Ep.15 試金石
時はすこし遡り、傭兵組合にて――。
機密性の高い依頼について伝達するための個室に誘導されたカイ・グランツは、扉の取っ手を掴んだところで止まっていた。
「オレだけ、だと?」
「ハイ。ご面倒をおかけして大変申し訳ないのですが、今回ばかりはグランツ様だけ、入室が許可されております」
「チッ。いよいよ面倒だな……。このまま帰っちまうか」
「おやおや、ここまで来て帰るだなんてとんでもない。組合にも面子があるでしょうし、そんな選択肢は普通に考えてナシだと思いますけどねぇ?」
振り返ったカイの行く手を阻んだのは、デリオラだった。
その眼鏡の奥には弓なりになった目が愉悦に輝いていて、性根の悪さがありありと現れていた。
「いい性格してるぜ、クソ眼鏡ヤロー」
「そう褒めないでください。ほらほら、皆さまお待ちのようですよ?」
内側から開かれたその個室のなかには、すでに先客がいて三人の老人が腰をかけていた。
その周りには数人の武装した男たちがいて、つい先日似たような光景に遭遇した記憶がカイにはあった。
「後で覚えてろ!」
「さてさて、今日のところは残念ですが、我々はここで解散ですかね?」
「おー」
「ダル―。独りでなんかいくっかなー」
薄情な三人は早々に解散ムードで散り散りになっており、カイだけが引きずり込まれるように部屋のなかになだれ込んでいった。
促されるままにただひとつだけ空いていた席に座ると、すぐさま横から黒い液体が湯気を立てるカップが差し出される。
適当に文句をつけてさっさと帰るつもりだったカイは無視を決め込む姿勢でいたが、ふわりと漂うかぐわしい香りが鼻腔をくすぐり、ついつい誘惑に負けて口をつけてしまっていた。
「うまい」
つい口をついて出た感想の後に我に返り、反射的に顔を上げると、そこにはにやりと笑う老婆の姿があった。
マーガレット・マレフィセレナ――六賢人のひとりで、『偉大なる魔女』と呼ばれる魔法師の権威。
自身が最高顧問を務める魔法師育成機関、『塔』の所属外の魔法師を相手にする場合や、『塔』以外の勢力が一同に会する場合などは余所行きのかしこまった立ち居振る舞いで、厳めしい老婆としての一面を見せる。
だが一方で、閉鎖的な関係性の相手に対しては常に底意地の悪い笑みを浮かべて悪戯っぽい言動をする年齢不相応な一面も持ち合わせていた。
「アンタの口に合うと思っていたよ。最近アタシもハマっている茶でねぇ。あんまり飲み過ぎるモンだからハンナにも咎められていてね」
からからと笑う老婆の横で、若い女が長く垂らした前髪をぶら下げながら会釈をしていた。
たしかに、強烈な苦みとその陰にかすかに走る渋み、そしてそれらの香味が後に残らずすっと引いていき爽やかな後味が飲みやすくてカイにとってかなり好みに近い茶の味だった。
それとなにより、香りがよい。急いでがぶがぶ飲まなくとも、付近に漂う香りと余韻だけで十二分に楽しめるのは素晴らしい魅力といえた。
「チッ。してやられたな……。で? アースグラードのお偉いさんが雁首揃えていったい何の用だ?」
なんのもてなしもなく話を切り出そうものなら一蹴して即刻退席を決め込んでやろうと思っていたが、初手でここまで好みに刺さるものを出されては、カイとしては話くらい聞かねばならない。そして、購入店を聞きださなくてはならない。
席につく三人の老人は、いずれも六賢人に名を連ねる者たち。
魔法師育成機関『塔』の最高顧問、マーガレット・マレフィセレナ。
魔導研究機関『魔術研究院』の最高責任者、クリストフ・グランデール=カプトデュラム。
人類の盾『金獅子の騎士団』の重鎮、フェデリコ・ヴァルディ。
いずれも、カイ・グランツにとって良くも悪しくも縁のある人物たちだった。
「魔神狩りの件なら何度も断ってるだろ。答えは変わんねーぞ」
「その件についても改めて打診したいとこだが……今回は別件さね」
マーガレットが 舌打ちを隠しもせずにのたまう。
「……フェフェ。おまえさんのとこの問題だ、おまえさんが説明せい」
「フン。その呼び方はやめてくだされ。もちろん、私が務めさせていただく」
続けて、クリストフとフェデリコが掛け合った。
マーガレット、クリストフが背もたれに深く身体を預けて楽にしているのに対して、フェデリコのみが前傾になってカイの顔を覗き込む。
武器を振り続けた者特有の、厚いグローブのように膨れ上がった手から伸びた不格好な指をテーブルに突き立てて、説明を始めた。
「先ずはカイ・グランツ。久しいな。息災であったか」
「まずまずだな」
「それは何よりだ。さて、これ以上の形式的な挨拶は割愛させていただく。本題だが、我々は『神鎗』の継承者を選出することにした」
その言葉に、茶をすするカイの手がぴたりと止まる。
カイの泣く子もさらに泣き出す三白眼と、フェデリコの切れ味鋭い視線が交差する。
「余計な口出しと判っちゃいるが、ソイツはちと気が早えんじゃねェか? ついこの間、国葬が執り行われたばっかだろ。なにをそんなに急いている?」
「グレイシアのことはどれだけ時が経とうとも悔やまれぬ日はこない。それはそれとして、次なる魔神がいつ出現するかも知れないいま、戦力の立て直しも急務だ」
「名ばかり残して実際の人間を挿げ替えてそれでこれまでと変わりませんだなんて、そうカンタンにゃいかねーのが”人”ってモンじゃねェのか? 『勇者』のヤツはそれで納得してンのか?」
「貴様に言われんでも判っている。そうカンタンな話ではないが、だからといって時間が解決してくれるのを待つわけにもいかないのが実情なのだ。『勇者様』もいまはふさぎ込んでいらっしゃるが、納得してくれよう」
「ケッ。『納得している』じゃなく『納得してくれるだろう』かよ」
――気に喰わない。
戦力が落ちるのをなんとかしたいのであれば、新たな有力人物をただ登用すればいいだけだ。
わざわざ『神鎗』の継承者などといって、故人の名誉さえ利用する打算は看過しがたい。
とはいえ、真っ向からそう言えば、『じゃあおまえが参加しろ』と言われるのが目に見えているので、ちくりと一言刺すに留めた。
「それで? 話が見えてこねェな。オレにいったいなにを期待してやがる?」
「『神鎗』を受け継ぐ候補はすでに見えておる。グレイシアが個人で出資していた孤児院の出の者で、名をロビン・エインズワースという」
カイにはその名前に覚えなどなかった。
エインズワース、というとヒントなしでは『神鎗』の隠し子かとも思っていたかもしれないが、グレイシアの孤児院――エインズワース孤児院の出ということであればある程度推測は立った。
「その者の実力についてある程度は我々も把握しておる。だが、今一度かの者の”本気”が見たい。貴様の言う通り、お飾りの『神鎗』の世話を『勇者様』に押し付けるつもりはない。果たしてロビン・エインズワースが『神鎗』足りえるか、貴様に試してほしいのだ」
若輩の試金石となれ、と。
つまりはそう言いたいわけだ。
実のところ、この件はカイにとってもまったく興味がないわけでもない。
騎士団の有望株、というだけであればどうでもいい有象無象と変わらない。
だが、『剣聖』や『神鎗』といった名声は、カイにとっても一目置く存在だ。
その称号の後継者候補となれば、どのような人物なのか関心を持つのも当然といえた。
「……話は判った。で? 試す、つったって、どうするんだ?」




