6. 両家の反応
「なんですって!?」
エルネスト侯爵邸の執務室で、リーフィニアの声が響き渡る。
書簡を手に内容を告げた父に詰め寄って再確認した。
「オストラヴァ辺境伯家に嫁げだなんて…本気で言ってますの!?」
オストラヴァ辺境伯家。
首都から遠く離れた国境沿いにある街『トムタッタ』を治める家だ。
そしてその家の次期当主で結婚相手に指定された相手こそが、リーフィニアがワインを顔面に浴びせたあの令息である。
侯爵はリーフィニアの質問に頷きながら答えた。
「あぁ、そうだ。しかもこれは王命だ。反故にする事はできない」
「王命ですって…!?」
逆らえない相手であるだけに信じられないと目を見開く。
それでも受け入れられないリーフィニアは悪あがきした。
「お父様は宰相でしょう!?どうにか出来ませんの!?辺境の地なんて行けば、お茶会やパーティーにも碌に参加できなくなりますわ!」
「だからだろう」
「!?」
父の返事から意味を察して瞬間的に動きが止まるリーフィニア。
その予想を肯定すべく侯爵は言葉を続けた。
「リーフィニア…お前はあちこちで問題を起こし過ぎたのだ。この首都でお前を受け入れてくれる者などいないくらいにな」
突き付けられた現実にリーフィニアはギュッと拳を握る。
怒りを滲ませながら吐き捨てるように聞いた。
「つまりは、遠くの地へ厄介払いしようと言いますのね?しかもあんな野蛮で容姿もパッとしない男との結婚だなんて…酷すぎますわ」
自分を被害者として王家の判断を非難する。
だが、侯爵はハァと深く溜め息を吐いて諭した。
「いい加減にするんだ。この措置は寧ろかなり甘いものだぞ?首都から離れているとはいえ、歳も若い次期当主という好条件な相手との婚姻だ。それともお前は年老いた男の後妻か修道院送りの方が良いと言うのか?」
「それは…」
具体的な比較対象を出されてしまえば今の条件は破格で反論できなくなる。
不服ながらも受け入れそうな雰囲気を感じ取り、侯爵も畳みかけた。
「分かったなら荷をまとめなさい。出来る限り早く婚姻を結べとのお達しだったから、1ヶ月後には式を挙げられるよう向こうにも書簡を送っておいた。トムタッタまでは馬車で数日掛かるから、直ぐにでも出発した方が良いだろう」
早く出ていけとも聞こえる言葉。
しかも普通貴族の婚姻となれば長い準備期間を要するものだ。
それすら与えられない雑な対応に、リーフィニアはカッとして声を荒げた。
「ええ、わかりましたわ!こんな父親のいる家に未練なんてありませんもの!」
侯爵に背を向け、扉をバンッと激しく開く。
と、直ぐ目の前から「きゃっ」と小さな悲鳴が聞こえた。
焦った様子で部屋の前に立っていたのはミルディだ。
視認したリーフィニアは冷たい目を向ける。
「ミルディ…盗み聞きしてましたの?」
「あっ、ち、違うの!お姉様の声が廊下まで響いてきたから、どうしたんだろうって気になっちゃって…盗み聞きするつもりなんてなかったんです!ごめんなさい!」
頭を下げて必死に謝るミルディ。
それから、おずおずと顔を上げてリーフィニアに問い掛けた。
「あの…お姉様。本当に、辺境伯家に嫁いじゃうんですか?」
ミルディは寂しいような同情するような目を向ける。
それを目にした瞬間、沸点に達したリーフィニアは手を振り上げた。
ーーバチィンッ!
思い切り振られた手がミルディの頬を叩いて大きな音を立てる。
侯爵が青ざめ「リーフィニア!」と咎めたが、聞く耳も持たずにリーフィニアはミルディを睨みつけた。
「アンタのせいよ!アンタがわたくしの婚約者を奪ったから、あんな辺境の地に行く羽目になったんじゃない!」
「…っ」
リーフィニアに責め立てられ、ミルディはぶたれた頬を押さえながら涙目で言葉を詰まらせる。
憎々し気な顔でリーフィニアは口の端を上げた。
「アンタはさぞ愉快でしょうね?見目麗しい素敵な婚約者を手に入れて邪魔者を追い出せるんだから」
「そっ、そんな事…」
「黙りなさい!」
否定しようとしたミルディの声を遮り言い訳も許さない姿勢を見せる。
ビクリとして何も言えなくなったミルディの横を鋭い視線を突き刺しながら通り抜けた。
「精々わたくしが居ない時間を楽しむことね。いずれ必ず目にものを見せてやるわ」
フンと顔を背け自室へとズカズカ歩いていくリーフィニア。
へたりと座り込んだミルディに侯爵が駆け寄った。
「大丈夫かミルディ?止められなくてすまない」
「いえ、そんな…。私が…悪いので…」
リーフィニアの言葉が堪えたらしく、ミルディは落ち込んで涙を落とす。
侯爵は優しくミルディの肩に手を乗せた。
「お前は何も悪くない。リーフィニアの自業自得だ。自分を責めるな」
「でも…」と尚気落ちしているミルディに微笑んで、侯爵は自身の願いを告げる。
「きっと、ここを離れればリーフィニアも心を入れ替えてくれるさ。そう信じてやろう」
親として娘を見捨てきれない思いが顔を出す。
父の思いを汲み取ったミルディは涙を拭って頷いた。
「…はい。私も、優しいお姉様に戻るって信じます」
素直に同意してくれたミルディの頭を撫でて、侯爵は既に見えなくなったリーフィニアへ目を向けた。
心は痛むが、決意が揺らがないようこのまま別れる事を決めたのだった。
一方で、オストラヴァ辺境伯家でも叫び声が上がっていた。
「はぁぁぁあ!?」
耳を疑い腹の底から声を出したのはリーフィニアの婚姻相手として指名されたアッシュ・オストラヴァ。
執務室で着席しながら耳を塞ぐ父に、灰紫色の目を吊り上げ机に乗らんばかりの勢いで問う。
「うっそだろ!?あのリーフィニア・エルネストと結婚しろだ!?しかも1ヶ月後!?あり得ねえだろ!!」
「王室主催の舞踏会で一緒になって騒ぎを起こしたんだろう?その報いだ」
「割に合わねぇ…!!」
他人事と思えるほど至って冷静な辺境伯の返しに頭を抱えて天を仰ぐ。
どちらかといえば被害者であるが故に当然の反応だろう。
すると、騒がしい執務室の扉が開き小さな少年がヒョコリと顔を出した。
「廊下までメチャクチャ声響いてるけど、なに騒いでんの?」
「あぁ…ユーゾフか」
絶望したままのアッシュに声を掛けたのは、アッシュと同じくベージュの髪に灰紫の瞳をした3歳の弟ユーゾフだ。
トコトコと入ってきたユーゾフに辺境伯が簡潔に説明する。
「アッシュにとある令嬢と結婚するようにと王命が下ったんだよ」
「え!?」
聞いたユーゾフは小さな両手を口元に寄せて目をパチパチさせながらアッシュを見た。
「兄上結婚すんの!?うわぁ~、彼女もいなかったのにいきなり結婚とか貴族っぽぉーい」
「お前も貴族だろうが。くっそぉ、お子様は気楽で良いな」
またしても他人事のような反応をされたアッシュは悔しげに歯を食いしばる。
一方で、ユーゾフはふんぞり返りながら反論した。
「お子さま扱いすんなよな!おれには異世界で15歳まで生きた前世の記憶があるって言ったろ?それ含めれば18歳!見た目は子ども!頭脳は大人!なんだよ」
「それでも俺よりはガキじゃねぇか」
現在20歳であるアッシュにさらりと返されるユーゾフ。
因みに「ガキって言うな!」と騒ぐユーゾフが転生者というのも本当の話だ。
1年程前、うっかり階段から転げ落ちたユーゾフは前世に日本で生きていた記憶が突如として蘇ったのである。
もちろん、急に前世などと言い出したユーゾフに最初は皆も驚いたものだ。
しかし2歳児とは思えない言動を目にしては信じざるを得ず、今ではすっかり受け入れてしまっているオストラヴァ辺境伯家である。
「で、兄上は何であんな叫んでたわけ?」
急な結婚に動揺するのは理解しても、あそこまで大声を出していた理由には繋がらずユーゾフは話を戻した。
溜め息を吐き、頭を押さえながらアッシュは答える。
「俺の結婚相手が、リーフィニア・エルネストなんだよ」
「リーフィニア・エルネスト!?あの悪女の!?うわ、それは悲惨!」
「だろ!?」
漸く気持ちを分かってもらえ、アッシュはユーゾフに全力で嘆いた。
「そりゃ俺だって貴族の端くれだし政略結婚は覚悟してたぜ?けどアイツは無いだろ!俺は清楚可憐で優しくふんわりした子がタイプなのに真逆も真逆だし!一体あの女のせいで何着の服を駄目にしたと思って…!」
「てか何で兄上は会う度にワインぶっかけられてんの?」
「知らねえよ!俺の顔を見たらグラスを手にするっていう条件反射でも身に付けてんだろ!」
「そんな条件反射いやすぎる」
デビュタントや今回だけでなく、稀に参加する夜会で毎度ワインをかけられていたアッシュは弟の小さな肩に両手を乗せて項垂れる。
ユーゾフに小さな手でなでなでと慰められながら、アッシュは落ち込んで力無く呟いた。
「マジで無ぇよ…。確かに喧嘩はしたけど、そんなに陛下の気に触ることだったか?」
と、その呟きには執務机から動かない辺境伯が答えた。
「いや、どうやら先王様の提案らしいぞ?その証拠に先王様から直筆の手紙も届いている」
「「直筆の手紙!?」」
驚きの物品に兄弟は同時に声を上げ目を剥く。
父がスッと差し出した封筒をアッシュが受け取り、中の手紙を2人で一緒に覗き込んだ。




