第二十七話
勇者の胃袋。
ピジョウ共和国の中心にあるその食堂は、建国に励む人と魔物の胃袋を常に満足させてきた。
中に入れば胸を強調した扇情的なウェイトレスがあらわれる。
けれど彼女たちはただ色っぽいだけではない。
水が空いた席あらば駆けつけ、客が注文しようと思った時にはそばにいる。
料理について聞かれたら語りすぎず、かといって言葉が足りないわけでもない……そんな気の利いた説明をしてくれる。
なにせ死神メイドのコハナプロデュースだからな。そのあたりの信頼性は高い。
目玉はじゃあ、ウェイトレスだけかって?
もちろん違う。
食堂だ。当然、そのウリは料理にある。
最初は丸太をくみ上げて作ったロッジハウス風の建物が、今では土壁などを用いて小洒落た内装になっている。ロウソクの明かりや並んだ酒樽、他にもずらりと並ぶ人間世界と魔界の酒、酒、また酒。
気取りすぎてはいない。ただちょっと期待させる。
それはでかでかと飾られた塩漬け豚肉の塊や、水槽にいる甲殻類や貝類などの演出もあるのだが。
「魚できてねえぞ!」「野菜甘いよ、ソースがだめ!」「火が通ってねえぞ、この肉!」
戦場のようなキッチンの活気がなにより憎い演出だった。
ケンカしているわけじゃない。
誰かが声を上げればすかさず誰かがフォローする。
人と魔物が入り乱れるキッチンは、まるで一つの生き物のようだった。
「グスタフ!」
料理長の名前を呼ぶ。
ルーミリアから来た狼だ。
甘いマスクの美丈夫だが、キッチンに立つとその顔は鬼のように歪む。
「なんだ!」
指示を出す手を止めて歩いてきた狼の美丈夫に俺は尋ねた。
「もし世界を滅ぼす神がいたとして、そいつを満足させる飯は作れるか?」
「はっ」
鼻で笑われた。
グスタフがキッチンへと振り返り怒鳴る。
「ドッティ!」
「なんですかい!」
ドッティと呼ばれた二本角の牛男がフライパンを振るって副料理長の仕事を続けながら声を上げた。
「神の腹を満たせるか聞かれてるぞ、答えてやんな」
「はっ。退屈しなくて済みそうだ!」
笑い声が広がっていく。
「それより旦那、あんたの奥さんの料理の方が問題だ」
「クルルか? 迷惑かけてるのか?」
尋ねる俺の口元を人差し指で制して、鋭い眼光で俺を睨む。
「違うね! 面白い食材ばっかり持ってくるから新作ができてできて困ってる。なのにうちの店を手広くしたくてもする暇がないのが問題だ。あと、味を魔法でなんとかしようとするあんたの嫁さんの料理の腕も問題といえば問題だな」
すまん。
「にしても……できる店だな」
「足りないものなら山ほどある。ウェイトレスたちは悪くないが、給仕長がいる。それに俺たち並みにいけてる経営者もな……あんたのことだよ、旦那」
自信過剰とは思わない。
グスタフたちがいなければ、共和国の事情はだいぶ変わっていたはずだ。
美味い飯があるから俺たちは頑張れた。
ならそれに報いるべき時が来たんじゃないか?
「探してみるし、なんとかするよ」
「頼んだぜ。俺たちの頭はアンタだよ」
俺の肩を景気よく叩くと、グスタフはキッチンに戻った。
活気に満ちあふれている。
言葉は強いが誰もが笑顔だ。なのにその眼光は油断なくすべてを捉えている。
注文を告げに来るウェイトレスの居場所を塞ぐのも申し訳ない。
そっとキッチンを離れて客席を見渡した。
人がいる。魔物がいる。品のいい、仕立てのいい服を着た魔界の金持ちがいれば、離れた席にいるのは農夫だ。酒を飲んで大いに盛り上がっている。
さすがに貴賓クラスの奴はいな――……
「い?」
目が留まった。
クロリアの姉でもあり現在の魔王が、ルーミリア帝国の王であるクリフォードといる。
二人とも農夫とさしてかわらない薄汚れた格好で、気さくに飯を食っていた。
待って。ちょっと待ってくれ。
「なにしてんの!」
駆け寄ってきた俺を意外そうな目で見るな、二人とも!
「タカユキ、お前なにしてるんだ?」「久しぶりだね! 元気にしていたかい?」
「いやいやいや。魔王にはお前たちにこそ聞きたいと言いたいし、クリフォードはのんきか!」
俺の返しににやにやする二人。
面倒で手に負えない点では二人ともそっくりだ。
「ここは非公式に会談するのに便利だ。飯もうまい」
「魔界とルーミリアはたとえこの世界に間に入られようとも、密接な関係にあるからね。できればカナティア女王にも同席してほしいんだが」
勘弁して! 愛する妹にぼろなんか着せたらクラリスが卒倒しちゃうよ!
「食っていくか? 新作らしいぞ」
「ネギとカモがうまい」
鴨ネギって。
魔王と王様が鴨ネギって。
「ほら、お前にもわけてやるから」
おい魔王!
騙されたと思って、みたいなノリで言わなくてもいいじゃんか!
気になるから食いたいけれどもね! 食べるけれどもね!
一口食べたら……
「はあ……」
身体中に多幸感が広がる。
まず鴨を噛んだ瞬間に広がるうま味。
一気に涎が噴き出る。そんな口中で噛めば噛むほど味が広がっていく。
そしてまあ、単純なことなんだがネギを噛むと中身が飛び出てくるのな。
ただのネギならそこで話は終わりだ。
けど口中に広がる香りはただのネギとは思えないほど強烈だった。
っていうか辛い! 一口目は甘いのに、そのあと頭ががつんとやられるくらいに辛い!
なにこれ! たまらず鴨を食べると、そのうまみが辛さと混ざり合ってすっと溶けていく。
……なんだろうこれ。食べたことない。ただの鴨ネギか? とてもそうは思えないんだが。
「なにやら共和国で新しい食材を作っているそうじゃないか」
……ああ。なるほど。
クルルがクラリスに力を借りて、ルナの魔力が向上する飯を作ろうとしている。
これはその食材を使っているのか。さしずめネギかな?
鴨だったらこわい。錬金術鴨ってなに。新生物かなにかなの?
恐る恐る食堂を見渡したら、みんなうまそうに飯を作っているから問題なさそうだが。
うまいし、いいか。いいのか? 後でクラリスに確認しよう。
「反応がないな。この食堂は嘘を吐いているのか?」
「ああいや! ちがうちがう、作っているとも! 気に入ったら注文してくれ。流通にのせるから」
営業しないとな。
営業するのはいいんだけど……内心で冷や汗でてるよ、今の俺。
クラリス……お前なにつくったの?
どうやら話を聞く必要がありそうだ。
つづく。




