2. あの頃
やめて!こんな事言いたくない!
「大体、何ですのその喋り方。実は貴族に扮した平民なのではなくて?」
お願いやめて!
「おっと失礼。相手があまりに淑女らしくなかったんでつい」
リーフィニアの心の声は届かず、令息との罵り合いが続く。
そう、リーフィニアの行動の全ては本心ではないのだ。
ある時からまるで誰かに体を乗っ取られたかのように自分の意思に従わなくなってしまったのである。
(どうして…こうなってしまったの…)
婚約破棄までされてしまった事を思い出し、心の中で1人涙を流す。
以前は婚約者や妹とも仲睦まじく平和に過ごしていたのだ。
辛く苦しいが、どうする事もできない。
(あの頃に…時間を戻せたら良いのに)
叶うはずもない願いを胸中で呟き、リーフィニアはまだ幸せだった3年前に思いを馳せた。
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「リフィお姉様!クリード様!早く早くっ」
「ミルディったら。そんな風に走るなんてはしたないわよ?」
「いいじゃない!今日はピクニックだもん」
広い野原ではしゃぎながら走るミルディを見て相好を崩すリーフィニア。
その日はリーフィニア、ミルディ、クリードの3人で少し遠出してピクニックを楽しむ約束をしていたのだ。
もちろん貴族の子達だけにはできないので、メイドと護衛も付き従っている。
近くに森がある広い野原は小さな花々も咲き乱れてとても美しい場所だった。
そんな景色に浮かれて今にも踊り出しそうな勢いのミルディに、リーフィニアの隣を歩くクリードも肩を落として笑う。
「君の妹はいつ見ても元気だな。あれではまるで幼な子だぞ?」
「ふふ、そこが可愛いんじゃないですか」
因みに、ひとつ年下の妹の姿を微笑ましく褒めるリーフィニアはまだ14歳。
今のような厚化粧もせず、格好も清楚な物を好んで着ていた。
少し歳上の16歳である婚約者のクリードとの仲も良好だ。
そのクリードと笑顔で見つめ合っていると、ミルディも嬉しそうに話しかけてくる。
「やっぱりお姉様とクリード様はとってもお似合いね!私も婚約者ができたら、お二人みたいになりたいなぁ」
「あら、ミルディはこんなに愛らしいんだもの。大事にされるに決まってるじゃない」
「あぁーんリフィお姉様大好きぃ!私と結婚して!」
「それは僕が困るなぁ」
心底姉を慕っているミルディのプロポーズにクリードが横槍を入れ、今度は3人で笑い合う。
3人の様子を癒されながら見ていたメイドが大きな木の下を指差した。
「お嬢様方、あの辺りでどうですか?ちょうど木陰になりますし景色も良いですよ」
「ええそうね。ありがとう」
メイドが提案したのは昼食を食べる場所だ。
許可を得て早速とばかりに敷物を広げるメイド。
しかし、地面に敷物が付くか付かないかのところでミルディが声を上げた。
「あっ、ダメ!待って!!」
「!?」
慌てて止めたミルディに驚いてメイドも硬直する。
急いで駆け寄ったミルディはしゃがんで敷物の下を確認した。
「あぁ良かった。無事ね」
安堵するミルディの言葉を聞き、リーフィニアも隣に同じようにしゃがんで覗き込んだ。
視線の先にあったのは小さな小さな白い野花で、直ぐに止めた理由を理解する。
「まあ、なんて可愛らしい花。ミルディ偉いわ。このお花を守ってあげたのね」
「えへへ、だってお花ってとっても綺麗で大好きなんだもん。あ、最近だと自分でも咲かせられるようになったのよ!ほら!」
そう言ってミルディは近くのまだ蕾にもなっていない花に手をかざし「チャムグロース」と唱えた。
淡い魔力の光が放たれ、みるみる内に成長した花がポンと花びらを開く。
リーフィニアは瞠目して顔を明るくした。
「まあ、すごいわミルディ!植物魔法も随分上達したのね」
花が好きなだけあって、ミルディが得意としているのは植物魔法だ。
それでもこれまでは少し成長を促すくらいしか出来なかったので、花を咲かせたことにリーフィニアは素直に驚いた。
頬を染めてニコニコと喜びを見せるミルディ。
「ふふー、きっとお花は友達って気持ちが通じたんだと思うの!私は一生お花を踏まない人生を生きるわっ」
「それは素敵な人生ね」
心優しい言動を誉めるリーフィニアに撫でられ、ミルディはまた嬉しそうに頬を緩めた。
他に花がないか注意しながら改めて敷き直し昼食を広げる。
バスケットに詰められたサンドイッチを皆で頬張った。
「んんーっ!美味しい!」
「なんだかこうして外で食べるといつもより美味しく感じますね」
「ああ、本当だな」
澄み切った空とポカポカ陽気がお腹だけでなく心まで満たしてくれるようだ。
朗らかな気持ちになりながら、ふとクリードが別の物に目を向ける。
「ところでバスケットがもう一つあるが、何が入ってるんだ?」
サンドイッチを入れている物より一回り小さいバスケットをメイドが手に持っていた。
同じように目を向けたリーフィニアが少しだけ頬を染めて答える。
「あれは、その…折角だからと思ってクッキーを焼いてみたんです」
「え!?リフィお姉様のクッキー!?」
リーフィニアの答えにクリードよりも大きく反応したミルディ。
目をキラキラと輝かせてバスケットを凝視する。
「嬉しい!お姉様の作るお菓子ってどれも美味しいんですもの!」
「ああ、僕も好きだな。しかもここで食べたら格別に美味しそうだ」
「ですよね!私もそう思います!」
ミルディもクリードも期待に胸を膨らませ、早く食べたそうにリーフィニアに視線を集中させた。
照れ臭い反面嬉しいリーフィニアはメイドからバスケットを受け取り蓋を開ける。
「今回はね、ナッツを沢山練り込んだクッキーにしてみたの」
「わぁ〜っ!美味しそうっ」
メイドが大事に持ってくれていたようで、クッキーは割れることもなく綺麗に並んでいた。
大きさや焼き具合も均一で店で買ったかのような出来である。
「ありがとう。早速いただくよ」
「ええ、どうぞ」
真っ先に手を伸ばしたのは婚約者であるクリードだ。
リーフィニアはドキドキしながらバスケットを差し出し様子を見守る。
信頼が見て取れる迷いのない手がクッキーを摘み、サクッと一口齧った。
「! 美味いな。パティシエ顔負けの出来だ」
表情を緩め本当に美味しそうに食べてくれるクリードにリーフィニアもほっと息を吐く。
「そんな、褒めすぎですよ。でも、とても嬉しいです」
早起きして作った甲斐があったとはにかむリーフィニアを愛おしそうに見つめ返すクリード。
なんて仲睦まじい2人なのだろうと周りも笑顔になった。
そんな2人の横で、ミルディだけが待ち切れないといった風に声を掛ける。
「リフィお姉様!私もっ、私も食べたいです!」
一応空気を読んでクリードが感想を述べるまでは我慢したが、反応を見て余計に食べたくなってしまったのだ。
必死に強請るミルディが可愛くて笑みをこぼしたリーフィニアは、皆が取りやすいように敷物の上にバスケットを置いた。
「ふふ、待たせてごめんなさい。ミルディも食べて」
「わーい♪それじゃあ頂きま…」
と、バスケットに伸ばしたミルディの手がピタリと止まる。
理由はその場の全員が直ぐわかった。
バスケットの真横に突如可愛らしい小動物…リスが出現したのだ。
驚いて一瞬固まっている隙に、リスはミルディが取ろうとしていたクッキーをぱくっと口に咥えて走り出す。
「あ!」
横取りされた気分になったミルディは声を上げて立ち上がり追いかけ出した。
「待てー!この泥棒リス!!」
「「ぷはっ」」
ミルディの貴族らしからぬ行動に思わず吹き出してしまったリーフィニアとクリード。
それでも笑い声を上げないよう堪えながら、リーフィニアはミルディに呼び掛ける。
「ミ、ミルディ。沢山あるから大丈夫よ。そのクッキーはリスさんに譲ってあげましょ?」
「ぷぅー、幸運なリスね。リフィお姉様に免じて許してあげるわ」
本気でリスを捕まえられるとも思っていなかったミルディは態とらしい演技で口を尖らせて捨て台詞を吐いた。
ふざけるのはここまでにして今度こそお菓子を食べようとこちらを向く。
しかし戻ってこようとミルディが森に背を向けた瞬間、楽しい雰囲気が一瞬で崩れ去った。




