Ep.18 ヴルのおつかい。
『無為の魔女』――スヴァルジェリヴルの仕事ぶりに関しては、実のところあまり語るべきところがない。
たとえば、その日は亜人種の犯罪結社、『極北の集』の末端の隠れ家を摘発すべく都市郊外の森のなかへと足を運んでいた。
「うへ~、辛気クサ~。こんなジメっぽいとこに住むなんてどーゆー神経?」
このたびの依頼は珍しくスヴァルジェリヴル独りでの実行となった。
野外での仕事に従事するにはあまりに露出の多いその身なりは、明らかに不適切としか言いようがない。
しかし不思議なことに土埃や小虫の類は一切近寄ってこないのであった。
証人として同行する傭兵組合職員、ザルーはその気配を覆い隠す外套に身を隠しながらも魔法師の操る魔法の妙に舌を巻いていた。
都市を出る際に、スヴァルジェリヴルは言った。
『巻き込む可能性があるからあまり近づきすぎないよう、そのうえで十歩の範囲内にいれば魔法で守ってやる』と。
傭兵のなかには魔法や魔導を操る者は少なく、ザルーをはじめとして魔法や魔導を実際に見たことがある者もそう多くはいない。
見たことがないものは想像が及ばない。しかし、ザルーは内心で『これが魔法か』と驚くことしきりであった。
この時期の郊外、特に森林のなかはじめっと熱気がこもり、不快な暑さを覚悟しなければならない。
虫や小動物なども多く、好んで分け入りたいという者は多くないだろう。
しかしスヴァルジェリヴルの周囲は不思議と過ごしやすく、小虫などが不自然なほどに近寄ってこない。
魔法とは超常的な力であるとよく語られるが、秘術的な側面が強く実態を詳しく知る者は少ない。
これも、ザルーのような平凡な人間にはどういった原理でどう作用しているのか知る由もないが、少なくとも普通でないことだけはたしかだ。
しばらく快適な空間のなかで歩を進めると、やがて報告にあった座標付近で、不審な獣人種の取り合わせに遭遇した。
さて、荒事でごたつく前に亜人種についてのあれこれや、種族間を取り巻く問題について語らねばなるまい。
人間種が築いた大都市、アースグラードよりはるか北方には大自然が広がる。
その領域もまた魔物や魔獣といった脅威に面しているが、人間でも魔物でもない種が多数存在し、その者たちが防波堤の役割を果たしているがゆえに、人間にとって北方は比較的安全な方面となっていた。
その北方に存在する者たちが、人間が亜人種と呼ぶ者どもだ。
種、と呼ぶからには様々いる。
たとえば森に棲処を築き人間に近しい社会を構築している耳長族。彼らは弓と自然の祝福に依りて狩猟を生業とする種族だ。
そのほかにも洞穴に少数の部族で暮らし、槍や斧などの原始的な武器の扱いに長ける狩猟民族の洞人族。
あるいは不可思議な造物技術によって独自の集落をしつらえ暮らす小人族。
そして獣人種。この種は厳密には亜人種とは別の種になるが、かなり近しい関係性にあるために同じ括りで扱われることも多い。
獣人種、とひとくちに言ってもそのなかでまた多種存在する。
有翼族、獣牙族、蜥蜴族、狼人族……それぞれ特徴となる身体的部位があり、完全に二足歩行でまるで人間のようだが、そのいずれもが亜人種と比べて狂暴性を秘めていた。
見張りとして立たされていた亜人種は大柄な獣牙族が二名、蜥蜴族が一名、小人族が一名、フードを目深に被っていてわかりづらいが杖を手にしているため耳長族と思われる者が一名――計五名いた。
獣牙族は野獣の毛皮をなめしたジャケットを羽織っており、露出している地肌もかなり毛深い。武器の類は持たず、隆起した逞しい肉体と鋭い爪と牙をひけらかしている。
蜥蜴族は細くしなやかな二本の後肢のほかに長い尾を含めた三点で自立し、その肩にかなり小柄な小人族を乗せている。
耳長族と思しき者はぼろのフード付き外套ですっぽりと身を覆っており、外見だけではほとんど情報を得られない。
このように『極北の集』というのは、様々な事情から各種族から爪はじきにされ行き場を失った者たちがアースグラードの薄暗いところで汚れ仕事に従事し、寄り合って生きている亜人種の犯罪結社なのであった。
通常このような犯罪に手を染める集団を取り締まるのは『金獅子の騎士団』の第二師団の仕事なのだが、種族が変われば面倒ごとも増える。
アースグラードの政務を取り仕切る政務院の直下に位置する『金獅子の騎士団』が亜人種を取り締まるとなれば、平時は不干渉を取り決めている人間と亜人の間に不要な諍いを招く。
それがたとえ祖国を追われ、人間の都市国家で犯罪に手を染める者どもであろうと、だ。
私兵という扱いの傭兵を介して、こういった問題に対して消極的な対策を施しているというわけだ。
この依頼も、政務院が調査した結果突き止めた『極北の集』の根城のひとつを見せしめに潰すことで、周期的に増加傾向にある亜人種による犯罪を抑止する目的があってのことだった。




