37. やり直し
「本当に良いの?ミルディ」
泣き止んで気持ちも落ち着いてから、温室のベンチに腰掛け話し合った4人。
リーフィニアに問われたミルディはコクリと頷いた。
「うん。だって私がやったのは本当の事だもん。ちゃんと皆んなに私が薬を用意したって言って謝るわ」
そう、今回のパーティーで起こした騒動の犯人は自分だと正直に名乗り出ると決めたのだ。
因みに余計な混乱や疑惑を招かぬようリーフィニアに隷属魔法をかけたという事実は伏せ、これまで虐められた仕返しに困らせようとしたという内容でまとめる事にした。
リーフィニアは結婚を機に本当に改心したようだという話も共に広める事にする。
それから、アッシュはもう一つの懸念事項についても言及した。
「そっちの問題はそれで良いとして…隷属魔法についてはどうする気だ?もう魔法はかけないっていう口約束だけじゃ俺は信用できないぞ。リーフィニアに…小さな不安も残したくないしな」
「アッシュ様…」
今のミルディがリーフィニアに再び魔法をかける可能性は低いが、生涯絶対にかけないという保証も無い。
アッシュがリーフィニアを心配するのも当然で、ミルディも慌てて考える。
「そ、そうですよね!ええっとじゃあ…契約書とか書きます?破ったら大金払いますよーみたいなの!」
と、それを聞いたユーゾフが何の気無しに言った。
「それだったら、『もう隷属魔法は二度と使いません』っていう隷属魔法を自分にかけたらいんじゃね?」
あまり深く考えずに口にした思い付きだが、これ以上無いくらい確実な方法だ。
3歳児の思わぬ発言にミルディが一番仰天した。
「え!?何この子天才!?こんな幼い子がそんな名案出すなんて!」
天才、という言葉に頬がみるみる緩んでいくユーゾフ。
珍しく本気で褒められた事で鼻高々にふんぞり返った。
「ふふふ…何を隠そうおれにも前世の記憶があるからね!おれも日本育ちの男子高生だったのさ!」
ユーゾフも転生者だと知り、ミルディは更に目を剥く。
「え!?ほんとに!?信じられない…私以外にも転生者がいたなんて」
「残念だったね。きみだけが特別じゃないってことさ」
気取った態度で述べるユーゾフに、ミルディは褒める気も失せ半目になった。
腕を組んで逆に上から目線で見下ろす。
「ふぅん、そう。で?あなたは前世の記憶いくつあるの?」
「うっ!ひ、ひとつだけど…」
「…フッ」
「前世マウントやめろよ!ちくしょう!」
鼻で笑われ形勢逆転されたユーゾフは悔しそうに喚く。
2人のやり取りを見て、リーフィニアは可笑しそうに笑いアッシュは呆れて肩を落とした。
気を取り直して、ミルディは早速マジックバッグから用紙を引っ張り出す。
「それじゃあ、すぐに誓約書を作るわね!」
迷いもせず、ミルディは『これまでにかけた隷属魔法は全て無効とします。私は今後一生涯、隷属魔法を使いません。』と記入して用紙に魔力を流した。
用紙が一度光って魔法の誓約書へと変化したのを見て取れる。
これにサインすれば取り消す事は不可能となる為、改めてアッシュが確認した。
「これだと、リーフィニアだけじゃなく二度と誰にも魔法をかけられなくなるけど…良いのか?」
いざとなれば役立つ可能性もある魔法を完全に手放そうというのだ。
念のため再確認したけれど、ミルディは晴々しい笑顔を作った。
「はい。こんな魔法、使えない方が気楽ですから」
思った以上に、この3年はミルディにとっても苦しいものだったのかもしれない。
本人が心に決めたのならそれ以上言う事は無いとアッシュも頷いた。
ミルディはペンを持ち直し、ふぅーとゆっくり息を吐く。
続けて息を吸い直し、はっきりと宣言した。
「私は、もう誰かに隷属魔法を使ったりしません」
そう告げて、誓約書へサラサラと署名する。
名前を書き切った瞬間、大きな魔力の変動が起こり即時収束した。
ほんの僅かな時間の出来事だったけれど隷属魔法が行使されたんだと分かる。
ミルディは一度目を閉じてから、満面の笑顔でリーフィニアにパッと誓約書を誇示した。
「見てリフィお姉様!今までで一番上手なサインが書けたと思うの!どう?」
頬を紅潮させて記入した名前を明るく指差すミルディ。
リーフィニアは相好を崩し、あの日をやり直すように褒め称えた。
「ええ、とても上手に書けているわ。さすがミルディね」
仲が良かった頃に戻れたようで、互いに照れ笑いする姉妹。
すると、和やかな空気の中に緊迫した声が届いた。
「ミルディ!どこだ!?返事をしてくれ!」
「リーフィニア!どこなの!?」
聞こえてきたのは両親である侯爵夫妻の声だ。
庭園にも屋敷内にもいなかった2人を懸命に捜索しているらしく、これ以上心配させてはいけないと慌てて全員立ち上がった。
「大変、早く戻りましょう」
「うん!でもって自首しなきゃ!」
「もうミルディったら」
自首などという単語を使ったミルディにまた笑ってしまう。
急足で出口に向かいながら、ミルディはリーフィニアに尋ねた。
「ところで、リフィお姉様達はすぐトムタッタに帰っちゃうの?」
「え?ええ。明日出発の予定よ」
パーティー以外の目的も無かったし、翌日にはトムタッタに向けて発つという日程を組んでいる。
答えを聞いたミルディは、少し顔を伏せてから子犬のような目でリーフィニアを見つめた。
「もし大丈夫だったら、帰るのは延期して明日みんなでピクニックに行かない?せっかく会えたのにもうお別れなんて寂しいもの」
本当にもっと一緒にいたいという気持ちが伝わってきてキュンとするリーフィニア。
とはいえ自分1人で決められる事ではなく、おずおずとアッシュを窺う。
視線を受けたアッシュは仕方ないと笑って頷き了承した。
「わかったわ。そうしましょう」
「やったぁ!」
ミルディは歓喜して跳ねながら温室を飛び出す。
リーフィニア達も後に続き、心配していた両親と合流して無事に安心させる事ができたのだった。
因みにこれは後日分かることだが、ミルディは宣言通り自分がやったのだと皆に公表した。
大勢の貴族達から顰蹙を買ったものの、怪我人もおらず悪女リーフィニアから被害を受けた人々の擁護の声も多かったため結果的にあまり大事にならずに済む事になる。
疑われたリーフィニアやクリードも冤罪だったと認識され、この事件は丸く収まったのだった。
「はぁーあ」
別邸の自室にて、リーフィニアはお行儀悪くもぼふりとベッドに仰向けで倒れた。
帰ってきてから明日のピクニックの為にとお菓子作りまでしたリーフィニアは、その後入浴などで疲れを癒してはもらったものの寝室で1人になった瞬間に心理的な疲れがどっと押し寄せたのだ。
もちろん、嫌な疲れではない。
どちらかといえば大きく満足感のあるものだった。
(なんだか色々あったな…。まるで夢だったみたい…)
会いたかった人達と再会し、和解することまで出来た。
リーフィニアを悪女とした犯人が妹だとわかったけれど、それも円満に解決した。
もう二度と悪女になる事もない。
色々あった心のしこりが一気に消え去り、肩の力が抜けていく。
それから、リーフィニアはアッシュのいる隣の部屋へと目を向けた。
「……」
むくりと起き上がって、このままでは心許ないと薄い夜着の上からローブを羽織る。
扉の前へと静かに移動し、意を決してノックをした。
ーーコンコンコン
リーフィニアの叩いた音に反応し、即座に足音が近付いてくる。
少し慌てた様子でアッシュが扉を開いた。
「ど、どうしたリーフィニア。何かあったか?」
こんな深夜に訪ねられると思っていなかったアッシュは動揺と心配の色を滲ませている。
どう見ても寝る直前だったローブ姿のアッシュに、リーフィニアも少々焦って口を開いた。
「い、いえ、すみません!その…どうしても今日の内に改めてお礼を言いたくって…」
そう、今の気持ちが薄れてしまう前にアッシュへ感謝の意を伝えたくなったのだ。
姿勢を正し真っ直ぐにアッシュと向き合う。
「アッシュ様…ありがとうございます。アッシュ様のおかげで私はあの辛い日々からも抜け出せて、今日を乗り越えることもできました。妹と…みんなとまた仲直りできたのも、アッシュ様が力を貸してくださったおかげです。本当にありがとうございます」
僅かに瞳を潤ませて深く頭を下げるリーフィニア。
アッシュは表情を崩し、そっとリーフィニアの顔を上げさせた。
「何言ってんだ。無事に仲直りできたのも、リーフィニア自身が頑張ったからだろ?俺は大したことしてないって」
優しく笑うアッシュを見て胸がまた温かくなる。
リーフィニアは一度視線を落として、これまでを思い返しながら口を切った。
「…アッシュ様。私、以前は会う度にワインをかけてしまってましたよね」
「あー、そういやそうだったな」
悪女だった頃、毎回アッシュの顔面に赤ワインをかけていたリーフィニア。
思い出したアッシュも少々苦笑いする。
リーフィニアは少しだけ首を傾け、柔和に問いを投げかけた。
「今だから思うんですけど、アッシュ様なら避ける事もできたんじゃないですか?」
「ん、まぁ…な」
「どうして…避けなかったんですか?」
エスコートやダンス以外で令嬢の身体に触れるのは御法度なので止める事はできなかったとしても、避ける事は可能だ。
度々魔物との戦闘を行っているアッシュが非力な令嬢のワイン攻撃程度を避けられない筈がない。
そりゃあ気付くかと観念して、アッシュは首の後ろに手を当てながら目線を外し答えた。
「もしそこで避けたら、他の令嬢や令息達にかかってたかもしれないだろ。そうなったら収拾つかないくらいに場が混乱したかもしれないし、俺一人が被って収まるならその方が良いだろ」
アッシュの答えはリーフィニアも予想していたもので、くすりと笑みをこぼしてしまう。
あんな状況であっても、周囲の人の事も考え最善を選ぶアッシュに心まで綻んだ。
「やっぱり、アッシュ様は優しい方ですね」
素直に伝えられた言葉にアッシュも少々紅潮する。
リーフィニアは改まって話を続けた。
「実は私…あの頃から感謝していたんです」
その言葉には疑問符を浮かべてしまったアッシュ。
当時なんて顔を合わせる度に突っかかってくるリーフィニアと喧嘩していた記憶しかない。
感謝されるところなど心当たりがなく困惑した。
そんなアッシュに、リーフィニアは物悲しそうに自分の心境を語りだす。
「悪女だった時…皆んな私から遠ざかって距離を取り、出来るだけ関わらないようにしてました。人々がどんどん離れていってとてつもない孤独を感じてたんです」
自分の意思ではどうにも出来なくて皆を傷付け、離れていく人を引き止める事だって出来なかった。
辛くて苦しくて、独りになっていく恐怖に怯えていた。
けれどそんな時だ。
「でもアッシュ様だけは、私と真正面からぶつかって対等にお話ししてくださいました。もちろん喧嘩ですので気持ちの良いものではないですが…それでも、あの時間に私の心は救われたんです」
大きくなっていく疎外感のなか見つけた、小さな一筋の光。
リーフィニアを避け逃げる人々ばかりの中で唯一きちんと向き合ってくれたのがアッシュだった。
もしもアッシュがいなければ、リーフィニアは孤独で心もとっくに壊れていたかもしれない。
毎回アッシュに絡んでいたのも、その時間がリーフィニアにとってかけがえのないものだったからだ。
リーフィニアはアッシュと目を合わせ、想いを込めて微笑んだ。
「アッシュ様…たくさんたくさん助けてくださって、ありがとうございます。感謝してもしきれません。私…嫁いだ相手がアッシュ様で、本当に良かったです」
自分に嫁げて良かったという言葉で瞠目するアッシュ。
反応を見たリーフィニアは急激に恥ずかしくなり、赤面して逃げるように扉に手を掛けた。
「え、えっと、それじゃあもう遅いですし寝ますね!おやすみなさ…」
ーーガッ
だが、閉めようとした扉をアッシュが掴んで阻んだ。
驚いて顔を上げたリーフィニアにアッシュも本心を告げる。
「俺も…だ。嫁いできてくれたのがリーフィニアで、本当に良かったって思ってる」
リーフィニアは心臓が高鳴り言葉を失った。
アッシュも今日は伝えなければと、顔を赤くしながらリーフィニアをしっかり見据える。
「そりゃ最初は、何でこんな女と…って思ってたけどさ。でも本来のリーフィニアは、素直で思いやりがあって、少し抜けてるとこもあって」
最後の一言にリーフィニアは恥ずかしそうにむくれた。
アッシュはより一層愛おしげにして続ける。
「そんなところが…可愛くて仕方ないんだ。リーフィニア以外の妻なんて考えられないくらいにな」
隠さず乗せられた好意を受けて、リーフィニアはまた赤面した。
こんなの好きだと言っているのと変わらなくて、胸がドキドキと騒ぎ続ける。
アッシュは扉を掴む手にグッと力を込めた。
「なぁ…リーフィニア」
真剣な眼差しで見つめられ、硬直するリーフィニア。
アッシュは決して強引にならないよう静かに尋ねた。
「初夜のやり直し…してもいいか?」
その言葉の意味を理解してリーフィニアは更に真っ赤になる。
でも断る理由なんてもう何も無くて、ぎゅっと目を瞑りコクリと頷いた。
了承を得られたアッシュはタガが外れ、リーフィニアに唇を重ね合わせる。
「ん…っ」
抵抗できないリーフィニアはただただアッシュに身を預けた。
アッシュはそのままリーフィニアの寝室へと傾れ込む。
そして2人はその夜、本当の意味での夫婦となったのだった。




