10. 続々悪女懐柔作戦
「まぁ、この庭園は貴方が手掛けたの?」
「は、はい!そうです!」
翌日、庭師の少年の案内でリーフィニアはオストラヴァ辺境伯家の庭園に足を踏み入れていた。
想像以上に広いがしっかりと手入れが行き届いており、色とりどりの花が咲き乱れ庭を美しく飾ってくれている。
リーフィニアの心も同じように花開いた。
(素敵…!なんて綺麗な庭園なの。侯爵家の庭園よりも美しいんじゃないかしら。お屋敷はあんなに荘厳な雰囲気なのに、お庭はこんなに華やかだったなんてっ)
感動して惚れ惚れしながら花を眺めるリーフィニア。
とはいえはたから見れば「ふーん」と呟きながら観賞している状態で、庭師の少年は少しオドオドしながら必死に言葉を続けた。
「お嬢様のようなお美しい方にこそ、花に囲まれたこの場所は似合うと思ったのです。あそこにあるガゼボにお嬢様がお座りになったらさぞ絵になるかと」
「あら、よくわかってるじゃない」
料理長直伝のヨイショをして機嫌を取ると、なかなかに良い反応が返ってくる。
これは今までで一番手応えがあるぞと近くに控えているメイド達まで高揚した。
一瞬でこの場所を気に入ったリーフィニアも心が華やぐ。
(真っ白いガゼボなんて理想的だわ!綺麗な花々とも合っているし、よく見れば繊細な模様まで彫られてて素敵っ。ああ、こんな場所でお茶をしたらさぞ癒され…)
「ところで」
リーフィニアが妄想に耽っていたところで、自身の口から鋭い声が発せられた。
途端に周囲にも緊張感が走る。
「こちらには薔薇は無いのかしら?」
横目を庭師に向けながら笑みを消してされた質問。
焦りを滲ませながら庭師は視線を彷徨わせて答える。
「え、えぇと、薔薇も植えているのですがまだ咲いていなくて…。ら、来月辺りに咲く予定なので、結婚式には間に合うと思うのですが…」
その答えを聞いたリーフィニアは、あからさまに肩を落としガッカリして見せた。
「まぁ、まさか貴族の邸ですのに薔薇が咲いていないだなんて。こちらには年中咲かせる技術すらもありませんの?薔薇専用の温室くらいあってもよろしいのに」
温室自体が無い事を確認しながら述べたリーフィニアの言葉に、庭師は更に焦りを滲ませて懸命に弁明する。
「いえあの、季節に逆らわずその時期に合わせた花を咲かせるのがボクの信条なんです。だから敢えて年中咲かせるって事はしてなくて…」
「言い訳など結構ですわ」
庭師の言い分を遮るようにピシャリと言うリーフィニア。
それから広げた扇を口元に当てて蔑んだ目を向けた。
「あーあ。所詮は辺境の庭ですものね。少しでも期待したわたくしが馬鹿でしたわ」
ーープツン
その瞬間、庭師の中で何かが切れた。
「…すみません。危うく『そんなに言うなら地面に這いつくばって雑草毟りながらお前が育ててみろよド素人が』って口走るところでした」
「え、コイツ腹黒かったの?」
「やべぇ、おれ達も知らない新事実出ちゃったじゃん」
ドス黒い表情で報告しにきた庭師の知りたくなかった新しい一面に困惑するアッシュとユーゾフ。
まあ落ち着けと背中を摩ってあげながらアッシュは目を閉じ天井に顔を向けた。
「にしても、あの庭園見てもそんな反応とはなぁ。メイド長と料理長の今日のリベンジも惨敗だったし」
今日も今日とて身支度時に罵倒されたメイド長と味を酷評された料理長である。
アッシュの隣で腕組みしながらユーゾフが近くの執事に目をやった。
「残るは期待の星ガハルさんか。対応できそう?」
ユーゾフに質問された執事は胸に手を当てながらお辞儀して答える。
「ご期待に応えられるかはわかりませんが、私なりに尽力してみせます」
これまで数々の曲者を相手にしてきた執事ならば、あの悪女すらも手玉に取るかもしれない。
皆の仇を取ってくれる事を願いながら、2人は悪女のもとへ執事を送り出した。
「お嬢様、本日はウェディングドレスをお作りになる服飾師をお連れしました」
「はじめまして、リーフィニアお嬢様。ルシールと申します。デザインのご要望がございましたら何なりとお申し付けください」
リーフィニアの自室にて服飾師を紹介した執事。
挨拶をされたリーフィニアは椅子に腰掛けたまま目だけをそちらに向けた。
「お断りしますわ。わたくし、マダム ヘザーの作ったドレスでなきゃ着たくありませんもの」
マダム ヘザーとは、王家も御用達である王都で一番有名な服飾師だ。
爵位の低い者ではまず手が届かないので、彼女のドレスを着られる事は貴族にとって1つの栄誉とも言える。
そんなリーフィニアの主張を予想していたのか、執事は取り乱さずに淡々と応えた。
「お嬢様、マダム ヘザーは数年先まで予約が入っているうえに王都で活動している服飾師です。例え予約が取れたとしても、こちらまで来ていただくとなれば移動時間が長く式までにドレスの完成は到底間に合いません。お嬢様には完璧なドレスを着ていただきたいのです」
「まぁ、マダム無しで完璧なドレスになるとでも?」
リーフィニアの冷たい返しに、執事はニコリと微笑んだ。
「はい。実はこちらの服飾師はマダム ヘザーの後継者と認められた方なのです。既にマダム以上の腕前ではとも言われております。必ずや来月の結婚式までに素晴らしいドレスを仕上げてくださるでしょう」
執事に説明されまだ若い服飾師ルシールは照れて恐縮した様子を見せる。
それでもリーフィニアは疑いの目をした。
「ふん、後継者って言ったって所詮は弟子でしょう?本当に信用して良いのかしら?」
「でしたら、デザイン画をご覧ください。お嬢様の審美眼でしたらその腕前も一目でお分かりになるでしょう」
執事に目で合図され、ルシールは直ぐにテーブルに持ってきたデザイン画を広げる。
リーフィニアは数々のデザイン画にザッと目を通した。
(わ…なんて素敵なデザインなの!どれもこれも今までに無い感じなのに上品で流麗だわ。これならマダム ヘザーが認めているのも納得ね)
ウェディングドレスのデザインだけでこれほど素晴らしく豊富であれば、それ以外のドレスもきっといい物ばかりなのだろうと分かった。
これだけの腕前ならば文句をつけるどころかこちらから懇願してでも担当してほしいくらいである。
悪女であってもこの人材を逃しては自分が損をすると理解したのか、珍しくリーフィニアもにこやかな笑顔を作った。
「あら、なかなかじゃない。もちろん、これよりも更に素晴らしいデザインにもしてくれるのよね?」
「はい!お嬢様の意見も取り入れて、お好みのドレスに仕上げてみせます!」
「なら、貴女にお任せするわ」
「ありがとうございます!」
これまでのリーフィニアからは考えられないくらいの早い快諾に、壁際に控えているメイド達も『流石は執事長!』と胸中で絶賛する。
王命が下ってからの短い期間でこれだけの人材を手配できたのはかなりの手腕だろう。
執事も勝ちを確信して頭を下げた。
「では、邪魔にならないよう私は失礼いたします。何かありましたらお呼びください」
「ええ、ご苦労様」
リーフィニアに笑顔で労われ、綺麗な所作で音も立てずに扉を開く執事。
漸くリーフィニアに認められる人材が現れたと誰もが思う。
が、退室する直前に声が届くか届かないかくらいのボリュームでリーフィニアがぼそりと呟いた。
「ハァ…婚姻が決まった時点でわたくしの到着より早くマダム ヘザーを呼び寄せておけば良かったでしょうに。この程度の手配も出来ないだなんて、辺境伯家の執事はとんだ無能なのね」
ーービキッ
その瞬間、扉が閉まる音と同時に執事からも血管の浮き立つ音が響いた。
「少々…お嬢様の躾をしても宜しいでしょうか?」
「待て待て貴族令嬢相手にそれはマズい!」
「ガハルさんの躾とかシャレになんないから!」
リーフィニアの文句は反論する訳にもいかない独り言とも取れる言い方だけにタチが悪く、自分の中に溜め込むしかない怒りは絶大だろう。
直接的な罵倒の方が余程マシに思える。
「文句の付けようが無い対応だからこその、引きの攻撃…か?思ったよりやり手だな」
「そうですね。アッシュ様の奥方は狡猾なぶん厄介な相手のようです」
「やめてくれ。まだ奥方じゃねぇから」
直ぐにそうなる予定ではあるものの、受け入れ難くて反発するアッシュ。
執事と共に思わずため息を漏らしてしまう。
すると、それを見ていたユーゾフがドンと自分の胸を拳で叩いた。
「よし、こうなったらついにおれの番だな!」
予定に無かったユーゾフの名乗りに、少しだけ驚いてアッシュと執事は顔を向ける。
自信満々な姿にアッシュは訝しげに聞いた。
「お前が?勝算でもあるのか?」
「ちっち、兄上忘れてないか?中身は大人でもおれの見た目は幼児!こんなちっちゃい子を邪険になんてできないだろ?取り入るにはピッタリじゃんか!」
ユーゾフの主張にうーんと首を捻ってしまうが可能性がゼロとも言えない。
どうせ他に良い手があるわけでもないし、一先ず任せてみるかと頷いた。
「んー、まぁ、分かった。それじゃあやれるだけやってみてくれ」
「おう任せとけ!3歳児らしいこの可愛さでメロメロにしてきてやんよ!」
自信に満ち溢れたユーゾフに逆に不安を覚え、アッシュは近くで見守ろうと心に決める。
ウェディングドレスについての話し合いが終わり服飾師が帰ったのを見計らってから、ユーゾフはリーフィニアの自室を訪ねた。
筆者はまたしても喜んでます。
はいそうですあなたのおかげです。
ありがとうございますありがとうございます…!!
とても活力になります。
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