35. 主人公
「え?お姉様、何言ってるの?」
リーフィニアの質問に、訳が分からないと言わんばかりに首を傾げるミルディ。
尚も警戒したまま、リーフィニアは拳を握り言葉を続ける。
「とぼけないで。ミルディは…そんな風に花を踏み付けたりなんて決してしないわ」
視線の先はミルディの足元で、ミルディは温室に植えていた花を踏み潰してしまっていた。
もしこれが魔物から逃げている真っ最中であれば焦っていたせいだと納得できただろう。
けれど今はそこまで危機迫っておらず、まして花が植えてあると分かりきっている温室内だ。
それなのにミルディが大好きな花をうっかり踏むなんてあり得ない事だった。
あちゃーといった感じで花から足を離し、「ごめんねぇ」と軽い調子で謝るミルディ。
肩を落としてため息を吐きながらリーフィニアを見据えた。
「…まさか、こんな事で勘付かれちゃうなんて思わなかったわ」
笑顔を作るミルディは、同じ顔でありながら別人のように映る。
大切な妹を奪われたと思ったリーフィニアは悲痛に問い掛けた。
「やっぱり、貴女ミルディじゃないのね!?ミルディはどこ!?」
いつからだろう。
ミルディに違和感を覚え出したのは。
いつからだろう。
ミルディが…リフィお姉様と呼ばなくなったのは。
ミルディがミルディでなくなってしまった日を必死に考える。
けれどその考えをミルディ自身が肩をすくめて否定した。
「ああ、勘違いしないでお姉様。私は間違いなくミルディよ」
ニコリとして、直後に決定的な答えを返す。
「ただ、魔物から受けた傷で高熱を出してから前世の記憶が蘇ったってだけ」
前世、と聞き腑に落ちてしまった。
身近にいた1人の存在が状況を即座に飲み込ませる。
「貴女…転生者なの?」
リーフィニアの質問に、今度はミルディの方が驚いてみせた。
「え!?お姉様なんでそんな言葉知ってるの!?もしかしてお姉様も転生者!?」
「い、いえ、私は違うわ」
「なぁんだ。驚かせないでよ」
たまたまそういう言葉を使ったのかと解釈して肩をすくめるミルディ。
敵意の無さそうな笑顔で、リーフィニアに一歩近づいた。
「ともかくそういう事。前世を思い出したから、好きなものとかも変わっちゃっただけなの。だからそんなに警戒しないでお姉様」
複雑な気持ちではあるが、前世の記憶が蘇り人が変わったとなればミルディが悪いわけでもないし何も言えなくなる。
色々と思うところもあるけれど受け入れようと頷いた。
「そう…なのね。わかったわ」
「わぁ、さすがお姉様ありがとう!」
ミルディは嬉しそうにリーフィニアの腕にしがみつく。
無邪気に笑いながら妹らしく甘えだした。
「ところでお姉様、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん!お姉様結婚したから姓が変わったでしょう?だからね、今のお姉様のサインがどうなったのか気になるの!また書いてみせてくれない?」
サインを見せて欲しいという唐突な願いに困惑したけれど、特に断る理由もない。
戸惑いつつもリーフィニアは了承した。
「え、ええ。良いわよ」
「やったぁ!ちょっと待ってね♪」
ミルディは早速とばかりにお花型のマジックバッグを漁り紙とペンを取り出す。
半強制的にリーフィニアにペンを握らせた。
「じゃあここに書いて!」
無造作に折られた紙の下部を指定するミルディ。
強引さを感じつつも、言われるがままリーフィニアはサインを書こうと手を伸ばす。
が、ペン先が付く直前に聞き慣れた声が響き渡った。
「リーフィニア!そいつから離れろ!!」
温室の扉を開け放ち叫んだのはアッシュだった。
あまりの剣幕に驚いて振り返る。
「あ、アッシュ様?どうして…」
「お前に隷属魔法をかけたのはそこの妹だったんだ!魔法の条件は宣誓と誓約書への署名だったんだよ!」
「…!」
条件を聞きリーフィニアは愕然とした。
まさにその署名を、今させられそうになっていたのだ。
よもや疑いようもなく絶句しながらミルディを窺う。
視線が集中したミルディは子供のように口を尖らせた。
「あーもうちょっとだったのに。邪魔しないでよね」
それはもう完全なる自白で、リーフィニアは後退しようとしアッシュや遅れて到着したユーゾフは助けようと足を踏み出す。
けれどミルディはそれを許さなかった。
「チャムグロース!」
ミルディが唱えた途端に、温室内の植物が反応して太い蔓のようになりながら蠢きだす。
「うわぁ!」というユーゾフの悲鳴と共に3人の手足へと巻き付き拘束した。
引きちぎろうと試みてみるが頑強で全く切れそうにない。
「こ、こんなもん炎舞で…!」
「待てユーゾフ!ここで火炎魔法を使えば温室まで燃える可能性がある!」
「あっ、そっか…!」
植物ならばと燃やそうとしたユーゾフはアッシュに言われてハッとする。
野外ならまだしも屋内で炎なんて使うわけにはいかなかった。
身動き出来なくなった3人を見遣り、面倒そうに溜め息を吐くミルディ。
「もう、魔法をかけなきゃいけない相手が3人に増えちゃったじゃない。ていうか、どうして隷属魔法のこと知ってるの?私しか使えないオリジナル魔法のはずなのに…」
その呟きと先程までの話で、リーフィニアは1つの答えに行き着いた。
確認するために震える声でミルディに問い掛ける。
「ミルディ、もしかして貴女の前世って…100年前に処刑された魔女なの?」
リーフィニアの問いにミルディは瞠目し、開いた手を口元に当てて大袈裟に驚いてみせた。
「え!すごい!まさかとは思ったけどお姉様達そんなところまで調べ上げたの!?わぁービックリ!」
これによってアッシュ達も、ミルディがユーゾフと同じく前世の記憶があるのだと理解する。
同時に、植物魔法を使うミルディが隷属魔法まで使えた理由も予想がついた。
前世の記憶により魔力密度を弄り変質させる事ができたんだろう。
ミルディは不敵に笑い、動けないリーフィニア達に自分語りをし始める。
「でもね、ただの生まれ変わりじゃないわ」
まだ他にも特別な何かがあるという言い方。
どういう事かと疑問を抱いた3人は、次のミルディの言葉で喫驚した。
「私は魔女として処刑されてから、なんと異世界の人間に転生したのよ。言っても分かんないと思うけど、日本人として平凡に暮らしてたの」
思わず視線をユーゾフに向けるリーフィニアとアッシュ。
ユーゾフの驚愕した表情を見るに、同郷で間違いないようだった。
同じような境遇の人間がいるなんて思いもしないミルディはつらつらと続ける。
「でもね、その世界でも事故に遭ったせいで若くして死んじゃったのよ。ひどくない?前世で魔女扱いされて、次も長生きできずに死んじゃうなんてあんまりよ」
自身の不幸を嘆き、我が身を慰めるように胸に両手を当てて瞼を閉じるミルディ。
それから、スッと目を開けて両手を広げた。
「だけど、また私はこの世界に招かれた。記憶が蘇った瞬間に気付いたわ。きっと、私を不憫に思った神様が転生させてくれたんだ…って。私はね、この世界の主人公なのよ」
主人公、という単語を聞いてユーゾフは息を呑んだ。
ミルディは恍惚とした表情で続ける。
「主人公ならシンデレラみたいになるべきでしょ?でもこの国の王子ってまだ幼いし、結婚適齢期の令息で一番イケメンなのってクリード様だったのよね。それで考えたの。意地悪な姉に虐められる主人公が、苦難を乗り越えて幸せになるストーリーを」
この言葉で、ミルディがリーフィニアを悪女に仕立てた動機が判明した。
自分がヒロインとなる為にうってつけな悪役を用意したのだ。
満面の笑顔でリーフィニアに近づくミルディ。
「お姉様のおかげで、私は思い描いた通りのヒロインになれたわ。皆んなが羨む主人公になれたの。でも…」
先程までの笑顔が急に鳴りを顰め、鋭い眼差しがリーフィニアを捉えた。




