3. 魔物
「!! お嬢様!急いでこちらへ!!」
「!?」
突如、護衛が大声を上げてミルディの方に駆けだす。
ビクリとして硬直したミルディに迫る影を即座に斬り伏せた。
ーーズバッ
「…!」
護衛が斬った正体を見て皆が青ざめる。
地面に倒れたのは狼型の魔物だったのだ。
どうやら群れだったようで、森から更に2体の魔物が現れる。
「こ、この辺りは魔物が少ないって聞いたのに…」
「恐らく食べ物の香りに誘われたんでしょう。お嬢様方はお下がりください!」
カタカタと震えるミルディに答えながら指示を出し剣を構える護衛。
この世界では野生動物と同じように魔物がどこにでも棲みついているので決して珍しい存在という訳ではない。
それでも生息域はある程度決まっているので比較的魔物の少ない場所を選んだのだが、運悪く遭遇してしまったのだ。
「リーフィニア、僕も多少は剣を使える。念のため後ろにいてくれ」
「お嬢様、私も武術は嗜んでおりますのでお任せください!」
クリードも護衛の討ち漏らしに備えて剣を抜き、メイドも庇うように前に出た。
言われた通りに後ろへ下がりながらリーフィニアはミルディに声を掛ける。
「ミルディもこちらへ!早く!」
「はっ、はい…!」
魔物に怯えながらも、呼んでくれたリーフィニアのもとへ必死に足を動かすミルディ。
皆が魔物から目を離さないように前方を注視していたので、この時に後ろを見ていたのはミルディのみ。
だからこそ、気付けたのもミルディだけだった。
「!! リフィお姉様!危ない!!」
ーーガサッ
ミルディの叫び声と同時に、後方の茂みから飛び出してきた魔物。
なんと別の個体が背後からも襲ってきたのだ。
咄嗟に避ける反射神経も無く、「ぇ…?」と小さく声をこぼすだけのリーフィニアに魔物の爪が迫る。
だが直後、リーフィニアの視界がブレた。
ーードン ズシャッ
突き飛ばされた衝撃と共に見えたのは、シェルピンクの髪と赤い鮮血。
ドサリと地面に倒れたリーフィニアに被さるように倒れてくるミルディが、まるでスローモーションのように目に映る。
そう、リーフィニアを庇ってミルディが魔物の攻撃を受けてしまったのだ。
「ミルディ!!」
自分の代わりに負傷してしまったミルディの名を蒼白になって叫ぶリーフィニア。
状況を理解してクリード達も血の気を引かせる。
「クソ!もう一体いたのか…!」
前方の魔物を素早く倒した護衛が切り返し、ミルディを襲った魔物に応戦した。
その間にクリードとメイドも傍に駆け寄ってくる。
「い、医者を呼んでくれ…!」「ここから一番近い病院は確か…」と至近距離で声を張り上げているが、ショックの大きいリーフィニアの耳には届かない。
背中にじわりと血が広がっていくミルディの姿だけが視界を埋め尽くしていた。
「い…や…。嫌よ。ミルディ、しっかりして…!ミルディ!!」
泣きながらミルディの名を何度も何度もリーフィニアは呼び続ける。
けれどミルディがそれに応える事はなく、魔物の駆除完了後に直ぐさま病院へと担ぎ込まれたのだった。
「う…っく…。お父様、お母様…どうしよう。私のせいで、ミルディが…っ」
街の大きな病院の治療室前で、ミルディの処置が終わるのを待ちながら泣き崩れるリーフィニア。
連絡を受けて急いで病院へ駆けつけてくれた両親は労わるようにリーフィニアを抱きしめた。
「大丈夫だリーフィニア。今ミルディを治療してくれてるシュルツ先生は、若いが王国一の腕前を持つと言われているんだよ。きっと救ってくれるさ」
「そうよ。だから私達は信じて待ちましょう?」
優しい両親に励まされ、リーフィニアは涙を流しながらもコクリと頷く。
ミルディが助かるよう両手を組んで必死に祈り続けた。
それからどれくらいの時間が過ぎただろう。
やがて治療部屋の扉上のランプが消え、ミルディの治療をしてくれた医師が扉から出てきた。
「! 先生!ミルディは…ミルディは無事ですか!?」
真っ先に長椅子から立ち上がりリーフィニアが医師に駆け寄る。
医師は20代半ばの若い人物だったが、そうとは思えないくらいの落ち着いた様子で答えた。
「ご安心ください。命に別状はありません。怪我も大きいものでしたが、魔力治療を施したので安静にしていれば傷痕も残らず治るはずです」
「…!」
リーフィニアと両親は医師の言葉に驚いてしまう。
例え助かったとしても、傷痕は残ってしまうだろうと覚悟していたからだ。
そうなればキズモノ令嬢扱いされ結婚などにも影響が出てしまうが、命さえ助かればそれで良いと出来る限りの事をするつもりでいた。
だがその心配も無くなり、二重に喜びが湧き上がる。
「ありがとうございます…!本当に…っ」
「娘を治療してくださったのが貴方で良かったです…!」
さすがは王国一と噂されるだけあり、彼に治療してもらえたミルディは幸運だったと言えるだろう。
皆が涙を流しながら医師に感謝を告げた。
一度微笑んで頷いてから、医師は真剣な眼差しで注意事項を述べる。
「しかし、魔物による酷い怪我でしたので数日は熱が続くと思います。念のため短期入院した方が良いでしょう。退院後も傷が開かないよう、完治するまでは無理をさせないようにしてください」
「はい、わかりました」
説明に納得したところで、漸く面会が許された3人は部屋に通された。
ベッドに横になっているミルディは医師の言っていた通り熱があるようで顔が赤く少し息も切らしている。
そんな状態のまま、薄っすらと目を開けて視線を少し動かした。
「…?ここ…は?私…どうして…」
野原で意識を失ってここまで運ばれてきたミルディは状況が掴めず混乱しているようだ。
リーフィニアは抱きしめたい衝動を堪え、ミルディの手を優しく握り説明した。
「ミルディ、ここは病院よ」
「病院…?」
「ええ。貴女は私を魔物から守ってくれて…怪我をしてしまったの。でも、ちゃんと綺麗に治るそうだから安心して」
熱のせいかぼーっとした顔をしながら耳を傾けるミルディ。
漸く記憶が蘇ったのか、腑に落ちたような表情を見せる。
「あぁ…そっか…私…」
微笑みを浮かべたミルディはきちんとリーフィニアを視界に入れた。
真っ直ぐ見つめて口を開く。
「…お姉…様。無事で、良かった…」
「…っ、ミルディったら…こちらのセリフよ」
傷口が開いてしまわないように、触れるか触れないかくらいの力でリーフィニアはミルディを抱きしめた。
温もりを感じてまた涙がこぼれ落ちる。
その後ミルディは順調に回復し、1週間後には退院することもできた。
退院後も暫くは安静にする事を余儀なくされたが、医師の話通り傷も残らず屋敷に戻れて使用人達も含めて皆が喜ぶ。
しかし…漸く平穏な日常に戻れたと思っていたある日、その事件は起こった。




