9. 続悪女懐柔作戦
「湯加減はいかがですか?」
(はぁ~香りも良いしなんて良いお湯…)
「湯加減だけは良いわね。もっと丁寧に洗ってほしいけれど」
「はっ、はいっ」
とても優しく触れてくれているメイドに心に反して文句を言うリーフィニア。
めげず次の段階に移るメイド達。
「長旅の疲れが取れるよう、念入りにマッサージ致します。こちらの香油は国外から入ったもので最近人気なんですよ。いかがですか?」
(すごい…全身の疲れが取れていくわ。香りもすごく好…)
「わたくし好みの香りではないわね。次はもっと良い物を用意なさい。それにマッサージの腕も磨いてほしいわね」
「す、すみませんっ」
好きな香りの筈なのに嫌がり気持ちのいいマッサージにもケチをつけるリーフィニア。
それでもめげず、また次の段階に移るメイド達。
「お嬢様。お嬢様にはこちらのような可愛らしいデザインのドレスもお似合いになると思うのですがいかがですか?このドレスの生地は美しいと評判で、近く王都でも売り出される予定なんですよ」
(まぁ素敵!プリーツも多くて私好みの可愛らしいデザインだわ!こんなデザイン長らく着られていないし、すごく着た…)
「ちょっと!こんなフリフリした子供っぽいデザインがわたくしに似合うだなんてふざけてますの!?メイド長を呼びなさい!」
悪女と化してからセクシーなドレスばかり身に付けて嫌だったのに、ついにはキレてメイド長を呼び付けたリーフィニア。
しかしながら、ドレスを手に持って掲げている1人が指名したメイド長だ。
「あ、あの、ワタクシがメイド長でございます。お気に召さなかったのでしたら申し訳ありません」
低姿勢で謝罪しながら名乗り出る。
リーフィニアは鼻で笑ってから一言告げた。
「貴女がメイド長?…ハッ、どうりで」
ーーポキ
その瞬間、メイド長の心が折れた。
「ワダグジなどメイドぢょうにふざわじぐありまぜん!グビにじでぐだざい~!!」
「待て待て待て落ち着け!」
「あ、相手が悪かっただけだって!」
涙と鼻水を垂れ流しながらハンカチを口に咥えて引っ張り泣き崩れるメイド長を慌てて慰めるアッシュとユーゾフ。
あの後もメイド長は粘ってみたが結局終始罵倒しかされなかったのだ。
仕事は投げ出さず最後までやり切ったものの、完全に自信喪失状態である。
と、そんな泣き崩れるメイド長の肩をポンと料理長が叩いた。
「大丈夫だ、任せろ。お前の意志はあっしが受け継ぐ!きっと美味い飯で腹を満たせば、お前の働きぶりにも気付いてくれるさ!」
「あなた…!」
ニカッと笑って宣言した料理長に目を輝かせるメイド長。
実はこの2人は仲の良いオシドリ夫婦だったりする。
見つめ合いハートを飛ばす夫婦を見て出番の無くなった兄弟は安堵と呆れに肩を落とした。
取り敢えず元気が出たなら良いかと切り替え、アッシュは料理長に声を掛ける。
「それじゃあ頼んだぞ。あの悪女の舌を唸らせてやってくれ」
「はいでさぁ!あっしの料理以外食べたくなくなる程にしてやりますぜ!」
太い腕に力瘤を作って自信を表現する料理長。
腕によりを掛け、普段の何倍もの力を注いで豪勢な料理をテーブルいっぱいに並べたのだった。
「…なんですの?コレは?」
いつものような悪女らしい装いに身を包んだリーフィニアが食堂のテーブルを見て発した第一声。
すかさず料理長が説明をする。
「お嬢様を歓迎する意味を込めて沢山のご馳走を作らせていただきました!王都ではなかなか見られないような珍しい料理を揃えております!どうかお召し上がりください!」
料理長の話を聞いてからもう一度リーフィニアはテーブルに並ぶ料理を確認した。
(わぁ…本当に見た事のない料理ばかりだわ。でもどれもすごく美味しそう…!どれから食べようか迷ってしま…)
「まぁ、わたくしにこんな得体の知れない料理を食べさせようと言うの?酷い嫌がらせね?」
完璧な見映えと美味しそうな香りで目移りしてしまっていたリーフィニアの口から出たのはやはり嫌味。
だが初めての料理に尻込みするのを多少予想していた料理長は尚も勧める。
「貴女ほどの令嬢ならば普通の料理など食べ飽きていると考えたのです。どうせなら様々な美食を制してきたであろう貴女様の舌を楽しませたいと…!つまらない料理などお出しして、食事の時間を飽き飽きさせる訳にはまいりませんから!」
「まぁ…確かにそうね。王都で有名な料理人の味にも飽きていたところよ。そこまで言うなら、一口いただいてあげようかしら」
懸命にヨイショしたのが功をなし、プライドの高いリーフィニアも口を付ける宣言をした。
食べてさえもらえればこっちのものだと考えている料理長は目を爛々と輝かせて様子を見守る。
リーフィニアは手近にある料理に少しずつ手をつけた。
(このスープ、コクがあってまろやかで美味しいわ!このサラダは甘味と酸味が効いてていくらでも食べられそう!こっちのお肉も甘辛いソースが絡んでいてすごく美味し…)
「あぁ…どうやら辺境の料理はわたくしの口には合わないようだわ。これじゃあ数日で激痩せしてしまいそうね」
もっともっと食べたいのにフォークを置いて拒絶するリーフィニア。
味に絶対の自信を持っていた料理長は狼狽してしまう。
それでも挫けず、冒険し過ぎたのが良くなかったのだと気持ちを改めた。
「で、でしたら、こちらのアップルパイはいかがでしょう!?きっとご満足いただける筈です!」
少し早めにデザートを引っ張り出してきた料理長。
このアップルパイは研究に研究を重ねて数々の貴族の舌を唸らせた自慢の一品だ。
これならば流石に受け入れて貰えるだろうとリーフィニアの前に置く。
卵黄を塗られたパイ生地の網目には綺麗な焦げ目がつき見た目も完璧で、香ばしく甘い香りが漂った。
引き寄せられるようにナイフとフォークを伸ばしひと口食べるリーフィニア。
直後、甘酸っぱい味が一気に口中に広がった。
(わぁぁっ、なんて美味しいの!今まで食べたアップルパイのどれよりも美味しいわ!後でレシピを教えてもらえないかしら?)
あまりの美味しさに蕩けそうになってしまう。
目の前にあるのは切り分けた1ピースだけだが、1ホールでも食べられるのではと思う程だ。
そんな心の声がついに届いたのか、リーフィニアはフォークを置いて静かに口を開いた。
「…先程の言葉、訂正しますわね」
「…!」
前言撤回にパァっと顔を明るくする料理長。
リーフィニアはニコリと笑顔を作り言い放った。
「辺境の料理が口に合わないのではなくて、貴方の料理が合わないようだわ」
ーーパリーン
その瞬間、料理長の絶対の自信が砕け散った。
「あっしは…暫く修行の旅に出ようと思います」
「あなた!あなたが行くならワタクシもお供しますわ!」
「待て待て共にするな思いとどまらせろ」
「主戦力が一気に2人も減ったら終わりだよ」
ハートブレイクして旅立とうとする夫婦を引き止めるアッシュとユーゾフ。
アッシュは腕組みしながらハァと溜息を吐いた。
「それに、相手してくれただけマシだと思うぞ?俺とユーゾフなんて存在そのものを無視されてたからな」
「それは…そうですね」
実は食堂で共にテーブルに着いていたのだが、リーフィニアに挨拶すらしてもらえなかった兄弟である。
「すみません。お二人の方が辛かったでしょうに…」
よくよく考えれば自分より酷い扱いを受けていた兄弟に同情の目を向ける料理長達。
「おいやめろその目」「余計傷つくわ」と言いながら、アッシュとユーゾフは視線から逃げるように今度は庭師の少年へと目を向けた。
「とにかく、今日のところは惨敗だったがまだ初日だからな。明日はお前の出番だ。頼むぞ」
任された庭師は少しオドオドしながらもコクリと頷く。
「は、はい!明日はお天気も良さそうですし、ボクが手塩にかけて作り上げた庭園をご案内します。綺麗なお花を見ればきっと心もほぐれると思うので」
これまでの夜会でリーフィニアは生花をドレスにあしらう事もあったので、流石に花が嫌いなどとは言い出さないだろう。
せめて花だけでも気に入ってくれる事を願い、その日は作戦を切り上げたのだった。
その頃、リーフィニアは自室で盛大な自己嫌悪に陥っていた。
(あぁあ…初日から本当に色々とやらかしてしまったわ…!)
自分の予想とは裏腹にオストラヴァ辺境伯家の人達は歓迎して良くしてくれたのに、悉くそれを跳ね除けてしまった。
これまでも散々後悔してきたが、好意的な相手に酷い態度を取るのは心のダメージがより大きい。
消えてしまいたいくらいの罪悪感に反して、身体は澄まし顔でジュマの入れた紅茶を飲んでいるが。
(どうか…明日はもっと穏便に過ごせますように。さすがに、ここまでやらかしてればこれ以上印象が悪くなることはないと思うけど…)
すでに相手からの評価は底辺くらいになっているだろうから、良くなる事は無くても事態の悪化まではしないと予想する。
しかしそれがフラグとなってしまうなどとは、この時のリーフィニアは思いもしなかった。




