36. 姉妹愛
「今日お姉様に、主役の座を奪われたわ」
パーティーでの事を思い出し、リーフィニアは言葉に詰まる。
婚約式で主役となるはずのミルディよりも遥かに自分の方が目立ってしまっていた。
ミルディにとって面白くない状況だったのは間違いない。
悔しさを滲ませてミルディは嘆息した。
「はぁ。最近はお姉様がいなくてイマイチ注目されないから呼んだっていうのに。まさか結婚して名前が変わったら魔法が解けちゃうなんて、計算外よ」
「…!」
そう、それが婚姻によって魔法が解けた理由だった。
誓約書に記入した名前は『リーフィニア・エルネスト』。
しかし現在の名前は『リーフィニア・オストラヴァ』。
署名した名前と一致しなくなったが故に誓約書の束縛から解放されたのである。
ミルディは失敗した計画内容を愚痴として吐いた。
「本当はお姉様に魔物誘引薬を撒き散らして暴れてもらって、私が悲劇のヒロインになれるよう引き立ててもらうつもりだったのになぁ」
「っ、じゃあ、あの薬も貴女が用意したの…?」
「ええそうよ。まあ本当に魔物が来ちゃうなんて思ってなかったけど」
魔物に襲われて大怪我を負ったこともあるミルディは本気で自身を危険に晒す気などなかったのだ。
あくまで観客に見せる為の分かりやすい小道具の一つとして用意していたのである。
杜撰で考え無しな計画にアッシュ達も顔を顰めた。
しかし当の本人は責任を感じた様子もなくリーフィニアに再び強請る。
「ともかくお姉様、婚約式を台無しにしたお詫びをしてくれない?これにサインして、もう一度悪女になってほしいの」
折られていた用紙をピラリと開いてみせる。
そこには『私はミルディ・エルネストのどんな命令にも従います。』という、単純でありながら汎用性も危険度も高い内容が書かれていた。
恐らく何かあった時に備えて誰が相手でも使える物を用意していたんだろう。
ペンを握っているリーフィニアの右手を、蔓がググっと強制的に動かす。
この危機に、もう自供は充分だとアッシュが本領を発揮した。
「んな事…させるか!冥潤双波!」
ーーズバッ
両手から細く圧縮した水を飛ばし丈夫な蔓を一撃で切断する。
「うそ!?」と仰天するミルディに向かって双刃刀片手に蔓を切り裂きながら走った。
慌てふためてミルディは両手を翳し魔法を使う。
「ち、チャムグロース!!」
魔法に反応した植物が太い蔓状となって幾つも迫り上がり、まるで檻のようにミルディとリーフィニアを囲んだ。
けれどアッシュにとっては足止めにすらならず、薙ごうと構え力を込める。
「は!この程度…!」
だがその瞬間…誰もが予想だにしていなかった事が起きた。
「ドュルラーク!!」
ーーガキン!
「!?」
断つことができた筈の刃が、火花を撒き散らして弾かれる。
ミルディが作り出した蔓の檻を、なぜかリーフィニアが硬化したのだ。
そしてその強度がどれ程のものかは共に訓練をしてきたアッシュが一番よく知っている。
どうやっても壊せないと悟り、肌が粟だった。
「リーフィニア!何してんだ!早く魔法を解け!」
蔓を掴み説得しようと必死にリーフィニアに呼び掛ける。
けれどリーフィニアは魔法を解こうとはせず、静かに口を開いた。
「ごめんなさい…アッシュ様」
謝りながら切ない微笑みをアッシュに向けるリーフィニア。
「ミルディは、私を命懸けで助けてくれた大好きな妹なの。こんなの間違ってるって自分でも分かってるけど…ミルディの為なら私は、何だってしてあげたい」
その台詞は宣誓に当たるもので、署名をすれば隷属魔法が完全に発動してしまうと分かる。
アッシュは更に身を乗り出し「リーフィニア!」と叫んだが、リーフィニアは目を背けてミルディに向き合った。
「さあミルディ、誓約書を頂戴。署名が必要なんでしょう?」
真っ直ぐに見つめ、自ら誓約書への署名を志願する。
リーフィニアの想定外な言動を受けて、逆にミルディはたじろいだ。
「何で…?どうして…」
理解が出来ず、少し怯えながら語気を強めて問い詰めた。
「あんな目に遭っておきながら、何でサインしようとするの…!?」
何か裏があるのではと警戒心をも露わにする。
けれどリーフィニアが返したのは変わらない優しい眼差し。
戸惑い真意を探るミルディへ、穏やかに胸の内を伝えた。
「だって…あなたは今も、私の大切な妹だもの。誰よりも幸せになってほしいの」
告げられた言葉に嘘の色は全く見えない。
ミルディは立ち竦んだまま「何で…何で…」と疑問だけを口から零す。
奥にしまい込んでいたものが引っ張り出され、眉をハの字にしながら瞳いっぱいに涙を浮かべた。
「…っ、お人好し、すぎるよぉ…リフィお姉様の馬鹿…!」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼして顔をくしゃりと歪めるミルディ。
それはリーフィニアもよく知る、姉想いで可愛らしいあの頃の妹の顔だった。
「ふっ…う……ほ、本当は…ずっと苦しかった。全部自分の思い通りに進んでる筈なのに…胸が痛かった…っ。気付かないように…後悔しないように、見ないふりしてたのに…!」
記憶が蘇ったことで前世の人格が強く出ていたが、元来のミルディは魔物から庇えるほどリーフィニアのことが大好きだったのだ。
気持ちに蓋をしたって罪悪感はどんどんと降り積もっていた。
でももうここまで来ては引き返せないと思っていた。
それなのに…
「なんで、そんなこと言うのよぉ…!」
酷い仕打ちを与えたと知っても変わらず、リーフィニアは自分を大切だと言ってくれた。
封じていた蓋は音を立てて壊れ、これ以上大好きな姉を苦しめたくないという想いが溢れ出した。
「わぁぁん!私だって…リフィお姉様が大切よ!大好きだよ…!何で私…リフィお姉様を苦しめるような事しちゃったの!?何…で!ひ…ぐ…っ、ごめんなさい!ごめんなさぁあい!!」
泣き崩れたミルディに呼応して魔法が解けた蔓も全て倒れ落ちる。
体が自由になったリーフィニアはミルディを温かく包み込んだ。
「ミルディ……ミルディ…っ」
リーフィニアの目からも滴がこぼれ落ちる。
本当は…リーフィニアも少し怖かった。
再びあの悪夢の日々に戻るかもしれない恐怖に足が竦みそうだった。
でも悪女となり自由がきかない状況だった時、誰かを殺すというような大罪を犯したり男達に体を許すといったリーフィニアの心が壊れてしまいかねない一線だけは越えることがなかった。
きっとそれは本来のミルディの人格が抗ってくれたんだと思ったのだ。
だからこそ、妹としてのミルディの心が残っていることを信じ賭けたのである。
2人の互いを想う姉妹愛が、前世の人格の野望を大きく上回った瞬間だった。
そうして泣きながら抱きしめあう姉妹を、アッシュとユーゾフも並んで見守っていた。
号泣するミルディを眺めながら、ユーゾフが力無く呟く。
「…おれも、もしかしたらああなってたのかな…」
ミナスの『気を付けなさい』という言葉が今になって重くのしかかってくる。
自身を主人公と言ったミルディが自分の未来の姿と重なって見えてしまった。
けれど、アッシュは肩を落として笑む。
ぽんとユーゾフの頭に手を乗せ断言した。
「大丈夫だろ。今のお前なら」
気づくことができたユーゾフが道を踏み外す事はきっと無いだろう。
アッシュに言われたらユーゾフもなんだか自信が湧いてきて、気持ちを新たに顔を上げた。
「兄上、おれ…これからも訓練がんばるよ」
「おう」
兄弟2人もまた、家族の絆を深め合う。
前を向き、歩を踏み出した。
残り2話となりました。
ここまで読んでくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。
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