Ep.16 『ロビン・エインズワース』
――どうするつもりか、とは聞いたが。
あまりにも展開がはやすぎた。
聞くより見せた方がはやいとのたまったフェデリコのツルの一声で、第一師団長ジャック・ブリングを筆頭に屈強な男たちに担がれ、あっという間に場所が変わって。『金獅子の騎士団』の本拠。
乱雑に運び込まれて、投げ出された屋舎の中庭で模擬戦用の真剣を手渡され、衆人環視のもと、手合わせを強いられることになってしまっていた。
「クソが。なぜこんなことに……」
目の前には、その身の丈を超える尺の斧槍を構えるひとりの少女。おそらく彼女がロビン・エインズワースだろう。
肩ほどまでの長さに切り揃えられた褐色の髪がそよかぜに揺れ、その気の強そうな瞳に意志の光が灯る。
なるほど、気概はありそうだ。
「なあ、オマエ」
「オマエ、ではない。ロビンだ。ロビン・エインズワース」
「その名前、紛らわしいんだよ……。じゃあロビン、ひとつ聞くがテメェは『神鎗』を継承するってコトがなにを意味するかちゃんと理解してンのか?」
手渡された模擬戦用の真剣を軽く振り回しながら慣らしつつ、若すぎる少女へと話しかける。
普段愛用している剣と比べてあまりに軽すぎて、なかなか重心が定まらない。
「もちろんです。身寄りのなかったわたしに居場所をくださったグレイシア様を目標として、これまで生きてきました。いまこそ、我が母であり、姉であり、師であるグレイシア様からいただいた恩義に報いる時。僭越ながら、わたしが『神鎗』を継がせていただきます」
「そうかい。口先だけじゃないことを祈るがな」
ロビンは舌戦を求めているわけではないようだ。それだけ言うとまた深く斧槍を構え直した。
カイが視線をちらと外野へ向けてみると、居並ぶ騎士団員のほとんどは若く、得体の知れないカイが『神鎗』の試練に適切な人選なのか訝しむような目をしているように感じられた。
列の上手側までいけばいくつか見覚えのある顔もあり、違う雰囲気をまとっている。
特に強烈なインパクトのあるフルプレートアーマーは呑気にもお上品に手をひらひらと振っていた。
賓客席には良い見世物が始まるとでも言いたげな表情で開始を待つマーガレットを筆頭に、六賢人が居並ぶ。
そのなかにはカイがこの都市でも最も嫌いな顔――六賢人直下の政治機関、政務院宰相であり六賢人の末席に並ぶテオドール・クレインもおり、一瞬のうちに嫌な気持ちにさせられた。
どうやら引きこもりの神秘学術院の総帥と、神殿の神官長は出席していないようだった。
神殿勢力はいまだ心身ともに体調の優れないと噂の『聖女』をケアするために人を寄越していないのだろうと察せられる。
神秘学術院は、そもそも外向きのイベントに出張ってくることがほぼないためいないのも必然と言えよう。
例外を除けば、六賢人の大部分がこの場に集結していた。
それだけ、次代の『神鎗』のお目見えが重要なイベントだということだろう。
「――これも言っておく。最初から本気でこい。殺すつもりでな」
これは、完全にカイの老婆心からの発言だった。
試される側に逆に試されるのは単純に癪であったし、それ以上に失望させてほしくなかったためだ。
『神鎗』の名は、軽くはない。
カイの忠告に対して、ロビンからの返事はなかった。
代わりに、ごくりと唾を呑む音が大きく響く。
カイは無造作に構え、ロビンは低く姿勢を取る。
野暮な審判など存在しない。
カイから仕掛けるつもりはなかったため、ロビンの準備が整い次第開始される見込みだ。
数秒、数十秒。あるいは数分経っただろうか。
やがてロビンの呼吸が読めなくなり、流れが止まる。
仕掛けるタイミングを悟らせないようロビンが自身の生体を制御している。
(若さのわりには落ち着いている。まずは合格。お次は――)
目は離していなかった、だが一瞬で視界から消えた。
速い。
「スピードは悪かねェ……が」
カイの右腕がしなり、剣が振るわれる。
明確な意図を持ったその軌道が、硬質な音を伴ってぶつかり合う。
衝突したのはカイの剣と、一瞬姿をくらましたロビンの持つ斧槍だ。
金属同士の激しいぶつかい合いによって生じた火花がまたたく。
奇襲をいともたやすく受け止められたロビンの双眸が驚きに見開かれる。
(――止められた⁉ 完全に死角をついたつもりだったのに……)
力で押しても微動だにしない。
それもそのはず、体格的にはロビンよりもはるかに巨大な体躯を持つカイを相手に力押しで勝てる見込みは薄い、そう判断したからこその奇襲だったのだから。
しかし、完全に仕留めるつもりで放った一撃が見切られことによって一瞬の動揺が生まれ、判断が遅れてしまった。
力押しを試す暇などない、すぐさま距離を空けて次を見るべきだった。
そして、カイはその一瞬の隙を見逃すほど甘くはなかった。
ロビンの握る得物、斧槍はその先端部に槍の穂先と斧の刃を兼ね備えている。
『突く』と『切る』を両立する設計だが、ただでさえ威力を発揮するための長さと実践に耐えうる丈夫さを実現しようとすると、かなりの重量になってしまう。
そのうえ斧の刃もついているのだから両手で扱うことを前提として考えても、重量過多の武装といえた。
ゆえに工夫として、斧の刃部を耐久性を残しつつ『肉抜き』することによって重くなりすぎることを緩和する工夫がなされていた。
その肉抜き部分――刃に空いた空洞部に、カイは剣を刺し入れてロビンの斧槍を絡め取ると、その剛力に飽かせて弾き上げた。
ロビンもこれまで絶えず鍛錬を続け、槍の柄に血が滲むほど振り続けてきた。
ずっと振るい続けてきた得物を迂闊に手放すことなどありえない。
それはもはや『持っていかれた』と言った方が正しい。
空になった両手に激しい痺れが走り、ロビンの端正な顔が歪む。
無理に手元に斧槍を引き留めようとしていたら関節や腱を痛めていた可能性が高い。それほどまでに相対する男の腕力が規格外だということだ。
武器を失い徒手となってしまったロビンは反射的に大きく後退り、勢いを制御するために低姿勢のまま着地した。
離れた位置に、打ち上げられた斧槍が遅れて落下し、がらんと大きな音を立てて転がる。
静寂が場を支配する。
剣を手元に引き戻し悠々と立つカイと、武器を失って逃げるように距離を取るロビン。
形勢はその場にいるだれが見ても一目瞭然だった。
「ダメだなこりゃ。甘っちょろいにも程がある」
静寂を破ったのはカイだった。
借り物の剣の、腹の部分を肩に担ぎ、大きく嘆息していた。
その目には落胆と失望の色がありありと見えた。
「なっ……!」
慌てて立ち上がったロビンを無視して、カイは六賢人たちが居並ぶ方向へ首を向けると吼えるようにがなりたてた。
「コイツは使いモンにならねーな。すくなくともあと10年は鍛えてやれ。いまのまま魔神狩りになんか駆り出したら惨めに死ぬだけだ」
「ふむ……それはまことか?」
カイの報告を受けて、フェデリコが平坦な声で確認の言葉を返した。
このままでは、ロビンの宿願は果たされないまま終わってしまう。
「おっ、お待ちください! まだ、まだ終わっておりません!」
身を翻して地面に落ちた斧槍を拾い上げると、再び構え直してロビンは顔を上げた。
睨みつける先は、カイ・グランツその人。
凶悪な相貌でつまらなさそうに舌打ちをすると、男は後頭部をがりがりと搔きながら息を吐き出した。
「オレぁ言ったはずだぜ? 最初から本気で殺しにこい、とな。それがアレだってんなら、もう終わりだ」
「ッ……!」
「オレの役割はオマエが『神鎗』に相応しいか否かを見極めること。そしてその答えはもう出た。文句があるってンなら力を示せ」
突き放すようなカイのその物言いに、しかしロビンは言い返すことができなかった。
たしかにロビンは先程の奇襲で先手を取った動きは、本気で殺すつもりの攻撃とはいえなかった。
いくら自身の力を示す試練のためとはいえ、一介の傭兵に対して騎士団の一員たる自分が殺意を込めて本気の一撃を打ち込むなど言語道断と思ったからだ。
そのうえ、ロビンにも事情がある。そうやすやすと本気を出すわけにはいかない理由が。
しかし、これではっきりした。
目の前にいる相手は強い。侮っていたつもりはなかったが、結果的には低く見積もってしまっていた。
本気を出すべき場面があるのならば、それはいまを置いてほかにないだろう。
「失礼いたしました。改めて、いま一度胸をお借りしたく思います」
「断る。二度は言わん」
その言葉はにべもない。
しかし、ロビンはくじけない。
『二度は言わない』。つまり、答えはすでに提示されている。
『力を示せ』。それが彼の求める答えということ。
ロビンは構えをゆるめ、自然体で立つ。
一見して無防備。戦いの最中に取るべき姿勢ではない。
だが、その様子を見てはじめて、カイ・グランツの瞳に興味の光が灯った気がした。
ロビンの意識が『外側』へと滲み出していく。
草木のさえずり、熱のこもった青い空気、土を踏む音。
そういった世界を構成する色々なものと意識が通じ合った時、ロビンの『内側』へ、じくりとあたたかな感覚が流れ込んでくるのだ。
「ほう……。気配が変わったな」
カイが剣を構え直した。
試す価値を見出されたということだ。
ロビンには魔法や魔導といった技能は扱えない。
湧き上がる力の源泉は、彼女の出自に由来するものだ。
ロビンは耳長族――一般的にはエルフと呼ばれる種の混血だった。
エルフに代表される自然と共生する種のみに許される『妖精の祝福』。
神に愛されたとまで言わしめた『神鎗』の神業に凡百の者が近づくことは叶わない。それでもロビンが後継者と目されるまでに至れたのはその祝福の助けがあってこそだった。
力が全身に充足していく。それまで以上に満ち溢れていく。
行き場を求めてみなぎるその力を、さらに引き絞り溜め込む。
再び斧鎗を構えた。姿勢は低く、重心の動きで意図のその先まで読まれないよう慎重に。
こうして見てみると、隙だらけに見えた相手の構えに合理性を越えた凄みを感じられた。
カイ・グランツ。一介の傭兵と聞いてはいた。『龍殺し』という名もまことしやかに囁かれてはいたが、相対するまでは想像もつかなかった。
しかし一撃交えた後であれば判る。
そして一撃交えねば判らぬ己の蒙昧さにも、否が応にも判ってしまう。
甘いと言われても仕方がない。
この失態を取り返すのは、ここからだ。
「ゆきます!」
音を置き去りにして、風と共に駆ける。
「面白くなりそうな気がしていたが、それだけか? 同じことの繰り返しじゃ芸がねェ」
カイが呟く。
たしかにその通りだ。先程よりも動きも細かく入れたフェイントも鋭さを増しているが、やっていること自体は同じ。
ロビンにはその上をいくことが求められている。
(それなら――)
一度目よりも深く踏み込み、懐へ入っていく。
そのまま刈り取るつもりで放った一撃は、またしても超人的な反応によって防がれた。
「鋭くはなったがそれだけだ」
斬り結んだ互いの刃が火花を散らす。
一度目と違うのは、完全な拮抗ではなかったこと。
(いや、これは……”ずらし”たのか?)
互いの刃の芯が食い合っている状態ではない。
ロビンの斧槍の刃が芯を外している。
カイは違うことなくぶつけたはずだったが、ロビンの狙いはそのずらしにこそあった。
「ハッ!」
互いの刃が衝突したその瞬間、ロビンのさらなる一手が放たれる。
薙ぐような軌道を描いてカイへと迫った斧槍は、鍔迫り合いの形から突きへと変わる。
当然そのまま穂先で突いたとてカイに命中するわけではない。
突きの姿勢から、鋭く引き戻す。カイの剣を斧に引っかけるようにして。
「――ハッ、手癖の悪いヤツだ」
斧の刃、手元側の反りの部分を鉤として引っかけられたカイの剣が軋みを上げる。
そのまま抗えば折れてしまう、その間際にカイは手首を反らせて剣を傾けて剣先を逃がした。
耳障りな擦過音が金切り声のように悲鳴を上げ、互いの武器がすれ違う。
あまりに精密な動作を瞬発的に行うその様は間違いなく人の域を超えている。
この一合を見ていた者たちのなかで、一体どれだけの人数が、何が起きたのかを正確に認識できていたであろうか。
(まだだ――まだ!)
ロビンはさらなる一手を放つ。
カイの体勢は崩れている。構えも乱れている。
畳みかけるように、攻めあるのみ、だ。
突く。突く。突く。
とにかく突きを放つ。
遠心力を利かせた斧による一撃の方は威力が見込めるが、『妖精の祝福』による力の増幅を以てしても防がれた。
それならば、速さを極めた突きで攻める。
『神鎗』の足許にも及ばぬ稚拙な技だ。『妖精の祝福』も、取ってつけたような斧による攻め手も、至らぬ技術と経験を補うための小細工にすぎない。そして小細工を弄したとしてもはるかに及ばない。
それを自覚していたうえでなお、挑まずにはいられない。
それがロビンの、『エインズワース』の名を背負う覚悟だった。
「はあああああああああっ!!」
「――ッ」
激しい攻勢を、カイは防ぎ続ける。
剣で弾き、急所を避け、まるで決定打に至らない。
しかし、度重なる打ち合いの末に、ロビンはその優れた視力によって勝機を捉える。
(――そこっ!)
猛追する突きの乱打を切り上げ、いま一度渾身の一撃を振るう。
すべての力を余すことなく乗せた横薙ぎの一振りが、カイの剣とぶつかる。
ピィ―――ン。
甲高い音と共に剣が折れる。
多少勢いが削がれたが、それでも重量を乗せた斧槍がカイ・グランツを捉えた。
巨体が吹き飛び、土煙を巻き上る。
圧巻の一幕にだれもが、ロビン自身さえも含めて呆然と時間が過ぎる。
沈黙が再び、帳を下ろす。
その静寂を破るのは、やはりカイだった。
「……いまのは、まあまあだった」
斧槍による一撃が直撃してなお深手を負った様子のないのはどういうことか、理解が及ばないが、それでも一撃入ったことは事実。
痛みに表情を歪めるカイを前に、歓声が上がる。
疲弊しきったロビンは膝から崩れ落ち、倒れ伏した。
(わたしは、グレイシア様にすこしでも近づけただろうか……――)




