38. もう構わなくて大丈夫です旦那様
「おーめっちゃ晴れてる!ピクニック日和じゃん!」
馬車の中から外を眺め、王都を抜けたところで改めて空を仰ぎ喜ぶユーゾフ。
トムタッタでは街の外でピクニックなどあまりに危険すぎるので、初めての野外行事に浮かれているようだ。
そんなユーゾフを横目に、アッシュは向かい合って座っているリーフィニアに尋ねた。
「リフィ…昨日の今日でピクニックとか、平気か?」
「はっ、はい!大丈夫です!」
身体を気遣うアッシュの質問に少々赤くなって答えるリーフィニア。
なんともいえない甘い空気が馬車内いっぱいに漂う。
2人の雰囲気に気付いたユーゾフは、昨日の今日というのは事件のことだと解釈して違う部分に着目しはしゃぎだした。
「あれ!?兄上ついに愛称呼びの許可得たの!?」
「あーまあな」
「おぉっ、おめでとう!」
断られるのを目の当たりにして後ろめたい気持ちもあったユーゾフは進展を聞き本気で喜ぶ。
それからはたと思い出して報告をした。
「あ、そうだ!またミナスが王都の噂について教えてくれたよ!」
「え?もう依頼も完了したのにか?」
「うん。オマケだってさ」
他国に行ってまで調査してくれた時点で充分すぎるのにオマケとは、やはり情報ギルド黒兎は別格だと実感する。
せっかくなので是非聞こうとアッシュとリーフィニアは耳を傾けた。
「リフィ姉さまの件だけど、あの悪女が改心したって噂がたった半日で一気に広まってるみたいだよ。体を張って妹を魔物から守ったのがやっぱ効いてて、パーティーに出席した人達が勝手に話を広めてくれてるんだってさ」
どうやら情報操作するまでもなく皆に周知されていってるようだ。
この吉報に2人も安堵の息を吐く。
「ふぅ…なら、あちこちに顔出しするまでもなさそうだな」
「うん。まぁやっぱり『今も悪女に違いない』って言ってる人も多くいるみたいだけど、逆転するのも時間の問題だろうって」
皆んなが皆んな信じたりしないのも当然なので、想定内だと頷いた。
と、続けてユーゾフはにやりとしながら口を開く。
「でもって、リフィ姉さまの話だけじゃなく兄上の話も広まってるらしいよ」
「ん?俺も?」
自分に注目が集まるとは思っていなかったアッシュは驚いて首を傾げる。
ユーゾフは自慢げにその内容を話した。
「昨日の兄上、魔物を一撃で駆除したりみんなに避難指示出したりとかしてたじゃん?その姿がめちゃくちゃカッコよかったって、令嬢も令息も見直したらしいよ。もし兄上が結婚してなかったら、求婚状が殺到してたかもしんないってさ」
「それ、は…反応に困るな」
これまでチヤホヤされる経験など無かったアッシュは逆にどう答えればいいのか分からなくなり当惑する。
一方でリーフィニアは不安と嫉妬が同時に顔を出し、思わずアッシュの膝辺りの布をキュッと摘んだ。
「アッシュ様は…私の旦那様ですよ」
リーフィニアの行動がぶっ刺さり『いや可愛すぎるだろ…!!』と胸を押さえるアッシュ。
押し倒したい衝動を堪え、ただリーフィニアの手をギュッと握ってあげた。
肯定してもらえたようでリーフィニアもはにゃりと表情を緩める。
いつの間にこんなに仲良くなったんだろう…?と流石に疑問に思うユーゾフも揺られながら、馬車は程なくして目的地へと到着した。
「リフィお姉様ー!こっちこっち!」
小高い野原から声を掛けてきたのは先に到着していたミルディだ。
隣にはクリードもおり、更に護衛とメイドも付き従っている。
3年前を彷彿とさせる構成に僅かに足が迷いを見せた。
「どうした?リフィ」
でも、あの日とは決定的に違う頼もしい存在。
アッシュが隣にいてくれれば大丈夫だと安心でき、リーフィニアは自然と笑顔になる。
「いえ、素敵な場所だなと思って。行きましょう」
リーフィニアが転ばないよう手を取ってくれたアッシュと、両手でバスケットを抱えてくれたユーゾフも一緒に歩きミルディ達と合流した。
合流直後、目ざとくミルディがバスケットを注視する。
「は!もしかしてそれってリフィお姉様の手作りお菓子!?」
「ええ。クッキーを焼いてきたの」
「嬉しい!久しぶりにお姉様のクッキーが食べられるなんて!早く場所決めしましょ!」
あまりの食べたさにどこが良いかと周辺をキョロキョロ見回しまくるミルディ。
その間に、クリードが申し訳なさそうな表情でリーフィニアに話しかけた。
「り、リーフィニア。その…昨日はすまなかった。君を疑うつもりなんてなかったのに、自分でもどうしてあんな事をしたのか…」
クリードも隷属魔法をかけられたという話はリーフィニアもアッシュから聞いている。
同じ被害者であるクリードに共感して眉を下げた。
「いいんですよクリード様。気にしてませんので、今日を楽しみましょう?」
そう優しく答えるリーフィニアはやはり以前の姿そのもので、クリードはドキドキして頬を染めてしまう。
「リーフィニア…」と一歩近付こうとしたが、もちろんそれをアッシュが許さなかった。
「ほら、妹に置いてかれるぞ。行こう」
「あ、そうですね!」
あからさまに邪魔をしてクリードから離れるよう促す。
名残惜しそうに追いかけてくるクリードも含めミルディについていった。
程よく平らで花が潰されない位置を見つけ、メイドが敷物を広げる。
待ちきれないミルディはバスケットを持つユーゾフの手を引いて早々と敷物に座った。
「リフィお姉様、食べてもいいよね!?」
「おれも早く食べたい!さっきから香りがヤバい!」
妹と義弟からの懇願を受け、嬉しそうに「もちろん」と了承するリーフィニア。
大喜びで蓋を開けた2人は早速クッキーを頬張った。
「んー!美味しーい!!」
「うーま!マジでうま!!」
ほっぺたが落ちそうなくらいの反応を見せる2人が可愛くて、リーフィニアは破顔しながら敷物へ腰を下ろす。
と、その隣へクリードも座った。
「リーフィニア、折角会えたんだし良かったら辺境でどんな風に過ごしてるのか教えてくれないかい?」
「あ、はい。良いですよ」
暫くは会えなくなるだろうしとリーフィニアは素直に頷く。
が、2人の間にアッシュが無理やり割り込んだ。
押し除けながら笑顔でクリードとバッチバチに睨み合う。
「あーブレガー卿?ちょおっと距離が近いんじゃないか?」
「いやぁすまないオストラヴァ卿。7年も婚約者だったからつい癖が出てしまってね」
自分の方が付き合いが長いんだぞアピールをするクリード。
しかしそれに押し負けるアッシュではない。
「そうかぁ癖が出たんじゃ仕方ないな。けどリフィは今や俺の妻だから自重してくれるか?」
「り、リフィ…だと!?」
自分でさえしていなかった愛称呼びをしている事にショックを隠せない。
ドヤ顔のアッシュより優位に立てないかと、思い出話まで捻り出そうとする。
そうして夫と元婚約者が争っている間に、ミルディとユーゾフは前世談義に花を咲かせていた。
「え!?あの漫画あなたも読んでたの!?」
「おう!全巻揃えてたぜ!」
「本当!?私最初の方しか読めなかったから続きが気になってたのよ!お願い教えてユーゾフ様!」
「ふふ、よかろうよかろう」
崇められながら頼まれ、気分上々で承知するユーゾフ。
クッキーを摘みながら漫画の話で大いに盛り上がっている。
すると、アッシュと争っていた筈のクリードが何かに気付き慌てて立ち上がった。
「というか何で君達2人でバスケットを確保してるんだ!?あと3枚しか残ってないじゃないか!」
「妹の特権でーす」
「弟の特権でーす」
「それはズルいだろう!」
もはやリーフィニアの婚約者ですらないクリードは危機感を覚え必死にクッキーを食べようと手を伸ばす。
「鬼さんこっちらー!」と言いながらミルディとユーゾフが逃げだし、クッキーを賭けた追いかけっこまで始まった。
そんな3人を笑って眺めるリーフィニアとアッシュ。
リーフィニアは、なんて楽しいんだろうと平和な時間を青空のもと噛み締めた。
そばを離れないアッシュにしみじみと話しかける。
「私…王都でこんなに楽しい時間を過ごせるなんて思ってませんでした」
3年間ずっと、自由を奪われ辛酸を舐めてきた。
皆に嫌われて王都に自分の居場所など無くなってしまった。
もう二度と笑って暮らす事などできないと思っていた。
でも今は、大好きな人達と心穏やかに過ごせている。
リーフィニアの気持ちを汲み取り、アッシュも温和に微笑んだ。
「ああ、よかったな。これからはずっとこうして過ごせるよ。あとは、悪女の噂も早く消えてくれりゃあ良いんだけどな」
完全に噂が消えるにはまだまだ時間がかかるだろう。
リーフィニアを悪く言う輩が早急にいなくなる事を願うアッシュ。
けれど、リーフィニアは落ち着いた表情でゆるく首を振った。
「いいんです。他の方があれこれ悪く言ったとしても、もう構わなくて大丈夫ですよ」
どうしてとばかりにアッシュは目を見張りリーフィニアを見る。
リーフィニアは屈託のない笑顔で続けた。
「アッシュ様やみんながいれば…私は充分幸せですから」
心から告げられた嘘のない言葉。
満ち足りた顔をするリーフィニアを目にして、アッシュも「そっか」と笑んだ。
そして2人は見つめ合い、皆が目を離している隙にこっそりと口付けを交わす。
これからの未来を映し出すように、空はどこまでも青く澄み渡っていた――――。




