Ep.6 竜退治
竜種には他種族同様、同種のなかでも様々なタイプがいる。
地を這うように行動し、岩盤のような硬い鱗を外皮に纏うもの。
翼を広げて大空を駆り、その吐息に特殊な魔法的力を宿すもの。
大海原を悠々と揺蕩い、この世界の遠大な歴史を見届けるもの。
それらに共通して言える特徴として、非常に強大で個の存在として類を見ないことが挙げられる。
竜種を上回る存在は別個体の竜種だけ。
それが生物史における常だった。
ゆえに、人類は竜種を屠りしものに”竜殺し”という栄光を、畏怖を込めて送ってきた。
「オラァァァア!」
カイの大剣が砂塵を巻き上げ振り上げられる。
人間としては破格の巨体を誇るカイの全体重を乗せて放たれた斬撃は、”砂喰竜”のほんのわずかな身じろぎひとつで以て狙いを外され、最も外皮の厚いその大顎に弾かれた。
これまで鉄をその身に纏う魔物や硬質の外骨格を持つ魔獣、あるいは全身鎧を装備した騎士や大盾を持った防護兵と戦ってきた経験のあるカイでさえも数えるほどしか経験のない硬さであった。
剣を持つ利き手に痺れが残り、思わず舌打ちが漏れる。
弾かれた勢いで宙を舞ったカイは、体勢を整えて着地し、受け身を取って勢いを逃がした。
頭上では巨竜に組み付いてその硬質な外皮を斬りつけていくリルの掛け声が聞こえてくる。
リルは両手に携えた剣――ハンドガード(いわゆる鍔)が存在せず、柄に近い部分は刃が潰されており刃先に向かうにつれて刃幅が広く鋭利になっていく、剣というよりはナタに近いもの――を器用に振り回し、鱗の境目や関節部など比較的装甲の薄い部分を攻撃していく。
だが、まったく効いている様子がない。
まるで羽虫にまとわりつかれているかのように身じろぐのみで痛痒を感じている気配は一切なかった。
スケールが違う。これが竜種なのだ。
一度バランスを取るために背中側に回ったリルの足下が不意にけば立つ。
野生的な直感で危険を感じ取ったリルは体勢が大きく崩れることを覚悟で身を翻すと、先程まで組み付いていた部位の鱗が大きく逆立ち、まるで剣山のような死地へと早変わりしていた。
中空へ放り出されたリルがぐるぐると回りながら大地へと落下していく。
ちょうど落下点で控えていたカイは頭上に降ってきたリルの首根っこ(衣服のフード部分)を引っ掴み、受け止めた。
猫のように宙づりにされたリルは目を回して脱力していたが、しばらくすると気を取り直して、持ち上げていたカイの腕をするりと抜けてカイの首元にしがみついた。
「うー! うぅー!!」
「いまはそれどころじゃァねーだろ。文句は帰ってから訊くからさっさと降りろバカ」
置いて行かれた恨みつらみをカイの後頭部に気が済むまで吐き捨てて、横に降り立つ。
眼前の巨竜は足踏みをするだけで大地が揺らぐほどの、もはや災害レベルのものだ。
勇者でもいれば、神に祝福された強力無比なる力を以てこの災厄をはねのけられるかもしれない。
だがこの場にいるのはふたりの傭兵だけだ。
魔法も魔導も、超常的な力はなにひとつ持たない。あるのはこれまでに修羅場・鉄火場をいくつも乗り越えてきた自身の腕と相棒とも呼べる手に馴染んだ得物、そして互いだけ。
ここを凌げば彼らは英雄だろう。
だがそんなものにはひとかけらも興味はなかった。
ゴブリンを狩ろうが竜を退けようが彼らにとっては同じこと。
彼らにとって生きるということは寂れた場末の酒場で朝食を採り、カードゲームに興じ、他愛もないことで騒ぎ、夜はゆっくり眠ることだ。
そのために糧を得ることに、苦労の多寡はあれどそれぞれの意義に大きな違いはない。
「やるぞリル」
「おー!」
「うまく合わせろよォ!」
再度その頑強な掘削具じみた大顎の強大さに飽かせて突進してくる”砂喰竜”に対して、カイが先行して大剣を構える。
圧倒的な質量で迫り来るそれを前に、身の丈ほどの大剣を大地に突き刺したカイは正面からその突撃を受け止めた。
「―――ッ!!」
図り知れないほどの衝撃に天地が幾度もひっくり返り世界がひび割れた錯覚さえ覚える。
長年付き添った武骨な大剣が上げる悲鳴が側頭部の近くで軋み、気を緩めるとすべてが崩壊する気さえした。
全身が膨張し、筋繊維のひとつひとつがいまにもはち切れそうだ。
気が付けば鼻からはあたたかな液体が滴り、目許にも赤黒いなにかが垂れてきている。額の血管のひとつでも切れてしまったかもしれない。
だが、退くわけにはいかない。
圧し負けるつもりは微塵もない。
踏ん張った大地が捲れ上がろうと動くつもりはさらさらない。
膠着していたその激突は、やがて”砂喰竜”の推進力をせき止めるカイによってその竜の巨体が徐々に浮き上がる様相を見せ、腹這いになっていた巨体から砂塵が大地へと降り注ぎ始めた。
「あぁぁ――――――ぁ!!」
その隙間に入り込むように、姿勢低く駆け出したリルが風を切り裂いて疾駆する。
わずかに生まれた空間を瞬く間に駆け抜け、首、胸、腹と鱗のまばらな部位を切り刻んでいく。
乾燥してひび割れ、荒野の大地のごとく硬い表皮であることが間違いないが、背中や腕部、大顎といった鱗に守られた部位に比べればはるかに脆い。
巨竜にすれば小さな擦過傷のようなものであろうが、それでも明確に『痛み』を与えていく。
――グオォォォォォォ―――――――……ン。
広大な大地を底から震わせるような雄叫び。びりびりと振動を感じるほどに大きな、痛みを訴えるその声がふたりの連携攻撃の効果を証明していた。
痛みに怯み、身をよじった巨竜。
大きく見開かれた、巨体に対してはるかに小さなその双眸に、厳しく照り付ける太陽を覆い隠す影が映り込む。
「――オラァ!! くらいやがれ!!」
野生の本能か、巨竜は反射で咄嗟に瞬膜を閉じ、その眼を守る。
巨体に対して小さいとは言え人間の矮躯に比べればはるかに大きいその目を、凶刃が大きく縦に切り裂いた。
それまでのなによりも痛烈な痛みを以て、”砂喰竜”は痛切な悲鳴を上げた。
「理解るぜ、めっちゃ痛ェよなァ……ッ! 悪ィが、一番『効きそうな』トコ突かせてもらったぜ」
悶えるなかで、巨竜は無事なもう片方の瞳でその輪郭を捉えた。
その顔に走る大きなキズ痕を親指で指し示し、不敵に笑う小さな存在を。
言葉は判らない。それが何者であるかも理解しがたい。
ただひとつ、この初めてとも言える激しい痛みは、その矮小な存在によってもたらされたということだけは確かだろう。
”砂喰竜”は三度、吼えた。
大きく、世界の反対側まで届けと言わんばかりに、轟くように啼いた。
そうして巨体を憐れに震わせると、やってきた時と同じように大地をその大顎でひっくり返すと、世界を揺らしながら去っていった。
そうして大が3つほどつきそうな災害の跡に残されたのは、地面に不時着してひっくり返ったカイと、砂塵に涙目をこすり舌を出して砂ぼこりを吐き出すリルと、非現実的な一幕を見届け放心状態のカイルだけだった。




