12. 解呪
「あー…最悪。マジで最悪。間違いなく今日は俺の人生で最も最悪の日だわ…」
ごめんなさい!
「あーら。わたくしのような美女を妻に迎えるのにそんな言い草するなんて、わたくしの方が最悪の気分よ」
本当にごめんなさい!
トムタッタにある唯一の教会にて、入場を前に相も変わらず繰り広げられる罵り合い。
互いに晴れ着を身に纏い本来なら幸せ絶頂の日なのにこの有様である。
因みに、リーフィニアのウェディングドレスは誰もが羨むほどの素晴らしい出来栄えとなっていた。
胸元が大きく開いたオフショルダーではあるけれど、そんなの気にならないくらいの華やかなデザイン。
襟ぐりには白い薔薇がいくつかあしらわれ、連ねられた雨のような小さな宝石がいくつも吊り下げられていた。
スカートは裾にレースがついたプリーツを3段に重ねてボリュームを出しており、その真ん中が大きく切り開かれて内側のミニスカートが垣間見える。
内スカートにもレースがついたシースルーの布を重ねていて露出された脚をも飾っていた。
ベールは耳の上から頭を半周するように白薔薇を付け、纏めた髪を覆うようにそこから長くふんわりと布が伸びている。
沢山のダイヤが散りばめられたチョーカー型の首飾りもドレスとマッチしており、これまでと違い内側のリーフィニアでさえ嫌と思わない流麗な姿だった。
が、見た目は美しくても中身の醜い発言が飛び出す。
「言っておきますけど、わたくしのこの美しい姿に惚れ込んで初夜に部屋に来るような真似しないでくださいませね?鳥肌が立ちますわ」
「おーう。貴族の義務くらいは果たすべきかと思ってたけど好都合だ。ありがとな」
リーフィニアの減らず口に怒り心頭なアッシュも笑顔で嫌味を返した。
ついでにいうとアッシュは騎士服に似た白い婚礼衣装を着ており、リーフィニアと心ばかりお揃いになるよう胸元に白薔薇を着けている。
と、そんな罵り合いに終止符を打つように式場内から音楽が鳴り始めた。
入場の合図だと分かった2人は口を閉じ、嫌々ながらも形式上腕を組んで扉の前に立つ。
そして開かれた扉から会場内を見て、リーフィニアは心が揺れ動いた。
(わぁ、綺麗…なんて素敵な会場なの。薔薇の花も沢山飾りつけてあるわ。私…あんなに酷い態度だったのに、わざわざ…?)
そう、会場内に飾られている花々は庭師の少年が育て上げたものだ。
リーフィニアの発言から薔薇を好んでいると推測し、咲いたばかりの花も式のために持ってきてくれたのである。
白い壁に囲われた場内で沢山のステンドグラスからの光を浴び、より美しく輝いていた。
感動を覚えながら参列席の間に敷かれた赤いカーペットの上をゆっくりと歩く。
(私…こんなにも優しい人達を失望させてしまったのね…)
こうして花を用意してくれた庭師は、あれ以来リーフィニアが近付くと頭を下げて距離を取るようになった。
今日の婚礼衣装をしっかりと着付けてくれたメイド長も、自分が選んだ衣装やアクセサリーを薦めたりはしなくなった。
料理長も丹精込めた美味しい料理を作ってくれるが、食堂には顔を出さなくなった。
きっちりと仕事をこなす執事は、まるで客人を相手にするかのように一層丁寧で他人行儀な対応に変わった。
アッシュが徹底的に手を打っているので、ユーゾフにもあれから一度も会えていない。
それに…参列席に両親やミルディの姿もなかった。
結婚式への参席すら拒む程に見離されてしまったという事だろう。
我が物顔で歩きながら、心では悲壮感に俯く。
掴んでいるアッシュの腕が無ければ、立っていられないようにすら感じた。
やがて壇上で司祭の前に並び立つ二人。
司祭は婚姻の儀を始める宣言をし、つらつらと長い文言を述べてからアッシュに視線を移し問い掛ける。
「アッシュ・オストラヴァ。あなたはリーフィニア・エルネストを妻とし、病める時も 健やかなる時も、富める時も 貧しき時も…愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
ーートクン
真っ直ぐな目で一切の迷いも見せずに答えたアッシュに、リーフィニアの心臓が高鳴った。
出会った時から散々酷い態度をとり迷惑を掛け続けているのに、それでもアッシュはリーフィニアに恥をかかせずきちんと式に臨んでくれている。
(きっと私を嫌ってる筈なのに…なんて良い人なんだろう)
口は悪くてもリーフィニアに害をなすような真似は決してしないのだ。
仕返しされたっておかしくはない筈なのに。
少しでも返せたら良いのにと思うなか、今度はリーフィニアが司祭に問われた。
「リーフィニア・エルネスト。あなたはアッシュ・オストラヴァを夫とし、病める時も 健やかなる時も、富める時も 貧しき時も…愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「……」
直後、シーンとなる式場内。
返事が無い状況に内側のリーフィニアも含め場内の全員が冷や汗をかき始める。
だが、かなり間を空けてからリーフィニアはぼそりと答えた。
「………仕方ありませんから、誓いますわ」
(なのに私は…!結婚式でまで失礼を…!!)
あり得ない返事の仕方に、『こんな場でもまともに返事できねえのか…?』とアッシュから無言の圧をかけられ『ごめんなさい!』と胸中で必死に謝る。
もう本当に泣きたい気分だった。
司祭は少し困惑しながらもコホンと咳払いして切り替え、一枚の紙を台の上に置く。
「では、こちらの婚姻誓約書に署名をお願いします」
これは『誓いのキスなど絶対にしたくありませんわ!』とリーフィニアが断固として拒否したが故にとられた婚姻の儀の方法。
キスの代わりに署名によって誓いの証明をするのだ。
まずはアッシュが羽ペンを手に取りサインしていく。
その間にも、リーフィニアの心は暗くなっていった。
(これに署名したら…完全に婚姻が結ばれてしまう…。こんな私に、オストラヴァ様を縛りつけてしまうんだ…)
絶対にダメだと思うが、無情にも自分の署名の番が回ってくる。
身体は面倒そうにしながらもペンを手に取った。
ペン先が付き、もう後戻りできないと悟る。
(オストラヴァ様…ごめんなさい)
謝罪を胸に、リーフィニアはサラサラと署名した。
と、その瞬間だった。
ーーぶわっ
(え…?)
突然、胸の中から何かが身体中を駆け巡る。
暖かく柔らかいような不思議な感覚。
なんだか身体が軽くなり、気持ちまで楽になったように思えた。
(何?今の…)
疑問符が絶えないが式を中断する訳にもいかずペンを置いて前を向く。
2人の署名を確認した司祭が片手を挙げて声高らかに言った。
「ではこれで、二人が夫婦となった事をここに宣言します」
会場中から拍手が起こり、礼をしたリーフィニアとアッシュは再び腕を組んで式場を後にする。
この後はお披露目を兼ねて馬車で領地を廻りながら屋敷へ帰る流れとなっている為、そのまま教会の外へと出た。
祝祭用の屋根の無い馬車へと向かいながら先程の事を考えるリーフィニア。
(さっきの…何だったのかしら?あんな感覚初めてだわ…)
今までにない出来事がどうにも気になってしまう。
と、悶々と考えうわの空だったリーフィニアはアッシュの声で我に帰った。
「ドレスだと乗りにくいだろ。ほら」
いつの間にか馬車の前まで辿り着いていたらしい。
どうせ断られるんだろうなと見越しながらも手を差し出してくれるアッシュ。
リーフィニアもまたこの体は拒絶するだろうと予想しながら、せめて心の中でだけでもとアッシュに語りかけた。
「ありがとうございます。きっとこれからも沢山ご迷惑をお掛けすると思いますしとても心苦しいですが…よろしくお願いします」
反射的に、手を重ねた2人の動きがピタリと止まる。
その言葉ははっきりと、リーフィニアの口から発せられていた。
「は?」
「え?」
目を丸くして間抜けな声を出す2人。
理解が追いつかず、暫しの間ただただ呆然としてしまったのだった。




