7. 作戦会議
『アッシュ・オストラヴァ卿へ
急にこんな婚姻を命じられて驚いたろう?
これまでのやり取りと強い精神力を持つ辺境伯家である事を考慮したら、あのじゃじゃ馬と渡り合えるのはお主だけだと思ったんじゃ。
めんごめんご!
トムタッタへの支援金を増やす要望を受け入れるから許してチョ⭐︎
ユーバー・デュバルナークより』
「「軽っる!!」」
同じ速度で手紙を読み切った2人が声をハモらせてツっこむ。
丸めて捨てたい衝動を堪えて再度頭を抱えた。
「いやいや先王様軽すぎるだろ!俺の人生をそんなノリで決めるとか!しかも王命だから逆らえない分タチが悪りぃ!!」
「こんな人がちょっと前まで国王だったのによくこの国平和だな!?」
「ハッハッハ。お前たちもこの国に生まれてなかったら不敬罪で首が飛んでるだろうがな」
平和の象徴とも取れる兄弟の言動を落ち着いた笑いで指摘する辺境伯。
それから、スッと目を細めて手を組み顎を乗せた。
「さて、では騒ぐのもこのぐらいにしようか。この家の者として、いかなる不測の事態にも対応するようこれまで教育されてきた筈だろう」
父親の言葉に、兄弟2人共がピタリと動きを止め即座に口を閉ざす。
この地は隣国と接している地であり、オストラヴァ辺境伯家は国の要となる存在だ。
現在は他国とも友好的な関係であるが、万が一攻め込まれた場合には真っ先に対応しなければならない。
その為、突発的に事件が起こったとしても対処できるよう幼い頃から徹底して教育されるのである。
当然アッシュもその教育を受けている訳で、先程までの嘆きを引っ込めてフゥと息を吐き気持ちを切り替えた。
「…分かってます。エルネスト嬢は既にこちらへ向かってきているんですよね?」
「ああ、その筈だ。恐らく5日後に到着するだろう」
「では、急ぎ備えますので失礼します」
雰囲気をガラリと変えて貴族らしい礼を取り部屋を後にするアッシュ。
その後をユーゾフも小さな体で懸命に追いかけてきた。
「兄上!おれも手伝うよ!」
「あぁ、助かる。まずは人を集めるか」
「おうよ!あ、ちょうどよかった!ガハルさーん!」
アッシュの意図を汲み取ったユーゾフは近くに控えていた執事に声を掛ける。
老人とは思えない綺麗な姿勢の執事が直ぐに対応した。
「はい。何用でしょうか?」
「これから作戦会議をする。メンバーを集めてくれ」
「畏まりました」
有事の際などに集める面子は元々決めてあったため執事も迷う事なく動き出す。
迅速な対応により、広い屋敷でありながら15分後には全員が会議室に集合したのだった。
「さて皆んな、忙しい中よく集まってくれたな」
アッシュが前に立ち、向かい合うようにメンバーが並び立つ。
集められたのは先程声を掛けた執事を始め、メイド長・料理長・庭師の計4人だ。
その中でもガタイが良く快活な料理長が真っ先に答える。
「そりゃあアッシュ様からの召集ですから!当然です」
ニカっと歯を見せ笑う料理長。
その隣で、気弱そうで小柄な少年である庭師が質問する。
「ボク達が集められたって事は何かあったんですよね?今回はどんな内容ですか?」
心配そうな顔の庭師に、アッシュは前置きせずズバリ返答した。
「実は俺の結婚が決まったんだ。…リーフィニア・エルネスト嬢とのな」
「「「な…!?」」」
執事以外は初めて知る話に驚きの声が上がる。
リーフィニアの悪女っぷりはこの辺境であっても伝わっているのだ。
そもそもアッシュが何度も被害に遭っているので屋敷の使用人が知らない筈もなく、皆が警戒心を露わにした。
「ほ、本当なんですか?」
「ああ、決定事項だ。それも1ヶ月後には婚姻を結ばないといけない。エルネスト嬢も近くこの屋敷に到着する予定だから、今のうちに作戦を立てておこうと思う」
怒涛の展開にメンバーは目を白黒させる。
内容を受け止めたメイド長が、真っ先に作戦内容を推理して聞いた。
「では…令嬢が出て行きたくなるよう徹底的に冷遇すれば良いのですね?」
意地悪そうな顔に笑みを浮かべ、三角眼鏡をクイッと上げてやる気満々の様子を見せる。
しかし、アッシュは半目で腕を組んだ。
「出来もしねぇ事を吐かすな。このオストラヴァ辺境伯家の一員になるんだから歓迎するに決まってんだろ」
「は!心底ホッとしました!」
涙目で直角に腰を折り頭を下げるメイド長は見た目に反して大変に素直で思いやりのある人物である。
そんなメイド長に優しげな目を向けながら執事が改めて質問した。
「では、作戦というのは…」
と、それにはアッシュの隣にいたユーゾフが代わりに答える。
「名付けてっ、悪女リーフィニア・エルネスト懐柔作戦だ!」
ユーゾフが決めた作戦名に、アッシュも異議を唱えず頷き続く。
「確かに彼女は人格に難ありだが、ここでずっと共に暮らす以上いがみ合い続けるのも不毛だろう。オシドリ夫婦を目指すとまでは言わないが、出来る限り彼女にもここを気に入ってもらって平和的に暮らせるようにしたい。協力してくれるか?」
オストラヴァ辺境伯家の者達は脅威に晒されやすいぶん他家と比べて結束力も強い。
アッシュの問い掛けに皆が力強く頷いた。
「勿論でございます。お嬢様がお過ごしやすいよう身の回りの世話も精一杯させていただきますわ」
「あっしも美味い料理でここから離れたくなくなるよう虜にしてやりますよ!」
「ボクも沢山の綺麗な花で癒してあげたいですっ」
「期間は短いですが式の準備も手を抜きません。まずは直ぐに服飾師の手配も致しましょう」
それぞれが自分の役割を考え、リーフィニア懐柔作戦への意気込みを示す。
頼もしい仲間達に恵まれたアッシュは笑みを作り手を伸ばした。
他の者達もそれに倣い、全員が手を上に重ね円陣を組む。
「それじゃあ覚悟は良いな?オストラヴァ家総出で、リーフィニア・エルネスト嬢を迎え討つぞ!」
「「「「はい!」」」」
まるで青春の1ページのような光景が会議室で繰り広げられる。
そんなオストラヴァ辺境伯家へと、強敵リーフィニア・エルネストを乗せた馬車は着々と近づいてきていた。
(ああぁ…もうすぐ着いてしまうわ…)
馬車に揺られること早5日。
リーフィニアは心の中で酷く嘆いていた。
まあ姿は脚を組んでツンと澄ましているが。
(よりによってオストラヴァ様のもとに嫁ぐだなんて…。私ってば何度もワインをかけてしまっているし、絶対歓迎されないわ…!)
絶望したリーフィニア(本体)は両手で顔を覆い天を仰ぐ。
自分の意思ではないとはいえ後悔は止まらなかった。
(オストラヴァ様のお声があまりにも良くてつい耳に届いてしまったんだもの…!反応せずにいられなかった自分が情けないわっ)
アッシュの声がどうにもリーフィニアに刺さるものだったようだ。
婚約者がいる身であったとしても、そういった好みは変えられるものでもないから致し方ない。
しかしだからと言って喧嘩を売ってしまったのは受け入れられず、ただただ気落ちした。
と、そんなリーフィニアへ正面に座る少女から声が掛かる。
「あの、お嬢様。喉が渇きませんか?お飲み物もございますけど…」
話しかけてきたのは侯爵家から連れてきた世話係のメイドで15歳のジュマだ。
萌葱色の髪と瞳をしたおかっぱの少女で何年も前からリーフィニアの専属メイドを勤めており、皆が嫌がるなか唯一ついてきてくれたメイドでもある。
顔には出していないが、リーフィニアの暗い空気を感じ取って気遣ってくれているのだろう。
けれど、リーフィニアは疎ましそうにジロリと睨む。
「アナタ馬鹿なの?こんな揺れる馬車で飲み物なんか飲んでこぼしたらどうするつもり?それとも、汚れたドレスで面会させて笑い者にしたいのかしら?」
「とっ、とんでもございません!わたしが浅はかでした!」
怯えながら必死に頭を下げるジュマ。
悪女リーフィニアは気に入らなければ体罰を与えることもあるので、恐怖が染み付いてしまっているのだ。
(うぅ、ごめんねジュマ。気遣ってくれたのにまたこんな態度を…っ)
気持ちは申し訳なさでいっぱいになっているが忌まわしそうにフンと目を逸らすリーフィニア。
更に悪くなってしまった空気に焦ったジュマは、どうにかしようとキョロキョロ見回してから話題を振った。




