩しい。
自分にどんな可能性だってあると信じられる強さがペロリにはある。
俺にはない。
本当に?
「無垢に信じる若さがなくなっても……みて」
ペロリが指差す先、屋台を出している牛男がいる。
ガタイが良く、身に付けたエプロンはいかにも小さい。
屋台のキッチンで窮屈そうに何かを切っている手つきはいかにも危うい。
「年老いて得る覚悟が成長を促すこともあるんだよ」
けれどその屋台に並ぶ人や魔物は静かに待っていた。
期待を込めて。
「あそこの牛骨麺、さいっこーにおいしいの! 魔界の仕事を辞めてこっちへきたんだって」
「……ああ」
「何かを得るために失うの。失ったら、得ることができるよ」
ペロリの言葉はある意味で本質を捉えているのかもしれない。
「お兄ちゃんはどうなりたいの?」
「……俺は、」
決まってない。
領主になった。父になった……旦那になった。勇者になった。
そんなのは結果だ。事実だ。
救いたい、愛したい、その果ての結果でしかない。
なるべくしてなった。
……じゃあ、今の俺はどうなりたい?
「きっとなにものにもなれないあなたにききます」
ペロリの問い掛けに照らし出される、
「あなたはいきぬくために、どんなみちをえらびますか」
俺の生きる術はなんだ……そんな疑問に戸惑う。
「生存戦略っていうんだって」
道を歩くペロリに人々が、魔物たちが声をかける。
八百屋のおっちゃんが投げたリンゴをかじって、ペロリは俺にそれを差し出した。
「ペロリは……お兄ちゃんはもう、とっくに運命を選択していると思うよ」
リンゴを受け取る俺に、彼女は幸福に蕩けた微笑みで告げたよ。
「愛することがあなたのみちだよ」
返事もできない俺に笑いかけて、彼女は歩き出した。
俺も……その後ろについていく。
「だから、もっともっと……この世界を愛してみようよ」
今はまだペロリの方が愛してると思うよ?
俺にそう告げた彼女は街の場所、人や魔物、何気ない日常の景色の一つ一つへの愛情を幸せそうに語る。あの人はね……ここはどの時間が一番見栄えがいいか……そこに咲いてるお花は……。
ゆっくりとしたあたたかな時間が流れていく。
そんな空気と世界に生きる彼女に息子と娘が手を伸ばす。
気づいていく。
気づかされていく。
召喚される前の俺の弱さ、冒険を経て尚変わらない俺の本質。
そして……それでも勝ち取って積み重ねてきたものの意味と価値。
それを決めるのは俺だけじゃない。
関わった奴全員が決めていく。
絶対的なものなんてない。
ペロリは幸せに生きようとしている。それが彼女の生きる道なのだろう。
なら俺は?
勇者タカユキは――……とっくに選択している。
この世界で生きていく。
ただ流されるだけじゃない。俺なりの道を模索するために、一つ一つを選んでいく。
その結果は既に俺のすぐ前にある。
ルナとレオ。
ペロリがいて……妻がいて、仲間たちがいる。
「最近ふらついてたな……さんきゅ、ペロリ」
「んー?」
くりくりした目で俺を見て、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「お兄ちゃん、久々に元気な顔になってる!」
「そんなに俺、弱ってたか?」
「気づいてないから重傷だよ。いつものお兄ちゃんならもっと、みんなのこと気づいてたししゃきっとしてたよ?」
否定できないな。
「でももうだいじょうぶだね」
「……ああ」
「よかった!」
楽しそうに笑い声をあげるペロリに微笑んで、街中を歩く。
やっと館に戻った俺はペロリとコハナに子供の世話を頼み、執務室へと行った。
「クロリア、話がある」
俺は開口一番に切り出した。
「祭りの目玉は決めた」
クロリアがクラリスと一緒に、書類を見ていた手を止めて俺に視線を向ける。
「何をする気だ?」
「大物ゲストを呼ぶ」
結論は既に出した。
とっくにそれは思いついていたことだ。
「破壊神だ」
「……合戦でやり合う気か? 仮にも相手は神だぞ?」
「そ、そうです! また酷いことになる気がします!」
二人の意見に頭を振って、腰に両手を当てた俺は笑った。
「違う」
やるべきことは一つ。
「観光案内の番組をやろう。ゲストは破壊神」
「はあ!?」
クロリアがあっけに取られた顔で俺を見た。
「あいつの性根が素直になっちまうくらい、ここをすげえ国にする。手伝ってくれるか」
「お、おまえ、そ、それ本気で言ってるのか?」
「もちろんだ」
「だ、だとしても、おまえ、だって……え? どうすりゃいいんだ?」
「さあな!」
「お、おい、待て。そんな目で私を見るな! そんなのやったことも聞いたこともない!」
頭を振って俺の期待から逃れようとするクロリアに俺は笑いかける。
「破壊神でも気に入るくらい、すげえ国に……世界にしたらさ。俺たちの未来は明るいと思わないか?」
「そ、それはそうだけど!」
歯がみするクロリアを見ながら、ああ感覚が戻ってきたと実感した。
実感せずにはいられなかった。
これが俺の道だ。これが俺の選択なんだ。
「こ、この世界を破壊するような奴が相手なんだぞ!」
「お前を仲間にした時に決まっていた未来だ、クロリア」
「う、ぐ!」
「やるぞ」
「ううう! く、クラリス!」
窮地を感じたクロリアは真っ先に助けを求めるが。
「やりましょう!」
だめだった。
そしてさすがは俺の妻だった。
「えええええ……! お前までタカユキに……!」
「なんだかとっても、楽しそうですもの!」
「そ、それはそうだけどお……具体的な計画がないと……!」
粘るクロリアに俺は言ってやりましたよ。
「俺たちの旅に計画性なんてあったか?」
「ぐ、ぬぬぬ……!」
山ほど言い返したいのに言葉がまったくでてこないぜこんちくしょー! という顔で俺を何度も睨んでは俯いてを繰り返し、とうとう白旗をあげる。
「……わかったよ! やればいいんだろ! やれば! どうなってもしらないからな!」
「おう」
すっきりした。
それじゃあ……。
「あげていこうか!」
つづく。




