Ep.10 リ・ル・ロロララの長い一日。
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いっぱしの傭兵、リ・ル・ロロララの朝は早い――。
普段は民家の屋根の上で眠ることがほとんどのリ・ル・ロロララは、明け方、朝焼けに照らされて目を覚ます。
目が覚めたら背中がむずむずするので、ひとつ伸びをして一晩中丸まっていた身体を伸ばして、それから行動を開始する。
ぼちぼちと都市も目覚め始めていて、そこらの民家から人の気配がするようになる時間帯だが、リ・ル・ロロララは慣れた経路――民家や建物の屋根伝い、壁伝いにするすると移動していく。
たまに見かける猫や鳥にあいさつをすると、彼らはいつもびっくりしてどこかへ行ってしまう。
昔は、その度にリ・ル・ロロララの胸中に寂寞とした思いが到来したものだが、毎日繰り返すうちにそれにも慣れ、あまり気にならなくなっていた。
とまれ、彼女にとってはその光景も日常の一幕に過ぎない。
そうやって一心にある方向へ向かって行くと、やがて目的地へと辿り着く。
都市を縦断する大きな河川の、かなり川上の方だ。(リ・ル・ロロララはそこが川のどの部分と理解しているわけではなく、ただ人気のない場所を探した結果行き着いた場所がそこだったというだけだ)
中心部から離れたそこは日中は子どもたちの遊び場になっていたりするが、いまはせせらぎのみが心地よく響き、落ち着いた空間を演出していた。
川辺の木々にぽいぽいと身に着けていた一張羅を投げかけていく。
そうして裸になったリ・ル・ロロララは足の爪先をおそるおそる水面に浸してみると、ほどよく冷たい感触が伝わってくる。
以前、カイたちと依頼で北方に赴いた際に、似たような川を見つけて何も考えずに飛び込んだら身体の芯まで凍えてしまいそうなほどに冷たかったことが彼女の心の隅に残っていた。
この場所も、季節によってかなり冷たいこともある。
リ・ル・ロロララにとって大量の水が流れる川というものは長大な生き物だった。
その機嫌の良し悪しによって、リ・ル・ロロララを心地よくも凍てつかせもする、恐ろしい生き物だ。
本日はとてもちょうどいい。
彼女の高めの体温より少し冷たく、ひんやりとした感触だった。
ほっと胸を撫でおろしたリ・ル・ロロララは、おそるおそるといった様子が一変して、大胆に身体を大の字に広げて宙に身を投げ出すと、大きな音を立てて水へと飛び込んだ。
川幅はそれなりに広く、中心部は深さもそこそこある。
都市外から流入してくる境目だからか小さな魚がいて、突然の闖入者に驚いて散らすように逃げていくのが見えた。
おだやかな流れに身をゆだねると、うっかりと流されそうになる。
その感覚が楽しくて、ついつい流れては水をかき、流れては水をかき。
飽きるまで川を楽しんで、ようやく川べりへと上がると、入念に身体を震わせて、飛び跳ね周って風を切る。
そうすれば頭の先から爪先まで濡れてしまった身体もすぐに乾く。
以前、面倒でそのまま服を着たらとてつもなく着心地が悪く、おまけにその状態で『黄金のひさし亭』に向かったらカイが引っ付かせてくれなくて一日中落ち着かなかった。
気が狂いそうな経験を経て、横着することが悪いことだと覚えていた。
服を直感に任せて着ていく。
たまにぼーっとしている日は着用する順番や場所がおかしくて、やはりカイに怒られる。
この日は着用感からして問題なく着ることができたようだった。
朝の日課を終えて来た道を引き返してみれば、すっかり日は昇りはじめていて、眼下に人の往来なども生まれてきている。
いつもはこのまま中心部――天を衝くほど高い建物や壁のように大きな建物があるところを迂回して都市の反対側へいき、『黄昏のひさし亭』に向かうのだが、この日のリ・ル・ロロララは崇高な使命を帯びていた。
マーケット――都市中心部に広く伸びる市場へ向かう必要があった。
当然、市場に向かうからには購入を検討しているモノがある。
モノを購入するにはモノダネがいる。
リ・ル・ロロララは金勘定が苦手で、すべてカイに管理を任せていた。
腹が減れば『黄昏のひさし亭』にいくし、物欲とはとんと無縁だった。
価値あるモノ同士で取引するという経験に乏しい彼女だったが、今回はそれを為す必要がある。
市場のある場所は雰囲気で大体把握しているため、気の向くままにふらふらと移動をはじめた。
もちろん、屋根から屋根へ。壁から壁へ。
堅そうな恰好をしている人間が何人かまとまっていたら、要注意。
彼らはリ・ル・ロロララの一挙手一投足に目を光らせている。
見つかったら最後、ミブンがどうのホゴカントクシャがどうのと長時間わけのわからないことで詰め寄ってくる。
さながら刺客のように、影から影へと潜む。
以前、カイと共に似たような挙動をした不思議なものたちと遊んだことがあった。
なにをするにも音を立てずに行動する彼らは、リ・ル・ロロララの目にはかっこよく見えていた。
結局カイがひとり残らず寝かしつけていたが、あれ以降街中を移動する際に真似事をすることが増えた。
『堅そうな人間』たちの集団をやり過ごしてしばらくいくと、眼下に見える街並みが一気に賑々しくなっていく。
普段は人気の少ない(というかまったくない)屋根上を渡り歩いているが、建物の上には店がない。
当然だが、地上を歩かねば店を冷やかすこともままならない。
あまり騒がしくない落ち着いた雰囲気の場所を見繕って、リ・ル・ロロララは飛び降りた。
宙を舞い、姿勢を低くして着地すると、上から見た時には確認できなかった人影がいくつかあった。
用があったのはその人影を越えて、陽のあたる通りの方だったので仕方なく近づいていく。
どうやら男が数人、女を囲んでいるようだった。
「――やめてください! はなして!」
「おとなしくしろ! ちょっと声をかけただけで騒ぎ立てやがって!」
「別にそんなつもりじゃアなかったんだけどねー。オレたちも傷ついちゃったなアー」
「すぐそこに巡回兵もいるのよ! はなしてったら!」
「そいつあ困ったな……。そんじゃもっと奥の方で、ゆっくりとオレたちの釈明を聞いてもらうとするか……ん?」
「なんだこのガキ! いつの間に⁉」
「うー?」
どうやら、男たちは少々あらぶっていて、女が困っている様子だった。
男はふたり。
片方はデリオラと同じくらい背が高くて、そこそこ体格もいい。
もう片方は小柄でリ・ル・ロロララよりもやや背が高いという程度。痩せぎすで、不健康そうだ。
女は普段着のシャーリーのように変哲もない出で立ちで、特徴としてはシャーリーよりも胸がふくよかだ。
「コイツ……よく見たら女か?」
「こりゃいいや。ひとりにふたり相手させるのも酷だしな、嬢ちゃんもちょっとこのお姉さんに協力してやってくれるかイ?」
「逃げてっ! だれか人を呼んできて!」
無遠慮に差し出される男の汚れた手、女の絹を裂くような声。
処理に難儀する情報量の多さにリ・ル・ロロララは辟易としたが、なんとか推測される状況をもとに対応する。
痩せぎすの男の下卑た笑みが、なにやら気持ち悪かった。
「んグゴぁぁっ!!」
差し出された汚らしい手を肘と膝で挟み込むように打ち据え、驚愕に見開かれたその落ちくぼんだ目を目がけて拳を打ち抜く。
吹き飛んだ痩せぎすの男が、近くに集積された荷箱に埋もれて見えなくなってしまった。
「おっ、なっ……てめぇこらなにしやがる!」
激高したもう一人の男が女性の手首を掴んでいた毛深い手を放して、そのままリ・ル・ロロララへ掴みかかろうとする。
その両の腕をするりと躱して、男の太い首元に絡みつくと目いっぱい締め上げ、醜く呻く男の上半身を勢いに飽かせて地面へと叩きつけた。
引き締まった筋肉の塊であるリ・ル・ロロララの身体はカイのような大男と比べればはるかに小柄だが、勢いをつけて締め上げながら落とせばごろつき紛いのその男などひとたまりもなかった。
一瞬であらくれものたちを伸したリ・ル・ロロララに対して、残された女は一瞬怯えるように後退りしたが、すぐに自分が助かったと気付いて、リ・ル・ロロララの手を取って頭を下げた。
「勇敢なお嬢さん、ありがとうございました! どうか、お礼をさせてください!」
お礼。リ・ル・ロロララはその言葉をよく知っていた。
震える女性の手のうちから自身の手を引っこ抜き、胸元に大事にしまっていた巾着を取り出す。
なかにはカイにお願いしてもらったリ・ル・ロロララのお金がしまってあった。
お礼、それはなにかの代わりにお金を差し出すこと。
リ・ル・ロロララはそうカイに教わっていた。
不思議そうに首をかしげる女性に対して、一握りの金貨を渡す。
女性の首はおかしなことにさらに角度をつけて傾いていった。
「えっ?? なに、このお金は??」
「おー!」
そうだ、こんなことをしている場合ではない。
リ・ル・ロロララは壁を蹴って軽やかに舞うと、その女性と、伸した暴漢たちをその場に置き去りにして、表通りへと消えていった。
「……えぇ……? どういうこと?」
市場にはたくさんの看板が出ている。
しかしリ・ル・ロロララには文字が読めない。
たとえ読めたとしても、なんの店か判別がつかない。
店自体は別に市場に来ずとも都市の至るところにあるが、あえて市場まで出向いたのにはそれ相応の理由があった。
市場には露天商も多い。
外観でどの店がなにを取り扱っているのか判らずとも、商品が並んであればリ・ル・ロロララにもそれが判る。
ひとりの怪しげな男が営む露店の前で立ち止まった。
得体の知れない骨董品を多く取り扱っているようだった。
「いらっしゃい、お客さん。お目が高いね。ウチで取り扱っている品はどれも珍しいものばかりだよ」
店主は手を揉みしだきながら、自慢の逸品たちを広げていく。
「お客さん、身なりからして只者じゃあないね? 荒事の匂いがプンプンしまさあ……。どうです、たとえばコレ。身に着けると風の守りを得ることができて、熟練の暗殺者が使えば空を踏みしめ飛び跳ねることもできるとか……。もしくはこっちの薬。一たび服用すれば、短時間ですが魔獣のごとき膂力を得られるモンでさあ。クク、中毒にはお気をつけいただく必要がありますがねえ……?」
リ・ル・ロロララには、店主がなにを言っているのか理解できていなかった。
判らないのであれば、無視すべし。
あれやこれやと忙しなく話しかけてくる店主を無視して、居並ぶ商品をためつすがめつ眺め回していく。
そうして、ひとつの置物に目が留まった。
どこか古めかしい伝統工芸品のようだが、人間を模したような簡素なデザインだ。いくつかあるが、そのうちのひとつ、どこか目つきの悪いその人形がどこか愛おしく見えた。
「あー」
「えっ? コレですかい? こいつぁ、なんといいますか。あっしが手慰みで掘った駄作でしてね……。特別大それたモンでもないんで値もつけてないもんで。賑やかしで置いてただけなんですが」
「おー!」
リ・ル・ロロララはその人形を気に入った。
おもむろに胸元から出した袋をそのまま店主に渡して、人形を手に取る。
「ちょ、お客さん⁉ こんな大金……あ? い、いなくなった……? ど、どこに?」
良いモノを手に入れた。
これならばと、リ・ル・ロロララは期待に胸が膨らみ、その足取りも軽かった。
陽も傾いてきた頃、『黄昏のひさし亭』にて。
リ・ル・ロロララが勢いよくスイングドアを開けると、いつもの席にいつもの面々が座っていた。
「おうリル。遅かったじゃねェか。なんかいいモンでもあったかよ」
すこしがさついた、心地よい低音が彼女の耳に飛び込んでくる。
不思議と嬉しくなって、いつものように飛びついていく。
首元に絡みつくと、安心する匂いがした。
昼間の暴漢とはシルエットが多少似通っていても、大違いだ。
「うー!」
リ・ル・ロロララは居てもたってもいられず、この特別な日に彼女が手に入れてきた成果をカイへと差し出した。
「なんだこりゃ」
「おー!」
「はァ……? オレの誕生日? いや……別に、オレ誕生日じゃねェけど」
「……お?」
首を傾げ合う。
なにかが食い違っている。
不安げに眉をひそめたリルの眉間を人差し指ではたくと、カイは珍しく呆れたようにやさしく笑った。
「今日誕生日なのはテメーだろうが。っつってもテメーを拾った日だから暫定誕生日、だけどな」
「おー?」
「こいつぁオレの誕生日だと思って買ってきたのか? それで金が欲しいっつってたんかよ」
「うー!」
「はぁ⁉ 渡した金ゼンブ使っただァ⁉ ……ったく。しょうがねーヤツだな。ほら、じゃあオマエにゃ代わりにコイツをくれてやる」
「う?」
そういって、入れ違いにリルの手元に収まったモノ。
綺麗に装飾され、真っ赤なリボンのついた箱。
「すこしは年頃の娘らしくしやがれ」
「あ……、う!!」
「はァ~い、今日はゴチソウよ~ん!」
「作ったのはシャーリーさんで、お金を出したのは私たちですけどね」
「つまんねーコトでイキらないでねメガネボーヤ~?」
「ホラ、肉食え肉。好きだろオマエ」
次第に人が増え、騒がしくなっていく『黄昏のひさし亭』で、リルが『カイと出会った日』は、こうしてめでたく祝われていった。
リ・ル・ロロララの夜は、まだまだ長い。




