31. 婚約披露パーティーへ
「うわ、リフィ姉さまめちゃくちゃ綺麗じゃん!すごっ!」
「そ、そう?ありがとう」
部屋から出たところでユーゾフに賞賛され、照れ笑いするドレス姿のリーフィニア。
先に準備を終え待機していたアッシュもその姿を見て瞠目し言葉を失った。
纏っているのは灰紫の滑らかで柔らかいシルク生地のドレス。
シースルーのハイネックとストレートビスチェを組み合わせたデザインで、ビスチェの真ん中にはV字にスリットが入っており内側からは濃いめの灰紫生地が覗いている。
くびれ部分のリボンは結び目を左側にずらしておりスカートまで長く垂れたそれは子供っぽくなく上品だ。
スカートも二股に分かれたフィッシュテールとAラインを組み合わせたような形で、下層のスカートには薄いレース生地も重ねられていてシンプルながら華やかさもあった。
確かに派手ではないけれど、とても優美で十分過ぎるほどに美しい。
そんな美麗なリーフィニアと目が合い、心臓が跳ねるアッシュ。
「あ、あの、アッシュ様…どうですか?おかしくはないですか?」
不安そうに尋ねるリーフィニアが可愛過ぎてくず折れそうになるのを持ち堪え、アッシュは出来る限り冷静に見えるように答えた。
「おかしいどころか…寧ろ完璧だと思うぞ?たぶん会場内でリーフィニアが一番綺麗だろ」
「えっ、そっ、そんな事…っ」
冷静にしているようで本音も駄々漏れるアッシュの言葉にリーフィニアは真っ赤になる。
社交辞令!社交辞令よ!と自分に言い聞かせて、こちらも褒めなければとまだ赤い顔のままアッシュに返した。
「あの、アッシュ様の正装姿もとても素敵です。揃えてくださってありがとうございます」
「ん、ありがとな。これなら周りからも不仲には見えないだろ。しかもユーゾフも揃えたしな」
本当に社交辞令だと思っているアッシュは照れもせずお礼を言い、隣のユーゾフを目で示す。
リーフィニアのドレスに合わせ、アッシュも灰紫のジャケットを羽織っていた。
内側には黒いワイシャツとグレーのベストを着用し、白いパンツとロングブーツで整えている。
そして「ワンチームって感じすんね!」と言っているユーゾフも、子供なので少々軽装になるが白いワイシャツに灰紫のベストとグレーの短パンを合わせ揃えていた。
パッと見は仲良し家族に映りそうだ。
と、リーフィニアはある一点が目に飛び込みまた頬を紅潮させた。
(わ…アッシュ様、ちゃんと私の色も入れてくださってる…!嬉しい)
捉えたのはアッシュがしているループタイ。
スライドにルビーピンクの石を使い、リーフィニアの瞳の色も織り交ぜたコーディネートにしてくれていたのだ。
心が浮き立ちニヤけそうになるのを必死に堪える。
そんな3人に、満足げなジュマとカーサが声を掛けた。
「お三方とも、とっても素敵です!」
「さあ、そろそろ向かわないと遅刻してしまいますよ」
カーサの言葉に「っと、確かにな」と答えて向きを変えるアッシュ。
既に日も暮れて、パーティーの開始時間が迫っていた。
同じ王都といえどそれなりに距離があるため急がなければならない。
「それじゃ、行くか。2人とも気は抜くなよ」
「「はい!」」
訓練されているリーフィニアとユーゾフが同時に返事をし、3人は急いで馬車へと乗り込む。
いよいよ戦地とも言える貴族達の集まりへと赴いたのだった。
「お二方共、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
半刻後、エルネスト侯爵邸の夜の庭に訪れた沢山の貴族達が次々と主催の2人に挨拶をしていた。
主役であるミルディとクリードは笑顔で出迎えながらお礼を言い続けている。
そんな中で、続々と来場してくる貴族の内の1人が庭園を見回しながら話題を振った。
「それにしても、夜の庭園でパーティーを開くなんて珍しいですわね」
そう、今回の婚約パーティーは夜の庭園での開催なのだ。
殆どの場合庭でのパーティーは昼に行うものなので不思議そうにする令嬢に、ミルディが笑顔で答える。
「ふふ、私はお花が大好きなのでどうせなら花に囲まれた状態で行いたかったんです。夜に見る花もひと味違っていて素敵じゃないですか?」
「ええ、ライトアップもされていてとても幻想的ですわ。ドレスも花を沢山あしらっていて美しいですわね」
「本当ですか!?ありがとうございますっ」
褒められてはにかむミルディが身に纏っているのは、クリードの髪と同じライトグリーンのドレスに白い花をまるで天の川のように飾りつけたものだ。
庭園の花々の一部なったかのような姿は愛らしく、婚約者のクリードも顔を緩める。
「ミルディ、似合っているよ。僕の色を纏ってくれてありがとう」
「えへへ、私も着られて嬉しいです。でも本物のクリード様の髪色の方がずっと綺麗ですよ」
互いに褒め照れながら見つめ合う2人。
誰が見てもお似合いな2人を貴族達も微笑んで眺める。
しかし和やかな雰囲気の中で、違う笑みを浮かべる貴族も多数いた。
「ところで、例の姉はまだ来ないのか?」
「あまりにみじめすぎて顔出せないのかもな」
「そもそも夫が同伴してくれるかも怪しいですわよね」
「彼女が妻だなんて不憫だわ…ワインをかけられ過ぎて髪が赤く染まってしまってるんではなくて?」
「やだ、笑わせないでくださいな」
皮肉たっぷりにヒソヒソと話し、嫌味を込めた笑いが広がっていく。
リーフィニアに対する期待値はどんどんと上がっていた。
そして最高潮に高まった時、ついに待ち侘びた声が響く。
「オストラヴァ辺境伯嫡男ご夫妻と次男のユーゾフ様が参られました」
次男までついてきたというのは予想外だったものの、お目当ての人物の登場に貴族達は一斉に好奇の視線を向けた。
使用人の案内を受けた3人の人影を視認する。
が、庭に設置されたライトで完全にその姿を捉えた途端、皆の脳内は混乱を起こした。
「ぇ…」
アッシュの事はわかる。
これまでにも何度も見掛けているのだから。
しかし、どうしても隣を歩く女性には見覚えがない。
上品で美しいドレスを見に纏いしなやかに歩く女性。
両サイドを緩く編み込みんだ艶やかな髪を揺らし、聖母のような優しい微笑みをたたえている。
見目も立ち振る舞いも全てが完璧で、皆は女性のあまりの麗しさに釘付けになった。
「だ、誰だ?あのご麗人は」
「もしかして、愛人でも連れてきたのか…?」
「で、でもご夫妻って言ってましたわよね?」
「それに髪と目の色は一緒だぞ?」
そう、ポニーテールではない髪も吊り上がっていない大きな目もリーフィニアと同じ色なのだ。
徐々にリーフィニア本人であるという確信が広まり、庭園内は動揺とざわめきに満ちた。
そんなあんぐりとしている貴族達を見て、胸が空くのを感じながらアッシュとユーゾフがニヤリとする。
「おーこれは…期待以上だったな。まさかここまでとは」
「みんなして見惚れてんじゃん。夜会にこんな愛くるしい幼児がついてきたのに誰も気にもとめないくらいだよ」
完璧な仕上がりのリーフィニアの隣で自分達が霞んでしまうのも厭わず反応を楽しむ兄弟。
けれども悪女の時とは違う視線が集まったリーフィニアは、なんだか不安になってアッシュを見上げた。
「あ、あの、自分の意思で社交の場に参加するのは初めてなんですけど…私浮いてるんでしょうか?」
リーフィニアからすれば今日が本当のデビュタントのようなものだ。
問題はないと分かっていても自信が無くなるのは無理もない。
アッシュはフッと笑って余裕を持ち答えた。
「安心しろ。みんなリーフィニアの変貌ぶりに驚いてるだけだ。ほら、会いたがってた相手も気付いてくれたみたいだぞ?」
その言葉に、ドクンと心臓が反応する。
ゆっくり視線を前に向けると、驚愕した表情でこちらを凝視するミルディとクリード、更には後ろで控えている両親の姿が映る。
ついに、自身を取り戻してから初の対面を果たせるのだ。
鼓動が耳の奥に響き、アッシュの腕を掴む手にも力が籠った。
一歩ずつ近付き、まずは夫であるアッシュが「この度はおめでとうございます」と挨拶をする。
それから自分の番となったリーフィニアは、慈愛を込めた笑顔を作った。
「ミルディ、クリード様…ご婚約おめでとうございます。ご招待いただけて心より感謝しております」
挨拶された2人にとって、あまりにも見覚えのあるその姿。
声を小刻みに震わせながら、確かめるように問い掛ける。
「お姉…様?」
「本当に…リーフィニアなのか?」
見た目は悪女からかけ離れているし昔のようだが、まだ半信半疑なのだろう。
リーフィニアは2人に確信を持たせられるよう眉を下げて答えた。
「ええ。これまで沢山ご迷惑をお掛けしてごめんなさい…。アッシュ様と婚姻を結んで、これまでの事を反省したの」
これはアッシュとも話し合って決めた内容。
体が勝手に動いたなどというのは信じてもらえず言い訳に聞こえる可能性があるので、心を入れ替えたという体にする。
リーフィニアは続け様に両親の方へも目を向けた。
「お父様もお母様も…これまで本当に申し訳ありませんでした。家を離れて、自分がどれ程に愚かだったか痛感したんです。もう二度と、あのような事は致しません」
立て続けの謝罪により漸くリーフィニアが悪女ではなくなったのだと確信でき、真っ先に妹のミルディがぶわりと涙を浮かべた。
「お姉様ぁ…!!」
呼びながらリーフィニアへと抱きつく。
決して拒んだりしないリーフィニアに更に涙を溢れさせ、ミルディは声を張り上げた。
「よかった!優しいお姉様に戻ってくれたのね…!すごく、すごく会いたかった!」
素直に受け入れて喜んでくれるミルディ。
リーフィニアも涙が滲み、ミルディをぎゅっと抱きしめ返した。
「ミルディ…ごめんね。あんなに酷い事をしたのに会ってくれてありがとう」
「ううん、良いの!お姉様が元に戻ってくれたならそれで…!」
そんな姉妹のやり取りを見て、両親もやっと実感が湧く。
母である侯爵夫人も涙を零してリーフィニアを抱きしめた。
「あぁっ、リーフィニア…!やっとわかってくれたのね…っ」
もう無理なのか、どこで間違えてしまったのかと悔やんでいた侯爵夫人はリーフィニアが更生してくれたのだと歓喜する。
父である侯爵もまた、鼻を赤くして涙を堪えながら笑顔を作った。
「まさかこんな日が来るとは…。先王様の慧眼には恐れ入るな」
少し冗談めかした発言にリーフィニアも笑顔を返す。
そんな家族のやり取りを見て、周囲の貴族達もやはりリーフィニアなのだと確信し唖然とした。
いや、唖然としたのは他貴族だけではない。
クリードもまたやたらと動揺した様子で、辿々しくリーフィニアに質問した。




