Ep.17 コーヒーとサンドイッチ
『神鎗』の後継者を見定める試練があった翌日。
ロビン・エインズワースは遅めの昼食のために市場へと繰り出していた。
よく行く店があり、その店のサンドイッチにはかなり世話になっていた。
それなりに有名店ながらこじんまりとした店なので、昼時はかなり混む。昼もすこし過ぎての来店であれば並ばずに入店できるだろうかと思っていたのだが――。
「す、すごく並んでる……」
長蛇の列だった。
店のなかに入りきらない客は店の外にまで溢れ出し、通行の邪魔にならないように幾重にも折り返し列を成していた。
一瞬の逡巡があったが、ロビンは諦めて最後尾へとついた。
平時であれば、この時間から並ぶのに腹の虫が猛抗議をして心が折れていたかもしれない。
しかしこの日は午前中にあった様々なこと、そして前日の出来事が胸中の大部分を占めており、考えごとをしていれば待ち時間もすぐであろうと思われた。
列の最後尾につくと、前の人物の影になってちょうど日陰が生まれていた。
いや、ただ立っているだけで大きな影が生まれるなんて――。
「あっ」
「あ?」
――どれだけ恵まれた体格の持ち主なのかと天を仰ぐように顔を上げると、背後の人の気配を感じたのか首だけ回して振り向いたその人物とばっちり目が合った。
カイ・グランツその人であった。
ロビンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、相手もまた怪訝そうな声で反芻していた。
「あ、えっと。先日はどうも、その節はお世話になりまして……」
「……」
「?」
「なんだオマエ、馴れ馴れしいな」
いや、どうにも話がかみ合っていない。
ロビンは小首をかしげて、その訝しむような相貌を仰ぎ見る。
(何度見ても人相悪いなこの人)
などと、一瞬脱線しかけるも、その不思議な感覚の答えにようやく至る。
「もっ、もしかして……いや。あの、わたしのこと、わかっていますか?」
「いや、だからなんなんだよテメェはよ。知らねーよ、だれだよ」
「―――」
絶句、であった。
たしかに、先日は騎士団としての正装かつ精神的にも張り詰めた状態での対峙だったのに対して、本日は街へ繰り出すためにカジュアルな恰好でプライベートな時間ということもある。
とはいえだ。昨日あれだけの大立ち回りをした相手を前にして、よもやだれなのか気付きもしないなどと、そのようなことがあるのだろうか?
これまでのどのような縁も大事にし、老若男女問わず名と顔を紐づけて覚えていたロビンにとっては信じられなかった。
しかし、どうやら目の前の大男の凶悪な顔全体に浮かんでいる疑問符を見るにつけ、その導き出された答えに間違いはないようだった。
「コホン。改めて名乗らせていただきます。『金獅子の騎士団』第三師団所属、ロビン・エインズワースです。昨日はどうもお世話になりました」
「エインズワース……。あぁ、オマエまさかあのちんちくりんか」
「………」
――信じられない。なんとデリカシーのない男なのだろうか。
言動のすべてがロビンの比較的おだやかな情緒のささくれた部分を的確に触発していく。
もしすれ違ってすこしあいさつをしただけの場面であれば、どうにか苦笑いを浮かべてお仕着せた社交辞令を述べたのちに速やかに離れてもう二度と会話することのない人物リストに名前を書き連ねることになっても不思議ではない。
だがいまは長蛇の列で前後という位置関係、その列もすこしずつ前に進み始めており、距離を取るというのも難しい状況であった。
ひとこと物申したい気持ちを嘆息と共にぐっと呑みこみ、ロビンは自身が大人になることでひとつの決着を見せることにした。
「あなたもお昼ですか?」
「ちげーよ。”コーヒー”たらいう茶を買いにきただけだ」
「あぁ。なんだかいま人気のお茶ですね。わたしはどうも、苦いのが得意ではなくて口に合わなかったですが」
「ああそうかい……」
「……」
「……」
「あなた、会話が下手だって言われませんか」
「うっせーよほっとけ。そもそも会話するつもりなんか微塵もねェんだよ」
舌打ちと共に返ってきた言葉は無関心といった感じで、そっけがない。
ロビンにとってはこのような粗野で乱暴で、まるで愛想のない人物というのはこれまで近くにいたことがない人物だった。
エインズワース孤児院では子どもたちはみな互いの境遇をどこかで理解していて、それがゆえに仲がよく、近くにいてくれた大人たちも恩人である『神鎗』グレイシアを含めて人の善い人たちばかりだった。
志願して騎士団へと入団してからも、程度に差はあれどみな『人の為に』という崇高なる目的を胸に抱き日々邁進する人物だらけの組織だったので、どうにもこういった荒々しい感じの人物に対してどのように接したらいいのか、ロビンには経験がなかった。
悪党だったり、あるいは魔物だったりするのであれば、武力を以て接するだけなのだが。
どうにもやりづらさを感じて仕方がない。
どのみち相手は会話に応じるつもりがないということなのであればと、ロビンは義理だけでも通しておこうと一方的に語り始めた。
「一応ですが、あれからフェデリコ様と面会をしまして。『神鎗』の名を引き継ぐのは、すこし待っていただけることになりました」
試練の後に。
カイ・グランツは、一撃入れられたのは事実なのだからと『ダメ』だと一度下した結果を撤回し、騎士団の判断次第で『神鎗』の承継に異論なしということを告げていた。
しかし、そのカイの報告を受けて設けられた会談の場で、『神鎗』の名を引き継ぎ魔神狩りに参加する意思を改めて問われた際に、ロビンは辞退を申し出たのだ。
当初、この話を持ち掛けられた時は自身の存在意義を見出したつもりになって、大恩あるグレイシアへの恩返しのつもりで、確固たる意思を以て臨んだつもりだった。
しかし一連の試練を経て、自身には自負するほどの力が伴っていないことに気付かされたのだ。
『神鎗』の名を受け継ぐには、まだ力が足りていない。
無論、魔神が一度到来してしまえばそのようなことを言っている場合ではなくなる。
幸い次なる魔神の出現までは時間があるとの予見であったので、それまで一層自身を鍛え上げ、自他ともに相応しいだけの境地に至れたその時に、改めて『神鎗』の名を継がせてもらえるように、図らってもらった形だった。
「というわけですので。……今回、あなたの胸を借りられて、よかったと思っています」
聞いているのかいないのか、なんの反応もないために判断がつかないが、義理を通すことで様々なものがつっかえていたロビンの胸のうちを吐き出せて、すこしだけ胸がすいた気がした。
「オレは仕事で立ち会っただけだがな。ハッ、騎士団って連中は律儀だなどいつもこいつも。理解できねーぜ」
言葉だけであればトゲしかないが、その言葉にはどこか寂寥感にも似た感情が見て取れて、ロビンは思わず呆気に取られてしまった。
思い出してみれば、『剣聖』アンジェリカも、第一師団長ジャックも、六賢人フェデリコも、騎士団の実力者たちはカイ・グランツという人物について語る際にどこか含みがあるように感じられた。
いま目の前にいる本人もそんな様子で、ロビンはカイ・グランツがいったいどういった人物なのか興味が膨れ上がってきていた。
「ま、オレにはもう関係ない話だ。精々頑張りな、未来の『神鎗』サマ」
気付けば入店待ちの列のほとんどが消化されていて、カイが入店する番になっていたようだった。
手をひらひらと振った大柄なシルエットが店のなかに吸い込まれていったが、なにやら入口で悶着をしている様子が外からでも窺える。
そうこうしないうちに、すぐさま仏頂面のカイが店の外に出てきてしまった。
「あの、なにがあったんですか?」
「ケッ。因果なモンだ。なかに入るなりカタギじゃねーだろと店員に因縁つけられて、傭兵だっつったら『以前店のなかで希望の品が売り切れてたからって暴れたバカがいるから傭兵は入店お断り』だとよ。こっちゃ初来店で、しかも外で長いこと待たされたっつーのによ。ツイてねェにも程があるぜ、クソ」
不機嫌そうに愚痴をこぼす強面を前に、ロビンはすこしだけ思案した。
店のなかから次の客の入店を促す身振りが見え、すぐに応じることを同じように身振りで返すと、踵を返して列から外れたカイに向かって声をかけた。
「あの、すこしお待ちいただければ、わたしが一緒に買ってきましょうか? コーヒー」
振り向いたその顔は、相変わらずの凶悪な人相ではあったが表情がなんというか、すこしだけ間の抜けたような表情で、ロビンはそれが見られただけでお節介を焼いた甲斐を得られたような気がした。
自身の分のサンドイッチの包みとコーヒーの茶豆が詰まった袋を持って退店すると、すぐ近くに壁にもたれてカイが待っていた。
「いやすまんな。助かった」
先程までのツンケンとした突き放すような態度とは打って変わったその様子に、ややもすると気持ち悪さを感じてしまうが、それがカイ・グランツという人物の社交的な気質なのかもしれなかった。
袖触れ合う程度の相手には愛想のひとつもないが、なにかしら小さなことでも世話を受ければ態度は幾分も和らぐ。
意外なところで見えたカイの人間くさい部分に、ロビンは謎の達成感を得ていた。
袋を渡しながら歩き始めると、歩調を合わせて並び歩くことになった。
「いえ、ついででしたので。それにしてもコーヒーって袋詰めの状態でもすごい香りですよね」
「ああ、そうみたいだな。マギーのババアから聞き出した甲斐があったぜ、クソったれな日々の些細な楽しみがひとつ増えた」
「マギーのバ……って、マーガレット様のことですかっ? あ、あなたいったい……」
六賢人とは、言うに及ばずアースグラードにおける最高権力者だ。
実務を執行するのは政務院だが、あらゆる決議は評議機関である六賢人を以て決議を採り、下達される。
その六賢人に対してババアなどと悪態つける人物がいったいどれだけいるだろうか。
試練の際に、カイがマーガレットやフェデリコと近しい距離感で話し合っているのを遠巻きに見ていたが、カイ・グランツがどんな人物なのか一層気になってしまう。
絶対に『一介の傭兵』などではない。
「いったい、何者なんですか?」
口をついて出てしまった疑問。
答えは返ってこないものだと思っていたが、意外にも先程より上機嫌になり心なし弾んだ声音で、にやりと絵にかいたようなあくどい笑みを浮かべてカイは答えた。
「オレのことを知りてェのか? そうだな……なにから語るか。そう、かつてオレはしがない『勇者』で、金獅子の騎士団の端くれでもあった」
「……え」
「魔神の腐った右腕から産み落とされたオレはこの身に『龍殺し』の力を宿し、世界を滅ぼす使命と世界を救う任務の狭間で大いに葛藤し――」
「……あの、からかってます?」
「ククッ、どうだと思う?」
「からかってますよねぇ!」
愉快そうに笑うカイに対して、ロビンは声を荒げる。
どうにも軽んじられている気がした。どこかで関係構築を掛け違えてしまったのだろうか。
「オレのことはさておき、だ。今日は世話にもなったから教えとく。オレは世辞は言わないし忖度もしない。あの時のオマエの動きは間違いなく良かったし、『神鎗』たりえるとオレは思った。大まけにまけて、足許に縋りつくくらいのモンだがな」
そう言うと、カイはやはりにやりと笑う。
どうやらそれは彼の素に近い仕種だったようだ。
「見込みがあると思ったから『未来の神鎗』と呼んでやった。あまり卑屈になる必要はねェと思うぜ? ま、もう一度言うが精々頑張りな。オレもオマエみたいなお節介は嫌いじゃない。傭兵組合に話を通してくれりゃ、暇な時は手合わせしてやる」
それだけ言って、カイ・グランツは手をひらひらと振って人混みに紛れて行った。
気付けば騎士団の屋舎の近くまで来ていたようで、ロビンは立ち止まってその姿を見送った。
短い邂逅ではあったが、カイ・グランツの人となりをすこしだけ理解できた気がした。
総じて、変な人物という評価だ。
外見から受ける印象が強すぎるが、踏み入ってみるとまた違った性格をしている気もするし、では付き合いやすいかといえば決してそのようなこともない。
不思議な知り合いを得たなと左右に首を揺らして宿舎へと向かいながら、ロビンは唐突にあることに気が付いた。
「あ。……コーヒーのお金、もらってません!」




