33. 嫌疑
「おい!直ぐに蓋しろ!!」
事態を重く見たアッシュは貴族らしさなどかなぐり捨ててミルディに叫ぶ。
叫ばれたミルディはビクリとして焦りながら返事をした。
「は、はい!」
だが、慌てて腕を下ろしたが為に数滴を零してしまう。
それを見てチッと舌打ちをしたアッシュに、リーフィニアは青ざめながら聞いた。
「アッシュ様、魔物誘引薬って…?」
「その名の通り魔物を誘き出す際に使う薬だ。半径200メートル以内の魔物が寄ってくるようになってる」
日頃から定期的に魔物を討伐しているアッシュにとっては馴染みのある薬だ。
しかし他の貴族達は魔物とは無縁の生活を送っており、あちこちから悲鳴のような声が上がった。
「も、もしかしてここに魔物が来るの…!?」
「嘘だろう!?逃げないと…!」
「い、いやっ、王都に魔物なんていない筈だっ」
「ああ、そ、そうだよな?」
王都に魔物が入り込んだ場合は直ぐに騎士団が排除するし、近くに魔物が住むような森も無い。
魔物を身近に感じていない貴族達はこんな所に現れる筈がないという考えでパニックになりきらなかった。
そのため魔物に対する意識よりも、薬が持ち込まれた事実の方に目が行く。
代表するように、クリードが怒りの声を上げた。
「リーフィニア!!やっぱり君は変わっていなかったんだな!こんな薬で妹を魔物に襲わせようとするなんて、どこまで卑劣なんだ!!」
責め立てられたリーフィニアは混乱と動揺で顔色を無くす。
どうにか誤解を解かなければと必死に言葉を絞り出した。
「ま…待ってください!わ、私は、そんな薬なんて…」
「言い逃れする気か!?君がプレゼントしたバスケットから出てきたんだぞ!?」
決定的な証拠だと言わんばかりに語気を強められ、リーフィニアは返答に窮する。
周りの貴族達からも一斉に軽蔑の眼差しを向けられた。
「信じられない…最低ですわ」
「きっと油断させる為にあんな格好で来たのよ」
「全部策略だったって事か?恐ろしい女だな」
改心したなんていうのは嘘で、リーフィニアはやはり悪女だったんだという認識で統一されていく。
妹のミルディや両親もショックを受けた表情を浮かべていて、リーフィニアは絶望で地面に足が着いていないような感覚になった。
何を言っても信じてもらえそうにないのだ。
けれど、今のリーフィニアは独りではなかった。
ーーグイッ
共に立つアッシュが、まるで自分は味方だと言うかのようにリーフィニアを引き寄せる。
それからユーゾフもバッの片手を挙げて大声で言った。
「ぼく、さっき見たよ!そのバスケットに誰かが瓶を入れるところ!」
これはユーゾフが咄嗟に機転を効かせてついた嘘だ。
実際はそんな場面など見ていないが、どちらにせよリーフィニア以外の犯人がいるのは間違いない。
どうにか状況を好転させる為に訴える。
「リフィ姉さまじゃないよ!ずっと一緒にいたもん!」
迷いなく味方をしてくれる2人に胸が熱くなるリーフィニア。
ユーゾフははたから見ればまごう事なき3歳児で、そんな幼児の訴えに周囲も揺れ始めた。
「…あんな小さな子が、嘘なんてつくかしら?」
「そうよね…。じゃあ、別の誰かが?」
思惑通り、他に犯人がいるかもしれないという疑念が出てリーフィニアがやったのか確信できなくなる。
が、それを阻止するかの如くクリードも更に前に出た。
「皆んな騙されるな!その子はリーフィニアが連れてきた子だぞ!?そう言うよう躾けてきたんだろう!」
「な…!」
なんとしてもリーフィニアを犯人にしたいように見える食い下がり。
けれどクリードの言葉にも一理あり、皆はどちらが正しいか分からず見方が半々ぐらいに割れた。
判断が付かずじりじりとリーフィニアから距離を取る。
しかし離れる人々と対照的に、1人が一歩を踏み出した。
「お、お姉様…」
歩み寄ろうとしたのはミルディだ。
婚約者の思わぬ行動に慌てた様子でクリードが手を掴み引き止める。
「駄目だミルディ近付くな!何をされるかわからないぞ!?」
「で、でも…やっと会えたお姉様を、私は疑いたくないのっ」
クリードの静止を振り切ってリーフィニアと向き合うミルディ。
周囲の貴族達は「被害者なのに、あんな姉をまだ慕ってるのか?」「なんて健気なの…」「ミルディ嬢は本当に優しいな」と評価する。
結果的に正義と悪のような構図ができつつあり、マズいなとアッシュが眉根を寄せた。
ミルディは泣きそうな顔でリーフィニアに手を伸ばす。
「お姉様…違いますよね?お姉様じゃないんですよね?」
「ミルディ…」
構図なんてどうだっていいリーフィニアは、ミルディに応えようと前に出る。
すると、その時だった。
ーーガサッ
茂みから突如飛び出してきた黒い影。
ほんの刹那の間に影は一直線にミルディへと迫る。
その時の動きは、殆ど無意識に近かった。
「ドュルラーク!」
ーーキン ガキャッ
影がミルディへと到達する寸前、滑り込んだリーフィニアが魔法で自身のドレスを硬化する。
剥き出しになった牙が硬い衣服に阻まれ甲高い音と共に弾かれた。
ーーズバッ!
直後、着地する暇すら与えられず影はアッシュの双刃刀によって斬り捨てられる。
地面にドサリと落ちて動かなくなった事で、漸く周囲の者達もその正体が分かった。
「!! 魔物…!?」
そう、襲いかかってきたのは中型犬ほどの大きさがあるネズミの魔物だ。
訓練の成果を存分に発揮したリーフィニアとアッシュの連携により即座に駆除されたのである。
「ミルディ大丈夫!?」とリーフィニアが確認すると、魔物の攻撃を受けるところだったミルディは座り込んでカタカタと震えた。
「ど…して?王都に魔物なんて…いない筈じゃ…」
怯えるミルディの疑問に、依然として警戒態勢のアッシュが答える。
「基本的にはな。恐らくコイツは下水道に住み着いてたやつだ。騎士団もそこまでは見回りしないからな」
「そんな…」
知らなかった事実にミルディは言葉を失う。
それと同時に、今の出来事を目の当たりにした貴族達は魔物だけでなく別の部分にも仰天していた。
「なぁ…今の、見たよな」
「あの悪女が…妹を庇った?」
あんな咄嗟の場面では仮面を被る暇など無く本性が出てしまう筈だ。
そういう状況下でリーフィニアは体を張ってミルディを守ったのである。
拮抗していた天秤が、一気に傾きを見せた。
「やっぱり、犯人は別の奴なんじゃないか?」
「魔物に襲わせるつもりなら助けたりしないものね」
「それに本気で心配してらっしゃるわ。改心したのも本当なんじゃないかしら」
身を挺して守った事でリーフィニアの疑惑が一気に晴れていく。
この状況に、クリードが一段と焦りだした。
「な、なにを絆されてるんだ!こんなの皆を騙す為に自作自演したに決まってるだろ!?」
ここまで来ると、リーフィニアの肩を持つつもりもない貴族達でさえ違和感を覚える。
クリードの言い分は流石に説得力に欠けていて、怪訝そうな顔をした。
もしや真犯人は…という疑いまで持ち始める。
と、ここでアッシュが何かに気付き目つきを殊更鋭くした。
「チッ、やっぱ一匹じゃ済まなかったか…」
呟くアッシュの目に映っているのは、薬に引き寄せられて庭園へと近づいてくる無数の赤い目。
魔物が倒されたと油断していた者達と違い、後続を予期していたアッシュはいち早く視認できたのだ。
リーフィニアを見直す流れを壊したくはないが魔物を無視する訳にもいかず、ジャケットを脱ぎ捨てながら皆に向かって声を張り上げた。
「おい!全員建物内に避難しろ!魔物が群れで来てるぞ!」
指示を受けて貴族達は一斉に血の気を引かせる。
犯人予想をする余裕など一瞬で消し飛び、周章狼狽となった。
「そんな、まだいたなんて…!」
「は、早く逃げないと!」
「オイどけ!」
自身が助かりたい一心で他人を押し除けながら屋敷へ駆け出す貴族達。
パニックに危機感を覚え、主催側として対応しなければと侯爵夫妻がどうにか避難誘導を試みはじめる。
敷地内にいた警備兵達も臨戦態勢となり武器を構えた。
「リーフィニア、魔物の狙いは薬が付着した妹だ!駆除は俺がするから早く避難させろ!」
「は、はい!」
ミルディが狙われていると聞きリーフィニアも慌てて動きだす。
手を引っ張ってどうにかミルディを立たせた。
「急いでミルディ!早く屋敷に入りましょう!」
「あ…お姉、様…」
動揺して足がもつれるミルディの身体を支え、リーフィニアは屋敷へと向かい出す。
だが、そんなリーフィニアの腕をクリードがガシリと掴んだ。
「待て!どこに行く気だ!?さては避難のフリして逃げるつもりだろう!?」
どこまでもリーフィニアが犯人だと言いたいようで、非常時だというのに邪魔をするクリード。
あまりのしつこさにアッシュも苛立って血管を浮き立たせる。
「てめぇ、いい加減に…」
が、アッシュとは違う怒鳴り声が辺りに響き渡った。




