34. 魔法の条件
「クリード様!もうやめてください!もういいですから!」
そう叫んだのはミルディだ。
顔を赤くして息が上がるくらいに叫んだミルディにクリードもたじろぐ。
「み、ミルディ…」
婚約者であるミルディに言われたのが効いたのか、怯んでしまい掴む手にも力を込められなくなった。
その瞬間を見逃さず、アッシュがクリードを引き離し近くの警備兵に「コイツを押さえてろ!」と命令する。
相手は伯爵令息であるが状況的に警備兵も従うべきと判断し直ぐにクリードを取り押さえた。
「行け!リーフィニア!」
「アッシュ様…ありがとうございます!お気を付けて!」
「ああ!」
アッシュならばあの程度の魔物に手こずることはないと信じ、リーフィニアはミルディを安全な場所へ連れて行こうと走り出した。
「リーフィニア!」と尚も踠くクリードを尻目に、アッシュは魔物と対峙する。
「兄上!おれも手伝う!」
「ああ。じゃあお前は後方待機して、撃ち漏らしが出たら屋敷に入らないよう駆除してくれ」
「わかった!」
さも役割を与えたようにして安全圏にユーゾフも誘導するアッシュ。
やる気満々で騙されたユーゾフが後ろに下がったのを確認して、魔物討伐をすべく地面を蹴った。
「はぁ…ミルディ、もう少しよ!」
侯爵家の敷地も広い為、少しだけ息を切らせながら屋敷の前まで走るリーフィニア達。
屋敷の前は押し寄せた貴族達で既にごった返していた。
早く室内に入りたい者達の怒声が飛び交っている。
「おい!早く進めよ!!」
「きゃあ!押さないで!」
平時ならばすんなり入れる大きな扉でも、混乱した人々が流れを乱して渋滞してしまっていた。
それでも建物内には入らなければと順番の後ろに並ぶ。
しかしその瞬間、こちらを見た令嬢が青ざめて金切り声を上げた。
「ちょっ、ちょっと!近付かないでくださいまし!!」
「!?」
まるで化け物でも見たかのような反応。
連鎖的に、他の貴族達も次々叫んだ。
「ソイツがいたら魔物が寄ってくるだろ!」
「早く向こうへ行け!!」
「魔物が来たらどうするんだ!!」
ミルディが薬を零した場面を目撃した者は多数おり、そばにいては自分達も危険だと拒絶されたのだ。
貴族達の剣幕は凄く、とても屋敷には入れてもらえそうにないと分かる。
危険なのは事実だし、かといってミルディを避難させない訳にもいかずリーフィニアは狼狽えた。
どうすればいいか分からず視線を迷わせる。
すると、隣で怯えていたミルディが何かを見つけて指差した。
「! お姉様、あそこは!?」
ミルディが示したのはここから少しだけ離れた場所にある温室だ。
あそこならば扉もあって閉じ篭れるし、多少耐久性は低くとも避難する場所としては充分だろう。
「そうね、あそこに行きましょう!」
頷き合い、屋敷に入るのは諦めて2人は手を繋ぎまた走り出したのだった。
「ラストだ!」
ーーズバンッ
その頃、警備兵と共に戦っていたアッシュは早くも魔物を殲滅していた。
普段討伐している魔物と比べれば雑魚同然で苦戦する筈もない。
なんなら殆どをアッシュ1人で倒してしまったくらいで、警備兵達から尊敬の眼差しまで向けられていた。
「オストラヴァ卿、ありがとうございます!」
「大変にお見事でした!」
周囲の安全を確認し、アッシュへお礼を述べる警備兵達。
頷いて応えアッシュも一息つきながら双刃刀をマジックバッグへと仕舞った。
それからくるりと振り返り、依然として警備兵に押さえられているクリードを睨む。
「…お前、一体どういうつもりだ?何であそこまでリーフィニアを疑ったりしたんだよ」
「それ…は…」
あまりに怪しい言動を繰り返したクリードを尋問し、問われたクリードは口籠った。
俯き、観念したように脱力する。
が、そんな姿に警備兵までも肩の力を抜いた瞬間だった。
ーーバッ
「あ!」
緩みを感じ取ったクリードが即座に手を振り払い駆け出す。
他には目もくれず屋敷の方へと真っ直ぐ向かい出した。
「! 待て!」
逃げ出したクリードを見てアッシュは直ぐに跡を追う。
リーフィニアの所へ行こうとしている可能性が高く、逃がす訳にはいかないとスピードを上げた。
クリードもまた全速力で走り、ユーゾフの横を通り過ぎようとする。
しかしその時、ユーゾフは咄嗟に両手の平をクリードに向け訓練成果を発揮した。
「炎舞!!」
ーーボウッ!
「うわ!」
まさかこんな幼児が魔法を使ってくるとは思わず、急に目の前に現れた炎に驚いたクリードは尻餅をついてしまう。
転んだ容疑者を確保し損ねる筈もなく、追い付いたアッシュは腕を捻り上げた。
「よくやったユーゾフ!」
「だよね!?いまおれ超ファインプレーしたよね!?ちょっと自分でもいまのはすご…」
ーーピロリロピロリロリン♪
まるでユーゾフの言葉を遮るようにポケットから鳴り響いた音。
ミナスから預かった魔導フォンの着信音であり、「いま!?」とかかってきたタイミングにツっこみながら電話を手に取る。
その間に、アッシュは再びクリードを尋問した。
「逃げたってことは後ろ暗いことがあるんじゃないか?正直に答えろ。…お前が、犯人なのか?」
ここで言う犯人というのは、リーフィニアを悪女化させた事も含めての質問だ。
追い詰められたクリードは汗を滲ませて呼吸を荒くする。
グッと拳を握りこみ、絞り出すように言葉を発した。
「違…う…。違うんだ…!」
一度声に出した事で止まらなくなったのか、必死の形相でアッシュに主張しだす。
「僕が好きだった頃のようになったリーフィニアを、責めるつもりなんてなかった!か、勝手に…勝手に口が動いたんだ!」
「!」
ぞわりと、嫌な予感がアッシュの全身を駆け巡った。
鼓動が大きくなる中、クリードへ聞き返す。
「勝手に…だと?」
「うう嘘じゃない!信じてくれ!!急に体が言う事を聞かなくなったんだよ!」
周囲にいた警備兵達は、何を言っているんだと呆れた顔をした。
だがアッシュだけはこの非常事態を受けて脳が警鐘を打ち鳴らす。
核心に迫ろうと更に問いただした。
「…なら、3年前リーフィニアに『妹の為なら何だってする』か聞いたのは何でだ?」
「え?何でそれを…」
「答えろ!」
3年前の事とはいえリーフィニアが突然豹変した時の話だ。
衝撃が大きくてクリードも鮮明に覚えており直ぐに答えた。
「てっ、手紙で頼まれたんだ!『今回の事に責任を感じて、自分の為に何でもすると言い出さないか心配だ。それとなく聞いてくれないか』って…ミルディに!」
ーードクン
まさかと、心臓が大きく鼓動する。
更にそこに追い討ちがかかった。
「兄上!」
緊迫した表情でアッシュを呼んだユーゾフ。
パーティーの最中にも関わらずかかってきた電話の内容を大声で告げる。
「魔法の条件がわかった!かけるのに必要なのは本人の口からの『宣誓』と、誓約書への『署名』だって!」
「宣誓と…署名?」
ハッとして、アッシュはクリードを捨て置き走った。
目的の場所は壇上のサイン台で、先程の婚約式で使用した契約書を即時確認する。
よく見るとクリードが署名した契約書は大きさの違う紙が綺麗に重ねられていて、上の用紙は少し短く切られクリードの名は下の用紙に書かれる形になっていた。
1枚目の紙をバッと捲り、書かれた項目に目を通す。
「…!」
そこに書かれていたのは以下の内容だった。
『私、クリード・ブレガーはミルディ・エルネストに対し、以下の通り誓約いたします。
1. 私はミルディ・エルネストを婚約者とし、彼女が主役となれるよう死力を尽くします。
2. 私は婚約者の姉を悪役に仕立て、婚約者が悲劇のヒロインとなれるよう徹します。
3. 婚約者の命令には、決して逆らいません。』
この誓約書が誰の手によって作られたものかなんて、考えるまでもない。
そしてリーフィニアが悪女と化した日、彼女に署名させた人物は…
「…っ、くそ!リーフィニア!!」
真犯人が分かり、血相を変えてアッシュは駆け出した。
「ふぅ、ここなら大丈夫よね?お姉様」
「ええそうね。避難できる場所があって良かったわ」
リーフィニアとミルディは2人きりで温室内に避難していた。
陽射しを取り入れる為に硝子が多いものの、外よりは安全だろうと胸を撫で下ろす。
魔物の脅威から解放されたミルディは少し余裕を取り戻してリーフィニアに明るく話しかけた。
「それにしてもお姉様、本当に驚いたわ。昔の優しいお姉様が帰ってきてくれたみたいなんだもの」
嬉しそうに言うミルディに眉を下げてジンとするリーフィニア。
それと共に、妹のミルディにだけは本当のことを話したいという思いが顔を出した。
迷いながらもミルディに語りかける。
「…ねぇ、ミルディ。もしも私が、突然身体の自由が利かなくなってあんな行動をしてたんだって言ったら…信じられる?」
「え?」
リーフィニアの問いに目を見開くミルディ。
悲壮的な表情でリーフィニアに詰め寄った。
「もしかしてお姉様、誰かのせいであんな風になっちゃってたの!?そんな…酷いわ!」
状況理解が早すぎるミルディに僅かに引っ掛かりを覚えたものの、信じてくれた事が嬉しくてリーフィニアは目の奥が熱くなる。
ミルディは一度悲しんだ顔をしてから、リーフィニアを真っ直ぐ見た。
「でも、元に戻れたのなら良かった…。どうやって戻れたの?」
「私にもよく分からないの。アッシュ様と婚姻を結んだら何故か戻れたのよ」
「婚姻で…」
理由を聞いたミルディは考え込んだ様子で近くをうろつく。
懸命に推理してくれているのかなと思いリーフィニアは頬を緩めた。
しかし直後、表情を凍りつかせる。
「? お姉様、どうかしたの?」
急に蒼白になったリーフィニアに首を傾げるミルディ。
リーフィニアは息を浅くし、心臓は激しく波打っていた。
目を疑いながらズリ…と一歩後ずさる。
そして震える声で、ミルディへと問い掛けた。
「貴女…誰なの?」




