13. 取り戻した自由
「やっぱり、自由に動けてる…のよね?」
あの後、突然のことにドギマギしてしまいアッシュと碌に会話もできないまま民に手を振り続け領地を巡ったリーフィニア。
屋敷に戻った後も入浴だ何だと忙しなく、あれよあれよという間に夜になってしまった。
そして自室にて1人になった今、改めて自分の体を確かめたのだ。
手をにぎにぎしてみたりクルリと回転してみたりしてみる。
自分の意思通りに動いてくれる実感が湧いてきて、思わず涙まで込み上げてきた。
「…よかった…私…やっと…っ」
3年も続いた自由のない期間。
それも、ただ言うことを聞かないのではなく沢山の人を攻撃して傷つけてきた。
心への負荷が大きく、体感では何十年にも及んだような苦痛だ。
その状態から漸く解放された感動はひとしおだった。
「どうして戻れたか分からないけれど…どうか、もうあんな状態にはなりませんように」
もう二度と、あんな風にはなりたくない。
両手を組んで祈ってから、リーフィニアはベッドに静かに腰掛けた。
(物語だと真実の愛で呪いが解けたりするけど…それはないよね)
現に、初夜だというのにアッシュが部屋に訪れてくる気配は無い。
自分が来るなと言ったのだから当然だと分かってはいるけれど、貴族令嬢として育ってきてその重要性も理解しているリーフィニアは暗い面持ちで視線を落とした。
けれど、気を取り直して頭を振る。
(ううん、落ち込んでたって仕方ないわ。やっと自分を取り戻せたんだもの。これから出来る限りの事をしよう)
できる事なら迷惑を掛けてしまった人々に謝罪したい。
元婚約者であるクリードにも謝りたいし、両親も安心させたい。
そして何より、妹のミルディと仲直りがしたい。
(でもまずは…オストラヴァ家の人達と和解しなきゃ)
夫となったアッシュを筆頭に、共に暮らすオストラヴァ家の皆の信頼を得るのが最優先事項だろう。
その為にも明日に備えて眠ろうと、リーフィニアは1人ベッドへと潜り込んだのだった。
ーーチリンチリン
早朝、リーフィニアは起きて直ぐに呼び鈴を鳴らした。
パタパタと慌てながら走ってきたジュマが急いで部屋の中に飛び込む。
「おっ、お呼びでしょうかお嬢様!」
結婚式の翌日にこんなに早く呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
僅かな遅れを怒られると思って息を切らせながらビクビクするジュマを見て、リーフィニアは苦笑しながら口を開いた。
「朝早くからごめんなさい。でもジュマ、もう私はお嬢様じゃないわよ?」
驚くほど穏やかな口調に、ジュマは思わずぽかーんとしてしまう。
それからハッとして頭を下げた。
「あっ、す、すみません!えと…お、奥様…」
「ふふ。まだ辺境伯夫人でもないし、慣れないから名前で良いわ」
「えと、それじゃあ…リーフィニア様?」
リーフィニアは微笑んでこくりと頷き了承する。
優しい笑顔に絆されてぽーっとしたジュマに続けて言った。
「実はね、ジュマにお願いがあるの」
「?」
お願いという単語を聞いてほんの僅かに恐怖が顔を出すが、逃げだす訳にもいかないジュマは大人しく耳を傾けた。
「メイド長様!」
バタバタと急いで走ってきたジュマに呼び止められ、廊下を歩く足を止めて振り返るメイド長。
「あらジュマ。そんなに急いで何かあったのですか?」
「あ、あの!リーフィニア様がお呼びです!お部屋まで来ていただけますか?」
「ワタクシめを…ですか?」
即座に、メイド長は警戒心を露わにした。
昨夜アッシュがリーフィニアの部屋を訪ねなかった事はメイド長も把握している。
侮辱されたと怒っていてもおかしくないし、当たり散らかされるかもしれない。
けれども、ならばその役割を甘んじて引き受けようとメイド長は眼鏡をクイッと上げた。
「わかりました。直ぐに向かいます」
他の仕事は後回しにし、急ぎ足でリーフィニアの自室に向かう。
部屋の前に辿り着いたあと覚悟を決めてノックをした。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。お呼びでしょうか?」
物が飛んでくる事態を考慮しながらもスッと頭を下げる。
が、返ってきたのはとても落ち着いた声だった。
「急に呼び立ててごめんなさい。オスト…いえ、旦那様はもう朝食を取られましたか?」
オストラヴァ様と言い掛けて、自分もそうなった事を思い出し言い直す。
リーフィニアの口から謝罪の言葉が出たことに少し狼狽えながら、メイド長は返事をした。
「え、いいえ…まだでございます」
「それなら、一緒に食事をしたいから準備を手伝ってもらって良いかしら?」
無視を決め込んでいた初日以降、アッシュ達と食事を取ることなど一度もなかった為どういう風の吹き回しだろうとメイド長は訝しむ。
とはいえ拒否する立場に無いメイド長は即座に了承した。
「畏まりました。どのような装いに致しますか?」
クローゼットを開いて並ぶドレスに手を向けながらされた質問。
そこには悪女リーフィニアが好んで着用していたデザインの物が並んでいた。
一度目を向けてから、リーフィニアは首を横に振る。
「いえ、そちらのドレスではなく…ここへ来た日に貴女が薦めてくださったドレスが良いわ」
「え…ですがあれは…」
当初、子供っぽいと完全否定されたドレスを指定されて動揺が走った。
リーフィニアはメイド長の反応を見て眉を下げる。
「あの時の私はどうかしていたの。貴女の目は確かだわ。お化粧や髪型も、ドレスに合うようにお任せしたいのだけど…お願いできるかしら?」
ドレスのみならず、化粧や髪型まで一任するという発言。
もしや散々やらせた挙句に仕上がりを罵倒するつもりなんだろうかとも勘繰ってしまう。
だがメイド長として、やれるだけの仕事をするまでだと礼をした。
「承知いたしました。リーフィニア様の魅力を最大限に引き出せるよう、尽力させていただきます」
「ありがとう。よろしくね、カーサ」
「…!」
名前を呼ばれたメイド長カーサは、驚いて顔を上げる。
実はリーフィニアがジュマに頼んだのはメイド長を呼ぶ事だけではない。
使用人達の名前を教えてもらったのだ。
流石に短時間で全員の名前は覚えられていないが、メイド長を含め主要な人物達の名は頭に入れていた。
自分の名前を覚えてもらえるなんて能力を認めてもらえたようなものだ。
カーサは先程より深く頭を下げた。
「では、直ぐにドレスを持って参ります」
素早く動き出したカーサの手配で、他の手練れなメイド達も集められる。
彼女達の手腕で、リーフィニアは今までとは全く異なった姿に仕上げられていったのだった。
(昨日のあれは…何だったんだ?)
食堂にて、若干寝不足のアッシュはぼーっと昨日のリーフィニアを思い出していた。
突然謙虚なセリフを吐き、その後のパレード中も領民達に笑顔を絶やさず手を振っていたのだ。
これまでのリーフィニアの言動からは考えられない。
一体どういうつもりなのか、真意を測りかねていた。
と、そんなアッシュの隣に座りながらユーゾフは質問を投げかける。
「兄上どうしたの?なんかぼけーっとしてるけど」
「いや、まぁ、ちょっとな」
「は!まさか昨日の初夜に失敗して…!?」
「部屋にも行ってねぇよ。来んなって言われたしな」
「そりゃそうか」
因みに昨夜は妻の尊厳を守る為にも部屋を訪れるべきか扉の前で散々悩んでから、結局リーフィニアの望みを優先して訪問をやめたアッシュである。
眠気で頭が重いながらも食事が運ばれてくるまでの時間潰しにユーゾフに話し掛けた。
「そういや父上は?」
「とっくに食べ終わって執務室に戻ってるよ。おれは兄上と食べようと思って待ってたけど」
「そっか。ありがとな」
一応アッシュは新婚であるし、式の翌日なのだから辺境伯はわざと放置してくれたんだろう。
父にも弟にも感謝して、取り敢えずゆっくりしようとアッシュは背もたれに身を預けた。
すると、そこへ予想外の来訪の報せが舞い込む。
「アッシュ様、奥様がお食事をご一緒しようと参られました」
「は?」
急いで近付き伝えてきた使用人の言葉に、アッシュは耳を疑った。
同じ食堂に居てもガン無視していたリーフィニアが共に食事をだなんて裏があるとしか思えない。
「あ、兄上どうすんの?」
「流石に…ここまで来てんのに追い返すわけにはいかねぇだろ」
少し怯えるユーゾフを逃す準備をしつつ、アッシュは頷いて入室を了承した。
確認した使用人は直ぐに扉を開く。
そしてそこに立つリーフィニアの姿を見て、アッシュとユーゾフは揃って目を剥いた。




