Ep.13 『招待状』
広大な調練場で、衆人環視のなかで、カイ・グランツは途方もない居心地の悪さにただでさえ誤解の生まれやすい人相の悪さがどんどんと険しくなっていく。
対峙するのは、その身の丈よりも長大な槍斧を構え、臨戦態勢に入る少女。
気分が悪い時は、巻き起こる出来事もまた悪い方向へ悪い方向へと導かれていくと相場が決まっている。
カイは我が身に降りかかった面倒ごとにどうしても得心がいかず、やおら天を仰いだ。
「クソが。なぜこんなことに――」
時間はすこしだけ、遡る――。
いつものように、カイは日銭を稼ぐために傭兵組合に顔を出していた。
頼んでもいないのにぞろぞろと連れ立って(少なくともカイ自身は一緒にきてくれと言ったことは一度もない)いるところもまたいつも通りの風景だった。
「カイ~? 『フランメル』の新作のバッグが出んのよ、実入りがいいヤツをいっちょお願いネ?」
「知るかボケ」
「お~」
「リル、テメーはまず自分の足で歩け」
スヴァルジェリヴルーー通称『ヴル』が手鏡を覗き込みながらうわのそらで無責任なことをのたまう。
リルーーリ・ル・ロロララはカイの首元に垂れ下がり、どこまでも呑気そうな様子だ。
何も言わずに追従するデリオラ・ハインケスは、どうせにたにたと薄く含み笑いを浮かべ愉快そうにしているに違いない。
なぜだろうか。この日は朝から虫の居所が悪かった。
カイは十人が対面すれば十人が顔を引きつらせるくらいに凶悪な人相をしているが、それに輪をかけて険しい表情に見える。
いつもより眉も眦もキツイ角度で吊り上がっている気がするし、口角もへの字を綺麗に形作るほどに下がっていたし、心なしか額から頬まで走る右目のキズ痕もいつもより大きく見えた。
気が弱い者であれば視線だけで失神させられそうなほどの人相の悪さは、見るからに悪影響を及ぼしていた。
「ようこそ、お仕事をお探しで――ひっ」
「おう。なんかいい仕事はあるか?」
「あっ、あのっ、えぇっと……」
傭兵組合の依頼カウンターにて、かなり若めの受付嬢がにこやかに応対しているところへカイが赴くと、先程まで華やかだった表情が一変して青褪めてしまった。
むすっと不機嫌そうな大男が急に現れたのだ。無理からぬことだが、しかしカイにとっては少しだけナーバスになっていた。
「……カイルのヤツはいねェのか?」
「はいっ? あ、えっと、カイルせんぱいはちょうど先程、証人として野外調査の依頼に同行したばかりでして……」
「チッ、間が悪ィな」
「ひぃん……」
いまにも泣き出しそうな受付嬢を前に、なにもしていないのに罪悪感に苛まれる。
こういうことがよくあるために、男でありながら手当金のために女装して受付嬢業務までこなす変人のカイルがいる時は、何事にも怯まない胆力を持ち合わせたカイルの受け持つカウンターを狙って入っていたのだった。
「あら、グランツ様」
受付嬢がついには涙目になり始め、なだめすかせるためにどうしたものかと後頭部をガリガリかいていると、奥から助け船を出す存在が現れた。
カイルよりもさらに長く傭兵組合に勤め、過去には受付嬢をやっていた女性だ。
いまはより上の役職に就き、稀に証人を務めたりもする……といったような人物だったように記憶していた。(カイは結構いい加減な記憶力をしていた)
「おう、いいところに。なんとかしてくれ」
「フフ、いいところに、はこちらのセリフね。グランツ様宛てにちょうど指名の依頼が入っているわ。あちらで話をさせてちょうだい?」
「あァ? 指名だ?」
「そう睨まないで。フィオが泣いちゃうわ」
指名の依頼はかなり珍しい。
通常、傭兵組合に寄せられる依頼は魔物の駆除やら私人の護衛やら、言ってしまえば見合った腕っぷしさえあればそれを遂行する者が誰であったって構わないものだ。
指名で依頼を出すのはそれだけ余分に金もかかるし、余程面倒臭い条件が課せられたりそもそもの内容が相応に困難だったりする場合が多い。
カイの経験上、ロクなことがないのが判りきっていたため、自然と眉間に皺が寄ってしまっていた。
より一層険しくなったカイの表情を前に、受付嬢はいまにも泣き出しそうだ。
「アンタさぁ、顔面凶器なんだから。ちゃんと自分の顔がどんなか自覚しな?」
「女性を泣かせてはいけませんよ」
「うるせェ、茶々いれンじゃねーよ! チッ……わーったよ。アッチの個室だな」
明らかなアウェー感にお手上げといった様子で、カイは観念したように女性が指し示した奥の部屋へと視線を向けた。
指名の依頼というだけで気が向かないが、この場で話を進めようものなら間違いなく悪評に繋がりかねない。
ただでさえごろつきと間違われやすく、風聞の悪いカイにとってこれ以上肩身が狭くなるもの困りものだ。
駄々をこねる子どもをあやすのは得意なんだがな……と内心ひとりごちた。
泣かれては大の男として立つ瀬がない。
カイは焼石に水と判っていながら、フィオと呼ばれた受付嬢の前にひとつの包み紙を差し出した。
「コッチは失せるからもう泣くな。コイツは詫びだ、くれてやる」
「え……あ、ありがとう、ございます……?」
「うー!」
「テメーにはさっきやっただろ。虫歯になるからダメだ」
一行はぞろぞろと奥の個室の方へと向かって行った。
残された受付嬢フィオは、その包み紙をおそるおそる指でつまみあげて、眺めた。
「あ、これ……有名店のキャンディーだ」
都市中央部の市場のさらに中心に店を構える有名な菓子店の名物だった。
清涼感のあるさわやかな甘みと保存性の良さで人気の薄荷キャンディー。
「悪い人じゃないのよね。彼らはこちらで引き継ぐわ、そのまま受付お願いね」
「は、はい」
あの凶悪な人相から、かわいらしい包みにキャンディーが出てきたギャップに思考を焼かれて、フィオは仕事が手につかなさそうだった。




