Ep.14 『神鎗の継承者』
――金獅子の騎士団。
アースグラードの中枢に拠点を置く、最大規模の武装集団。
紀元に端を発する、『初代勇者』を象徴とする金獅子のシンボルを戴く彼らは、アースグラードひいては人類の『盾』と称されることもしばしばある。
その役割は様々で、主だったものだと都市内部の治安維持から六賢人を初めとする要人らの警護、都市外縁部の駐屯地間の警邏と魔物襲撃時の防衛などなど。
親類の死去などによって孤立した子どもたちや女性、不自由を抱えた男性などを支援する扶助施設なども複数営んでいる。
特に傑出した力を持つ者は当代の『勇者様』の魔神狩りに同行しこれを助けるといった慣例もあり、それもまた騎士団の役割と言えた。
『剣聖』を排出する騎士団と『聖女』を擁する教会は特に密接な関りがあり、人類を心身ともに支える二大勢力とも言える。
そんな金獅子の騎士団は、都市中枢の一等地に本拠を構えていながら、その建物は驚くほどに質素だ。
規模こそ入団を志望するものたちの増加に合わせて近年増築が成されて大きくはなったが、内外共に装いは簡素なものだった。
訓練のために建物と同じくらいの広さの中庭があり、近日そこでとある催しが行われる予定であった。
「緊張しますか? ロビン」
ロビン、と呼ばれたのは少女であった。
褐色の髪は肩ほどの長さで丁寧に切り揃えられていて、年若いながら利発さと活発さの両方を兼ねた印象を与えている。
面立ちはきゅっと吊り上がった眉と眦、鼻筋が通っていて勝気な気質を窺わせる。
いまは表情が強張っていて、かけられた言葉の通りに緊張しているのが見て取れた。
「アンジェリカ様……はい。すこしばかり、緊張しております」
ロビンに声をかけたのは、上から下まで白金の輝きを放つフルプレートアーマーを纏った人物だった。
頭部さえ一部の隙もなく鎧に覆われているために声がくぐもっているが、それでも凛とした声音から女性であることが窺える。
アンジェリカは鞘に収めた剣を支えにするように身体の前で地面に突くと、その柄に両手を置いて一息ついた。
「無理もありません。あなたがこれから背負う重責を思えば、たとえフェデリコ様でさえ同情を禁じ得ないでしょう」
「あはは……それは、どうでしょうか……」
フェデリコ・ヴァルディは騎士団の重鎮で、六賢人のひとりだ。
いまはほかの六賢人との調整に赴いておりこの場にはいないが、ロビンとしては身内からの評価として甘く見ても、『偏屈な老人』といった人物だった。
伝統と格式をなによりも重んじる彼ならば、騎士団の負う責務と誉れある任を受け継ぐ此度の儀式を前に緊張していますなどと言おうものなら厳しく叱責されるのが目に見えていた。
「あの……アンジェリカ様?」
「はい? どうしましたか」
「息遣いがその……荒い、ような気がするのですが……。息苦しいのであれば、せめてアーメットだけでも脱がれては?」
「ああ、心配は無用です! 騎士たるもの、常在戦場を心掛けるもの! これしきなんということはありません!」
がちゃがちゃと重々しい音を立てながらも大仰な身振りで力強く語るアンジェリカ。
(はぁ、ふぅ、と苦しげに息継ぎしながら言われてもなぁ……。このお方がこういう人だって判っていたつもりだったけど、なんだか日に日に悪化している気がする)
常在戦場、その言葉はロビンが知る限り、昔から、それこそアンジェリカ・シーリーという人物がオルブライトの名――すなわち『剣聖』の称号を賜る以前から声高に叫んでいたというのは騎士団内でもかなり有名な話だ。
フルプレートアーマーを平時から装備し、人前では滅多なことでそれを脱ぎ捨てることはない。
彼女に従騎士がつく前はどのように日常生活を送っていたのかは団員たちの間で様々な憶測がまことしやかに囁かれているほどだ。
しかし彼女も人間であることに変わりはない。
食事を採る必要があるし、水分だって失われた分を補給せねばならない。
『勇者様』が現れ、魔神狩りに同行するようになる前まではほかの団員と共に食事を採ることもあった。
ロビンが一度同席できた時は、色というものをどこかに置き忘れてきたのではないかというほどに色白で、細くしなやかな体躯はまるで普段フルプレートアーマーを着込んで活動しているとは思えないほどに薄く見え、影武者なのではと疑ってさえいた。
いまは魔神狩りも一旦の落ち着きをみせ、彼女も都市のなかで生活を営んでいるはずで、団の屋舎にも頻繁に顔を出しているのだがこれまで以上に彼女はその鎧のうちを見せなくなった。
きっかけはおそらく――剣聖アンジェリカ=オルブライトにとって唯一無二の親友であり、また終生の好敵手であり、そして背中を預け合った仲間の死去。
『神鎗』グレイシア・エインズワースが遺していった痛みは大きい。
ロビンもまた涙が枯れるほどに泣き、よすがを失ったに等しき悲嘆に暮れていたが、彼女のその心中は他人がおいそれと図り知ることはけしてできない。
国葬が盛大に行われ、都市に生きるすべての人々が惜しみつつも見送ってくれたことがすこしでも慰みとなればよいのだが、グレイシアに近しかった者ほどそうすぐに前を向くことは難しいだろう。
とまれ、アンジェリカの変化がどこに起因するものなのか推して知るべし、そしてそのことにいまは触れるべからず、というのが騎士団全体の暗黙の了解となっていた。
この日、日差しは厳しく照り付け、動きやすい訓練用のインナーだけでも暑さに辟易するほどだ。
鎧越しにも伝わってくる苦しげな呻きを前に、ロビンはお節介と判っていても一言申さずにはいられなかった。
「緊張をほぐすために身体を動かそうと思って出てきたのですが、いろんなことが頭をよぎってそれどころではなかったのです。すこし日陰で休んでもいいですか?」
「ええ、ええ。無理はよくないですからね。もし実践の相手が必要であれば、わたしが務めますからいつでも声をかけてくださいね」
その言葉はご自身にかけられては、と思わないこともない。
アンジェリカは慈悲深いことでも有名だ。その慈悲は老若男女分け隔てなく与えられるが、ただひとりその慈悲に見向きもされない人物、それがアンジェリカ自身だった。
日陰になっている壁際へ移動すると、ロビンはひんやりとした壁にもたれて大きく息を吸う。
草木の匂いがぬるい風に乗って鼻腔をくすぐる。
都市のなかではあまり感じられない自然の香りが騎士団屋舎の中庭では感じられて、ロビンに郷愁を抱かせる。
隣に立つアンジェリカと言葉を交わさずに、穏やかな午後に身をゆだねていると、ふいにいくつか見慣れぬ人影が闖入してきた。
先頭に立つ騎士団員が、幾人かの客人を引き連れている。
客人に見知った顔があったのか、アンジェリカが先導する男性の団員へと控えめに手招きで合図をし、それに気付いた一行がふたりの下へとやってきた。
「ナシャ、エヴラール殿、ようこそ我ら金獅子の騎士団の屋舎へ。テリー、案内ご苦労様です。珍しい組み合わせですが、本日はどういった用件で?」
ナシャ――アナスタシア・ヴィーテは、肩で羽織った外套を翻して言う。
「もしかして聞いていないの? 例の件で、渡りがついたとのことよ。これから『例の傭兵』がくるからここに集まるようにって」
その言葉に、ロビンとアンジェリカの間にも衝撃が走る。
六賢人が儀式に向けて、打診していた『試練』。
ロビン・エインズワースが『神鎗』を受け継ぐための試練が行われるということだった。




