11. 決別
「まあ、何の用ですの?」
部屋に訪れたユーゾフとアッシュに嫌そうな表情を隠さずに聞くリーフィニア。
しかしそんなリーフィニアの足元にユーゾフはトコトコと歩いて近づき見上げた。
「こんにちは!おねーさん!ごあいさつが遅くなってごめんなさい。ぼく、弟のユーゾフです!」
小さい体を活かして子どもっぽく両手を広げ、出来うる限り可愛く見えるようにユーゾフは目をキラキラさせ全力でアピールする。
実際、その動きはリーフィニアのハートに突き刺さった。
(かっ、可愛い…!見かけた時から可愛いとは思っていたけれど、近くで見るとよりちっちゃくて愛くるしいわ!)
きゅぅぅんと胸をときめかせてユーゾフの動作に釘付けになる。
ユーゾフは更に自身の幼さを武器にして距離を詰めた。
「ぼくね、ずっと姉上が欲しかったんだ!だからおねーさんが来てくれてすごく嬉しい!もしよかったら、リフィ姉さまって呼んでもいい?」
『もちろん!!』とリーフィニアは心の中で即答する。
が、それは本体の話であって体は冷徹に一瞥した。
「あー、随分と五月蝿い虫が寄ってきたわね。わたくしガキは嫌いなの。それ以上近付かないでくださる?」
ーーピシッ
全く心を動かされた様子もなく突っぱねた言葉。
完膚なきまでにフラれたユーゾフは無邪気な笑顔を保ったまま壁際のアッシュの方へとターンした。
トテトテと歩いてきてから表情を般若のように歪める。
「兄上…あんな人間の皮を被っただけの糞女が義理の姉になるなんておれは絶対に認めない」
「3歳児らしい可愛さどこ行ったよ?」
リーフィニアに聞こえないようボソッと呟いたユーゾフにツッコむアッシュ。
指摘されたユーゾフはふぅぅーと息を吐き出し自分を落ち着かせた。
「そうだな、ちょっと取り乱したぜ。オストラヴァ家たる者、この程度で負けちゃダメだ。もっかい行ってくるから見守っててくれ兄上」
「意気込みは良いけど無理すんなよ?」
「大丈夫大丈夫!」
再度リーフィニアに取り入ろうと果敢に挑む。
子どもらしさを全面に押し出してリーフィニアにすり寄った。
「姉さま、これから家族になるんだし仲良くしようよ!こんなに綺麗な姉さまができたってみんなに自慢したいんだ!」
リーフィニアへの褒め言葉を挟んで距離を縮めようと試みる。
しかし、リーフィニアが気分を上げる事もなかった。
「ハァ…しつこいわね」
そう呟いてから、ふと思い出したようにユーゾフを見る。
そこには先程までと違って笑みが讃えられていた。
瞬間的に嫌な予感がする。
「あぁ、わかったわ。さては甘えたくて仕方ないのね?あなた、母親がいないものね」
ざわり、と空気に何かが走った。
室内温度が低下するのを感じながら、内側のリーフィニアも嫌な汗をかく。
(何?何を言うつもり…?)
怖くて言いたくない。
けれど口は勝手に言葉を紡ぎだす。
「聞いたわよ?辺境伯夫人、あなたを産んで亡くなったそうじゃない」
お願い、やめて…!
「つまり、あなたのせいで亡くなったってことでしょう?それでよく図々しくも他人に甘えられるわね。あなたさえ生まれてこなければ夫人は今も…」
ーーダァン!!
突如、リーフィニアの言葉を遮る大きな音が響き渡った。
皆が驚いて音の出どころを見る。
そこには、壁を拳の横で思い切り叩いたアッシュの姿があった。
「…お前…ざけんなよ」
リーフィニアを睨みつける顔に浮かぶ、背筋が凍りつきそうな程の怒り。
これまでリーフィニアは幾度となくアッシュと喧嘩をしてきたが、あんなもの全く本気ではなかったのだと分かる程の憤りだった。
空気が張り詰め気圧されるリーフィニアの方へ歩を踏み出す。
「他のことはまだいい。ある程度の衝突も覚悟の上だった。けど…大事な弟を傷つけることだけは絶対に許さねぇ」
アッシュはツカツカと近付いたかと思うと、俯いて暗い顔をするユーゾフを抱き上げた。
片腕で抱えて守るように踵を返す。
「人を罵倒したいんなら俺だけにしろ。いくらでも聞いてやる。その代わり、ユーゾフには二度と近付くな!」
「フ、フン。言われなくてもそのつもりよ」
怯みながらも負けじと言い返したリーフィニアに背を向け、アッシュはそのまま部屋を退室した。
鎮まらない怒りに任せ早足で廊下を歩く。
ユーゾフは大人しく抱っこされながら元気なく聞いた。
「兄上…良いの?」
「何が」
「これじゃあ懐柔作戦も完全に失敗じゃん」
意気消沈しながらもそんな事を気に掛けるユーゾフ。
アッシュは怒気を抑えて短い溜め息を吐き、ユーゾフの頭をくしゃっと撫でた。
「いい、気にすんな。これ以上深く関わっても損するだけだ。衣食住さえしっかり保証すれば向こうだってそこまで騒ぎ立てないだろ」
もうアッシュの中でリーフィニアと仲良くする気持ちは完全に切れてしまったようだ。
黙って頷いたユーゾフを抱えたまま振り返らず歩き続ける。
やがてユーゾフの自室が見え、アッシュは止まらず中へ入りそこで漸くユーゾフを床に降ろした。
「…兄上」
降ろされたユーゾフが俯いた状態でまた口を開く。
しゃがんで視線を合わせたアッシュに気が引ける感じで告げた。
「その…ごめん」
「だからいいって。気にすん…」
「そっちじゃなくて」
言いにくそうに、それでも語気を強めるユーゾフ。
ギュッと服を握りしめながら続けた。
「おれのせいで…母上、死んじゃったから…」
これまでユーゾフは母親の死で責められたことなど一度もない。
それでも、心の片隅で不安に思っていたのも事実だ。
故にリーフィニアの言葉の刃はユーゾフの胸に深く突き刺さっていた。
目をきつく閉じて僅かに震えながら、声を絞り出すようにして謝罪する。
が、対するアッシュは心底意味がわからないといった風にキョトンとして腕組みした。
「はぁ?何でお前のせいになるんだよ?お前が自力で母上の腹に入ったわけでもあるまいし。もし誰かのせいだってんなら、母上を孕ませた父上のせいだろ」
「はらっ…!いや、まぁ、たしかに…?」
あまりに正論すぎてユーゾフはぐうの音も出なくなる。
アッシュに言わせれば子作りしなければお腹に命が宿ることもないわけで、子を責めるなど責任転嫁も甚だしいのだ。
「まぁもちろん、母上が望んだことだから父上を責める気も無いけどな」
誰のせいでもないと受け入れているアッシュの目に嘘偽りは無く、気に病ませない為に言っているのではないとわかる。
それだけでユーゾフの傷は癒えていった。
顔が上がったのを確認したアッシュは肩を落として笑み、ユーゾフの頭を撫でる。
「母上は元々身体が弱かったし、もしかしたら母子共に亡くなってた可能性もあったんだ。だから、お前が生きてうまれてきてくれて良かったよ」
「…っ」
ぶわりと、涙が滲んでしまうユーゾフ。
3歳児の身体は堪えることもできなくて、ぼろぼろと溢しながらアッシュにヨロヨロ抱きついた。
「あ゛に゛う゛え゛ぇぇ~」
「あーはいはい泣くな泣くな。なんだこの家泣き虫ばっかか」
呆れたように笑いながらもアッシュは包み込んで背中をぽんぽんと叩きあやしてやる。
ユーゾフは更に泣きながらも徐々にいつもの調子を取り戻していった。
「うぶぅ…ぐず…っ、兄上見た目は平凡だけど中身はめちゃくちゃいい男だよぉぉ」
「そりゃあどーも。一言余計だけどな」
「なのにあの悪女と結婚とかマジで可哀想ぅぅ~」
「それは言うな」
心が回復したことでふざけた会話も繰り広げられる。
こうして無事に元気を取り戻せたユーゾフ。
が、反比例するようにリーフィニアは元気を失っていた。
(私…なんて酷いことを言ってしまったの…。ごめんなさい…ごめんなさい)
自分の口から出た言葉は、あまりにも無情で残酷だった。
一生残るような傷を与えてしまったかもしれない。
伝えられない懺悔を心の中でずっと繰り返す。
(オストラヴァ様にも…完全に嫌われてしまったわよね)
あの時の怒りの表情が頭から離れない。
でもそんなの当然で、寧ろ甘い対応だったとさえ思った。
リーフィニア自身も、同じように妹のミルディを傷つけられたなら相手を絶対に許せないだろうから。
(いっそ…罰としてどこかに閉じ込めてくれたら良いのに…)
そんなリーフィニアの願いも届かず、その後もオストラヴァ家の人々が冷遇してくる事はなかった。
文句のつけようがない完璧な仕事をしてくれる。
ただし、これまでのように私的に仲良くなろうともしなくなった。
必要以上には近付かず、出来るだけ衝突を避けて淡々と仕事をこなす。
恐らくそういう方向に定まったのだろう。
それが日々虚しさとなって心に積もっていくなか、ついに運命の結婚式の日を迎えたのだった。
辺境伯夫人は魔力の流れに不和が生じる病気で余命数年と診断され、危険も多いオストラヴァ家に息子が1人しかいない事を懸念して子を望みました。
ユーゾフの泣き声を聴きながら、とても幸せそうな顔で最期を迎えたそうです。




