28. 招待状
「あのっ、今朝はすみませんでした…!」
部屋を訪ねてきたアッシュとユーゾフに勢いよく頭を下げるリーフィニア。
耐えられなくなって逃げ出したものの、訓練を途中で放り出すなんてと深く反省していたのだ。
あまりに申し訳なさそうなリーフィニアを見て、頭を下げられたアッシュ達の方が逆に慌ててしまう。
「き、気にしてないから大丈夫だ。酷い目にあったんだし不安になるのも当然だろ?俺も配慮が足りなかったよ」
「そんな!アッシュ様は悪くありません!」
「いや、一応はお前の伴侶だしもっとちゃんと考えるべきだった」
伴侶、と聞いて顔が熱くなりつい言葉が詰まるリーフィニア。
王命で婚姻を結んだだけなのに何を意識しているんだと自分に言い聞かせるリーフィニアにアッシュは続ける。
「それでな、今更ではあるけどリーフィニアの悪女化の原因を探る為に情報ギルドに行ってきたんだ」
「え?情報ギルドに…ですか?」
原因を突き止める為にそういったギルドを頼るという発想が無かったリーフィニアは目から鱗といった感じで聞き返した。
頷きながらアッシュは自分の役目を遂行する。
「ああ。それでリーフィニアに頼みたいんだが、当時の出来事を改めて詳しく教えてくれないか?何がヒントになるか分からないから、思い出せる限り出来るだけ細かく話してくれると助かる」
「わ、わかりました」
アッシュからの頼みを受け、リーフィニアは懸命にあの日の事を思い返して語り出した。
流石に3年も前の話なので事細かに覚えてはいないものの、起床してから悪女化に至るまでの行動や交わした会話など思い出せる限り詳細に伝える。
そして悪女となった経緯まで話し終えたリーフィニアに、アッシュは真剣な眼差しで質問した。
「『妹の為ならどんな事でもする』…確かにそう宣言したのか?」
婚約者であるクリードから受けた問いかけへの答えだ。
アッシュの険しい雰囲気に少々戸惑いつつ肯定する。
「は、はい。そう答えた直後に動悸がして身体がおかしくなってしまって…治まった時には自分の意思で動けなくなっていたんです」
リーフィニアの話を聞き、ユーゾフも「兄上、それって…!」とアッシュに詰め寄る。
2人の反応を見てリーフィニアも更に動揺した。
「あの、何か分かったんですか?」
アッシュは口元に手を当て、深刻な表情で呟くように答える。
「…本当は確定してから話そうと思ってたんだけどな。今日情報ギルドで聞いた魔法と一致してる気がしてならないんだ」
原因が分かったとも取れる言葉にリーフィニアは瞠目した。
答えを求める様子のリーフィニアにアッシュは濁さず話し出す。
「リーフィニアが悪女化したのは、もしかしたら隷属魔法をかけられたからかもしれない」
「隷属魔法…?」
「ああ。どんな内容だとしても絶対に従わせる強力な魔法らしい。そしてその魔法をかける条件の1つとして、かける相手に宣誓させる事も必要らしいんだ」
「…!」
そんな魔法があるなんてと驚愕しながら頭の中を整理するリーフィニア。
自分の行動を改めて思い返した。
「それじゃあ…私の言葉がその宣誓に当たるって事ですか?」
「直後に異変が起きた事を考えればその可能性は高いと思う」
確かに、発言したのに合わせて悪女化したのは偶然と思えない。
リーフィニアから見ても隷属魔法によるものという疑いは強くなった。
同じ考えになったと見越したアッシュは気まずそうにしながらも黙っていられず問う。
「なぁリーフィニア。こんな風に聞くのは良くないけど…その台詞を引き出したのは婚約者なんだろ?そいつが魔法をかけた、って事はないか?」
「そっ、そんなまさか!クリード様とは仲良くしてましたし…彼がやったなんて…」
否定しようとしたけれど、じつは心の中では自分の事を嫌っていたのかもしれないという不安も過ぎり言葉を詰まらせた。
断言できないリーフィニアにアッシュは夜会での出来事を思い返しながら仮説を立てる。
「例えば、だけど…彼はリーフィニアとの婚約を破棄して妹と婚約を結び直したよな?まさにそれが目的だったとしたら?」
「妹との…婚約が?でも、それなら魔法なんて使わなくても婚約し直せば…」
言いかけてから、リーフィニアはハッとした。
平民と違い、この貴族社会では婚約解消も容易な事柄ではないからだ。
察したリーフィニアに頷きながらアッシュも続ける。
「気付いたか?貴族の婚約は家同士の契約だし、普通なら相手に何の非も無いのに簡単に婚約解消なんて出来ないだろ。しかも新たな婚約者が元婚約者の妹ともなれば色々と邪推されて社交にも出づらくなる。けどリーフィニアが悪女であれば、自分達が非難されない形で破棄もできるし問題無く新たな婚約に持ちこめるんだ」
辻褄が合うし理由としても充分に納得できてしまい、リーフィニアは俯いた。
「それ…は…有り得ないとは言い切れません。クリード様はミルディとも親しくしてくださってましたし、共に過ごす内に懸想していたとしても不思議ではありませんから…」
愛らしいミルディを思えば、皆が好きになってしまってもおかしくないと考えてしまうリーフィニア。
よく邸を訪ねてくれていたのも、もしかしたらミルディに会いたかったからかもしれない。
そう推察して鬱々として沈み込むリーフィニアを見兼ね、元婚約者の事をよく知りもしないのに踏み込みすぎたかとアッシュも擁護した。
「悪い、頭ごなしに疑うような言い方して。あくまで憶測だからそこまで思い悩まなくていいぞ?ただ、誰かに隷属魔法をかけられたって可能性は高いから念のため警戒してほしいんだ。魔法をかけられた原理さえ詳しく分かればまたかけられる事も無いだろうし、それまでは特にな」
「はい…わかりました」
アッシュの言葉に納得してリーフィニアも頷いたものの、重たい空気が流れる。
まだ暗い表情のリーフィニアを少しでも励まそうと目の前まで近づいた。
驚きながら見上げたリーフィニアに力強く告げる。
「リーフィニア。少なくともこのトムタッタにいる内は大丈夫だ。王都の人間が来る事も殆どないし、この邸にいる人間も皆んな信用できる。それに…」
真剣な眼差しを真っ直ぐに注ぎ、アッシュははっきりと断言した。
「俺も、全力でお前を守るから」
その言葉に、カァァと顔を染めるリーフィニア。
ドキドキと心臓が高鳴り反射的にパッと顔を逸らした。
明らかにアッシュを意識している様子に、アッシュとユーゾフは同時に『ん?』と反応する。
(これは…もしかするともしかするか?)
脈ありなのではという期待が強まり、確かめたい気持ちも湧いてくる。
ユーゾフもドキドキして見守るなか、アッシュはリーフィニアに切り込もうと口を開いた。
「あの…さ、リーフィニア…」
ーーコンコンコン
まるで遮るかのように鳴り響いたノックの音。
扉の先から聞き慣れた老齢の声が聞こえてくる。
「若奥様。失礼してもよろしいでしょうか」
声を掛けてきたのはガハルで、「はっ、はいどうぞ!」とリーフィニアが慌てて返事をする。
カチャリと扉を開いたガハルは中にいた3人の表情を見て大体の状況を瞬時に察した。
「おや、私としたことがとんだ失態を犯したようですね」
「いや…それよりどうしたんだ?」
茶目っ気を含んだガハルの言葉にアッシュが肩を落としながら用件を聞く。
ガハルはスッと1枚の封筒を差し出した。
「若奥様宛に招待状が届きました」
リーフィニア宛と聞き、3人ともが目をパチクリとさせる。
ここに居る人間以外は未だに皆リーフィニアを悪女と認識している筈なのだ。
それなのに招待状が届くだなんて不可解である。
「招待状?辺境に嫁いできたリーフィニアに送ってくるなんて、一体誰からだ?」
訝しみながら、封筒を受け取ったリーフィニアに目を向けるアッシュとユーゾフ。
リーフィニアも戸惑いながら確認して目を見開いた。
「え…と、その…元婚約者の、クリード様からです」
((あ、怪しすぎる…!))
先程まで話題に挙がっていた人物だけにアッシュ・ユーゾフ共に反射的に懐疑心が顔を出す。
リーフィニアも少々挙動不審になりながら招待状の内容を告げた。
「! 来月に、妹のミルディとの婚約披露パーティーをするそうです。良かったらそれに参加してくれないか、と。嫌な別れ方をしてしまったので…これを機に和解できればと書いてくださってます」
「はぁ?あんな風に婚約破棄を突きつけといて和解とかよく言えるな」
「い、いえ、あの時は全面的に私に非がありましたし」
怪しむ気持ちと元婚約者への嫉妬心が滲み出たアッシュをあわあわと嗜めるリーフィニア。
当時アッシュも『俺だってあんな女よりも妹の方を選ぶわ』と発言していたくせに完全なる棚上げである。
それからリーフィニアは続きの文章を読み、そっと睫毛を伏せた。
「それと…妹も私に会いたがってくれているそうです」
自分を命懸けで守ってくれた大事な妹だけあって、クリードに対してよりも心が揺れ動く。
涙が出そうになり、リーフィニアは服の胸元をキュッと握った。
(ミルディ…。あんなにたくさん虐げてしまったのに…それでも嫌わないでくれてるの?)
この3年、言葉だけでなく物理的にも散々ミルディを虐めてしまった。
もう二度と会いたくないと拒絶されたって不思議ではない。
唇を引き結び黙り込んでから、リーフィニアは弱々しくアッシュを上目で見た。
「アッシュ様…我儘だっていうのは分かっています。ですが…どうかこのパーティーに参加させてくださいませんか?」
「っ」
リーフィニアからの懇願する瞳に一気に押されるアッシュ。
しかしどうにか踏み止まり問い返す。
「…どうしても、か?俺としては隷属魔法についてハッキリするまで待ってほしいんだけど」
「もちろん、そうした方が良いのも分かっています。でも…今回の招待を断ったら、ミルディはもう私に会いたいと思ってくれないかもしれません。そうなってからじゃ遅いんです」
アッシュへの迷惑も考えて一度は王都行きを諦めもした。
けれど正式に行く理由があり、向こうも会う事を望んでくれているのならばこのチャンスを逃したくはない。
リーフィニアの逼迫した様子を見ては、アッシュも反対しきれず肩を落とした。
「仕方ない…な。その代わり俺も同伴するけど良いよな?」
「あ、はい!その方が私も心強いです」
断るどころか素直に喜ぶリーフィニアにキュンとなり心臓を押さえるアッシュ。
と、そんなアッシュの服をユーゾフが引っ張りながら問い掛けた。
「兄上、おれもついてっちゃダメ?リフィ姉さま心配だし」
「お前も?」
ユーゾフの声で直ぐに正常に戻ったアッシュは少し考えながら口元に手を当てる。
可能かどうか、またメリットデメリットを即座に計算した。
「そう…だな。普通の夜会なら無理だろうけど今回はリーフィニアの妹の婚約披露パーティーだし、身内として紹介したくて連れてきたって言えば問題無いか。味方も多い方が良いしな」
自分1人よりも見張る目が増える方がより安全だと判断してユーゾフも連れていく事を支持する。
リーフィニアもアッシュの意見に同意してコクリと頷いた。
「そうですね。でしたら、その旨も含めて返信します」
「ああ、頼む」
「わぁやったありがと!言ってみるもんだ!」
自身の年齢的に考えてダメ元だっただけに喜ぶユーゾフ。
リーフィニアを心配してというのは嘘ではないが、人生初めての異世界パーティーへの参加というのもあってワクワクを隠しきれない。
逆に注意すべき人間が増えるか…?と一抹の不安を覚えつつ、まぁ大丈夫かとアッシュが締めくくった。
「それじゃあ3人で行くとして、移動時間も考えれば準備期間は2週間足らずだ。急いで準備するぞ」
「「はい!」」
毎日行っている訓練のクセもあり、リーフィニアとユーゾフが姿勢を正して同時に返事をする。
当日着る衣装の手配や護衛の選定など、色々と決める事も多いため急ぎ動き出したのだった。




